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一見普通な人の内側に生じる絶望的な「ずれ」の恐怖『りんたとさじ』

【レビュアー/新里裕人

『寄生獣』の63話で新一が夢の中でミギーと会話するシーンがあるのですが、そこで新一の「脳」が見ている光景とミギーの「脳」が見ている光景がまるで違う、という話が出てきます。

つまりそういうことなのさ……お互い理解しあえるのはほとんど「点」なんだよ。

人と話をして意気投合しても、よくよく話をしてみると、お互いが「理解した」と思っていたポイントが微妙にずれている、という事は良くあることです。

人にとってコミュニケーションとは、元々共通点のない他者同士が、少しでも共感できる「接点」を一つでも多く見つけるための行為なのかもしれません。

本作『りんたとさじ』はホラー漫画です。

ここで描かれるのは、日常の中でこの「接点」が、致命的にずれた人と遭遇する恐怖です。

この作品に出会ったのは、数年前にKindleストアを眺めていたとき、急にホラー漫画が読みたくなって、評判の良いホラー漫画を検索したときの事です。

作者のオガツカヅオ先生の作品は初めてだったのですが、レビューのコメントに説得力があるものが多かったので、そのまま購入しました。

大学生カップルの日常から始まる連作短編

ストーリーは「色々視えて」しまう男の子と、彼のことが気になって仕方ない女の子の大学生カップルが、先輩の家に遊びに行く所から始まります。

先輩が料理したカレーライスを食べながら談笑するうちに、話題は先輩の奥さんの話になります。

奥さんは先輩の幼馴染で、座敷で白目をむいて眠っている彼女のブサイクな寝顔の写真を撮ったことがきっかけで、彼女のことを異性として意識しだした、という微笑ましい話でした。

しかし……その話には続きがありました。

彼女の隣で、先輩も寝ていたのですが、そのうちに大人たちがやってきて
彼女だけを運び出したのです。あとで話を聞いた所によると、彼女はバイクにはねられてしまい、一旦座敷に寝かされているうちに死亡してしまったのだそうです。

つまり、座敷で白目をむいていたのは初めから死体だったという事です。

……え、それじゃ、今、水槽の向こう側からバンバン叩いている「奥さん」は何者なんでしょうか???

ラブコメ風展開から読者を奈落に突き落とす演出のうまさ

気さくそうな先輩の語った話は、幼馴染の死に直面した彼が、生者と死者の境界線を失ってしまった物語でした。

彼にとっては幸せな事なのかもしれませんが、常人との「接点」は、もう見つからないかもしれません。

本作の怖さは、このようにごく普通に見える人の内側にある、絶望的な「ずれ」の描写です。

最初は身近な物事に見えるからこそ、それが「異物」であることが明かされた時の衝撃が大きいのです。

最後に、本作の中でもっとも衝撃的な作品として「妖精の人」を挙げておきます。

内容はあえて書きませんが、私は死ぬまでこの作品のことを忘れないでしょう……。

っていうか、このトラウマをどうしてくれるんだ!?

全1巻。残暑を涼しく過ごしたい方はぜひ!