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【漫画界の星新一】『ダンジョン飯』九井諒子の真髄はショートショートにこそあり『ひきだしにテラリウム』

【レビュアー/本村もも】

こんにちは。突然ですが、みなさんは小説家の星新一先生のショートショートを、読んだことはありますか?

私は中学生の時、授業を聞く間も惜しんで夢中になって読んでいました。

短い文章でグッと引き込まれる独特の世界観と、文字で読んでいるはずなのに映像で記憶される描写、そして思わず誰かに話したくなる秀逸なオチ。当時の私はもちろん、20年近く経ったいまの私にとっても新しさしかない、それが星新一先生のショートショートです。

過去に星新一先生の作品が、さまざまな漫画家さんの手によって漫画化された作品がありましたが、「こういう世界観が絵として表現されるのも、とても良いな」と個人的には感じていました。

そんな星新一先生のショートショート作品を彷彿とさせる、オリジナル作品を描く漫画家さんが現れました。それが人気作品『ダンジョン飯』の作者である、九井諒子先生です。

私は、(『ダンジョン飯』も大好きですが!!)「九井先生の真髄はショートショートにある」と言っても過言ではないと思っています。あえて言わせてください。九井諒子先生は漫画界の星新一である、と。

ショートショートだけどブラックじゃない!幸せになれる作品集

前段が長くなりましたが、今回ご紹介するのは、九井諒子先生のショートショート集『ひきだしにテラリウム』です。

本作、なんと短いものでは2ページの作品もあります。まさにショートショート。

ショートショートの鉄板である近未来SF、パラレルワールド、日本の昔話、異国ファンタジー、多岐にわたる設定の物語が33篇も収録されています

もちろん全ての作品にちゃんと「誰かに話したくなる」オチがついています。

ただ、星新一先生の作品のオチは「にやり」とするものや、「ひぃ」っとなる、少しブラックユーモアなものが多いのですが、この『ひきだしにテラリウム』の作品のオチは、くすりと笑える、読み終わったあと幸せになれるものがほとんどです。

端々に溢れるショートショート愛、星新一リスペクト

本作の中で私が一番好きな作品は、『ショートショートの主人公』という作品です。

このお話では「人間誰しもが主人公」ということで、スポ根漫画の主人公の父と、少女漫画の主人公の母、お仕事漫画の主人公の姉、ファンタジー冒険漫画の主人公の兄、という家庭に生まれた、ショートショートの主人公の末っ子が登場します。(文字にするととても長くなりますが、これを絵柄だけで九井先生は表現しています。そこもまたすごい)

ショートショートの主人公は、ひょんなオチですぐに死んでしまうため、両親は心配で仕方がない。「”なんとなく”いつもと違う道を通るな」「うまい話には絶対に乗るな」「宇宙人に会っても無視しろ」など、生活にさまざまな制約が発生します。

もちろんオチは言いませんが、九井先生のショートショート愛が盛大に溢れているこの作品が、私は一番好きです。

お父さん調べの、”ショートショートの主人公死因ランキング”に星新一作品へのリスペクトを強く感じます。

ダンジョン飯の原型も!九井先生の妄想お料理好きは昔から

ちなみに本作には、『ダンジョン飯』の原型と思われる作品がいくつか存在します。

竜を食べる風習のある日本のどこかの地域の話、○△□といった記号を食べる話など。とくに記号を食べる話はなかなかシュールで、「まるは丸ごと焼いて食べるのが美味しい」「さんかくは皮を剥く必要がある」「しかくは生で食べられる」など、九井先生の細かい設定が読んでいてとても楽しいです。

私は、『ダンジョン飯』の良さは「先生自身がとても楽しく描いていることが伝わってくること」だと思っているのですが、まさにそれと同じことが感じられる妄想お料理作品です。

今回ご紹介したのは、よりショートショート度の高い『ひきだしにテラリウム』になりますが、『竜の学校は山の上』と『竜のかわいい七つの子』も、九井先生の秀逸な短編集となっています。こちらもおすすめです。