エコノミストも唸るファンタジー漫画の名作続編が綴る、異世界と宗教『新説 狼と香辛料 狼と羊皮紙』
【レビュアー/南川祐一郎】
大ヒットを記録した異色の名作
「狼と香辛料」この作品をご存知ですか?
支倉凍砂先生によって2006年に電撃文庫から出されたこの作品は、それまでファンタジーといえば剣と魔法と冒険の物語!……という固定観念を壊し、
「ファンタジー世界だって人がいて社会が形成され歴史が紡がれているんだからそこには経済も文化も現実世界同様あるよね」
という、言われてみればそりゃそうだということに気付かせてくれる、ある意味異世界を僕らにより身近でリアルなものとしてくれた大ヒット作です。
アニメやゲーム、そして漫画などマルチ展開されたことでもその人気は伺えると思いますが、何より特殊だったのは、主人公が商人で、商取引やそこから経済の話などが本当にリアルかつきめ細やかに描かれていること。
「『狼と香辛料』で面白いほどわかるお金のしくみ」みたいな本や、経済学の解説に『狼と香辛料』が引用されるなど、プロの学者やビジネスマンなども唸らせるほどのしっかりとした内容だった点です。
この作品を起点として、それ以降明らかに異世界ものやファンタジーの描かれ方も変わりましたし、経済学、商学など本来ファンタジーと無縁な学問の方からも「分かりやすい解説」として使われることも増えました。
まぁすべての理屈を超えてホロがかわいすぎるというのが最大の魅力ですが(笑)。
ただの続編で終わるはずがない新シリーズ!
「狼と香辛料」は2011年に一度完結しますが、10周年を迎えた2016年に新たに『狼と羊皮紙』というシリーズが始まります。
主人公は前作にも登場していた教会法学を学び聖職者を目指す少年・コルと、前作の主人公にして最高の夫婦であるロレンス&ホロの娘・ミューリ。
ふたりが旅する序盤はいかにもファンタジー冒険的な展開で、シリーズファンのための作品かなと思っていたんですが、商人だったロレンスを軸に商業や経済の観点から世界をリアルに組み立てた前作に対して、コルが目指すものは聖職者。
つまり、必然的に宗教の話が軸となってくるんです。
現実世界でも人類の歴史は経済(産業)と思想(文化)の進化・対立によって発展してきたといっても過言ではありません。
(戦争や排他の歴史を進化や発展という言葉で表すことに嫌悪感がある人もいるでしょうが…)
つまり『狼と羊皮紙』は「狼と香辛料」と対になるテーマを持っていて、両作を通してファンタジーだった世界にリアリティが増していくことになるんです。
しかも、文化や思想をテーマにするのではなく、その中でも政治とより密接に繋がり、狂気も鋭利さも孕んで人類に最も多くの救いと地獄を与えた宗教というシステムを主題に選んでいるところが、この作品の面白いところだと思います。
前作では、ホロの故郷を滅ぼした「月を狩る熊」という存在が、非常に重要な要素なはずなのに前作中では正体にいたるまでの詳しい展開がないまま完結していました。それが、本作にて教会との関係など話が進むと共に大きな存在として出てくるのです。
おそらくこの「月を狩る熊」を切り口に教会というシステム、教会が作ってきた歴史を紐解いていくんだなと分かり、「これ最初から本作までやる前提で作ってあったんじゃないの??」と思いたくなるくらい面白くなってきてます。
そう思わせてくれるのも支倉先生への、前作で僕らの意識や概念すら変えてくれた稀代のストーリーテラーとしての期待と信頼からなんでしょうね。
前作を読んだりアニメやコミックで見たりしていた人はもちろんですが、今まで見たことがないという人にも是非前作含めて一読をおすすめします!