「女装おじいさんの爺L」は、真実の想いが生んだ、世界で一番優しい嘘だった『スカートをはいたおじいさん』
【レビュアー/兎来栄寿】
「おじいさんの女装」
「おじいさん同士の恋愛(爺L)」
タイトルや表紙絵、簡単な内容だけ垣間見ると、奇異に映るかもしれません。しかしながら、その原動力となっている想いがどこまでも純真で、読む人の心を強く打つ。そんな物語を今回は紹介したいと思います。
Web発の新鋭
『スカートをはいたおじいさん』は、元々原作者のちべた店長さんによって描かれた原作がWebで公開されていました。その作品が講談社に投稿され、素晴らしい内容が高く評価されてすぐに連載化が決定しました。ある編集者からは「映画化決定と言いたい」と絶賛されたほどです。
この注目の新鋭による作品が連載を始めるに際し、作画担当者がコンペによって募られました。そこで選ばれたイトウモロコさんによって、内容と共にリメイクされたのが今回紹介するものです。
1巻の表紙絵にあたる、雑誌掲載時の第1話扉絵を見た時からイトウモロコさんの描く美しく優しいタッチの絵に魅了されました。
「老人を美しく描く」というのは非常に難しい仕事だと思いますが、この作品ではおじいさんたちの思わず溜息を漏らしてしまうような美しい描写やシーンが随所に登場します。
老人ホームでの再会、再燃する想い
本作は老人ホームが舞台です。この物語の主人公である高齢の男性・准生(じゅんや)は、紳士的な性格で他の入居者や職員からも信頼の厚い男性。そんな彼がかつて想いを寄せていた男性である日向(ひゅうが)が、ある日突然同じ老人ホームに入居してくるところから物語は始まります。
彼らの若かりし頃は、東京タワーが建設される前の昭和の時代。当時は今とは比較にならないほど同性愛への理解がなかった時代です。そんな時代に、なぜ准生が日向に並々ならぬ想いを寄せるようになったのか。その過程が複数のエピソードを通して丁寧に描かれていくことで、「これは日向さんに惚れてしまうな」と得心します。
しかし、日向は薫(かおる)という女性と添い遂げました。准生は自分が薫の立場だったらどれだけ良かったかという想いを心に秘めながら、二人の披露宴の司会まで務めたのでした。
それから長い月日が経ち、日向は最愛の妻である薫に先立たれ、すっかり生きる気力を無くした状態で准生のいる老人ホームに入居してきました。笑顔が消え、ご飯もろくに食べず衰弱していく様子を見かねた職員と准生は策を講じます。
准生は人生最後の恩返しの機会として、かつて俳優業で培った演技力と、その立場への憧れから細かい仕草まで記憶している薫になりすまし、スカートをはいて化粧もして、日向を元気付けようとします。
素晴らしい作画の力で、准生の純粋で切なる想いが強く伝わってきて胸を打ちます。数十年ぶりに、ほんの少しだけ報われる想いの尊さときたら。
これは正しく「愛」の物語です。
あるいは、これは世界で一番優しい嘘の物語と言っても良いかもしれません。もちろん、普通に考えてそんな嘘をずっと貫き通すのも難しいわけですが……。
その後の顛末がどうなるかは、全2巻を読んで確かめていただければと思います。人が生きるということ、老いた時の在り方などを考えさせられる部分も多く、私は本作に大きな感動を貰えて感謝しました。
終わりに
時代は移り変わり、現代ではマイノリティへの理解が急速に進んできています。しかし、それまでには准生のように誰にも晒すことができない想いを抱えながら、陰で苦しんできた人が沢山います。
だからこそ『スカートをはいたおじいさん』のような作品が描かれることには大きな意義があり、この物語によって救われた気持ちになる人も多いでしょう。
少しずつでも世界は優しい方向へと舵を切っていっている。そんな風に思わせてくれる作品です。