「手洗いは情報の洗浄」強迫性障害を持ち絶望を生きる少年に訪れる希望の物語『ケッペキゲーマー』
【レビュアー/兎来栄寿】
ドラゴンクエスト12の制作発表がされた今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。ドラゴンクエスト11が歴代でもトップクラスに素晴らしい大傑作だったため、12の発売も楽しみで楽しみで仕方ありません。
こんにちは、漫画と同じくらいにゲームも愛しているマンガソムリエ兎来栄寿です。
今回は私と同じようにゲームが大好きという方にも、逆にゲームは普段やらないし興味もあまりないけど面白い物語を読みたい、という方にもお薦めの作品を紹介します。
「絶望」がテーマのレーベル「スペリオール・ダルパナ」とは?
『ケッペキゲーマー』は、スペリオール・ダルパナという最近生まれた媒体で連載されている作品で、5月28日に第1巻が発売されました。
現在アニメ放映中の『オッドタクシー』(4話が神回でしたね)などもこのレーベルなのですが、これが少し異色なレーベルです。
公式の説明を引用すると、
スペリオール・ダルパナは「絶望」をテーマとしたデジタル漫画レーベルです。私たちは絶望の時代をどう生きるのか、この絶望の人生にどう向き合えばいいのか、私たちの渇きはどうすれば癒されるのか?このレーベルはその答えを追究します!
と、なかなか攻めた媒体です。そこに載っている作品群はかなり個性的でありながら、味わい深く読み応えのあるものになっています。
その中の一作品である『ケッペキゲーマー』も、表紙だけ見れば割と明るめの色彩でポップな漫画であるかのようにも思えますが、深い絶望から始まる物語になっています。しかし、その向こうにはしっかりと希望の光も差し込んでいます。
強迫性障害の解像度の高さ
『ケッペキ・ゲーマー』の主人公・黒田公正は強迫性障害、俗に言う潔癖症と言われる、不潔恐怖により他人と接することが困難で、社会生活を営めず引きこもりになっている少年です。
しかも、家族である母親や父親にもその症状についてまったく理解されていません。
強迫性障害といえば大槻ケンヂさんや鬼龍院翔さんが有名ですが、その症状がそこかしこで非常に高い解像度で描かれます。
たとえば、一般的に想像される潔癖な人の代表的な行為である、過剰に手を洗うという行動に関しても下記のように綿密に描かれます。
『ケッペキゲーマー』(あまの/小学館)より引用
そして、この手洗いの後に父親がトイレに入って用を足すのですが、そのシーンにおける「汚れに自己が侵食されていくイメージ」の描き方が非常に激烈で印象深いものになっているので、ぜひ実際に読んでみていただきたいところです。
不潔恐怖のない人間でも、「ああ、こういう感覚に陥っているのか」という体験ができます。
明日が見えない無職の引きこもりに訪れる希望
強迫性障害を抜きにしても、無職や引きこもりといった方の精神状態も関する描写も非常にリアルにされています。
仕事を持つ人は「毎日が休日だなんて何と気楽で羨ましいことか」と思う方も多いと思いますが、逆に、見えない未来に日々喘ぎながら、収入に困ることなく毎日生活できる方がどんなに楽で羨ましいか、と深い絶望を抱いている人も大勢いるのです。
黒田少年のそんな絶望的な生活も、これまた非常に綿密に描かれます。
『ケッペキゲーマー』(あまの/小学館)より引用
このシーンの前段階として
「自分は現実を直視できていると思い安心を得るためにあえて辛いニュースを読む」
「自分でもできそうな求人情報にブックマークをする」
「ほんの些細なタスクもリストにする」
といった諸々の行動にも胸を圧するリアルさがあります。
社会で息をすることができず、他人とまともに関わることもできない……一人で自立して生きていく方法もなく、毎日が不安と焦燥に押し流されて行く…………。
そんな日々を過ごして自分の生きている価値をも見失ってしまっていた公正の家に、ある日カウンセリングにやってきた車椅子の少女・足立歩(あだち・あゆみ)がやってきます。
彼女は不自由な手足でありながら、口を使って卓越した操作を見せるプロゲーマーでした。
彼女との出会いがきっかけとなり、公正もプロゲーマーを目指すことになります。
作中で語られている通り、
「鬱や引きこもり その治療に効く」
そんな妙薬がもしこの世にあるとすれば…
「未来への可能性」
それは絶望の対義、希望という名前で呼ばれるものです。
終わりに
「ゲームは尊いよ。私を自由にしてくれる。」
「ゲームは私を生かしてくれるよ。」
と言ったセリフは、ゲームによって救われてきた私にもとても響くものです。
この物語はテーマこそゲームを扱っていますが、本質的には「絶望的な境遇にある少年が、一人の少女に出逢うことで生きる希望を見出す物語」、普遍的に心に響くボーイミーツガールのストーリーと言えます。
よって、ゲームに興味がある人もない人も、この物語を読むと感動を覚えるはずです。
今、こんな時代だからこそ強くお薦めしたい一作です。
余談ですが、作者・あまのさんに関しては、ヤングスペリオール新人賞審査員賞を受賞した読切の『DAD STRANGE LOVE』も素晴らしいので、ぜひ併せて読んでみてください。