素人が麻雀を描いたら、おっぱいがイーピンになった『角刈りすずめ』
※本記事は、「マンガ新聞」にて過去に掲載されたレビューを転載したものです。(編集部)
【レビュアー/タクヤコロク】
僕が新卒で入った会社で求人広告の制作をしていた時のこと。尊敬していた上司にこんなことを言われた。
「ころく、分かるか?企画とは、対象をその人がどの視点から見るかで決まるんだよ。ここにエビフライがあるとする。これを横に向けて見せるとエビフライだと分かるが、エビフライがその人に向かってくるように奥行きがある風に見せた場合、見ている人にとっては丸っこくてこげ茶色の物体に見えてしまう。そう、まるでウ◯コのように見えてしまうこともあるんだ。こうして、見せ方を意識して伝えるのが企画なんだよ」
なぜ突然こんなことを思い出したかというと、今回紹介する『角切りすずめ』という漫画が、麻雀という対象をあらゆる角度から切り取っているものだったからである。
最近では、サイバーエージェントの藤田晋社長がIT界隈の猛者を集めた麻雀トーナメントを開催するなど、何やら活気づく麻雀界。
『角刈りすずめ』とは、都心の雀荘を523店舗周り、数々の強者雀士と対戦してきた角刈りの男、通称・角刈りすずめが、雀士としての「死に場所」を探し求めてさまざまな雀荘を放浪する、という物語である。
漫画のタイトルに惹かれ、中身には特に期待せずいわゆるジャケ買いをしてみたところ、これが結構おもしろい。この作品は一話完結のショートストーリー。いや、ショートコント集といったほうが正確だろう。
企画のアイデアに困ったら、この角刈りを思い出したい
麻雀といえば、卓上を2〜4人で囲み、手牌が親14枚、子に13枚配られて勝負していくやつである。終局の時に点棒を一番多く持っていた奴が勝つアレ。この漫画は簡単に言うと、鉄拳よろしく「こんな雀荘はいやだ」という発想で、想像できうる限りのユニークな雀荘を描いている。以下に、ほんの少しだけご紹介してみよう。
麻雀牌が丸い
一索をツモると、手牌にいる一索の分だけ孔雀がもれなくついてくる
脳波で麻雀
トライアスロンしながら麻雀
釣った魚で麻雀
上がった牌の種類によって出される料理が決まる中華料理屋さん
おっぱいがイーピン
「おっぱいがイーピン」という語感の気持ちよさに酔いしれる前に、レビューを続ける。
上記はあくまで一例だが、この他にもあらゆる切り口で麻雀が語られている。その数なんと、全26話。あれ、そこまで多くなかった。全2巻というのも、「あぁ、この人ネタ切れしたのかな」と思わせるような巻数である。
しかし、それがいい。
完全に僕の主観だが、こうした一話完結のギャグ漫画は、瞬発力だけで駆け抜けたほうがいい。
「麻雀」にこだわればこだわるほど切り口にエッヂが立ってくるが、飽きが来るのも早いからだ。だから、2巻で完結したのは個人的にはすごくいいのではないかと思っている。2巻までだから、おもしろい。これが13巻まで続いてたら僕は買わない。
そして、あとがきにもあるが、当の作者は麻雀をまったく知らないという事実。興味がなさすぎて、連載のオファーをもらった時に一度は即答で断ったほどだ。
それでも、気持ちを切り替えて描いてくれて良かった。多分、麻雀を知らないからこそ、独自の視点で「麻雀」を切り取り、いろんな切り口を展開してくことができたのではないだろうか。もう、途中からどこへ向かっているのか分からないもの。
この漫画に出会った当時、僕はとあるWebマガジンの新人編集者になっていて、日々企画のブレストやアイデア出しに追われていた。
新人が自分の頭の中で完結するようなアイデアは基本クソなものが多いので、人に会ったり本を読んだりひたすらググったり、僕の知らない情報源を探し求めていた。
そんな中、「麻雀」という1つの制約を課した上で、その概念に一切とらわれることなく新境地を開拓していった『角刈りすずめ』には、企画の切り口の多様性と、ネタが切れたら連載を終える(※)という潔さを教えてもらった。「麻雀」をいったん発散させ、回収し、オチで「麻雀」に戻るという、きれいなPDCAサイクルを教えてもらった。
日々企画業に勤しむアイデアマンは、一度手に取ってみてはいかがだろうか。
(※)「ネタが切れたから連載を終えた」というのはあくまで僕の想像ですので、事実と違う可能性が大いにあります。間違いであった場合は即刻修正いたしますので、その辺りご了承ください。