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わざわい転じて財布だす!?

八王子駅北口を降りて最初のスクランブル交差点を渡ったところに、巷の花屋、多摩花賣所はあった。信号が青になると川が決壊したみたいに一斉に人がなだれ込んできた。
開店準備をしていると、足早に通り過ぎようとした60代くらいの女性が花を一瞥して
「高っ!!」
と言い放った。咄嗟に私は
「高くな〜いっ!!」
とそのうしろ姿にむかって大声で返した。
まさかそんな横柄な返事をされると思っていないから、ビクッとして振り返って私を見る。
「これ高くないですよ」
と今度は笑顔で優しく言った。
「高いじゃない、1本¥800もする花なんて、買わないわ」
高いという方は花に関心があるのは間違いない。花の値段を知っているのだ。要はその人の物差しの問題なので、その人が安いと感じれば買うということでもある。だから咄嗟に「高くな〜〜い!!」と叫んだのだ。だって早足で声が追いつかないと思ったから。そして本当に高くないですもん。

「安くてラッキーと思って、すぐに枯れてしまってガッカリした経験はないですか?」
大概そういうお客様はそういう経験があるのだ。それはそうだ。値段で買ってる方なので。安物買いの銭失いとはよくいったものである。
「例えば10本¥300というお花が翌日か翌々日に枯れたらいくら安くてもガッカリしませんか?なんか損した気分になるでしょう?」
「そりゃそうよね」
「もうあそこの花屋は行くもんかって思いますよね?」
「まあね」
「例えば1本¥2000の花が1週間経っても2週間経っても綺麗で、3週間も持ったりしたらなんか得した気持ちになって、良い花を買ったわってならないですか?」
「まぁねぇ〜」

例えば…
この花とこちらの花、茎を触ってみて下さい。違いがわかりますか?
「もちろんわかります。硬さが違いますから」
「どっちが持つと思いますか?」
「え〜、そうよねぇ、硬い方?」
はいその通り。こういう時は実際に触らせて五感に訴えると効果大。こっちの柔らかい方は¥200 硬いのは¥300なり。
「この硬いのは寒い地方のもので、大きくなるまでに時間がかかります。時間がかかった分締まってます。例えばそっちのは出荷まで2ヶ月とすればこっちは3ヶ月、日持ちが違えば値段にも差が出ます」

その¥100の違いが1週間から2週間、もっとの日持ちの違いになるとしたらどうですか。と聞いてみた。
ふんふんととりあえず聞いている。

1本¥2000が3週間も持ったら1日¥100ていうことだ。¥100で3週間もハッピーな気持ちになれたら高くないでしょう?
そして私は畳み掛けるようにこう言った。
「もし3日で枯れたらお金はお返ししますよ」
すると大抵はこう返してくる。
「あなたがそこまで言うんじゃあよっぽど自信があるのね。面白い。本当にそこまで持つのか、そんな花今まで買ったことないから試してみましょう」
お財布を出し、さっきは高いと文句を言ったのに、¥800のトルコギキョウを買って帰っていった。
一部始終を聞いていたスタッフは「買わせた・・」と驚いていた。
なんて人聞きの悪い。騙してないから。

1ヶ月後、その女性は電車に乗ってやってきた。

「あなた、すごいわよ。本当にこの間のお花つい最近まで綺麗に咲いてたのよ。驚いた。本当に驚いた。こんなこと初めて。あんまり嬉しかったからこれ皆さんで食べて。少しだけど」

たった1本の花が次に菓子折りになって返ってくるという、多摩花ではなぜかよくある話。そして必ず言われる決め台詞、

「それで今日はどれがおすすめ?」

店の前は花がいっぱいだ



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