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あれ、そんなルールあったっけ?──心情的な“できない”を取り払う2025

見えない“心情的な規制”とは

別に物理的な制限があるわけでもないのに、なぜか自分で行動を制限してしまうこと、ありませんか?
たとえば、実家に帰省したとき、妙に「家の中にいないといけない気がする」ような感覚。
誰からも「出歩いちゃダメ」と言われていないのに、自分で自分を規制してしまうのです。

こういうこと、意外と日常のあちこちで起こっていそうだと思いませんか?
本来はやってもいいはずなのに、「なんとなく居心地悪い」「立場的にまだ無理…」と感じて踏み出せない。
これこそ心情的な規制の正体なのではないでしょうか。


「やるから成れる」の提言

最近、X(旧Twitter)で見かけた投稿が気になりました。
「成ったら、やれるのではない。やるから、成れるのだ。」
(小川哲平@CFBM代表 @cfbm_teppei)

この言葉は、一種の“心情的な規制”を突き破るメッセージと感じます。

  • たとえば「自分はリーダーの立場じゃないから何もできない」という先入観。

  • 実はそれを「やる」ことでリーダーとして道が切り開けるのに、最初から自分にブレーキをかけてしまう。

「やるから、成れる」という発想があれば、立場や肩書きに縛られずに行動を起こせるはず。
心情的な規制こそ、実は誰も課していないルールなのではないかと再認識させてくれます。


2025年は勝手に改善していく

私も2025年は、この「心情的な規制」を無視して、
なんか「居心地悪いな…」と思ったら、どんどん勝手に改善していくことに挑戦したいと考えています。

  • “やっていいのかな”という曖昧な場面では、まずやってみて、問題があれば後で修正

こういう心の持ち方をすれば、意外なチャンスや出会いが生まれるかもしれません。


まとめ

  1. 心情的な規制

    • 物理的にも法律的にも制限されていないのに、自分が勝手にブレーキをかけている状態。

  2. 「やるから成れる」

    • ポイントは、まず行動を起こすこと。立場や状況は後からついてくる。

  3. 2025年の目標

    • 勝手に居心地の悪さを感じたら、その枠を取り払って改善してみる。

実際に動いてみると、“あれ、別に問題なかったな”なんてことも多いかもしれません。
今年はそんなふうに、自分で敷いた見えない境界線を飛び越える一年にしていきたい――
あなたはどう思いますか?

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