アメリカ・カナダの推奨している炭水化物摂取量

アメリアとカナダにおいて、炭水化物の推奨摂取量は決まっているのだろうか。

Trumbo, Paula et al. “Dietary reference intakes for energy, carbohydrate, fiber, fat, fatty acids, cholesterol, protein and amino acids.” Journal of the American Dietetic Association vol. 102,11 (2002): 1621-30. doi:10.1016/s0002-8223(02)90346-9

米国科学アカデミー食品栄養委員会の食品摂取基準(Recommended Dietary Allowances)と、カナダの推奨栄養摂取量(Recommended Nutrient Intakes)が合わさり、食事摂取基準(Dietary Reference Intakes:DRIs)が策定された。
1997年に第一弾が策定され、その後毎年版を重ねた。
当初はビタミン、ミネラルの摂取基準であったが、2002年の版より炭水化物の項目が追加された。

2002年の版において、炭水化物の推奨摂取量は「130g」とされたが、判定方法は「代替エネルギー源として脂肪やタンパク質に頼らず、脳が必要とする最小限のブドウ糖を摂取することができる」であった。
つまり、「脳が脂肪酸やケトン体を利用できない場合」ということになる。そんな特殊な状況をわざわざ危惧する必要はない。

詳しい内容は2005年に公開されており、以下のデータベースからアクセスできる

そこでは以下のように説明がなされている。

代謝の必要性と健康の最適化に適合する炭水化物の最少量を決定することができる欧米人集団の長期データは入手できない。したがって、総合的な食物エネルギーの充足という観点から、糖質摂取のEAR(推定平均必要量)は、摂取したタンパク質やトリアシルグリセロールからグルコースを追加生成する必要がなく、脳(すなわち中枢神経系)にグルコース燃料を十分に供給できる消化可能な糖質の量に基づくことが暫定的に提案されている。

つまり、統計学的な長期データが無いので、生理学的に考えてみようということである。そのあとに、しっかりとした説明がなされているが、まとめると
「脳は通常グルコースがエネルギー源だが、ケトン体も使える。でも、ケトン体を使えるようになるためには、多量の蛋白質と脂質摂取が必要。蛋白質はオートファジーもあるが、糖新生につかわれたり、尿から排泄されたりするので、1日で、30~34gの蛋白質摂取量が必要。
しかし、一度にに30〜34gのタンパク質を摂取すると、24時間にわたって少量ずつ摂取しない限り、インスリンの分泌が促進される可能性がある。インスリンが上昇すると、脂肪分解が抑制され、ケトン体産生も抑制されてしまう。糖新生に必要なグリセロールが脂肪から供給もされないので、脳の栄養が無くなってしまうんじゃないか?」
ということだろう。
興味深い考察ではあるが、「摂取した脂質からの中性脂肪の供給」が欠落してはいないだろうか。
そして、ケトン体・ケトン食が脳の神経細胞にとって、有益であるという報告は、たくさんある。

ケトン体は海馬ニューロンの酸感受性イオンチャネルを弱める
Zhu, Fei et al. “Ketone Bodies Inhibit the Opening of Acid-Sensing Ion Channels (ASICs) in Rat Hippocampal Excitatory Neurons in vitro.” Frontiers in neurology vol. 10 155. 12 Mar. 2019, doi:10.3389/fneur.2019.00155

ラットの海馬錐体細胞において、ケトン体はPGC1α、SIRT3、UCP2の発現を上昇させる。
Hasan-Olive, Md Mahdi et al. “A Ketogenic Diet Improves Mitochondrial Biogenesis and Bioenergetics via the PGC1α-SIRT3-UCP2 Axis.” Neurochemical research vol. 44,1 (2019): 22-37. doi:10.1007/s11064-018-2588-6

ケトン体は海馬の酸化ストレス軽減、ミトコンドリア機能向上
Majrashi, Mohammed et al. “β-hydroxybutyric acid attenuates oxidative stress and improves markers of mitochondrial function in the HT-22 hippocampal cell line.” Journal of integrative neuroscience vol. 20,2 (2021): 321-329. doi:10.31083/j.jin2002031

ケトン食のパーキンソン病に対する有効性
Phillips, Matthew C L et al. “Low-fat versus ketogenic diet in Parkinson's disease: A pilot randomized controlled trial.” Movement disorders : official journal of the Movement Disorder Society vol. 33,8 (2018): 1306-1314. doi:10.1002/mds.27390

脳は、グルコースよりもケトン体の方が効率的に運用できる
Xin, Lijing et al. “Nutritional Ketosis Increases NAD+/NADH Ratio in Healthy Human Brain: An in Vivo Study by 31P-MRS.” Frontiers in nutrition vol. 5 62. 12 Jul. 2018, doi:10.3389/fnut.2018.00062

つまり、ケトン食は、インスリンによるケトン生成抑制を跳ね除け、十分量のケトン体を生成できるということになる。

そして
「蛋白質摂取量を減らしたら、筋肉が分解されてしまう」ということも暗に心配もしているだろう。
ケトン体・ケトン食は、筋細胞にとって有益に働く報告は多い。

12週のケトン食で筋力低下なし(非ランダム化比較試験)
LaFountain, Richard A et al. “Extended Ketogenic Diet and Physical Training Intervention in Military Personnel.” Military medicine vol. 184,9-10 (2019): e538-e547. doi:10.1093/milmed/usz046

重量挙げ選手に糖質制限をしても筋力減少なし
Greene, David A et al. “A Low-Carbohydrate Ketogenic Diet Reduces Body Mass Without Compromising Performance in Powerlifting and Olympic Weightlifting Athletes.” Journal of strength and conditioning research vol. 32,12 (2018): 3373-3382. doi:10.1519/JSC.0000000000002904

敗血症時、ケトン体で筋保護作用
Goossens, Chloë et al. “Adipose tissue protects against sepsis-induced muscle weakness in mice: from lipolysis to ketones.” Critical care (London, England) vol. 23,1 236. 1 Jul. 2019, doi:10.1186/s13054-019-2506-6

ケトン食で骨格筋が肥大
Paoli, Antonio et al. “Ketogenic Diet and Skeletal Muscle Hypertrophy: A Frenemy Relationship?.” Journal of human kinetics vol. 68 233-247. 21 Aug. 2019, doi:10.2478/hukin-2019-0071

ご高齢の方へのケトン食で骨格筋が増加 RCT
Goss, Amy M et al. “Effects of weight loss during a very low carbohydrate diet on specific adipose tissue depots and insulin sensitivity in older adults with obesity: a randomized clinical trial.” Nutrition & metabolism vol. 17 64. 12 Aug. 2020, doi:10.1186/s12986-020-00481-9

乳がん患者さんに対するケトン食 非ランダム化比較試験
最終的には筋肉量を維持
Klement, Rainer J et al. “Impact of a ketogenic diet intervention during radiotherapy on body composition: III-final results of the KETOCOMP study for breast cancer patients.” Breast cancer research : BCR vol. 22,1 94. 20 Aug. 2020, doi:10.1186/s13058-020-01331-5

ケトン食で筋細胞のミトコンドリア機能上昇
Miller, Vincent J et al. “A ketogenic diet combined with exercise alters mitochondrial function in human skeletal muscle while improving metabolic health.” American journal of physiology. Endocrinology and metabolism vol. 319,6 (2020): E995-E1007. doi:10.1152/ajpendo.00305.2020

HFpEFにケトン体が有効
Deng, Yan et al. “Targeting Mitochondria-Inflammation Circuit by β-Hydroxybutyrate Mitigates HFpEF.” Circulation research vol. 128,2 (2021): 232-245. doi:10.1161/CIRCRESAHA.120.317933

ケトン体は筋細胞を増殖させる
Zhong, Ran et al. “Acetoacetate promotes muscle cell proliferation via the miR-133b/SRF axis through the Mek-Erk-MEF2 pathway.” Acta biochimica et biophysica Sinica, gmab079. 29 Jun. 2021, doi:10.1093/abbs/gmab079

ミトコンドリア病に対するケトン食
*ミトコンドリアミオパチーには注意
Zweers, Heidi et al. “Ketogenic diet for mitochondrial disease: a systematic review on efficacy and safety.” Orphanet journal of rare diseases vol. 16,1 295. 3 Jul. 2021, doi:10.1186/s13023-021-01927-w

ケトン体はチオレドキシン1を通じて、心筋における酸化ストレスを軽減
Oka, Shin-Ichi et al. “β-Hydroxybutyrate, a Ketone Body, Potentiates the Antioxidant Defense via Thioredoxin 1 Upregulation in Cardiomyocytes.” Antioxidants (Basel, Switzerland) vol. 10,7 1153. 20 Jul. 2021, doi:10.3390/antiox10071153

デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)にケトン食が有効
Fujikura, Yuri et al. “Ketogenic diet with medium-chain triglycerides restores skeletal muscle function and pathology in a rat model of Duchenne muscular dystrophy.” FASEB journal : official publication of the Federation of American Societies for Experimental Biology vol. 35,9 (2021): e21861. doi:10.1096/fj.202100629R

ケトン食で運動パフォーマンスに負の影響なし、筋グリコーゲンも減少無し
Volek, Jeff S et al. “Metabolic characteristics of keto-adapted ultra-endurance runners.” Metabolism: clinical and experimental vol. 65,3 (2016): 100-10. doi:10.1016/j.metabol.2015.10.028

140日間のケトン食で筋肉量増大
Tzenios, Nikolaos et al. “Examining the Efficacy of a Very-Low-Carbohydrate Ketogenic Diet on Cardiovascular Health in Adults with Mildly Elevated Low-Density Lipoprotein Cholesterol in an Open-Label Pilot Study.” Metabolic syndrome and related disorders, 10.1089/met.2021.0042. 16 Dec. 2021, doi:10.1089/met.2021.0042

さらにケトン体は、筋細胞において、グルコース→ピルビン酸を抑制するため、ピルビン酸とグルタミン酸からアラニンを作る経路が抑制され、グルタミン酸からグルタミンが作られることになる。このグルタミンが筋分解を抑制する働きがある。

以上より、ケトン体・ケトン食は、脳・筋細胞にとって有益であるといえる。

ちなみに、尿中の窒素量が減少することを指摘しているが、ケトン体は筋分解を抑制するので、尿中への窒素排泄量減少は、当然の結果である。


2002年以前の米国、カナダの摂取基準はどうだったのだろうか。

National Research Council (US) Subcommittee on the Tenth Edition of the Recommended Dietary Allowances. Recommended Dietary Allowances: 10th Edition. National Academies Press (US), 1989. doi:10.17226/1349

1989年の米国の食品摂取基準第10版のなかで、炭水化物摂取量について以下のような記載がある。

ほとんどのアミノ酸、脂肪のグリセロール成分、および一部の有機酸はグルコースに変換される。そのため、少なくともほとんどの場合、炭水化物を絶対的に必要とする食事はありません。しかし、炭水化物を摂らないと、蓄積されたトリグリセリドの脂肪分解や脂肪酸の酸化が進み、ケトン体が蓄積される。また、炭水化物抜きの食事をすると、食事や組織のタンパク質の分解が促進され、陽イオン(特にナトリウム)が失われ、脱水症状を起こすことが多い。低炭水化物食や断食によるこれらの影響は、毎日50〜100gの炭水化物を摂取することで防ぐことができる(Calloway, 1971)。

この多少は糖質を摂取しないとケトン体が上昇してしまうという内容は、上記の食事摂取基準(Dietary Reference Intakes:DRIs)にもしっかり継承されている。

カナダはどうだろうか

Health and Welfare Canada, 1990. Nutrition recommendations: Report of the scientific review committee. Minister of Supply and Services Canada, Ottawa, Canada.

1990時点でのカナダの方針がわかるはずだが、ネット上で資料を探せなかった。

では、今2022年においてはどういう変貌を遂げているのだろうか。

米国とカナダが共同で作成した食事摂取基準(Dietary Reference Intakes:DRIs)は、毎年多少のアップデートはあるが、炭水化物の項目においては、上記に紹介した2002年のもので止まっている。130gを最低限摂取しようという根拠は2002年で止まっているのだ。

いっぽうで、米農務省は1980年から、5年に一回「アメリカ人の食事ガイドライン」を策定している。

1980年の初版は、脂質や糖質を摂りすぎないようにといった一般的な内容であり、特に上限や下限は制定されていなかった。
最新版は2020-2025バージョンである。

炭水化物の摂取量は45-65%で、必要摂取量を130gとしている。
その根拠はやはり2002年の食事摂取基準(Dietary Reference Intakes:DRIs)となっており、20年もの間アップデートされていない。

2008年以前だが、こちらも参考になる

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjda/51/12/51_12_1234/_pdf/-char/ja

そして、カナダにももちろん食事摂取基準はある

しかし、炭水化物摂取量については議論されていない。

つまり未だに両国は、「炭水化物最低摂取量130g」を引きずっているということになる。

では、「糖尿病」においてはどうであろうか。
次回へ。


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