『大学女子サッカー選手の膵臓裂傷』〜スポーツ現場で発生した内臓損傷の話〜
今回は"Pancreatic Laceration in a Female Collegiate Soccer Athlete: A Case Report"という論文を紹介します
日本語訳すると『大学女子サッカー選手の膵臓裂傷:症例報告』
という症例報告の論文を紹介していきます。
『ヘディングをしようとした際に相手選手の膝が上腹部に入って膵臓が損傷した』という内容です。
現場のアスレティックトレーナーがどのように対応し、どのタイミングで医療機関へ搬送することになったのか。
現場で起こる”体幹部への打撲っぽいもの”を打撲で終わらせずに内臓損傷を疑いどのようにマネジメントしていくべきなのか。など勉強になる論文でした!
自分がこの場面に遭遇したら、どのように対応していたのか妄想を膨らませながら読むとおもしろいかもしれません…
どのように発生し経過を辿っていったのか見ていきましょう👀
負傷時
ボールをヘディングしようとした際に相手の膝が左右の上腹部の間に直撃。
1分間軽い吐き気を訴えた。この時点では他の徴候や症状は見られなかった。
外傷から3分後に患部にわずかな不快感と締め付けられるような痛みを訴えた。
念の為、競技には復帰しなかった。
「必要であれば復帰できた」と本人が述べている。
受傷から3時間後
試合後のチームで食事をする際に痛みを訴えた。
・腹部の痙攣(+)
・変色(ー)
・膨張(ー)
・硬直(ー)
・反跳性の圧痛(ー)
軽い痛みと痙攣のみで、それ以外は無症状だった為、直ちに医師へ紹介する必要はないと考え試合会場から約90分かかるチームの地元の外傷センターに紹介した方が良いと判断した。
チームがキャンパスに戻った時、患者は再び痛みを訴え、今度は腹部の痙攣と嘔吐が激しくなった。この時点で救急センターに行くことになった。
救急外来での評価
患者の痛みと吐き気は悪化、筋性防御を伴う上腹部の圧痛が明らかにあった。
血液検査ではアミラーゼとリパーゼが上昇
経口および静脈内造影によるCT検査が行われ、中程度の骨盤内液、軽度の肝周囲、脾周囲、膵周囲液、腸間膜浸潤が検出された。
身体所見、血液検査結果、CT所見の結果、初回外傷から約11時間後に試験開腹術を受けた。その際、横行結腸間膜領域の血腫、空腸の挫傷、膵臓の炎症が認められた。
術後,ドレーンからアミラーゼ,リパーゼ,膵液の中等量漏出が認められた.そのため,術後2日目に膵臓と膵管をよりよく観察するために磁気共鳴胆管膵管撮影(MRCP)が行われた.MRCPの結果,脾臓付近の頭部と胴部の接合部に膵臓の大きな縦断裂があり,脾臓静脈まで伸びていた.裂傷の幅は約2cmと判定された。この時点で、患者は他施設の膵臓専門医に紹介され、2回目のCTが施行された。
鑑別診断
・肋骨骨折
・十二指腸・空腸・肝・脾の挫傷・裂傷
・腸間膜損傷
・出血性卵巣嚢腫
X線写真では骨折は認められず,CTスキャンでも腹腔内損傷は認められなかった.
腹腔鏡検査で他の臓器損傷は否定された.
治療方法
外傷の 4 日後、患者は膵臓の 75% を除去する膵尾部部分切除術を受けた。脾臓全摘術も実施した。
当初、彼女の活動レベルは著しく制限され、日常生活動作に介助を必要とした。
しかし、術後約7ヶ月でランニングを開始し、その2ヶ月後にはサッカーを再開することができた。
現在、競技に完全復帰しているが早期の疲労により、まだ少し制限がされている。
考察(論文内での)
腹腔内外傷は、自動車事故に巻き込まれた人々ではかなり一般的だが、スポーツ競技中に発生することはまれである。
報告はさまざまだが、肝臓と脾臓は、スポーツ競技中の腹腔内外傷で最も頻繁に損傷を受ける臓器である。
膵臓の損傷は一般に銃創や刺傷のような貫通外傷と関連しているが、鈍的外傷による損傷はスポーツの場でも発生することがある。
膵臓は脊椎の前方に固定されているため、圧迫損傷を受けやすく、挫傷や裂傷は頭部と頸部の接合部で発生しやすい。この患者の場合、相手選手の膝と脊椎の間で膵臓が圧迫されたのである。膵臓単独の損傷は稀であり、特に肝臓、脾臓、十二指腸の損傷をほとんどの患者で併発する。
腹腔内損傷、特に膵臓損傷の発見は、病院以外では非常に困難である。
前上腹部直接打撃の場合、損傷のメカニズムだけでも疑いを持つことができ、常に膵臓の損傷を考慮する必要がある。
ある報告では、鈍的膵外傷を受けた患者の78%においてのみ腹痛が認められ、その多くはびまん性または心窩部痛であった。
腹部圧痛は80%の患者に認められ、びまん性であることが多かったが、反跳性圧痛はまれであり、10%にしか認められない。
全体として、これらの症状は膵臓損傷のグレードやその後の病的状態や死亡とは相関がなかった。
しかし、これらの症状がないからといって腹腔内損傷を否定することはできない。
一般に、患者が最初に訴えた腹痛や圧痛は受傷後2時間で軽減し、その後4〜6時間かけて再び増加する。
食物の摂取により膵臓の活動が刺激され、膵酵素が放出された結果、痛みと痙攣が生じた可能性がある。また、膵臓裂傷に加え、軽度の腸管損傷にとどまったことも、このような症状を呈した一因と考えられる。腹痛や圧痛は通常、複数の臓器が侵された場合に多く見られる 。したがって、外傷の機序によって臓器が傷害された可能性がある場合には、継続的な観察が重要である。
結論
膵臓の外傷は、生命または臓器を脅かす可能性のある損傷につながる可能性がある。鈍的膵臓外傷後の早期死亡の主な原因は、関連する損傷、特に血管損傷の存在に関連している。
痛みやその他の症状がないからといって、膵臓の損傷がなくなるわけではない。したがって、継続的な観察が必要である。アスレティック トレーナーやその他の医療専門家は医師への紹介と管理を遅滞なく行えるようにすることが不可欠です。膵臓の損傷は、まさに生死にかかわる状況です。
👀読んだ感想
痛々しい内容の論文でした…
読んだ時は「膵臓の75%切除!?消化機能の障害起きそうだしインスリンの分泌とかどうなってしまうんですか??」って感じでしたが、安静時においては内分泌・外分泌機能障害に罹患していないらしいです。人間の適応力すごい。
本文に『現在、競技に完全復帰しているが早期の疲労により、まだ少し制限がされている。』という文がありましたが考察の部分にこのような記載がありました。
確かに運動を始めて早期に疲労が訪れているという状況は、インスリンの分泌量低下によってグルコース調節の問題が起きれば辻褄が合いそうな話ですね。
こういう場合はインスリンの分泌量自体を改善させるような投薬治療をしていかないと改善されていかないんですかね?
理学療法士さんが、どのように内科系疾患に対するリハビリテーションを進めていくのか興味深いところです。
内臓損傷が疑われる場合のマネジメントにおいては継続的な観察が重要と本文で何度も出てきました。
24時間トレーナーが見ていられる訳ではありません。
今回の症例でも受傷から3時間後に悪化して救急センターに行くことになりました。
受傷から3時間以内にチームが解散していたらどうなっていたでしょうか?
目が行き届かない状況でトレーナーとして、どのように管理することがベストでしょうか?
頭部外傷後の選手に「状態悪化したら病院行ってね」や「悪化したら連絡して」というのを聞くことがあります。
携帯で連絡できない、自分で病院にも行けないくらい悪化してしまう可能性もゼロではありません。
命に関わるリスクがあるならば、常に最悪の状況を想定して対応を考えるべきだと思いました。
💭最後に
「膝が腹部に入った」というのは接触があるスポーツであれば、いつ起きてもおかしくないような受傷機転ですね。
もし現場で【選手がお腹を抱えて倒れている】状況に遭遇したら、何が考えられますかね?
意識の有無によっても考えられる物は変わってきそうですが、意識がないのであれば心臓震盪などもあるかもしれません。AEDを持ってすぐに走っていくべきですね。
意識があってうずくまっているのであれば、肋骨部の打撲や肋間筋の損傷、肋骨骨折などなど…
肋骨骨折が起きているのであれば、それに伴う血胸や気胸、内臓損傷なども考えられそうです。
肋骨骨折なら複数本損傷していれば奇異呼吸も起きそうですね。
フィールド外に自力で移動できて評価が可能であれば肋骨圧迫テストや呼吸時の胸郭の動きの左右差などから評価できるかもしれません。
肋間筋の損傷であれば丁寧な触診で情報が得られるかもしれません。
肋骨骨折に伴うのは動脈損傷よりも静脈損傷の方が多いって何かで読んだ気もする…(違ったらすみません)
だとしたら継続的な観察がとても重要になってきますね。
現場で発生する全ての打撲で、医療機関を受診するべきとは思いませんが1%でもリスクがあるものに関しては迷わず受診させるべきだと僕は思っています。胸郭の打撲だから受診するべきという訳ではなく下腿や大腿の打撲にコンパートメント症候群が併発している状況もあるかもしれません。
現場で発生する”打撲っぽいもの”をアイシングして終わり!ではなく細かく丁寧に正しい評価と対応を心がけていきたいと思いました。
本文にはもっと細かい状況の記載や考察なども記載されていたので興味ある人はぜひ読んでみてください👀
最後まで読んで頂きありがとうございます🙏
📚文献
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