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旅と酒場と男と女 ~夜の名古屋、これは逆ナンか美人局か?~
10代の頃にも何度か遊びに来たことはあったが、酒が飲めるようになってからの名古屋は一味違った。
「味噌カツ」「どて煮」に「味噌おでん」。
「手羽先」や「天むす」。
名古屋は、一杯呑りながら食べたいメニューに溢れていた。
バイクにまたがり一人旅。この旅の目的は関西だった。
一週間かけて関西を回って帰ることだけは決まっていたが、どこに寄るのも、どこに泊まるのも自分次第。
これが一人旅のいいところである。
ノンストップで関西まで行ってしまう計画もあったが、俺は名古屋で一泊することにした。
名古屋で一泊する目的はもちろん一つ。
「名古屋めし」で一杯呑ることに決まっている。
俺は宿泊先にバイクを置いて、街に繰り出した。
詳しい場所は覚えていないが、階段で地下に降りる手羽先のお店を見つけた。
店内は見えない。
でも俺の直観がこの店だといっている。
メインは手羽先だし、言うことないじゃないか。
仮に失敗しても、夜はまだ長いから次の店に移動すればいい。
俺はそんな気軽な気持ちで階段を下りていった。
黒を基調とした店内は、思っていたよりモダンな雰囲気。
カウンターに腰掛け、樽生ビールを注文した。
埼玉から名古屋まで約380km。
喉を鳴らし、食道を駆け抜けるビールが疲れを癒してくれる。
「お兄さん、この辺の人じゃないよね?」
手羽先を何本か食べたとき、隣に座っていた美女が声をかけてきた。
どうやら俺の手羽先の食べ方が、地元の人のそれではなかったらしい。
美女はおもむろに俺の皿から手羽先を1本とって、上手に2つに折ってみせた。
「こうすれば、骨に肉が残らないで食べられるんだよ。」
たしかに。ただ手羽先に食らいついていた俺とでは、食べ終わった後の骨の状態が全然違う。
手羽先を持っていた指をペロって舐める仕草がとんでもなく可愛いこの美女は、恵美(仮)。
名古屋生まれの名古屋育ちで、年齢は俺の2コ上。
モデルでもしているんじゃないかってぐらいのスタイルと美貌は、目の前にある「キリン 一番搾り」よりも輝いて見えた。
この近くで独り暮らしをしていて、この店にもよく来ているそうだ。
しかし恵美は、人との距離を詰めるのが上手い。
いつの間にか、間に一つ空いていたはずの席に移動しているし。
一人旅についての質問に俺が質問に答える度に「かっこええわ!」を連発するし。
当然、悪い気はしない。
最初は軽く飲んで店を変えるつもりだったのに、ついつい話が盛り上がってしまう。
恵美は美人なのに気取らないし、(下ネタではなく)男を立てるのも上手い。
「へぇ〜。今夜は名古屋に泊まるんだ。」
「明日の朝は絶対にカフェでモーニングだね。」
「1泊しかしないの? 関西まで行かないでここらへんで遊んでいけばいいのに。」
これってなんだか誘われてる?
うっすらと脳裏に浮かんでは消えるこの疑問を決定づける一言がきた。
チラチラと時間を気にすることが多くなってきた恵美が口を開く。
「私はそろそろ行くけど、あなたはどうする?」
これ、決まりでしょ?
元々別で飲んでいたのに、出るタイミングで「どうする?」って聞いてくる普通?
もうそれ以外にないでしょ!
「俺もぼちぼち出ようかな。」
我ながら、なんてすっとぼけた返事だろうか。
「自分の分は、自分で払うから心配しないで!」
恵美はそういうが、隣に座ってからのオーダーはすべて俺の伝票についていた。いい店だ(笑)
まぁ気にしないさ。
会計を済ませて階段を登る。
さっきまで座っていたから気がつかなかったけど、恵美って意外と背が高いんだな。
てか足長っ!
旅先で出会った美女とのエピソードなんて、地元の奴らが喜びそうな土産話だ。
そして階段を登り終え、地上に出ると一人の男が立っていた。
「ありがとう。楽しかったよ!
こちらは彼氏です。家も近いし大丈夫って言ったのに迎えに来てくれたみたい。」
俺はすべてを察した。
これはあれだ。
テレビとかで見る「美人局」ってやつだ。
一人旅についてあれこれ聞いてきたのは、近くに仲間がいないか確かめるためだったのか?
話を盛り上げて酒を飲ませた(勝手に飲んだんだけど)のも、俺を酔わせて抵抗できなくするためだったんだな?
面白い。
俺からお金を取れるもんなら、取ってもらおうじゃないか。
美人局に合ったけど返り討ちにしてやったというエピソードこそ、俺が求めていた土産話だ。
俺は相変わらず可愛い笑顔を振りまく恵美から、男の方へと目をやった。
あれ?
美人局って、もっと強面の人が出てくるんじゃないの?
イケメンだけど、こんな優男でいいんだっけ?
否、見た目に騙されてはダメだ。
拳は? よく見たら拳ダコとかできてないか?
ない。手タレとかできそうなぐらい綺麗な手をしている。
耳は? 柔道とかレスリングやってた人みたいに腫れてるんだろどうせ?
ない。耳の先まで整っていやがる。
「すいません。恵美が何かご迷惑おかけしていませんでしたか?
一人で飲みに行っては、色々な知り合いを作ってくるんですよ。
今日も『一人旅中のおもしろいお兄ちゃんを見つけた!』ってメールがきてて。
だいぶ酔っ払っているみたいだったから迎えにきました。
恵美も楽しかったみたいです。ありがとうございました!」
2人は、何度も何度も丁寧なお礼をして去っていった。
なんだこれは。
美女とのエピソードを期待して裏切られ。
美人局を返り討ちにしようとして裏切られ。
でも、なんだかお似合いのカップルだったな。
奥歯の間に挟まっていた手羽先が出てきた。
甘辛いはずなのに、なんだかこのときはほろ苦く感じたよ。
俺はモヤモヤした気持ちを抱えながら、栄方面へと歩き出した。
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![南原卓也(美味いビールが飲みたい)](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/71442936/profile_c77cf1c0c24fe3e07fa4fe1b6a99460e.jpg?width=600&crop=1:1,smart)