見出し画像

旅と酒場と男と女 ~大宮の酒場の鉄の掟~

友達が多くいたこともあり、若い頃はちょくちょく大宮で遊んでいたもんだ。
この街で出会い、この街で別れた人間もいる。

悪そうな奴はだいたい友達ってことはないけど、カラーギャングやってる奴とか、ラッパーやってる奴らと飲んでたのも大宮だった。
初めての「B-BOY PARK」も、大宮で知り合った奴に誘われて行ったんじゃなかったかな。

大人になって遊びに来ることはめっきり減ったけど、仕事では定期的に大宮に来ている。
新しいビルが建ち、お店もずいぶん入れ替わった。
俺が遊んでた頃とはすっかり変わっちまったなってのが素直な気持ちだ。


そんな大宮にも、俺がよく遊んでた頃よりずっと前から変わらず営業している酒場がある。
大宮のランドマークと呼んでもいい酒場だ。
店内はいつ行っても満席。
午前10時の開店から閉店時間までずっと賑わっているんだから大したもんだ。

そんな大繁盛店のホールは、今日も元気なおばちゃんたちが縦横無尽に駆け回る。
大ジョッキになみなみ注がれたビールを軽々と持ち、スピーディーかつ丁寧にお客さんのもとへ。
俺みたいな若造が言うのもなんだけど、本当に最高のおばちゃんたちだ。
俺はこのおばちゃんたちが気持ちよく仕事できるようにするのは、この酒場を訪れる客の義務だと思っている。

そして、この酒場では、客が絶対にやってはいけない「鉄の掟」が存在する。

その掟を破ったらどうなるのかって?
それは公開処刑と呼ぶに相応しい制裁。
ほら。また一人、酔っ払った先輩が「鉄の掟」を破ろうとしている……


生ビール(大)、煮込み、ポテトサラダ。
俺のこの酒場でのファーストオーダーは、その3つに決まっている。
一口目のビールを飲み込み喉を潤した頃、入り口に2人組の若い女性が入ってきた。
その2人組に、奥で飲んでいい気分になった先輩が反応する。


「お姉ちゃんたち、こっちに席が空いてるぞ!
よかったら一緒に飲まねーか?」


俺のジョッキを持つ手が止まる。
先輩、やっちまったな。


「お客さん、そういうのやめてね。
お嬢さんたち、他にも空いてるから好きなところに座って!」


この酒場での絶対にやってはいけないこと。
それはナンパだ。
ヘラヘラ笑っている先輩は引き下がる気配を見せない。
俺は頭の中で声をあげた。

「Bring The Beat!」


先行は先輩
「お姉ちゃんたちこっち来いって!
 一杯おごってやるからさ!」

すかさず、おばちゃんがアンサー
「お客さん、うちは奢り奢られも禁止だよ。
 ダメって言ったら絶対にダメ。
 そんなに女の子にお金を使いたきゃ、昼キャバ行きな!
 近くにいっぱいあるからさ!」


強烈なパンチライン炸裂!
先輩の「やるからさ」に対して、ケツで韻を踏んでるし。


おもむろにグラスを持ち立ち上げる先輩
「うるせぇクソババァ!
 そうか。俺がそっちに移動すればいいのか。
 俺はもうすぐ帰るから、それまでだけでも付き合ってくれよ!」

すかさずおばちゃんも歩み寄る。
「わかんない人だね。お客さん。
 もうすぐ帰るなら、今すぐ帰りな!
 他のお客さんに迷惑かける人なんて、うちの客じゃないよ!
 はい。お会計でーす!」


押されっぱなしの苦しい状況。先輩はこの状況で何を言う?
「逆に向かって、客じゃないとはなんて店だ!
 黙って聞いてればこの野郎!
 おい、お姉ちゃん。こんな店やめた方がいい。
 別の店で一緒に飲み直そう。
 全部奢ってやるからさ!」

おばちゃん、間髪入れずに
「いい加減にしなさい。
 そんなに飲みたきゃ、仕事のあとに付き合ってやるよ?
 もうお金はいらないから帰って。
 もう二度とうちに来ないならそのまま帰って。
 頭冷やしてまた来たければ、2,000円だけ置いていきな。」

「くそ。もう二度と来ねーよ!」


捨て台詞を吐くのが精一杯の先輩は、言われた通り2,000円をテーブルに叩きつけて出ていった。

まるで即興のフリースタイルバトル。
100対0の完勝劇を目の前で見せてもらった気分だ。
あっぱれ!


#創作大賞2024 #エッセイ部門

本業で地元のまちに貢献できるように、いただいたサポートは戸田市・蕨市特化型ライターとしての活動費に充てさせていただきます! よろしくお願いいたします!