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いつまでもあると思うな親と金。と、馴染みの酒場。

この先もずっとあると思っていても、現実はそうでないことは多い。
「いつまでもあると思うな親と金」
この言葉自体はよく耳にするものだけど、俺はこの言葉に「好きな酒場」を追加すべきだと思っている。
いや、そう思うようになった。

酒場が閉店する理由は、売上不振だけじゃないってことだ。
どんなに常連客に恵まれていても。
どんなに人気のお店であったとしても。
突然、酒場が閉店してしまうことはある。
2024年7月。そんな当たり前のことを、今ほど身にしみて感じていることはない。

先日、俺の大好きな酒場が、約10年の歴史に幕をおろした。
その酒場は、贔屓目抜きで料理は美味い。
連れて行った知人や友人、誰もがその味を称賛してくれていたから、俺の舌もそこまでバカじゃないと思っている。
店員にも恵まれていた。
歴代のアルバイトの子はかわいい子が多く、何より愛想がいい。
人員確保が厳しいこの時代に、学生のスタッフが友だちや後輩を誘ってきてくれるのだから、彼女らにとっても魅力的な職場だったに違いない。
それでも、10周年を目前にした2024年6月にその酒場は閉店した。
10年営業できる飲食店は約1割だといわれている。
何十年と続く老舗の酒場に比べりゃ歴史は浅いけど、これだけの期間を繁盛店としてやってきたんだから本当に大したもんだと思っている。


この酒場はこの10年間、同じ場所で営業していたわけではない。以前は直線距離で50mほど離れた別の場所で営業していた。
その場所は現在、駐車場になっている。元々あった長屋の物件は、火事によって全焼してしまった。
もちろん、火元はその酒場ではない。近くで上がった火が建物伝いに回り、この酒場も焼きつくしてしまったのだ。飲食店にとって年間最大の繁忙期を目の前にした2018年11月の出来事だ。

しかし、この酒場は火事に負けなかった。
消化後の店内から、焼き台とタレの入った壺、包丁などが無傷で見つかったのだ。
店主が再起を決意すると、運命に導かれるようにすぐ近くの物件に空きがでた。
一時は閉店をも覚悟したあの火事から、わずか4カ月半後には新店舗でリニューアルオープンを果たしていた。

リニューアルオープンから1年後、今度は世界中をパンデミックに陥れた新型コロナウイルスが猛威を振るい始めた。
世間ではお酒が悪者とされ、お酒を扱う飲食店は大打撃を受けることとなる。
それから2年以上、飲食店は様々な制限下での営業を強いられたのは、あなたの記憶にも新しいはずだ。

この酒場は、新型コロナウイルスの猛威にも負けずに営業を続けた。
そしていつしか俺にとって、この酒場はパワースポットのようになっていた。
火事を乗り越え、新型コロナウイルスにも負けなかった焼き鳥を食べ、手入れの行き届いた樽生ビールを飲めば、俺の気持ちは奮い立った。
例え今が逆風であっても、どんな苦境に立たされたとしても、この酒場のように何度だって挽回できる気になれた。
俺と同じように、この酒場に助けられたよいう人はいたはずだ。


俺には12年後に、この酒場でやりたいことがあった。
12年後、20歳になった娘と2人でお酒を飲みたいと思うようになった。
お酒が飲めるようになった我が子と一緒にお酒を飲む。お酒好きな親なら誰もが一度は夢を見るはずだ。俺も例にもれず、そんな未来を想像していた。
俺が大好きなこの酒場で、俺が大好きな焼き鳥とビールで乾杯したい。
娘はビールじゃなくてもいい。
この酒場には日本酒も焼酎も豊富にある。サワーやカクテルだって飲める。
飲みたいお酒を飲めばいいのさ。
娘ともそんな話を何度もしたし、店主に話したこともある。
娘が20歳になる2036年に、この酒場がない未来なんて考えたこともなかった。


2024年6月末で閉店することを聞いたとき、驚きとともに湧き上がってきた気持ちが「後悔」だった。
なんでもって飲みに行かなかったのだろう……。
それから閉店までの間は、可能な限り飲みに行った。
できるだけ店主と顔を合わせて話をした。
閉店の日が近づくにつれ、淋しさが増すことはあっても、この後悔が消えることはなかった。
やっぱり好きな酒場には行けるうちに飲みに行くべきだって思い知らされた。


でもね。この間、別の楽しみもできたんだ。
事情によりこの酒場は閉めるけど、必ず復活させたい気持ちはあるという。
海外への挑戦も選択肢の一つ。
場所は変わるだろうけど、必ずお店は再開させると話してくれた。
12年後、俺が大好きな焼き鳥とビールで娘と乾杯する店。
それはまだ見ぬ、この店主が再起した酒場であれば、こんなに嬉しいことはない。


#創作大賞2024 #エッセイ部門

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