ものがたりを書いてみた(2)ライト百合(2)

(1)の派生作品です。
~これは、人気声優飯塚楓香(いいづかふうか)が、憧れてきた先輩、美津島伶子(みつしまれいこ)と共演し、想いを伝えたときのはなし~


1シマレイさん

「ここでも楓ちゃん1位か。強いな」

山添茉由(やまぞえまゆ)がスマホを見つめながら話しかける。どうやら声優人気ランキング的なページを観ているらしい。
「えー、だって 別に適当につけているんでしょ?」
「またまたぁ、嬉しいって素直に言えよ」

茉由は、楽屋の椅子に座って台本を読んでいる楓香の後ろに回り、楓香のほっぺたに人差し指を押しつけた。
「こら、茉由ちん、くっつくな」

 飯塚楓香は「奇跡のウイスパー」といわれる、すこし息の混ざったメゾソプラノの声の持ち主で、コケティッシュな役柄の主人公役を次々と射止めてきた。最近では、可愛い声のまま狂気的な言動を繰り返すサイコパスな役柄にも広がっている。ショートヘアの似合うちょっと丸顔の可愛い顔立ち、独特の歌声などもあって大ブレイク、20代後半のトップランナーと目されている。
 山添茉由はクールな美人で、芯の強いお姫様や少年が得意。しかし言動がとにかくエキセントリックで、イベントでは、いわゆる「いじられ役」に回っている。
 この二人が現在事務所のツートップ。今期のアニメ「なんで猫の私がわざわざ異世界でアイドルやらなきゃいけないの?」では、この二人に、「生まれついてのアイドル声優」の名をほしいままにする雪村ひまりが主人公格だ。これと連動して大手レーベルのA-Projectの肝いりで、この3人による大型声優ユニットMao-Miが結成された。今日はそのイベントである。

「そういえばさ」
二人の様子を生暖かい目で見ていた雪村ひまりがふと顔を上げた。
「次の収録、確かシマレイさん、スケジュール合うんだって。楽しみだな。私、あの人の演技大好き。楓ちゃん、あのシーンでがっつりからめるね。」

美津島伶子、通称シマレイ。ゼロ年代を代表する声優。ブレイク当時はまさに演技に歌にイベントに引っ張りだこで、現在のマルチ声優の原型を作った一人である。まるでバイオリンのような倍音が聞こえるような独特の声質、そして年を重ねるごとに磨きがかかる演技。飯塚楓香は彼女に憧れてこの道に入ったのだった。

2不安

(シマレイさんと演技が出来る。それはとても嬉しい。でも、怖い・・・どうしよう・・・)

イベント中も楓香はずっとそのことが頭から離れず、いつものキレがなかった。二人からは「大丈夫?」と本番中に声をかけられる始末。家に帰ってからもなかなか眠れない。楓香にとってシマレイはそれだけ特別な存在だった。

「あなた、きれいな声ね。その微妙なざらつきも、きっと魅力になるわ。声優の勉強もしてみたら?」

楓香は子役出身だったが芽が出なかった。他に秀でる才能を何も持ち合わせていなかったんだと諦めかけていた中3の時、たまたま美津島伶子主演のアニメ「失格教師レイコ」で、「生徒1」として出演した時にかけられたのがこの言葉。その一言が背中を押した。彼女は事務所を辞め、高校進学後に声優の養成所に通った。18ではじめてレギュラーをつかみ、20歳代前半には声優雑誌のグラビア常連の人気声優になった。
ただ、不思議と伶子とは出演作が重ならなかった。重なってもスケジュールやコロナの都合で別取りだった。シマレイが舞台に徐々にシフトしていったこともあり、彼女のアニメ出演が減っていったこともある。なので、直接掛け合いを行うのは今回がはじめてといってよい。

 わたし シマレイさんにどんな風に思われてるんだろう・・・

さすがに楓香を知らないわけがない。声優界でどういう扱いかも。だから余計に楓香は怖いのだ。チヤホヤされているだけで、薄っぺらい、すかすかな声優だと思われたら・・・ 楓香自身、自分は器用なほうだと思っている。言われたことはそつなくこなせる。でも「こなす」だけになっていないだろうか。それではシマレイさんに見透かされる・・・

収録当日、楓香の様子が明らかにおかしいのを、事務所の先輩、篠宮かすみが見てとった。
「うか? ふうか? 楓香?」
「あ、かすみさん、すみません、ぼうっとしていました」
「体調でも悪いか?」
「い、いえ、大丈夫 です」

「おはようございまーす」
「お、シマレイ、久しぶり」
「かすみんもスケジュール合ったんだ、元気だった?」
ビッグネームのスタジオ入りに若手の空気がピンと張り詰める。

「あ、あの、飯塚楓香と申します、本日はよろしくお願い致します。」
「~、と申しますって、もう、人気NO.1声優が何言ってんのよ ふふふ。」
伶子はそう言いながら気さくに肩を叩き、

「わたしこそよろしくね♪今日は若いみなさんから勉強させてもらうわ。」

「あ、女の子たち、こいつのこの笑顔にだまされるなよ、こいつとんでもない女たらしだから。」
「ひどいなあ、私はただ可愛い女の子が好きなだけよ。かすみんこそ、毎話女の子をとっかえひっかえしてるじゃないの」
「役柄だろっ!」
プライベートでも仲良しの二人の会話に、茉由もひまりも大笑い、場がうまくほぐれた。これはスタジオのちょっと硬い空気をほぐす、篠宮かすみの心遣いだ。

しかし、楓香には届かない。普段はベテラン相手でも物怖じしないのに、伶子を相当意識している。楓香にとって伶子が特別な存在だということはかすみもよく知っていた。
(楓香・・・)

テスト(リハーサル)開始。楓香と伶子の絡みはAパートのラスト。感情をぶつけ合う二人の応酬が約2分にわたる。全体にゆるふわな物語の中で、珍しくシリアスな場面である。

(あれ?うまくいかない、もう少し子音を立てなきゃ?いや、それだと大げさに、あ、ちょっと、なんで??)
掛け合いは続いていくのに、楓香は細かいテクニックが気になって役に集中できない。頭がぱにっくになりながら、その場面は終わった。

3かすみと楓香


「楓ちゃん、どうしたの?」
「え?あ、ごめん、ちょっと立て直す」
ひまりの声でやっと我に返る楓香、そのとき

「・・・ふぅ・・・」

台本を見つめながらため息をつく伶子が楓香の視界に飛び込んだ。
「す、すみません2分だけ時間をください・・・」
完全に呆れられた、そう思った楓香は、そう言うなりブースを飛び出した。

「楓ちゃん!」
「待って。これは私の役割だ。心配ない。」
茉由とひまりが追いかけようとするのをかすみが制した。

化粧室のシンクに両手をかけて泣いていた楓香を見つけると、わざと厳しい口調でかすみが言った。
「楓香。お前まだ声優の仕事舐めてるのか?」
「かすみさん・・・、わたし、いままで、なにやってきたんでしょうか・・・シマレイさん、私の演技に失望してため息を・・・」

事務所の先輩、篠宮かすみは、楓香が無名の頃からずっと見てきた。楓香もかすみを姉のように慕っていて、何でも話をした。楓香の伶子に対する思いもよく知っている。かすみにとって伶子は、ちょうど楓香と山添茉由との関係に似ている。同期の仲良しで、世代のトップランナーで、お互いをリスペクトしあっていて、そしてライバル。ただ1点違うとすれば、かすみが伶子に対して一時友情以上の感情を抱いてしまったことだろうか。無論そのことは墓場まで持っていくつもりだが。

「そりゃ、シマレイにの足下にも及ばないよ。 あたしもな。」
最後の一言に少し驚いて顔を上げる楓香。その顔をすっと自分の胸元に引き寄せた。
「いいか、お前は単に可愛いから今の地位にいるわけじゃない。演技がついてこなければ人気なんかあっという間に落ちる。自信持て。ただ、一つだけアドバイス。今回は演技するな」
「え?」
「全身全霊でシマレイの言葉を受け止め、その感情のまま言葉を発するんだ。あいつは芝居の鬼だ。私もあいつと絡むときはいつもそうしている。そして、そうすればいつの間にかキャラに魂が宿っているんだよ。」
「あとな、ため息は単にシマレイの癖だよ。大体終わったらああやってるんだ。文句言っといてやる。うちの可愛い後輩をびびらせるなって」

「そうだったんですか?? わかりました ありがとうございます!!」

「あら?なにか吹っ切れたようね。かすみんマジック?」
戻ってきた楓香の顔を見て微笑みかける伶子。かすみは笑って答えない。

4想いあふれて


ディレクションの後本番テイク。
(シマレイさんに全てを預けるんだ)

 「あなた、どういうつもりですの?勝手に先回りして、全部やってあげましたって、影から私を嗤っていたの?」
 「そう思っていただいて結構ですお嬢様。さあ、どうかお気の済むまでその鞭で打ち据えてください。」

伶子扮するメイドの言葉に楓香は激昂した。その先は何も覚えていない。ただただ伶子の発する言葉に心動かされるままに、しかし一字一句正確に、楓香は「わがままお嬢様、雉子之泉(きじのいずみ)まりえ」に乗り移って言葉を発し続けた。

 「なぜ・・・、それを言ってくださらなかったの? わたくし、全然気づかなかった・・・ ねえ、どうやってあなたに謝ればいいの?」
 「お嬢様・・・、そのおことばで十分です。結果的にお嬢様を傷つけてしまいました。到底許されることではありません。これで、おいとま」
 「ばか言わないでよ! 父上・母上の次に私を愛してくれる人失って平気なほど わたくしは、強く ありませんわ・・・ おねがい・・・」

「OK。パーフェクトです!」

ブースからの声に場の緊張が解ける。伶子はOKの声を聞いて楓香に歩み寄った。

「素晴らしい演技だったわ。まりえがそのまま出てきたみたい。ねえ、勘違いだったらごめんね?一度「失格教師レイコ」で一緒になってない?もう大分昔の話だけど、一言だけのセリフが、とても印象的で、また共演したいなって思った子がいたの。さっき、この子と飯塚さんとが二重写しになってね・・・」

楓香は底まで聞くと、床にへたり込んで大泣きしてしまった。

「え?え?わたし、何かまずいこと言った??ごめんね。」

「ずっと・・・ ずっと憧れていたんです・・・」
「え?」
「シマレイさん、私、あのときあなたに認めてもらって声優になりました。シマレイさんみたいになりたくて、自分なりに頑張って、いつか実力をつけて共演して、あのときのお礼をいいたかった。でも、とても怖かった。今の自分じゃ全然で・・・ 演技を褒めてもらえてもらえただけじゃなく、あのときのことを、何者でもなかった「生徒1」を覚えてくれてたなんて・・・」

そこから先はもう言葉になっていなかった

「飯塚さん?」
「楓香って呼んでやってくれ」

「楓香ちゃん、ありがとう。やっぱりあのときの子だったんだ。私のことそんな風に思ってくれて、とても嬉しいわ。さっきの演技、思いっきり私に魂をぶつけてきて、ほら、今でも私、手が震えてるでしょ?」
そういうと楓香の左手を自分の両手で包んだ。

「だからね、もう私なんかあなたの目標じゃないのよ。ここにいる若い子たちも、きっと楓香ちゃんに憧れてきているはずよ。次は、あなたの番」
その言葉に新人声優は一斉にうなずく。

「さて、あと半分気合い入れてやっちゃおう。その後、時間のある子は飲みに行かない?たまには若い子の話も聞きたいな。老害だね、ふふ。」

5お持ち帰り?


その日の夕方の飲み会

「まさか楓香さんがあんなに動揺されるとは思いませんでした。」
同じ事務所のジュニアクラスの女性声優が話を振る。
「あー、もう恥ずかしいから忘れてよぅ。忘却の魔法とかないの?」

「でもさあ、楓ちゃんがなんでこの位置にいるか、改めてよくわかったよ。今日の演技、やばかった。オンエアが楽しみ。」
茉由が言葉をつなぐ。

「怖さを知ってるって大事なんだ。順調であればあるほど、何か落とし穴があるんじゃないか、慢心してないか、成長できてないんじゃないか、そうやって問い続けなければ長く続けられない。楓香はそれをよく知っている。」
「そういえばかすみさん?楓ちゃんになんてアドバイスされたんですか?」
ひまりが興味津々という顔でかすみに訊ねる。
「あはは、大したことじゃないさ。相手の演技をよく聞くこと、くらいかな?」
「シマレイさんは演技の鬼だから、その演技に身を任せれば大丈夫って言われたよ。だからあれば、シマレイさんに引き出してもらっただけ。」
「まあ、私のこと、そんな風に思っていたの?かすみん、面と向かっていってよ、照れ屋さんなんだから」
「うるせい。誰が言うか」
「でもそれをすぐにやってのける楓香ちゃんはやっぱすごいわ。ねえ、楓香ちゃん。もっと私に身を任せてくれていいのよ?今晩私の部屋にくる?」
「いきなり口説くなよ!ひとまわりも違うんだぞ!」

「それにしても、さっきのかすみさん、かっこよかったな。『これは私の役割だ。心配ない。』楓ちゃん、茉由ちん、こんな素敵な先輩がいてちょっとうらやましい。」
「ひまりには美緒さんがいるだろうがっ!椅子に縛り付けて指の関節一本ずつ逆に曲げるぞてめえ」
「え?茉由ちゃんってそんな美人さんなのに、怖いこと言う子なの??」
「いや、シマレイ、こいつ、頭おかしいんだよ。」
「かすみさんっ!前々から思ってたんですけど、楓ちゃんにはいつもあんなに優しいのに、なんであたしは雑に扱うんですかぁ?パワハラだぁ」
「いや、だからお前のそういう所だって」
「ちくちょう!グレてやる!!」
「茉由、よく聞け。お前だってこの世界で頭角を現してきたんだから、演技はすごいんだよ。」
「うんうん、私もそう思うわ。」
「やった!」
「でもお前は、私と役柄がかぶるから、若い芽はここで摘んで潰しておかなきゃならないからな」
「かすみん!なんてこと言うのっ」
「ほら!持ち上げてからのバックドロップ。やっぱりあたしのこと嫌いなんだぁ、許せない。あ、そうだ、シマレイさん、いっそ今晩楓ちゃんをお持ち帰りしちゃってくださいよ。私はかすみさんと朝までやりますんで!」
「絶対嫌だよ! ただ、まあ、楓香にもずっと抱えてきた思いとかあるだろうし、この機会に一度時間作ってやってくれるか?」
「もちろん♡ 舞台終わって落ち着いたから、しばらく大丈夫よ。」
「・・・、じゃあ、本当に今晩よろしいですか?明日は午後からなんで・・・」
「じゃあ、かすみさんは私とオールだ」
「じゃあ、じゃねえよ! でもまあいいか。オールは無理でももう少しだけならつきやってやる」
「ふふ、やっぱなんだかんだでかすみん優しいね」

その日の夜、ひまりは無性にロンドンにいる美緒と通話したくなった。時差9時間なのでちょうどお昼時である。
 和泉美緒、かつてのひまりとユニット「おひさまたんぽぽ」を組んでいた。現在はひまりのマネージャー兼公認の恋人。本人の希望で駐在の形でロンドンで演技の勉強をしている。
「あのね、みぃ姉、やっぱ楓ちゃんすごいよ!」
今日体験したことを一気に話した。
「うん、ひまりもこれからだよね。私、今いろんなこと勉強しているから、それを全部ひまりにあげる。」
「うん、でね、かすみさん、楓ちゃんや茉由ちんのこと、よく見てるんだ、すごく優しくて、あれ見てたら、さびしくなっちゃって・・・みぃ姉、会いたいよぉ」
「ごめんね、寂しい思いさせて、一月後に仕事で一時帰国するから」
「本当?だったら頑張れるよ」

6楓香と伶子~今の距離とこれから

一方、伶子のマンション。ソファーに並んで座る二人。楓香は「シマレイさん」への想いを一気に吐き出した。彼女の言葉がいつも支えになったこと、彼女と共演できる位置にあがる努力をし続けたこと、今回の収録のうれしさと不安・・・

「楓香ちゃん、確か『先生、この問題わからないんですけど』みたいなセリフだったと思うけど、声優向きの声だなって思った。透明感があるけど、ちょっと引っかかる、他の人がもっていない声、それはもう天性のものなのよね。しかも一言のセリフがとても丁寧できちんとキャラが立っていて、記憶の引き出しの中にしまわれていたわ。」

そこまで聞くと、楓香はまた泣き出してしまった。伶子は楓香の肩を軽く引き寄せると、楓香はそのまま体を預けた。そっと膝の上に楓香の体をいざない、優しく頭をなでる伶子。
「ありがとう、私を追いかけてくれて。ありがとう、頑張り続けてくれて・・・」

そう言うと、そっと唇を楓香の額に押し当て、ついで頬を合わせた。体を合わせなくても楓香の鼓動が加速するのが聞こえてくる。

「シマレイさん・・・」
「伶子、の方が嬉しいな」
「レイコ、さん・・・」

楓香は目を閉じてキスを求める。伶子はそれに応じて軽く唇を合わせた。
「これは、今日のご褒美ね♪ ここから先は、楓香ちゃん、急がないで。冷静になってゆっくり考えて。あこがれの延長なのか、それとも・・・」

「ごめんなさい、無理していただいたんじゃ・・・」
「ううん、全然。理性が崩壊しそうなのは私の方。でも、楓香ちゃんが大切だから、その気持ちを大事にしたいの」

~翌朝

 「おはようございます。伶子さん。すみません、キッチン、勝手に使わせていただきました。よろしければ」
「うわ、神?神様なの??なにこのおいしそうな朝ごはん。こんなものあの冷蔵庫の中身からどうやって・・・」
「あまり自炊はされないのですか?」
「頑張ってるのよ?でも、どうにもできなくて・・・」
「よく見たら、結構お部屋も・・・」
「いわないで・・・、家事全般、全くダメで、かすみんからは「サボテン女」って言われていて」

「厚かましいお願いかとは思うのですが、時々でいいので、演技のレッスンをつけていただく代わりに、家事のお手伝いをするのは、だめですか?」
「え?いいの??」
「お願いします。私、もっとうまくなりたい。伶子さんに近づきたいんです。そうすれば・・・」
そこまで言うと、楓香は昨晩のことを思い出して顔を真っ赤にした

「うん。無理しないでね。いろいろ。ゆっくりでいいのよ。
 大人気声優さん♪」
「それ、伶子さんに言われるの一番きついんですけど・・・」

                                                     

END


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