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ものがたりを書いてみた(6) みすずー百合の間に挟まる友だちーどうやって二人の危機を救ったか

これは史帆と香苗の百合カップルが、中学時代にいじめから救った織田みすずに救われたはなし。「史帆と香苗 第2章のスピンオフ」


行方不明の香苗を捜し回った時のはなし


さっきのみすずちゃんの話だと、史帆さんと香苗さんは、付き合った最初はあまり順調ではなかったということなの?

 「えへへ、聞いたか二人とも! わたしだけ みすず「ちゃん」って呼ばれたぞ。うらやましか♪」
「い、いや、別にうらやましくはないけどさ??」
「あ、ごめんなさい、なれなれしかった?織田さん、の方が」
「なんでですかぁ ちゃん のままにしてくださいよお・・・」
「ほんとこいつ変なところにこだわるんですよ。すみません」

「史帆さんと香苗さんはどうして高校時代に危機だったの?」

「一言で言えば、二人とも全然「どうしたい」って言わないんですよ。勝手に相手のことを考えて勝手に自分をひっこめちゃうんですよ。本当に世話焼ける・・・

「だって、あたし、全然史帆に釣り合わないし、だから、ちゃんとするまでリアルでは会わないって決めてたんですよ」

「あー、もう寂しくって寂しくって、死にそうだったんだから」
「で、つい間違いを、ね」
「あたしが悪かったんだよ。みすずの言うとおり」
――――
「あたしは、みすずに勧められて高卒の資格がとれる美容師の専門学校に進んだんです。ばあちゃんの貯金にはなるべく手をつけず、バイトと奨学金で学費をなんとかしていました。勉強はときどきみすずに教えてもらって。」

「だから、なんでみすずだったんだよ。わたしじゃなくって・・・」
「だって・・・史帆の足引っ張りたくなくて」

「ね?先生、万事こんな感じだったんです」

「うーん、考え過ぎちゃったのかな?」

「この前みすずから、『自己肯定感』ってことばを教えてもらったんですけど、あたし、それがとても低くて、親もあれだし、あたしにいいところなんかなにもないんだって」

「高校生でそこまで努力して、夢を叶えて、とても思いやりがあって、わたしからするととてもすごい子だと思うんだけど、確かに社会は残酷で、家庭環境とか、見た目とか、そういうところで見ちゃうのは否定しない。でも、きっと今の香苗さんは違うよね?」
「はい、みんなのおかげで、ちょっと自分のことを好きになれた気がします」

「ここまで来るの大変だったよね」

香苗の補導


***********
香苗ちゃんの一日は忙しい。朝はバイト、午前中は専門学校、昼すぎからはサポート校、夕方からはまたバイトして、電車の中で宿題とかをする。全部親にやってもらえるわたしたちとは大違い。なにせお母さんは稼いだお金を全部男の人に貢いじゃうし、転がり込んでこんでいる男の人は香苗ちゃんに暴力振るうし。だから家では全然勉強できなくて、それでなるべく家にいないようにしていた。それでも1年生の時はとても順調に勉強していた。ところが2年生の5月に事件は起きた。ある日の夜、突然「ごめん、もう頑張れない」というメッセージを最後に全く連絡が取れなくなった。
 史帆ちゃん、何か知ってるかな・・・
そう思って史帆ちゃんにメッセージを送ろうとして、やめた。絶対史帆ちゃんには何も言ってない。あの子はいつもそうだ。一番大切な人には、自分の弱いところを見せられない。その気持ちはよくわかる。わたしが舘崎の奴隷にされていたこと、結局お母さんに話せなかった。だからわたしだけに送ってきたんだ。

 これはSOSだ。絶望に心が支配された香苗ちゃんが、それでも何かを残したくて、最後の心を振り絞ったことば おそらくもうわたしのメッセージは届かない。それでも、みつけなきゃ。一生わたしは後悔する。

 「お母さん、ごめんなさい、わたし、しばらく学校休むかも」
「なんなの?突然」
 「香苗ちゃんが・・・」
「行ってあげなさい!学校なんか何日休んでもいい!!」

小学校の時、わたしが香苗ちゃんと仲良くしているのを、お母さんはよく言わなかった。「あの子と遊んじゃだめ。友だちはちゃんと選びなさい」

お母さんはZ市の市役所勤め。わたしにとって妹の次に大好きな人。でも世間体も気にするところとかは好きじゃない。中学になって、わたしが舘崎と「ともだち」になったと聞いて大喜び。なんといってもZ市では舘崎の力は絶大だ。職場でも言いふらしていた。だから真実を知ったときには大後悔した。理想の友だちは娘を虐待し、交際を禁じた不良娘が逆に娘を救出したのだから。お母さんはそれから香苗ちゃんのことを理解してくれた。お父さんも、香苗ちゃんと史帆ちゃんのことは織田家の最優先事項と言ってくれている。だから、二人のことで動くときは、織田家の総力戦になる。
 翌朝、わたしはまず香苗ちゃんのバイト先の美容院に行った。案の定無断欠勤。今までこんなことはなかったと店長さんは心配している。
「まだはっきりしたことはわからないのですが、香苗ちゃんに何かあったことだけは間違いないです。どうかチャンスをください」
「わかりました。香苗は大切な子だ。信じて待つことにするよ」

次に警察に言った。捜索願いを出させてくれと言ったが、家族でもなければそれはできない、といわれた。それはそうなんだが、たぶん香苗ちゃんのお母さんはそんなことしてくれない。それどころか、家から逃げてきた可能性だってある。香苗ちゃん家は知っているけど、連絡するわけにはいかない。学校も同じ、香苗ちゃんが来ていないことは教えてくれたが、それ以上のことは何もわからない。思い切って夜の大宮の街をうろついてみる。

「きみ、何どし?」

へ?

制服を着たおまわりさんに声をかけられた。(あとから香苗ちゃんに聞いた話だと、「何歳?」って聞くとぱっとごまかせるけど、干支だととっさにはごまかせないから、警察はよくそういうききかたをするそうだ。香苗ちゃん、なんでそんなことまで知ってるのよ・・・)

「え?大宮女子?すごいじゃないか。きみたいな子が夜にこんなところにいちゃだめだよ!」
 
今日ほど学校のネームバリューがありがたかった日はない。補導されずにすんだ。

両親に話すと爆笑された。夜の繁華街をうろついたと言っても叱らなくなった程度には、お母さんの意識も変化したということか。

「ねえ、教頭先生を訪ねてみたら?香苗ちゃんが甘えられるとしたら、神崎先生じゃないかな?」

何かのトラブルで身元保証人が必要になった時、香苗ちゃんが思い出しそうな大人に連絡が行く可能性がある、とのことだ。こういうとき、子どもは無力だな・・・

 わたしは翌日、高校を休んで神崎教頭先生―今は一中の校長先生を訪ねた。わたしが事情を話し始めるかどうかくらいのタイミングで、校長先生に内線が入った。
 「はい、弁護士さん? え?織田さんのことを聞きたい??わかりました。校長室にお通ししてください。すぐ行きます。」
「織田さん、ごめんなさい。パーティションの向こうのソファーに隠れて。あなたを探してるっていう弁護士さんが来たみたいなの。本物だったら香苗ちゃんのことかもしれないから、会ってもらっていい?」
 
 神崎先生の指示通り、わたしは身を隠して弁護士さんの話に耳を傾けた。

「お忙しいところすみません。わたし、藍田香苗さんの保護を担当しております、弁護士の鳩谷と申します。」

「藍田香苗」のことばに脊髄が反応してしまい、先生の指示を破ってすぐ飛び出してしまった。

「香苗ちゃん、どうしてるんですか!?」

「もしかして、織田みすずさんですか?」

「よかった・・・。藍田香苗さんはちょっとした傷害事件を起こして浦和の鑑別所に留置されています。」
「傷害事件!?それ、何かの間違いでは?」
「織田さん、まずは弁護士の先生のお話をお伺いしましょう」

「事件としては、悪質なものではありません。男性に絡まれていた少女を助けるために、相手の男性を過剰に殴打してしまい、重傷を負わせた、というものです。」

わたしと神崎先生は顔を見合わせて笑った。「香苗ちゃんらしいな」

「ところが彼女、ほとんど何も話してくれないんです。最初は死刑にしてくれとか言い出して。学生証的なものも持ってなくて。ただ、警察からの申し送りで、『親にカラダを売れと言われた』と言われたということで、原付の免許から判明した住所をたどって母親に会ったのですが・・・」

心配するどころか、「あいつはどこだ。カネを稼げと命じたのに逃げやがった、居場所を教えろ」と言われて、話にならないと帰ったそうだ。

「『一番の友だちの名前を教えて』って言ったら、誰かの名前をいいかけて、織田みすずさんの名前を言ってくれたんです」そこで、住所から学区を割り出して、なんとか織田さんと連絡を取る方法はないか、校長先生にご相談申し上げようとしたら、なんと、織田さんがいらっしゃったということなんです」

わたしと神崎先生は顔を見合わせてため息をついた「まったく・・・香苗ちゃんだな・・・」

香苗ちゃんには、とにかく自分は一人じゃない、ってことを知ってもらわなきゃ。そう思って、校長先生に無理言って年休を1日使ってもらい、一緒に専門学校と香苗ちゃんの所に行ってもらうことにした。バイト先にも事情を電話で説明したら、店長さんも接見にきてくれると言ってくれた。

 出身中学の校長先生ということで、専門学校の担任の先生と校長先生が応対してくれた。そこでは香苗ちゃんが真面目で、成績優秀ないい子だと言ってもらった。中学の時とは真逆の評価に校長先生は涙ぐんだ。
 「ただ、実は学費がまだ納入されていないのです。昨年度は期日通り支払われていたのですが・・・何か今回のことと、関係があるのでしょうか」

お金 「カラダを売れ」・・・

「すみません、学費ってどうやって納入するのですか?」
「銀行の窓口で専用の用紙で納入していただいています」

つながった!
「先生、もしかして、香苗ちゃん、銀行の窓口が開いている時刻に行けないから親にお金渡したら、それを使い込まれちゃったんじゃないですか?」

「ま、まさか・・・」
「いえ、織田さんの推測はかなり有力かと思います。何も話してはくれませんが」

あー、もう香苗ちゃん、なんだって自分で何でも背負い込もうとするかなあ💢

それを聞いた神崎先生は、向こうの校長先生に頭を下げて

「校長先生、振込用紙は今期分を含めて、すべて私にお送りください。身元保証人も私がお引き受け致します。ですので、どうか、退学処分ではなく、藍田にもう一度チャンスをいただけないでしょうか。」
「神崎校長先生、藍田さんは本当に前向きで、頑張っていて、みんなも刺激を受けています。今回のことも、様々な不幸が重なったこと。どうか頭をお上げください。欠席分の補習も含めて、責任持って本校で実施致します。」

神崎先生は何度も何度も頭を下げた。香苗ちゃん、あなた、こんなに愛されているんだよ。ちゃんと自覚しなさいよ!


学校からはいつでもいい、と言われていたが、校長先生は振込用紙をもらうとその足で銀行に直行した。
バイト先の美容院寄って店長さんと合流し、鳩谷弁護士の車で浦和に向かった。車内で

「母親との面談の結果、藍田さんの母親は親権者として全く不適合であること判断しました。本人の同意があれば、親権停止の申し立てをしようと考えます。神崎先生、ご無理を承知で申し上げるのですが・・・」
「里親ですね。もちろん、お引き受け致します。裁判の費用などもすべて私にお任せ下さい。老い先短い身なので、あはは。」
「弁護士さん、私も何かできることがあれば言ってくださいよ。」
「ありがとうございます。 そうですね。どこか学校の近くで住める所を探していただけますか。アパートの身元保証人になっていただけるとありがたいです。」
「・・・、いや、それなら、うちのバックヤードの一角を部屋に改造しちゃおうかな。シャワーもあるし、家賃もかからないし。でも何か身元保証が必要なら、私にも言ってください。もう香苗は大事な家族みたいなもんなので。できることは、してあげたいんです。」

 香苗ちゃんと接見。校長先生や店長さんに会って号泣。でも悲しくって泣いてるんじゃないよね。よかった、やっと少しは他人を頼ることを学んでくれたかな?

アドバイスーまっすぐ過ぎる香苗ちゃんへ

 鑑別所の退所の日は、わたし一人で迎えに行った。ここからもう一仕事。香苗ちゃんが収監されてスマホをチェックできなかった時期、史帆ちゃんは何度も香苗ちゃんに深刻なメッセージを送り続けたが当然既読はつかず。何も事情を知らない香苗ちゃんがまとめて読んだらパニックになりかねない。弁護士さんを通じて、わたしが到着するまでスマホの電源を入れないようにクギを刺しておいた。

 史帆ちゃんには一個上に憧れの先輩―由香里さんがいる。通話とかでもいつも由香里先輩の話で、ほとんどストーカーみたいにくっついていたのだけど、由香里先輩の方が史帆ちゃんのことを、「可愛い後輩」以上に意識するようになった。史帆ちゃんも、自分の気持ちがなんなのか、わからなくなって、由香里先輩に誘われるまま、家にお泊まりに行った。香苗ちゃんに止めてもらおうとして、メッセージを立て続けに送ったのがそれ。結局二人はキスして、その先も、ということに。で、自己嫌悪に陥った史帆ちゃんの話を聞きに家まで押しかけた。

まったくもう、二人同じ時期に・・・めんどくさいなあ

史帆ちゃんからの最後のメッセージ

 「みすずがうちに来てくれた。なんで既読がつかなかったか聞いた。辛いときに、力になってあげられなかった、ごめん・・・」

香苗ちゃん、人混みの中で大声で泣いて、わたしにすがった。ごめん、香苗ちゃん、見せるの早すぎた。とりあえず、場所を変えよう。入ったのはペアで入れる個室のネトカフェ。

史帆ちゃんが由香里先輩に心変わりして、香苗ちゃんも史帆ちゃんのことが許せないって言うなら、わたしはこれ以上二人に干渉しない。でもそうじゃない。史帆ちゃんは憧れをこじらせ、香苗ちゃんは自分にはそもそもカノジョたる資格がないと思い込んでる。

 不器用×不器用=考えすぎですれ違い

同性同士の恋愛は難しい。親友と恋人、「好き」の違いはなんだろう。男の子相手だったら物理で測れる。不必要に手もつながないし、ほおもくっつけないしハグもしない。ましてキスとかあるわけない。でも、女の子同士だと、本当に心と心の問題だけ。まして、相手が自分を恋愛の対象と見られる可能性については普通考えない。男の子相手のように「あれ?気を持たせちゃうかな?」とか考えないから楽なのだ。でも、香苗ちゃんと史帆ちゃんの共通点―一匹狼―つまり、女の子同士のコミュニティにまともに属したことがない。だから、距離感がわからない。

ちょっといたずらしてみる

「ねえ、香苗ちゃん?わたしのこと、好き?」
「そんなの、今さらわかってんだろ?」
「ちゃんとことばにして♪」
「みすず、大好きだ」
「嬉しい♪」

わたしはそういうや、香苗ちゃんの唇を奪った。香苗ちゃんのびっくりした顔にちょっと吹き出しそうになる。

 「親愛の気持ちだよ♪」
「や、やりすぎだろ・・・」
「史帆ちゃんにも同じことした。だから間接キスだね」
「なんで、平気なんだよ?」
「男の子だったら、いくら仲良くてもできないよ。でもすごく仲良しな女の子だったら、ここまではできるかな。気持ち悪かった?」
「い、いや、そうじゃ、ないけどさ・・・」
「ね、女の子の場合、どこまでOKか、では恋人かどうかの線引きが難しいんだよ。まして、女の子同士の恋愛って、あこがれから発展することが多いから、史帆ちゃんは距離感を間違えちゃったんだと思う。」

「あたし、どうしたらいいんだろう・・・」

「ねえ、こっから先はわたしのわがままだよ。 わたしはね。香苗ちゃんと史帆ちゃんが、恋人じゃなくなっても、ずっと友だちでいたい。できれば3人で一緒に遊んだりしたい。香苗ちゃんが史帆を許せるかどうかは香苗ちゃんが決めること。でも、恋人の線から戻る時に、今まで好きだった気持ちの全てをなかったことにするのは、悲しい・・・」

 ごめん、勝手なこと言ってるのは、わかってる。

女の子同士の恋愛の難しさを語るはなし

 悪いことは重なるもので、香苗ちゃんが暴行事件―いや、人助けの過剰防衛ってところか-を起こして浦和の鑑別所に送られてから出所するまでの間、史帆ちゃんの方も「事件」が起きた。憧れの先輩 祁答院由香里さんに、間接キス-実質告白-されて、お泊まりに誘われた史帆ちゃん。先輩と一緒にいたい、でもひょっとして、これは香苗ちゃんに対する裏切りになるのかも、と悩んで悩んで香苗ちゃんにどうしてほしいか連絡した。でも、ちょうど香苗ちゃんが警察に自首してて収監されるタイミングで、既読がつかない。とうとうそのまま先輩の家に行き、キスされて、そしてその先も・・・
史帆ちゃんがいうには、香苗ちゃんに「止めてほしかった」。まったく、香苗ちゃんは頑固だし、史帆ちゃんは不安で地に足が着いてない。二人は勝手に相手をおもんぱかり、悪い方に考えて、勝手に結論出して離れようとしている。史帆ちゃんは、メッセージが既読にならないことで、香苗ちゃんが史帆ちゃんを嫌いになったと思い込み、香苗ちゃんは、収監されたことで、やはり自分は史帆ちゃんには釣り合わないと諦めている。

あこがれと恋の境界線

 史帆ちゃんは「憧れ」と「恋」の境がわからなくなって困っていて、わたしにもよく電話がかかってきていた。「特別な好き」だけでは区別がつかない。

「他の人のカノジョになった時に、祝福できる?」

と、ありきたりな思考実験をさせてみたけど、考えてみれば、友だち同士でも嫉妬はあり得る。史帆ちゃんのぐちゃぐちゃな頭を整理させられる補助線が見当たらない。

 そんな中で起きた香苗ちゃんの事件。ようやく会って話が出来、状況がわかった。現時点で確かなことは、香苗ちゃんはここ数日のメッセージを読むことができず、これからもしばらくできないということ。つまり史帆ちゃんから見える景色は「未読無視」。
 ただでさえコミュ障の二人がこの状態はまずいと思い、わたしは史帆ちゃんに電話した。


「わたしさ、もうお前に顔向けできないよ。最低の人間」


あー、これは電話ですませちゃダメなやつだ。コミュケーションの手段を間違えたことで感情がすれ違ってしまったことなどいくらでもある。

わたしは渋る史帆ちゃんに
「逃げるなよ」
と釘を刺して史帆ちゃんの家に向かった。埼玉中央部から史帆ちゃんの住む神奈川県県央までは約100km。新幹線を乗り継いで押しかける。

 史帆ちゃんの家は母親と二人暮らし。母親―今の私の大学の先生―は留守だという。よかった、一人にしておけば何をするか分からない。
 わたしはまず香苗ちゃんに何があったか話した。なぜずっと既読がつかなかったか理解した史帆ちゃん。友だちに対してすごい嫌な言い方をするけど、「香苗ちゃんが反応してくれなかったから」を言い訳にしたかったけど、それが崩されて思考停止に陥った。

史帆ちゃんの話。要約するとこんな感じ

 もう香苗は自分のことなんかどうでもよくなったんだと思った。由香里先輩に誘われるままお泊まりに行った。由香里先輩とキス以上のことをした。とても満たされた気持ちになった。翌日、アラームにセットしておいた香苗の声が流れ、我に返った。由香里先輩に謝られた。最低だ。もう死にたい・・・

「みすず、今まで本当にありがとう。でも、わたしって、こんなに最低なヤツ。だから、軽蔑して、いっそ絶交してくれ」

 史帆ちゃんはわたしに傷つけてほしがってる。あるいはリスカと同じ感覚なのかな?いや、あれば、生きている実感を回復するためにする、とも聞いたことがある。これはそうじゃない。周りの人を傷つけて、自分だけのうのうとしているのが許せないのだ。

そんなぺらっぺらな罪悪感なんかに乗ってやんないよ

女の子同士の親密な関係と恋愛、その境界線が曖昧なのは、男性同士の親密な関係が、「ホモソーシャル」なんてことばで同性愛と切り離されているのに対し、女性同士の親密な関係は、なんでもかんでも恋愛の延長にされちゃっていることもある。難しいのだ。セジウィックさん、責任持って史帆ちゃんにアドバイスしてよ

 そう言いたいけど、そこは自分で乗り越えなくちゃだめだ。ちゃんとそばにいてあげるから

「傷つけた事実ときちんと向き合っていさえすれば。わたしはね、どんな史帆ちゃんでも、史帆ちゃんが史帆ちゃんであるかぎり、史帆ちゃんの味方だよ♪」

その夜 ちょっと史帆ちゃんを攪乱してみた

「わたしはもう帰れないから、今日は史帆ちゃんと同衾かな。」
「みやびな言葉使ってやらしいことを言ってんじゃないよ。本当にタチ悪いな」
「タチよりネコがいいんだけど」
「今すぐくびり殺してやりたい」
「いいじゃん、何もしないから、一緒のベッドで寝ようよ」

「なんでだよ、泣いてるところ、見られるの やだよ・・・」

その晩、史帆ちゃんはずっとわたしの背中にすがって泣いていた。まだつらいんだな。


翌朝、早く目覚めたわたしは朝ご飯を作って待っていた。

「ねえ、史帆ちゃん、状況を整理するよ。今回、史帆ちゃんは由香里先輩に憧れて、一気に距離をつめてなついた。由香里先輩は最初は史帆ちゃんのことを可愛い後輩と思い、だんだん妹みたいに思って、愛おしさが強くなっていった。いつの間にか史帆ちゃんが相対一位になって、恋しちゃった、ということだと思う。女の子同士の場合、仲良しならば心も体も距離が近くても平気な子が多いから、ヘテロの場合はそれ以上を意識しないけど、由香里先輩は、多分恋愛自体したことなかったんじゃないかな。だから、境界線が曖昧になっちゃったんだと思う。史帆ちゃんはLでしょ?Bじゃなくて」

「うーん、確かに男と恋愛って想像つかないな。」

「由香里先輩にやったことを男の子にやったら、相手の子は、史帆ちゃんが自分に気があるって意識して、きっと好きになっちゃうな。無駄に胸に脂肪つけてるし。」

この野郎何がEだよ。AAの方が格上だぞ!

「時々ぶっ込んでくるなお前」

「由香里先輩は、そのとき、男の子と同じメンタリティだったかも。史帆ちゃんが自分に恋していると感じて、意識しちゃって・・・」

「じゃあ、わたしも由香里先輩に 恋してたの?」

「それはわからないな。女の子の親密な関係ってね、親友と恋人との間にもう一層あるんだよ」
「友だち以上恋人未満?それなら男女でもありそうだけど」

「ところで、史帆ちゃんにとって、わたし、織田みすずは親友。 だよね?違うっていったら泣いちゃうよ??」

「えー、お前が親友かぁ」

「ひどいなあ、これだから格付けEで倒産するんだよ。」

「またそれかい、 ってうそうそ、当たり前じゃん。一番の親友だよ。」
「友だち以上恋人未満?」
「んー、そういうのとは違う気がする。つながりたいって、思う動機が」

史帆ちゃんがそういうや否や、いきなり唇を奪った

「ちょ?? お前、何すんだよいきなり!」

「えへへ♫ 嫌だった?怖かった?吐きそう??」

「い、いや、そんなことはないけど、やっぱ唇は驚くぞ。ほっぺならまだしも・・・」
「これ、男の子なら、大事件だよね。セクハラもいいところ。でも、親友同士の距離感でも、女の子なら、これくらい。」

「お、おまえは、平気なのか?誰かと付き合ってたことあったのか??」

「たぶん史帆ちゃんとわたしの距離感って、お互いの認識はずれてない。わたしにとっても史帆ちゃんは、『恋人未満』じゃない。でも、親愛の情でこれくらいは許されることがある。で、今のキス、ときめいた??」

「不意打ちだったから、心臓バクバクだったけど、ときめいた、とは違うな。」

「つまり、男女、女女、男男、身体的近さをどこまで許容できるかが違うんだよ。手をつなぐからセックスまで、いくつかの段階があるとして、友だちの男の子にキス求められて、OKできる?

「できるわけないだろ!大体わたしはLだぞ、たぶん・・・」

「ノンケだつて同じだよ。セフレみたいな割りきった関係でなければ、友だちの関係は終わっちゃう。恋人になるか、友だち壊れるか、」

「その「ノンケ」って言い方自重しろよ。でも言ってることはわかるわ。」
「でも、わたしのキスに特別な意味も感じなかったでしょ?」
「おいこら、とは思ったけど、まあ、わたし的にはノーカンだな」

「わたしも。それは、お互いがときめく対象じゃないからだよ。どんなに一緒にいるのが楽しくても、どんなにかけがえのない大切な存在でも、女の子はときめかない相手は恋愛対象にならない。まあ、男の子が勘違いして撃沈するパターンだね」

「ときめくって、どういう条件で発動するんだろう?」

「うーん、相手のセクシャルな魅力って、その人の直感的なものはあるけど、『あこがれの先輩/守ってあげたい可愛い後輩』はトリガーの大きなファクターだね。特に同性では。『一緒にいて楽しい、相手がとても大切』は、独占欲とは違うけど、あこがれは、「わたしをもっと知って!わたしに振り向いて!あなたのこともっと教えて!」につながるから、もはや親友とは違う位相になりえる。」

「でも、あこがれなら、男女でも男男でも普通にありそうだけど」

「最初の話に戻るけど、恋愛との境界線が割とはっきりしてるんだ。『好き』ってことば、『キスしたい、させてあげたい』という体の距離。男性が絡めばそれは恋人の関係。でも、女の子同士だと、『好き』ってことばも、単に今の関係の確認の可能性もあるし、キスだって男の子ほどハードルは高くない。つまり、境界が曖昧なの。」

 みすずの話はわたしと由香里先輩のこと、そのままだ。由香里先輩のこともっと知りたい、わたしのこと知ってもらいたい、その一心で一気に距離を詰めてしまった。由香里先輩も、「妹みたいに愛おしい」っていつも言ってくれた。

「でね、最後にあえて史帆ちゃんを混乱させることを言うよ。」

「混乱??」

「香苗ちゃんとだってね、まだ『王子様とお姫様』のままなのかもしれないよ?ちゃんと『付き合って』まで告白してるの?」

史帆ちゃん、再びフリーズ。きっとそんな前提、想定もしていなかったんだろう

「そ「好き」って言って、キス以上に踏み込んだ。だったら恋人以外のなんだっていうんだ。」

「まだなんだね。まずは香苗ちゃんへの気持ち、由香里先輩への気持ち、それぞれしっかり向き合ってみよう。話はそれから。」

「・・・・・・うん、わかった。それにしても、みすず、なんで自分は恋愛しないんだ??みすずのこと好きな男子なんて、いくらでもいるだろうに・・・あ!」

「おまへ、今、わたしの胸見て『あ!』って言っただろう!!」

**********

「小野寺先生、こんな感じで二人いっぺんに危機がやってきましてね。もうなにをやってんだか、って感じだったんですよ・・・」

「め、面目ない・・・」

「でも、みすずちゃんって、そこまで恋愛とか詳しいのに、本当に好きな人とか、いないの?」

「おまえ、本当は隠してるんじゃないか??」

「うるさいなあ!男なんて所詮胸しかみてないんだよっ!! ふざけやがって」

「ひょっとして、ふられた、的な??」

「どんな人?」

「もう忘れたっ えぐるなよ💢 ちょっとした気の迷いだよ!」

「香苗ちゃんや史帆ちゃんにも話さなかったの??」

「告る前から寝取られまして・・・」

「意味分からん。まあ、後でゆっくり尋問してやろう」

終章:フタマタ・あきらめ・・・勝手に自己完結しているカップルを立て直すはなし、ついでにブーメラン


まさかわたしの失恋をえぐる流れになるとは・・・

「なんでわたしの話になるのよ!! 小野寺先生、この二人、勝手に自己完結して別れる寸前だったんですよ。」

「ごまかしやがった」

「え?さっき話してくれた危機を乗り越えて、もとに戻ったんじゃないの?」

「とんでもない。香苗ちゃんが美容師になったら、研修の時に史帆ちゃんに来てもらう、それを最後のデートとして、そこできっぱり諦める、って約束をしたんですよこの二人は。」

「ええ?なんで??」

「あたしじゃ由香里さんの代わりになれない、由香里さんの方が史帆を幸せに出来る、そう思い込もうとしちゃいまして・・・」

「香苗ちゃんって、どこまでも人のことを優先させる子なのね」

「もちろんそうなんですけど、もう一つ、香苗ちゃんは複雑な家庭のせいで自己肯定感が極端に低くなっちゃったんですよ。」
「なるほど」

「問題は史帆ちゃんの方で。ね」

「ちょっと。先生に絶対軽蔑される・・・」
「詮索はしないけど、大丈夫、軽蔑なんかしないから」

「端的に言えば、由香里先輩と香苗のフタマタに近いことをしてました・・・」

「いや、違うんです。あのときのあたしたちは一度別れていたのと同じなんです。」

「あのときの史帆ちゃんは、正直わたしもドン引きだったけどね」

**********

由香里先輩の思い

史帆ちゃんから電話がかかってきた。メッセージなしでいきなり電話の時は、大抵ろくなことではない。

「香苗に嫌われようとしたけど、だめだった・・・」

またおかしなこと言ってるな。

「『勇気出して打ち明けてくれてありがとう』だって。もう、わたし100%悪いヤツじゃん・・・」

「100%悪いヤツなんだから、別にいいでしょ?」

普段めったにいらつかないわたしが、ここの所の史帆ちゃんの言動にはさすがにイラッときている。会えない恋人に不満のある中で、あこがれの先輩が自分に特別な感情を抱いているのがわかり、つい一線を越えてしまった。まあ、それはいい(いや、よくないかもだけど)。でも、恋人に許されてしまった、幻滅してもらえなかったどうしよう、って言われても、「知らんがな」としか言いようがない。
 頭のいい子だから、自分がずるいってわかってるんだよな。香苗ちゃんなら許してくれる、先輩も自分を拒絶しないってわかっている。だからフタマタみたいなことをしている、そしてそれが止められない自分を救ってくれる救世主を求めてる。

さすがにわたしもメシアにはなれないよ

 ふと見るとメッセージアプリに新着マークがついてる

由香里先輩??

わたしは由香里先輩と知り合いだ。偶然なんだけど、史帆ちゃんと由香里先輩が生徒会の仕事で外出しているのを見かけて、挨拶したら、お互い女子高の生徒会役員ということで交流しましょうと提案してくれ、文化祭交流をした。ただ、さすがに史帆ちゃんのことを聞いてからはなんとなくメッセージを送りづらかった。

「聞いているかとは思うのだけど、わたしは、あなたの大切なお友だちに、とんでもない傷を負わせてしまいました・・・」

あ、これ、メッセージだけで終わらせちゃいけないやつだ。わたしはすぐに通話した

「みすずです。お久しぶりです。直接お会いしませんか?少なくとも、わたしは先輩を全然悪いと思っていませんから、それだけご承知おきください。声だけじゃわたしのニュアンスが伝わらないと思いますので、お忙しい所申し訳ありません。先輩のご都合に合わせます」


その週末。わたしは先輩の指定してきたレストランに行った。

え?ちょっと、本当にここ??いくらするの??わたしお金そんなないよ。つか、こんな格好じゃドレスコードで追い出される??
「あのう、『らぺるるぶらんしゅ』ってここで合ってますか?」
いらっしゃいませ、La Perle Blanche(ラ・ペルル・ブランシュ)は当店でございます。失礼ですが、ご予約のお客様ですか?
「は、はい・・・えっと、祁答院由香里さんという人と待ち合わせ・・・」
「大変失礼いたしました。織田みすず様ですね?ご案内いたします。よろしければお鞄お持ちいたします」
え?え?なに??由香里先輩って一体??
お店の人がエスコートしてくれて個室に通される。先輩は先に着席していて緊張気味にわたしを迎える。
「お嬢様、織田様をお連れいたしました。」

すっかりテンパってるわたしを見て、くすっと上品なに笑った

「うちが経営するお店ですので、どうかお楽にしてくださいね。」

史帆ちゃんが言ってた「別世界の人」とはこういうことか・・・

見たこともない料理が何皿も運ばれ、説明を受けながら食べた。これが本当に牛肉なのか?わたしは今まで靴底を牛肉と偽って食わされていたのか?

そんなおバカな冗談で先輩を和ませた後で、先輩の話を伺った。香苗ちゃんという人がいるのもかかわらず、気持ちが抑えきれずに抱いてしまった。史帆ちゃんに申し訳ないし、自分の愚かさを呪わずにはいられない、と。
「いや、それは史帆ちゃんにも多分に問題があるんです。女の子同士でも、あこがれって恋に転化しやすいのに、無自覚に距離を詰めすぎです。それはちゃんと伝えましたし、おそらく先輩にとって、始めて恋を意識されたんじゃないでしょうか・・・」

「はい、それは間違いないです」

やっぱり。だから女の子同士の関係は難しい。どこからが恋愛なのか、油断しているとわからなくなる

「香苗ちゃんもこの件はそもそも自分がちゃんと史帆ちゃんの気持ちに気づけなかったからだと思っていますし、先輩を恨んだりなんてことはありません。どこからが浮気か、とかいう、道徳一般論に還元しちゃいけないものだとわたしは思っています。史帆ちゃんも間違いなくそのときは幸福感に包まれていたといっていましたし。」
「ありがとう。織田さんにそう言ってもらえて、少し救われた気がします。でも、救われていてはいけない。私自身がこのことを忘れないように、史帆ちゃんと香苗さんの幸福を願い続けていられるように。織田さんあなたにお願いがあります」

「はい、なんなりと」

「わたしがもし、同じ過ちをしようとしたら、厳しく叱責していただきたいのです。いくら史帆ちゃんがわたしに気持ちを傾けてくれても、その気持ちに応えないように。わたしは二重の意味で、この恋を成就させてはいけないのです。」

好き、の気持ちに蓋をすることなんかできない。わたしには誰も責められない。先輩が「身を引く」と言うのなら、この恋が痛みにならないよう、史帆ちゃんが可愛い後輩に戻れるように、見守ってあげるだけ。

「でも、史帆ちゃんは大分無理しちゃって。何事もなかったように、今まで以上にわたしに近づいてくれるんです。本当はつらいはずなのに・・・」

え?そうなの??

「史帆ちゃんに、自分との距離は先輩が望む通りにしてください、って言われて。わたし、どうしたらいいかわからなくて・・・わたしがしっかりしなきゃいけないのに。織田さん、わたし、どうしたらいいんでしょう。どうするのが史帆ちゃんの痛みを一番和らげられるんでしょう」

おいおいおい、史帆ちゃん、そんな話一言も聞いてないぞ! それ、ぶっちゃけ由香里先輩を誘ってんだろう(-.-#) わたしに勘づかれるから黙ってたな💢


「先輩、史帆ちゃんは思考停止に陥っています」

「え?」

「史帆のことは一旦わたしに預けていただけますか? 
 そういえば先ほど『二重の意味で』とおっしゃいましたが、差し支えなければ」

「私には許婚がいるんです」

わたしは思わず聞き返してしまった。令和の世にまだそんなものがあるのか?

 ただ、どうやら本当らしい。鹿児島の三大財閥、祁答院、伊集院、入来院は当主が女性の場合は必ず残り2家から婿を取る習わしだとか。由香里先輩は一人娘なので必然的に婿養子を取ることになる。
 さらに、家の方針で英国の名門大学への進学がほぼ決まっているという。国内なら史帆ちゃんと同じく帝都大に進学することになるだろうが、卒業したら離ればなれになることは確実だ。わたしは意地悪な質問をぶつけてみた。

「先輩は、史帆ちゃんよりも家の方針を選ばないといけない、ということなのですね。」

先輩はわたしの予想に反して躊躇なく答えた

「はい。わたしは他の人が望んでも手に入れられないような恵まれた環境を生まれながらにして与えられました。そしてそれは祁答院だけの力ではなく、社会に支えていただいたおかげです。わたしは、人は完全に自由だとは思っていません。ちょうど香苗さんが生まれながらにして大変な環境の制約で生きざるを得なかったのと裏表です。恵まれている人だけが完全な自由を得るなどということはあってはいけない、わたしはそういうように考えてきました。でも、わたしは自分の欲望に目がくらんで史帆ちゃんに大きな傷を負わせてしまったのです・・・」

気丈に振る舞いながらも肩が震えている。本当に誠実で人を信じ切っていて、今まで人の悪意に身を置いたことなんかないんだろうな、そう思った。先輩には言えないけど、はっきり言って今の史帆ちゃんは無自覚な悪意に満ちている。

「先輩、それは違います。これは史帆ちゃんが望んだことです。どうかこれ以上ご自身を責めないでください。ただあえて申し上げれば」

「はい」

「先輩が史帆ちゃんと付き合えない運命について、あらかじめお話ししておいたほうがよかったかもしれません。」

「そうですね。これはわたしからお伝えします」

「そうだ、これを差し上げます。是非読んでください」

わたしが渡したのは台湾の漫画『奇譚花物語』。日本統治下の台湾、女性に自由な恋愛など許されなかった時代に、運命を承知で恋をする女の子同士を描いた作品だ。先輩の運命もそうした時代の女の子に似ていたのは予想もしていなかったけど。

「どうか、史帆ちゃんを好きになったということ自体を否定しないでください。史帆ちゃんだって、とても大切な時間だったはずです。大切な気持ちから、恋だけ収束できれば、きっと大丈夫です。香苗ちゃんもいいと言ってくれてるので、それに甘えましょう。大丈夫です。」

帰り際
「あ、そうだ本のお代をお支払いしなきゃ」

「いえ、これはプレゼントです。どうかお収めください。本当にいい作品なので。  
で、あのう・・・ちょっと申し上げにくいのですが」
「なんですか?なんでもおっしゃって」

「いやー実は、財布の中に、1000円札が3枚しかなくて、こんな高級なお店に行くとは思わず、あははは・・・」

先輩はいつものような素敵な微笑みに戻った。

「もう、なにかと思えば。うふふ♪ ここはわたしがオーナー任されてるお店なのよ。これからも好きに使ってくださいね。」

いやいやいや、そんな、180円のロールパンを2食に分けて食べてるヤツが来ていい場所じゃありません。でも今ので先輩が笑ってくれた。よかった。

珍しく友人の不誠実をとがめてみる

わたしは「由香里先輩と話をしたよ」
とだけメッセージを送り、以後既読スルーを続けた。3日後、大体20通くらい無視したあと、ついに史帆ちゃんが音をあげた

「もしかして、怒ってる?」

「怒らない要素があって?」

わたしもなかなかにめんどくさい女だけど、今までさんざんめんどくことされてきたのでいいよね。
史帆ちゃんからすかさず電話。30コールさせてから出た。

「ごめん」
「何が?誰に対して?」

我ながら完全にメンヘラ彼女な受け答え

「いや、みすずに嫌な思いをささて」

ぷちっ💢
「なんでわたしなの?由香里先輩と香苗ちゃんでしょ?香苗ちゃんをキープしたまま由香里先輩を落とそうとするの、今すぐやめて!ゲームじゃないんだよ?相手は生身の人間なんだよ!」

少し遠くから号泣する声。多分スマホ落っことしてベッドに突っ伏してる。

「もう、わたしだめた…」

「だめかどうかは、史帆ちゃん次第だよ」

「…まだ、取り返せるの?」
「よかったね。香苗ちゃんも、由香里先輩も許してくれて。」

「みすずは?」
「むっちゃ腹たったけど見放してはないよ。言ったでしょ?史帆ちゃんの味方だって。一度会って話そ。」

すれ違う心 いえないことば・・・最後のデートと百合に挟まる親友

それからほどなく、今度は香苗ちゃんから史帆を諦める宣言」を聞かされた。自分は由香里先輩みたくなれないから、美容師の試験に合格したら、研修で史帆ちゃんにお客さん第一号になってもらって、それで身を引く、と。

どうして二人ともこんなにもめんどくさいんだろう…

そしてその約束の日。大宮ではそこそこ高級なホテルに勤める父親に、ダブルとシングル1部屋ずつ頼んだ。当然「なんで?」と聞かれるわけだが、我が家では「香苗ちゃんの危機なの!」で全て通る。織田家の最優先事項なのだ。まあ、さすがに男を連れ込むのに、親の勤務先なんか選ばないって思ったのだろうけど

わたしは香苗ちゃんの美容室の向かいのマックで様子を伺う。あ、史帆ちゃん来た。階段上がって店に入った。
なんかスパイごっこみたいで楽しい♪
もうすぐ1時間。そろそろ出てくる。わたしはトレーを片付けて、ドリンクだけにしてすぐに動こるようにした。

何をやっているかって?

香苗ちゃんは「恋人」史帆ちゃんとの最後の思い出として、史帆ちゃんをお客さん第一号として誘った。史帆ちゃんも、香苗ちゃんを諦めるためにそれに応じた。香苗ちゃんは由香里先輩のもとへ行く史帆ちゃんへのエールとして、思いっきり可愛くし、史帆ちゃんは、その思い出を抱いて新しい一歩を踏み出す。そして二人は、もう一度別々の道を歩み始める・・・

なーんて、できるわけないじゃん。きみらが

******

「できるわけない?」

「だって、香苗ちゃんは本当に史帆ちゃんを愛してるし、史帆ちゃんはすでに由香里先輩の目がなくなっているし」

「おい、言いかた!まるで香苗は純愛で、わたしは恋人依存みたいじゃないかぁ」

「フタマタかけようとして何をエラそうにいうかなあ」
「もう…史帆をあんまりいじめないでやってくれよ」

「でも香苗ちゃんって本当に史帆ちゃんが大事なのね。わたしならフタマタかけられて許せるか自信ないな」

「先生まで・・・」

「で、史帆ちゃんは結局お店の前でうずくまって泣いてて、香苗ちゃんが気づいて手を引っ張って、自分の部屋に連れて行ったんです。」

「それじゃあ、ホテルは無駄になったんじゃない?」

「いえいえ、この二人をナメちゃいけません。自分の気持ちをはっきりことばに伝えることが二人ともできないんです。どうせ二人で泣いてるだけだろうと思ったら、案の定そうだったんで、現場に乗り込んで逮捕して、ホテルに連れ込みました」

「すごい、そんなことまで見透かしていたの?」

「だってこの二人、相手の気持ちを的外れに忖度して、相手は消極的に自分を許しているだけだって思い込んでいるんです。だから、相手の気持ちなんか考えないで、嫌だったことも全部吐き出させて、自分はどうしたいのかを言わせました。そしたらその夜はたいそうお楽しみだったようで、あはは」

「おい!言いかた!!」

エピローグ:最後にブーメランが刺さるみすず

「ねえみすずちゃん。そこまで恋人の気持ちが読み取れるのに、なんでみすずちゃんの恋は始まる前に終わっちゃったの?」

「うげ、ブーメラン来た!」

 「そうだ、で?みすず、その「告る前から寝取られた」ってなに?」

「ごめん、わたしもちょっと興味あるかも♪」

「はいはいわかりました。たいしたことじゃないよ。初年次ゼミで一緒のグループになったのがいて」
「名前は?」
「椎名翔太 っていいでしょ、そんなの」
「ママに聞いて・・・」
「マジやめて! 佐野先生、絶対卒業までネタにする・・・」
「確かにやりそう♪」
「で。その翔太が毎日のようにわたしと絡んで、たわいもないこと言い合って。最初は全然気にもなってなかったの。でも3年間の女子高暮らしはわたしの平衡感覚を鈍らせていたんだよ。」

「翔太くんがみすずちゃんのことを好きかも、って思い始めたのね?」
「で、みすずも意識しちゃったわけだ」

「・・・はいそうです勘違い野郎ですすみませんもう人間辞めます」


「あー一生の不覚だよ!」


みすずはその続きを一気にまくし立てた。

***********

ある日、別のグループの女子に話しかけられた

「織田さんて、椎名くんと付き合ってるの?」

その子の名前は望月るな、山梨のお嬢様らしく身に着けるものも立ち振舞も上品、史帆ちゃんとタメはれるくらい立派なお胸も持っている。男子共の噂の的だ。

「え?え?まさか、そんなんじゃないよ」

「そっか、いつも一緒だから付き合ってるのかと思った」

え?なにその流れ、ひょっとしてうらやましい??入学早々カレシ見つけたわたしがうらやましい??大丈夫るなちゃん可愛いからきみもすぐにこっちの仲間入りだよ。苗字も名前も「月」だし

それから数日後、翔太に呼び出された。
「みすず、大事な話があるんだけど、いいか?」

とうとう来たか。わたしもついに初彼氏、まあ、別にあんたのことなんか、意識もしてなかったけどね、「仕方ない。かまってあげる」ってプ○キュアかよ。あはははは

「俺、望月さんに告られた。どうしよう・・・」

は_? 

「俺なんかで、いいのかなあ・・・ どう思う??」

く び り 殺 し て や ろ う か て め え

「いいかもなにも、翔太は望月さんのこと、どう思ってるの??」

「やっぱかわいいなって・・・」

「カノジョにしたい?」

「・・・できれば」

なんだよお前も胸か?胸が大きい方がいいのか??わたしをなんだと思ってるんだよっ

って言いたいのをぐっと飲み込んだ。さすが大人のわたし

「だったらこんなところでわたしを呼び出しちゃだめでしょ? 望月さん誤解しちゃうよ?」

「ごかい??」

「おい翔太!一応わたしも女なんだけど、you know?」
「あ、そうか・・・」

「これだから附属男子校育ちの童貞は・・・」

「マジすまん、みすず、むっちゃ話しやすくて、男友達のカテゴリに入れてたわ。」

海に沈められるのと山に埋められるのと、どっちか選べこの野郎💢

「おい、とっとと行くよ。まったく世話焼けるなあ。」

「どこに?」

「たしか望月さん、語学はMクラスでしょ?そろそろ終わるから教室で待ち伏せ。ちゃんと好きだって返事しなきゃ。」

「ついてきて、くれるのか??」

「だって翔太逃げそうなんだもん。わたしね、中学時代の友だち、女の子同士のカップルなんだけど、なんかずっと世話焼いてて、だからさ、翔太はわたしの友だちだから、背中押してあげるよ」

「やっほー、るなちゃん♪ ちょっとちょっと」
**********

「で、無事に二人は付き合い始めた、と。どこまでお人好しなんだよ・・・」


「ご、ごめんなさい、みすずちゃんの話しかたが面白すぎて、笑いが、と、とまらない・・・」

「自分ではさんざん『気持ちに素直になれ、ちゃんとことばに伝えろ』っていってたのにねぇ」

「どうせお前のことだから、『いい友だち』ポジションでよく3人一緒にいるんだろ?警戒もされず」

香苗ちゃん、鋭いなあ、その通りだよ。

「だったら寝取り返してやれよ。その巨乳女から」

「い、いや。るなちゃんマジでいい子で、男子がみんな憧れるのわかるわ、全然勝てる気しない」

「おいおい、あたしが由香里さんのことで悩んでいたのとそっくりそのままじゃんか。」

「むしろ翔太からるなちゃんを寝取りたいよ。どうもわたし、ノンケではなさそう」

「のんけ??それなに??」

「いや、香苗ちゃんと小野寺先生はそんな単語知らなくていいいです!」

織田みすず わたしと香苗をずっと見守り、つなぎつづけてくれた大事な親友

でも次はお前の番だぞ、わかってるのか?

        END


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