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ものがたりを書いてみた 「奴隷少女奇譚」

【注意】一部に残虐な表現、性的表現が含まれます


プロローグ

―夜は嫌。どうして日は暮れてしまうの??ー

 佐久間結愛(ゆあ)が公園のベンチで毎日つぶやくことばだ。結愛は母の心愛(ここあ)が17歳で産んだ子で、父親は当時付き合っていた高校の二つ上の先輩。結愛が生まれて結婚し、工事現場で働きながら家族を支えた。酒を飲むと怖かったが、結愛をかわいがってくれた。結愛も母よりも父の方が好きだった。しかし小学5年生の時に交通事故で帰らぬ人となった。

 結愛の家は、父の親戚から譲られた「負動産」の小さな一軒家。父との思い出の詰まった家だ。ところがその思い出は心愛が連れ込んだ3人の愛人によって上書きされてしまった。最初の男はそれでもそこそこ結愛をかわいがってくれたけど、いつの間にかいなくなった。二人目にはとにかくよく殴られた。特に酒を飲んだ時は最悪だった。家から逃げ出したいのに、顔が腫れて恥ずかしくて公園で時間をつぶして過ごしたりもした。しかし、今から考えれば、今の男よりは数段マシだった。

1 生き地獄

 今の男-母親が「雅人」と呼んでいる男-は、今までの男とは雰囲気が明らかに違っていた。前の二人はいかにもガラの悪いやくざ風だったが、雅人は心愛が最近嵌まったホストでぱっと見善人に見える。しかし結愛は一目見た時にその底にある陰湿さを感じていた。そしてその嫌な予感は的中することになる。前の二人は心愛のカラダが目当てというわかりやすい男達。でも雅人にとって、心愛とは金を生むニワトリであった。心愛はキャバクラで働いていたが、ホストの勘で心愛が依存体質であることを見抜いた。優しい言葉に簡単に落ちた。あとはクラブに招待して売掛けで縛った。小さいが持ち家があることを知り、同棲を持ちかけて「カレシ」を演じた。そして、家の一室を改装して心愛に客を取らせるようになった。手作りの昼食からの昼下がりの情事というコンセプトは大当たりし、一回10万でも客が途絶えることはなかった。

そして娘の結愛の母親譲りの美しい容姿に目をつけた。人を支配するにはまずは孤立させることからだ。孤立させて優しさか恐怖か、またはその両方で心を縛る。心愛に対しては、彼女の友人に嫉妬心を植え付けさせて関係を壊し、優しいセックスとスタンガンからの拷問、そして多額の借金で縛った。

結愛に対しては、母親と切り離すこと。結愛は母親をすでに母親と思っていなかったが、それでも母と娘だ。どこかに愛情が残っているかもしれない。それを完全に破壊する。そして、雅人には逆らえないと悟らせる。

「ねえ心愛、ボクのお願いを聞いてほしいんだけど」

「うん、もちろん、なんでも言って」

「ボク、結愛ちゃんを抱いてみたいな」

心愛は当然二重の意味で拒否する。いくらなんでも中学生の娘を男に、しかも自分の愛している男に差し出すなど出来るわけがない。

「何でも、っていうのはウソだったんだね。そうか、きみはボクにそうやって今までもウソをついてきたのか。じゃあ心愛とはこれまでだね」

「ちょっと待って!いや!!」

「じゃあ、ウソでないことを証明してみせて」

そういうと、心愛に普段カラダを売らせている部屋に結愛を呼んでくるように命じ、結愛が部屋に入ってくると、心愛にスタンガンを手渡した。

「さあ、ボクに真心を見せて!」

「お母さん!何するの!!」

逃げ惑う結愛にスタンガンで動きを止めさせ、ベッドに縛り付けさせた。

「服も脱がせて」

心愛は言われるがままに、手渡されたハサミで結愛の服を切り刻む。結愛は泣き叫ぼうにも電気ショックで声がでない。

「心愛、よくがんばったね。ありがとう。」

雅人はそう言うと心愛を立たせたまま服を脱がし、足から上へ向かって口づけた。そのなまめかしい動きに心愛は腰が砕けて雅人の腕に落ち、先ほど縛り付けた結愛の隣に運ばれた。結愛は自分が犯される恐怖と、聞きたくもない実母の喘ぎ声に気が狂いそうになった。雅人は心愛の絶頂を見届けると、恐怖で色を失っている結愛に覆い被さった。

「助けて お母さん・・・」

やっと声を絞り出したが、もとより母親には届かない。前身をなめ回され、瓜を破られた。

「心愛、もっとほしい?」

「ほしい・・・、雅人、頂戴!」

娘を犯した男をさらにほしがる母親、結愛はあまりの気持ち悪さに吐いてしまった。

「心愛! やる気が失せた!ちゃんとしつけて掃除させろ」

雅人は心愛にスタンガンを渡して部屋を出て行った。恋人に嫌われたことに逆上して何度も娘に電気ショックを与える母。結愛からわずかに残っていた母への愛情が完全に消え去った。

 翌日、心愛は警察に駆け込んだ。虐待されているから保護してくれ、と。ところが雅人は人当たりだけは大変よい。再婚したばかりで娘がなついてくれない、それはすべて私のせいだ、と巡査の前で涙を流し、警察も信じ込んでしまった。

 その後に待っていたのは凄惨な私刑、しかしずる賢い雅人は、表面に傷が残るようなことはしない。電気ショックと革手錠で追い込んだ。

 さらに次の日、例の部屋に来るよう命じられた。待っていたのは見知らぬ男。結愛は状況をすべて悟った。おぞましさと悔しさに必死に耐えてただただ時間の過ぎるのを待った。

 翌日、あまりの気持ち悪さに学校を休もうとしたらまた電気ショックを受けた。不登校になって教師に乗り込まれると面倒だからだ。学校には普通にいかせ、6時に戻るように命ぜられた。

 それからは毎晩知らない男のおもちゃにされるだけの毎日。結愛は母親みたいになりたくないと、小学生の頃から勉強を頑張っていた。ところが雅人が来てからは勉強をできる環境になかった。当然成績は落ち、自分の唯一のよりどころも失った。


 がんばったよね、今まで がんばったよね・・・ もう、終わらせていいかな・・・お父さんのところに 行きたいな

2 あこがれの人

いつもの公園で日暮れを待った。夜が来れば、また知らない男のおもちゃになるか、雅人のサンドバッグになるかの二択。もういっそ本当に・・・

「ねえ、何やってんの?」

顔を上げると20代半ばくらいの女性が目の前にいた。

まだ夜でもないのに補導員だろうか、どうせ自分の話なんか信じてくれないんだからさっさと消えてくれ。そう思ってベンチを立ちかけた。


「ママ活やらない?まだ結婚してないからお姉さん活か。10万円あげる」

「え?」

一体この女は何を言ってるんだろう、女がいい女もいるんだろうか。中学生をカネで買って、自分のおもちゃにする。最低の大人。でも、男にヤられるよりましか。おやじに触られるより気持ち悪くなさそうだし、どうせやること同じなら、あの家に戻らないだけマシだろう。結愛は「10万稼いでくるから今日はパスでいいか?」と母親に電話をした。

「いいですよ。どうせ家に帰っても同じことさせられるだけなんで」

「ねえ、なに食べたい?」

「いや、10万円全部持って帰らないと怒られるので、ホテルだけでいいです」

「おいおい、そのくらいお姉さんがもってあげるよ。ディナーもなきゃデートにならないでしょ♪」


雅人が来てからは、お金の全てを吸い取られ、毎日コンビニ弁当だけしか食べていない。どうせなら高いものリクエストしてしまおう

「うーんとね、じゃあお肉」

「OK!じゃあ、パラディス・ロイヤルホテルの鉄板焼きにしよう。おいしいよ」

すごいな、このあたりで一番いいホテルか。そこでそのままお泊まりだったら、普段よりはだいぶ嬉しい。


 「お姉さんのお名前、聞いていいですか?」

「麻奈美って呼んで♪ 結愛ちゃん。」

「あれ?わたし名前いいましたっけ?」

「え? あ、さっき教えてくれたじゃない。」

「そうでしたっけ?まあいいや。麻奈美さん、どんなお仕事されてるんですか?」

「うーん、ある企業の秘書」

「そんなに給料高いんですか?わたしに10万円とか」

「あはは、ちょっと贅沢かもだけど、平気だよ。弁護士の資格も持ってるし」

これは結愛の思い描いていたキャリアだった。勉強していい大学に入って、負のスパイラルから抜け出そう。
でも、雅人が来て、勉強する環境すら奪われた。涙があふれてきた。

「え?結愛ちゃん、ごめん、わたし、傷つけるようなこと言っちゃった??」

「いえ、ごめんなさい・・・ 麻奈美さん、優しいんですね。久しぶりです。人の優しさが琴線に触れたのって」

「ねえ、結愛ちゃん、かなり成績いいでしょ?」

「なんでですか?」

「ちょっと語弊があるいいかたでごめん、結愛ちゃんみたいな境遇の子が、『琴線に触れる』って語彙の選択ぱっとできないなと思って」

それから結愛は堰を切ったように自分の境遇を麻奈美にぶつけた。麻奈美が深く共感してくれたことがとても嬉しかった。


「ごちそうさま、とっても楽しかったです。じゃあ、そろそろホテル行きますか?」

「え、うーん、さすがにそれやったらお姉さん捕まっちゃうなww」

「え? だって・・・、だったらなんで10万円も前金でくれたんですか??」

「結愛ちゃんとお話ししてみたかったの。別にエッチしなきゃいけないわけじゃないでしょ?」

今まで見てきた大人とはあまりにも違う行動パターンに結愛は戸惑いを隠せない。

「ねえ、何か買ってあげようか。もう遅いからお店あんまり開いてないけど」

「じゃあ、参考書いいですか?本屋さんならまだ開いてると思います!」

「いい子だ。お姉さんが選んであげよう。こう見えて結構頭いいんだよ」

「お話しすればそれはすぐわかります」

麻奈美は少し難しめの参考書を5教科分買い与えた。


「じゃあ、そろそろ帰らなきゃ。これでタクシーでお帰り。」


「ねえ、麻奈美さん、またお会いできますか?」

「うーん、一ヶ月後なら」

「はい、全然大丈夫です。麻奈美さんに会えるなら、それまで頑張れます!あの、連絡先教えて・・・」

そう言いかけてはっとことばを飲み込んだ

「どうしたの?教えてあげるよ」

「い、いえ・・・麻奈美さんの連絡先があの男にばれたら、何されるかわかりません、本当にどこまでも狡猾な男なんです。どうしよう・・・」

「大丈夫、一ヶ月後、ここで待ち合わせしよ♪」

「はい!!」


結愛は久しぶりに、本当に久しぶりに幸せを感じた。優しくて頭がよくて、自分のなりたかった理想の女性像。自分はそうはなれないけど、自分のアイドルをみつけたような気持ちになれた。


その夜は、10万円に雅人も満足し、平穏な夜になった。買ってもらった参考書を夢中で読んでいたら朝になってしまった。

3 奴隷売買

 翌日からまた知らない男のおもちゃにされる日常。でも今度は一月後という希望がある。

はずだった

3日後、一人の身なりのいい男が客と称して訪ねてきた。サングラスとマスクで顔を隠している。結愛はいつものように雅人に連れてこられた。

「うん。なかなかいい女だ。この娘を5000万で譲ってくれ」

「ご、ごせんまん??」

雅人は思わず声が裏返った。その声に心愛も出てきた。

「なんですって?」

「本当に払ってくれるのか?一体何に使うんだ?」

「奴隷として使役する。わたしの欲望の道具だ。」

雅人はゲスな笑いを浮かべて言った。

「な、売っちまおうぜ、心愛」

心愛はもとより異論はない。雅人が結愛に興味を持ち始めたことに嫉妬しているのだ。

 そのサングラスの男がどこかに連絡すると、ほどなくボディーガード風の男が二人入ってきた。一人はアタッシュケースを持っている。男はその中身を見せた。

二人は見たこともない札束にすっかり興奮している。

「問題なければここにサインを。嫌なら別に構わない。この話はここまでだ」


「ま、待ってくれ。是非サインさせてくれ!あとは好きにしてくれて構わない」


この間多く見積もっても10分。たった10分で結愛はこの得体の知れないカネ持ちに奴隷として買われることとなった。


 結愛は最低限度の荷物だけ持つことを許され、その場で男に連れて行かれることとなった。映画で出てくるようなリムジンで、向かいには結愛を買った男が座っている。その男は到着までことばを発することも、結愛に一瞥もくれることなかった。得体の知れない不気味な男。

本当にわたしに興味があるのだろうか。ひょっとすると、手元に置いておくのではなく、内蔵を売るか、海外に売り飛ばして子どもを産む機械にさせるか、海外のカネ持ちに転売するか。できれば最後のがいいかな。

麻奈美という光明が見えたのもつかの間。結愛は新しい場所で「奴隷」にされてしまった。ただ、結愛は存外冷静だった。今さら不幸なんて珍しくもない。 

 車で1時間半といったところか。とある大きなタワーマンションの車寄せで下ろされた。エレベーターで最上階へ。どうやらフロア全体がこの男の持ち物らしい。

「いいか、今日からお前はわたしの奴隷だ。お前には一切の自由意志はない。ただ私の命令に従うだけの存在だ。私のことはご主人様 と呼ぶように。」

目のくらむような豪華な家、高級車・・・これなら5000万なんてはした金だろう。自分の欲望のために、人間を買い、一つずつ自尊心を破壊して崩壊していくのを娯楽のように消費する・・・ 雅人以上にゲスな大人。でも、今さらどうにもできない。人はどこまでも不平等だ。人権とか尊厳とか、教科書に書いていることなんか絵空事。

今まで母親に対して様々な憎悪を抱いた。特に雅人に差し出した夜。でもそれよりもっと大きな憎悪の感情が芽生えた。

(なんで産んだんだよ!欲望のままにセックスして、子どもよりも男を選んで、挙げ句の果てに5000万で奴隷として売り飛ばしやがって!!

生きてやる! これからどんな屈辱を受けても、生きて、生きて、あの女と男、そしてこの目の前のゲス野郎を地獄にたたき落とす。)

4 混乱


「最初の命令だ。夕食を取れ」

出されたのは寿司桶。いかにも高そうな感じだ。ああ、これを床にぶちまけて犬食いしろってやつか。雅人にもやられたな。でも絶対屈しない。お前はいつかわたしが殺してやる。


大山さん、準備を

大山と呼ばれた家政婦が箸と小皿お茶とお椀を持ってきた。

「はい、どうぞ。おすましは食べられる?」

「え?は、はい・・・」

「あ、あの・・・ここで食べて いいんですか?」

「何を奇妙なことを言ってる!他にどこで食べるんだ。」

食事が喉を通らないかと思ったが、案外平気で、おいしいという感情もしっかり残った。

「では入浴して、今日は就寝せよ」


あ、来たか。入浴中に入ってくるパターン。


「待てよ、ここはチャンスかも」

(どうせ奴隷なんだったら、誘惑してわたしに執着させてやる。まだ中学生だけど、容姿は母親譲りの美人。わたしに残された最後の武器)


ところが、いくら待っても「ご主人様」は入ってこない。反対に大山からインターホンが入った。

「上がる時に連絡してね。」

「あ、はい。あの、出てもよろしいのでしょうか。」


「何をいってるの?いいに決まっているじゃありませんか。」


結愛は事態がことごとく想定外の方向にいく。結愛は混乱した。誘惑どころかバスルームに入ってすらこない。入ってきたのは大山さんだ。綺麗な下着とパジャマを持ってきて、体を採寸する。あくまでエッチはベッドで、ということなんだろうか。


「では、これから朝6時まで部屋から出ることを禁ずる。大山さん、場所を案内して。」

一体何部屋あるのだ、というくらいの部屋を通り過ぎて案内されたのは12畳くらいはある大きな部屋。窓からは東京の夜景が一望できる。ベッドとクローゼット。大きな本棚には参考書や結愛が好きなマンガも置いてある。


「じゃあ、ここが今日からあなたのお部屋です。その扉を開けると洗面台とお手洗いがあるから、普段はそこを使ってね。」


大山さんが微笑みながら伝える。とても「奴隷」に対する態度とは思えない。結愛は思いきって聞いてみた。

「あの・・・ 大山さんはなんでそんなにわたしに優しく接してくださるのですか?わたしは奴隷なんですよね?」

「うふふ、そうよ。だからわたしがあなたにどう接しようがわたしの勝手、でしょ? 難しいこと考えないで、今日はお休み。」


(あの男が部屋に入ってきて、わたしのカラダを弄ぶ、はずだけど・・・ あれ?来ないな、やばい、疲れて眠く・・・なってきた。)


朝まで目が覚めなかった。体を確認したが、何かされた感じは全くない。


「おはようございます、ご主人様。申し訳ございません。昨日はその、眠ってしまいまして・・・」

「就寝せよという命令だっただろ、当たり前だ。何をわけのわからないことを言ってる! 今日の最初の命令だ。朝食が終わったら大山さんとお前の日用品の買い物に出かけろ。」

(またまた意味不明な命令。ショッピングなんてあのお姉さんと本を買いに行った以来。それだけでテンション上がる。わたしは嬉しいがこの人にとって何が楽しいんだろう。
ああそうか。「幸せ」って思わせて希望を持たせて、後で絶望を味わせるやつか。本当に悪趣味。とにかく心を許しちゃダメだ)

ショッピングモールに着くと大山が声をかけた

「結愛さんのお洋服や日用品を買うように仰せつかっているの。これを使って自由に買いに行ってね。2時間後にここで待ち合わせましょう。」

渡されたのはスマホ。QRで決済しろということらしい。最初の店で1000円分の文房具を買ってみる。残高

え?9万9千円??

10万円も無造作に渡して、逃亡したらどうするつもりなんだろう


(どーせあとから嫌なことが沢山待っているなら、せめてもの抵抗、残高目一杯好きなものを買ってやる!)

今まで欲しくても買えなかった服やコスメ、参考書や問題集やマンガ、持ち上がらずにキャリーバッグまで買う羽目に。

さて、これで使い切った。

残高

え?10万とんで351円

オートチャージされてる…

負けた。もう無理だ。さすが5000万でわたしを買った男…

5 なかま


週明け、御主人様の次の命令が下る


「明日から学校に通え。それが制服だ。」

「え?学校に行っていいんですか?」

「いい、じゃない。お前は強制的に学校に行かされるんだ。」

「あの、わたしにはとても嬉しいことなのですが・・・」

「お前の気持ちなど知ったことか。わたしがやれといったらやる。奴隷とはそういうものだ」


真新しい制服に袖を通し、大山さんに連れられて学校に行った。

「結愛さん、あなたは施設に預けられているということになっています。わたしが書類上の親代わりです。いいですね。」

三年生の5月になっての転校生ということでだいぶ珍しがられた。はじまって1週間でいきなり中間テストだったので担任から心配されたが、結果はいきなりの学年一位。


「佐久間さんっ、すごーい、まじ天才!!」

前の学校でいじめの原因になっていたことが、どうやらこの中学では尊敬の対象になるらしい。

「ねえねえ、勉強教えて!!」

「わたしも!」

「じゃあさあ、朝勉で佐久間さんにも先生やってもらおうぜ! え、さくま、さん??」


「あー結愛ちゃん泣かせた~、俊哉、おまえ学年一位滑り落ちたからって結愛ちゃんいじめてさいてー」

「え?え?してねえよ!」


「ごめん、違うの・・・ みんなによくしてもらって、もう嬉しくってうれしくって・・・」

「えー、なんで、もう友だちじゃん?」

ともだち?

「えー、結愛ちゃん、わたしたちのこと、友だちって思ってくれてないの??ちょっと傷つくなあ」

結愛は前の学校で、家が荒れていたのに勉強ができたことで妬まれいじめられていたことを話した。


「なにそれあほくさ」

「ちっせーwwww」

「あ、そうだ、考えてみりゃ修学旅行、結愛ちゃんまだグループ決まってないよね。わたしのところに来てよ」

「あ、ずりぃ!ドラフトで決めようぜ」

「ちょっと待って、修学旅行って、来週金曜からだよね?無理だよ、いくらなんでも施設がお金出してくれないよ。」

「えー残念、ちょっと先生に相談しようよ。わたしたちでお金集めてさ」

「クラファンか、おもしれえ」


とまどう結愛をガン無視して柚希が職員室に走った。最初に結愛に声をかけたクラスメートで、結愛がクラスになじめるようにしてくれた大恩人。

 ほどなくして柚希が駆け戻ってきた。


「ちょっと結愛ちゃんっ! このウソつき!!申込書もお金もすでに施設から届いているって先生いってたぞ!!」


全く予想だにしなかったことに結愛はフリーズし、ようやく心が再起動すると大泣きした。それを見てクラスメートたちも、本当に結愛には知らされていなかったことを悟った。

「よかったね、よかったね♪」


わたし、こんな幸せになって、いいの??ここから不幸に落とされるの、いやだ、怖い・・・

帰宅後

「ご主人様、わたし、修学旅行に行ってもよろしいのですか?」

「お前は何度言えばわかるんだ!よろしい、じゃなくてその間家に帰ってくるな、という命令だ。ちょうど修学旅行があるようだったからそこに行かせて体よく追い払らってるだけなのがわからないのか! わかったら準備をしろ。ただ、奴隷にも給金は必要だ。お前に通帳とカードを渡しておくから大切に使うように」


修学旅行は結愛の期待の10倍楽しかった。今まで旅行なんか行ったことがなかった結愛にとって、仲のいい友だちと一緒にいて、夜中まで盛り上がって正座させられる。ファンタジーでしか存在しないと思っていた現実の時間。


「ご主人様、このたびは本当にありがとうございました。あの、何を差し上げていいかわからなかったのですが、お土産です」

帰宅後、ご主人様に西陣織のネクタイを渡した。

「このようなもの、何に使えっていうんだ。ただ、まあ、受け取っておいてやる」

「大山さんにも。いつも本当にありがとうございます!」

大山には小物入れ。大山はたいそう喜んで、翌日以降ずっと使い続けた。


6 家庭教師

「ご主人様、わたしは奴隷として、一体何をすれば、よろしいのでしょうか。わたしにはご主人様がわたしをお買いになっただけの価値がないようにも思えるのです・・・」

「ふふふ、バカめ、現にお前はわたしに自由を奪われ、私の欲望のままに行動させられているではないか。これからさらにお前を縛ってやる」

「は、はい??・・・」

「週2回、家庭教師を来させる、その時刻の外出を一切禁ずる」

「かていきょうし、ですか??」


つまり、家庭教師という名目でわたしに客をとらせようというのだろう。でも今までの楽しい思い出の代償としては釣り合いがとれている。そう思うと結愛に動揺はなかった。あの家で雅人にされるくらいなら。


「今日から早速。しかもわたしの腹心の秘書だ。お前の行動はその者に監視され、逐一私に報告される。ふふふ。せいぜい部屋で絶望に打ち震えるがよい!」


実はもう一つお土産を買ってある。かわいい匂い袋。ここに連れてこられる直前にであった麻奈美へのプレゼント。でも一ヶ月後の再会を約束がその約束は今日。麻奈美はあの場所に来てくれているのだろうか。でもここから出られない。きっといつか、麻奈美は自分を忘れてしまうだろう。それでももう一度麻奈美に会いたい。これを渡すまで、わたしは生き延びてやる。こんなところで死んでたまるか。


久し振りに男と寝ることに耐えられるか気にはなるが、とにかく2時間の辛抱だ。

生きる わたしはそう決めたんだ。


ノックの音、やはり少し体が縮こまる。


「結愛ちゃん、やっほー、麻奈美お姉さんだよ♪」

結愛フリーズ


・・・して??


「ひょっとして、お姉さんのこと、忘れちゃった??ひどいなあ、傷ついたぁ」


結愛は意識が飛んだまま麻奈美に近づいた。身長170cm麻奈美の胸に身長15cm差の結愛の顔が当たり、そのまま崩れた。麻奈美も慌てて抱き留めようとしたが一歩及ばなかった。


3秒後 結愛の号泣


「え?何??ごめん、わたしじゃ嫌だった?代えてもらうように言おうか?」


「行っちゃやだ!!!ずっと、ずっと会いたかった!」


きびすを返そうとする麻奈美の足に必死にすがりつく結愛。


「行かないよ、行くわけないじゃん。嬉しいな、そんなに思ってくれてたんだ」

その場にしゃがんで優しく頭をなでる麻奈美。


「とりあえず、そこ座ろ♪」


麻奈美は結愛をベッドサイドにいざない、結愛を膝枕して優しくなで続けた。結愛は少し落ち着いて麻奈美の膝の感触に浸った。


「ねえ、もしかして、お、いや社長にひどいことされ続けてる?わたしから言ってあげようか?」

「いえ、それが、ただの一度もないんです、わたしに指一本触れたこともなくて、わたしにする『命令』は、いつもわたしの望むことばかり、でも、いくらなんでもこれは・・・」

「うふふ、最悪??」

「違う、違うよ!!お姉ちゃんのいじわる・・・ 」


結愛は誰かに甘えた記憶がない。父が生きていた頃はそれでも甘えたりもしただろうが、少なくとも父の死んだ小学5年以来、甘えさせてくれる大人は一人もいなかった。それどころか、一方的に殴られ、セックスを強要され、売春させられ、人生をあきらめていた。絶望の日々の中で麻奈美と過ごした数時間は結愛にとって誰にも奪われたくない珠玉の思い出。今だけは年相応の15歳の少女に戻っても誰も文句もいうまい。


自分の膝の上に顔を埋めていやいやする結愛、その様子に愛おしさを抑えきれずに体を起こしてぎゅっと抱きしめた。

「結愛ちゃん、わたしは社長、きみのご主人様だね、社長からは状況の説明を一切禁じられているので詳しくは話せないけど、これだけは信じて。わたしは結愛ちゃんの味方だよ」


「まなみさん・・・」

「お姉ちゃん、の方が 嬉しいかな♪」

「わーい!お姉ちゃん♪」


「さて、ちょっとだけ勉強しようか。今日は結愛ちゃんの現在地を測るね。 うわっ、私が買ってあげた参考書5冊、全部2周してる。すごいね。」

「はい、向こうにいるときはこれだけが楽しみで、3日で1周しちゃいました。」


麻奈美は少し問題を解かせると

「うん、いいね。応用問題に慣れないだけで、基礎はしっかりできてる。少なくとも都立月ヶ谷は問題ないでしょう。茗荷谷女子大附属やわたしの母校の桜陽でも狙えそう。」

都立月ヶ谷は都立の最高峰、茗荷谷女子大附属は国立唯一の女子高、桜陽は私立女子校の最高峰で、基本は中高一貫だが、高校からも一クラス分入学できる。

「お姉ちゃん桜陽なの??すごい。やっぱ頭いいんだ。」

「頑張ってみる??」

「うん! あ、でも・・・」

「そもそも、高校に行かせてもらえるのかな、わたし、奴隷だし。それに、私立は学費が無理かも。国公立ならいただいている『奴隷の給金』と奨学金でなんとかできそうだけど」


「聞いてみたらいいんじゃない?」

―――――

7 奴隷 とは? 

「ご主人様、わたしは、高校に進学してもよろしいのでしょうか・・・」


「本当に愚かなやつだなお前は。わたしはお前を苦しめて楽しむことこそが喜びなのだ。お前には月ヶ谷、茗荷谷女子、桜陽、その3校以外の受験を禁じる。プレッシャーに打ちひしがれるがよい!ははは」


今回も、結愛が臨むことを「命令」された。麻奈美に再会できたうれしさと相まって、結愛は思わずご主人様の腕にすがってしまった。


「な、なにをする!?」


不意を突かれてご主人様は少し狼狽した。その様子が新鮮で嬉しかった。


(今までは、いつでも不幸に転換してもいいって思ってた。でも・・・神様はやっぱり意地悪だ。お姉ちゃんにもう一度会わせてくれた。高校にも行かせてもらえる。お願い、不幸に落ちるのを、もう少し、先に延ばしてください・・・)


夏休みになると、家庭教師の回数が増やされた。

「わたしはとっても嬉しいけど、お姉ちゃん、大丈夫なの??お仕事終わってからさらにこれも、とか。」

「あはは、ありがとう。でもわたしは秘書といっても裁量労働だから、業務さえ終わらせれば自由なの。もっとも、うちの場合、定額働かせ放題ですけどね、社長。」

「きみにはこの分の特別手当も出しておろうが。」

「そんなわけだから心配しないで、さ、頑張ろう!」


夏休みの特訓の成果もあって、2学期には桜陽も安全圏に入ってきた。

「ねえ、結愛はどこ受けるの?やっぱ桜陽か茗荷谷?」

「うん、できれば桜陽行きたい。つか、宿命づけられてる。あはは。柚希は?」

「そっか・・・、あたし、月ヶ谷って思ってたけど、頑張って桜陽まで目標あげてみようかな。やっぱ結愛と一緒がいい。」

岩倉柚希は旧華族の血筋の令嬢、クラッシック音楽から絵画まで、圧倒的な文化資本を持つ。親に対する反骨精神で頑張ってきた結愛とは真反対な人生、まず交わることにない世界線に立っていた。でも『奴隷』になったことで世界線は変化した。ちなみに柚希はこの後、高校、大学と結愛と同じ道を歩むことになる。

「小松君は?」

「えー、佐久間さん、女子高なのかよ・・・」

「あんた、まだ結愛狙ってんの?バカなの??」

「ひでえな、佐久間さん、俺じゃだめ??」

「あはは、嬉しいけど、きみにはもっとふさわしい人がいるはずだよ。身近にね♪」


「(ちょっと、結愛!やめてよぅ)」


柚希は幼なじみの小松のことが好き、でも小松は気づかず、結愛のことが好きだと公言している。小松俊哉、所謂文武両道タイプでスポーツ万能、女子の人気も高い。その小松が結愛が好きになったと「親友」柚希に打ち明ける。柚希は自分の恋を諦めて、小松にお膳立てをしてあげる。小松と結愛なら美男美女カップル、学業も学年2トップ、結愛が断るわけがない・・・

ところが、まさかのNO


「結愛!わたしに気を遣ってるんならやめて!!」


「いや、全然、小松君、大好きだけど、恋愛の対象としては見れないんだ。わたし、たぶん、好きな人他にいる・・・

つか柚希!あなたこそ、なんでお膳立てなんかしてるのっ!」


結愛にとって夢のような中学三年生も今日で終わり


結愛と柚希はそろって桜陽。この中学は公立だが、所得の高い家庭が多い地域で、もともといわゆる進学実績の高いところではあった。それでも1学年に桜陽2名は快挙だと職員室は大興奮。結愛を「狙って」いた小松君は、大学受験は嫌だと言って私学の名門應稲大の附属に進学。


「俊哉!やっとお前と別れられるな、ははは、結愛はもらってくぞ。ざまあ」


卒業式、くるりと背中を向けた柚希


「柚希!どこいくの!! 小松君も待って!!」

普段大きな声など出さない結愛の意外すぎる一言に二人ともびっくりして立ち止まった。


「柚希、世の中にはね、チャンスすら与えられない人、チャレンジする気力さえ奪われちゃってる人が大勢いるんだよ。でも柚希は手を伸ばせば届くかもしれないのに、なんでぶつかってみないんだよ!」

自分の絶望に裏打ちされたことば、柚希や小松は結愛と一緒にいるといつも思うことがある


 わたし/俺 つるんと生きてきたんだなあ


次に結愛は小松の正面に回ってにらみ付けた

「小松君!あなた、バカでしょう!一番きみを思ってくれているのが誰か、なんで気づかないんだよ!!」


脳天気と呼ばれている小松が激しく動揺する


「え? それって??」

結愛がことばを続けようとするのを柚希が制した

「待って! いいよ、こいつバカだから。わかりっこないよ!! あーもう、俊哉! わたしがあんたのことを好きだって言ってんだよっ! ホント頭くる、どうせあたしなんか眼中にないんだろ!?」


「い、いや・・・ おまえとの関係、壊したくなくて、それだけは考えないようにしてた・・・」


「でも小松君! かりにわたしと付き合って、わたしが『ほかの女の子と話ししないで。柚希も例外じゃないよ!』っていったら、耐えられるの?」


「・・・無理 かも」


「だったら、やることは一つだよ。柚希に土下座して『好きです、つきあってください』だよね?」


みんなで大笑いして、ぐちゃぐちゃに泣いて・・・


そんな中学生の可愛い三角関係も、「奴隷」にされる前なら到底経験できることではなかった。


ひょっとして、わたし、幸せのままで、いいの?


帰宅すると麻奈美が待っていた。


「お帰り 結愛ちゃん♪ 今日は卒業のお祝いだよ。」


え??

「くだらん、なぜ奴隷を祝ってやらなくてはならんのだ」


それが普通の反応だろう。でもその言葉とは裏腹に、「ご主人様」は奴隷のために豪華な食事を用意していた。普段は家政婦の大山と二人での食事、優しい大山との時間も好きなのだが、大好きな麻奈美と一緒だと余計に心が満たされる。


「家庭教師の仕事はここまでだ。麻奈美君、ご苦労であった。これからは奴隷の相手をしなくてよろしい。」


その一言に 結愛は思わずフォークを落としてしまった。 もう麻奈美と会えなくなるかもしれない、その動揺が周囲にもはっきりみてとれた。


「社長! そんな言い方しなくてもいいじゃないですか可哀想に」

「でも、もう会えないんですよね・・・」

「うーん、定期的に会う用事はないね。でも結愛ちゃんが必要な時には駆けつけるよ♪」


「ご主人様、お願いがございます。わたしにスマホを買わせてください。いただいたお給金ですべてまかないますので、何卒・・・」


「奴隷の分際でスマホを自分で買うだと!?何を傲慢なことを言ってるんだ!」


「も、申し訳 ございません・・・」


スマホがあれば麻奈美と連絡が取れると思ったが、許可されずに結愛は肩を落とした。


「まったく・・・どこまで意地悪なんでしょうかね。はい、ちゃんと社長からお渡しくださいね」

麻奈美は箱を持ってきて社長に渡した。社長=ご主人様 はにこりともせずそれを結愛に突き出した。

「今日からこれを使うことを命ずる。お前の場所は全て監視されるのだ。お前に自由意志などないと思い知ったか。」

箱の中身はスマホ。しかもほしかったが諦めた最新機種だった。


「ご主人様・・・ずるいですこういうの・・・ご主人様は、どうしていつも、わたしが望むことばかりお命じになるのですか?どうしてそんなにお優しいのですか?

ご主人様は、わたしを幸福にさせておいて、いつか不幸に陥れて絶望するのをお楽しみになる、わたしずっとそう思っていました。だから心を許しちゃいけない。全て奪われても、今までの幸せを抱いて生きていくんだ、そう毎日言い聞かせていました。でも・・・ 学校の友だち、麻奈美さんや大山さん、そしてご主人様、この暮らしを失うのが怖くて怖くて。わたし、もう少し夢をみてても、いいですか?・・・」


「もう・・・そんなこと考えてたの?お姉ちゃんがついてるでしょ?」


麻奈美は愛おしそうに背中から結愛を抱きしめた。

8 結愛と麻奈美

 高校生活のスタート。1年の時は高校入学組が1クラスに集められるので柚希とは必然的に同じクラスになる。社交的な柚希のおかげですぐに友だちも出来た。

 「その後、小松君とはどう?」

「どうって・・・相変わらず。彼氏彼女って感じじゃないなあ」

「キスとかは?」

「え、えっと・・・」

わかりやすく目を泳がせる柚希。その様子がたまらなくおかしい。

「ほう、小松君も勇気出したね、ふふ」

「もう、いいでしょ、ところで結愛、あのとき『自分にも好きな人がいる』っていったよね?」

 急に振られて受け身の取れない結愛

「もしかして、麻奈美さん??」

「え??なんで??麻奈美さん女性だよ??」

「それ全然関係ないよ。結愛が麻奈美さんのこと話している時って、何か違うんだよ」

「自分でもね、よくわからない。大好きなのは間違いないんだけど、恋 なのかなあ」

「麻奈美さんが結婚したら、祝福できる?」

「…いや、かも」


「ねえ、今から残酷なこと言うよ。麻奈美さんと、「御主人様」って、夫婦とか愛人とか、そういうんじゃないの?ただの秘書にプライベートな仕事頼まないだろうし自宅まで行って食事したりしなくない?」

ずっと考えないようにしていた。御主人様と麻奈美の近すぎる距離感、柚希の推測がどう考えても一番妥当だ。うずくまって泣く親友に寄り添うことしかできない柚希。

「奴隷」にされたことで逆に幸せを摑んた結愛。でも一番ほしいものだけは手に入らない。

これ以上、お姉ちゃんに甘えちゃいけないんだ。自立しなきゃ。


思おうとすればするほど麻奈美の声が、ぬくもりがほしくなる。ベッドに仰向けになり、額にしてもらったキスの感触を思い出す。自分の右の人差し指と中指の先で麻奈美の唇を妄想し、自分の唇にそっと当てる、その指を首筋から鎖骨、ついで胸へと下ろしていく。激しい電流が結愛を貫いて、それを2度、3度と確かめる。

「おねえちゃん・・・」

吐息混じりの切ない声で愛しい人を求めると、少し意識が遠のいた。


その遠のいた意識が封印した記憶の引き出しの鍵を開けてしまった。自分の目の前で雅人の愛撫に喘ぐ心愛―自分を愛人に売った母親―と自分とが二重写しになったのである。


「いやー!!!!」


はだけたパジャマも直さずにベッドから跳ね上がり、おぞましさで前身の震えが止まらなくなった。自分にあのおぞましい母親の血が流れている、だからこんな想像で愛しい人を穢してしまった、自分に対する憎悪の感情で完全に正気を失った。叫びながら壁に頭をひたすら打ち付ける結愛。その音を聞いて大山さんが、ついでご主人様が部屋に入ってきた。


「どうしたの?どうしたの??結愛さん!!」


大山さんの力では結愛の動きを止めることができない。ご主人様は結愛を奴隷として連れてきてはじめて自分からその体に触れ、きつく抱きしめた。


「何をしている!!自分の体を傷つけることは許さん!!!」


「直孝様、麻奈美様をお呼び致します!」


大山さんはそういうと部屋から出て行った。結愛のご主人様はどうやら『なおたか』というらしい。

数分後、麻奈美が部屋着で飛び込んできた。

「結愛ちゃん!! どうしたの!?」

直孝は麻奈美の姿を認めると、結愛を麻奈美の胸に預けた。


「お、おねえちゃん・・・ おねえちゃん!?」

麻奈美の腕を振りほどこうとする結愛。それを麻奈美は阻止して名前を叫び続ける。ほどなくして結愛は腰から力が抜けて砕け落ちた。


「お姉ちゃん、ごめんなさい、わたし、穢らわしい子なんです、ごめんなさい・・・」


麻奈美は直孝と大山さんを部屋の外に出して結愛と二人きりになった。

「さ、何があったか話してみて」


結愛は先ほどのできごとを全て話し


「わたしはあの女の血が流れている卑しい人間でした。麻奈美さんや皆さんにこんなにしてもらっているのに、麻奈美さんを夢で犯して・・・ ごめんなさい。どうか、ここで死なせてくだ」


パチン!


最後まで言い終わらないうちに飛んできた麻奈美の張り手。


「結愛!! そんなにわたしが憎いか! わたしから一番大切な結愛を取り上げて、そんなに楽しいか!!」


朗らかな麻奈美が普段絶対に見せない激昂。呆然とみつめる結愛、再び結愛を強く抱きしめる麻奈美。


「結愛ちゃん、本当に辛かったね。ずっと酷い目にあってきたね。怖かったね。でも、もう大丈夫なんだよ。結愛ちゃんは決して穢れた子なんかじゃない。」

「でもわたしは、お姉ちゃんを・・・」

「わたしとセックスすることを夢見てくれたんだよね?嬉しいよ」

「え??」

「結愛ちゃんは今まで男の欲望の餌食になってきたから、セックス自体をおぞましいって思っているのも無理はない。でも、本来は違うんだよ。本当に好きな人と、そのぬくもりを交わして幸せな気持ちになるものなの。だから本当に好きな人とだけするんだよ。」


「ゆるして、くれるの??」

「許すも何もないよ」

「でも、お姉ちゃんって、ご主人様と特別な関係なんだよね?夫婦?恋人?」


その一言を聞くと、思わず結愛を抱きしめていた手を離してしまった。


「え、あ、あはははははは、なにそれ???可笑しい、お腹、ちぎれちゃうぅ」


まるでマンガのようにお腹を抱えて麻奈美は笑い転げた。

「え?だって、そうでなきゃ、プレイベートまで一緒なんて・・・」

「ごめんね、確かに特別な関係だけど、今は結愛ちゃんに話すのは禁じられてるから言えないの。でも、少なくとも男女の関係じゃない。これだけは本当よっ」


結愛は張り詰めていたものが一気に緩んで、また泣き出してしまった


「なんだ・・・ご主人様に悪いから、お姉ちゃんと連絡取っちゃだめなんだってガマンしてたのに」

「だからちっとも連絡くれなかったのね。もう、余計なこと考えすぎ。そも女の子じゃない」

「お姉ちゃんは、好きな人、いる?」

「いるよ。」

「やっぱ、そうだよね・・・」

「目の前に♪」

「そういう意味じゃなくって!」

「そういう意味だよ♫」


「え?」


「ごめん、今までずっと隠してた。ちゃんと言うね。結愛ちゃんへの「好き」は恋人にしたい「好き」。最初にあったときにもう一目惚れ。でも、やっぱ女の子同士だし、無理はさせたくないから。 でも、今の話の流れだと、結愛ちゃんも」


「大好き!麻奈美お姉ちゃん!」


「ねえ、少しでも怖いと思ったら言ってね」

麻奈美はそっと唇を結愛の唇に触れた。2回、3回キスをして

「どう?平気?」

結愛が頷いたのを見ると、麻奈美は結愛をベッドにいざない、パジャマのボタンを二つ外して唇を首筋から胸へと這わせた。結愛の息づかいが徐々に乱れていくのが伝わってくる。再び顔を結愛の顔の至近距離に動かし、左手で頭を、右手で胸を愛撫する。

「大丈夫、ここにいるのはお姉ちゃんだよ」

もう一度結愛の唇に触れると、結愛の方から麻奈美の舌を求めた。

唇を離し、笑みを浮かべてそっと語りかける。

「怖くなかった?」

「全然。嬉しかった。夢みたい・・・」

「ねぇ?お姉ちゃんって汚い女?」

結愛が軽く首を横に振ったのを見て言葉を続ける

「だったら結愛ちゃんも違うよね。 まあ、もっとも16歳の女子高生に手を出したわけで、東京都的にはアウトなんだけど。結愛ちゃんに通報されたらお姉ちゃん弁護士辞めさせられるな、あはは」

「そんなこと、するわけないよぅ」

余韻を楽しんでいると、直孝から呼び出しがかかった

「御主人様、大山さん、ごめんなさい、もう大丈夫です。」

麻奈美は二人に、以前の怖い記憶がフラッシュバックしてパニックになった、とだけ説明した。


「愚鈍な貴様のことだから、どうせ学校の勉強も苦労しているのだろう。麻奈美君、週1回この奴隷を拘束して潰れないように監視してくれないか。5000万も出した私の所有物だ、ここで潰すのももったいないからな。」


「社長、でしたら私の家に持ち込んでもいいですか?」

「それは構わん」

「え?お姉…麻奈美さんの家にいけるんですか?」

「といってもここの1つ下のフロアよ?」

「ええ?」

9 親友

2年生に進級すると、中高一貫組と合流した。結愛は全然気づいていなかったが、中学組の中で結愛はちょっとした噂の人だった。


「なんか、高校クラスにめっちゃ可愛い子いるんだけど」


結愛は母の心愛譲りの容姿、まるでアニメの世界から飛び出たような、大きな目と均整の取れたプロポーション、女子校にいてもちょっと目を引くアイドルに近い存在であった。

新学期2日目、同じクラスの長身の生徒が近づいてきた。

「ねえ、佐久間さん、ちょっと話があるんだけど、いいかな?」

彼女の名前は郭琴音。台湾人の父と日本人の母のハーフで、まるで宝塚のトップスターのような雰囲気、典型的な女子校の王子様だ。

「いきなりでごめん。これ、読んでほしい」

スマートな雰囲気に似合わない、ベタなラブレターだった。


「ごめん、付き合ってる人いるんだ・・・」

「やっぱそうだよね、佐久間さん、かわいいもん。男がほっとかないか」

「ううん。付き合ってるのは女の人だよ。」

「え?そうなんだ。そっかー、きっと素敵な人なんだよね」

「うちの卒業生なんだって。ちょっとうち、家庭環境複雑で、里親に預けられてるんだけど、里親の会社の人。 でもなんでわたしなの?まだほとんど話もしていないのに。」

「ごめん、完全に一目惚れ。あまりのかわいさに衝撃受けたわ」

「ええ??あ、ありがとう、でも郭さんこそ、絶対もてるでしょ?女の子に」

「うーん、どうなんだろ? でもわかった。わたし、そこはスパッと諦めるよ。でも、友だちになってくれると、嬉しいな。気持ち悪い?いきなり告られてふったヤツとか」

「そんなことない。郭さん、だよね。喜んで!」

「琴音って呼んで。」

「じゃあわたしも結愛で!キラキラネームで恥ずかしいんだけど。」

「ううん、似合ってるよ。わたしこそ、琴音とか女の子っぽい名前全然似合わねえし。あははは」


「おーい琴音!  ん?お前、本当にやりやがったのか!?自重しろっていっただろ!ホントばかかお前は!!」

そこに通りかかったのは丹羽あずさ、帰国子女で郭の一番の友だち。柚希も一緒だ。もう中学入学組と仲良くなっている柚希は自他共に認める「コミュニケーションお化け」。中学の時に最初に結愛に声をかけたのも柚希だった。

「あー、見事にフラれた。でも友だちのポジはゲット!」

「え?郭さん、いきなり結愛に告った、とか??」

「うん、一目惚れしちゃって、でもそこはきっぱり諦めるから安心して」


「結愛、お前麻奈美さんと付き合っててよかったな。郭さんと付き合ったら、全校生徒を敵に回すぞ。」

「確かに、郭さん、カッコイイもんね。むっちゃモテるでしょ?」

「え?どうなんだろうなあ・・・」

「おいおい、バレンタイン大変なことになるじゃないかよ・・・あ、ごめん、佐久間さん、わたし、丹羽あずさ。って同じクラスだから自己紹介も変か。きみに失礼ぶっこいたこいつは一応私の一番の友だちってところ。」

「ちょっと向こうで4人で話そうよ。」


 こうして結愛は、柚希に加え、帰国子女の丹羽あずさと日台ハーフの郭琴音と過ごすようになった。

「ねえ、せっかく琴音と結愛ちゃんがいるんだから、文化祭でミュージカルか演劇やってみない?琴音は演劇部の助っ人よく頼まれるし、私、作家志望だから、この二人が映えるような脚本書いちゃうよ!」

「面白そう。音楽なら任せて!一応小さい頃からピアノとバイオリンやってるし、作曲も少しはできるよ」

出自も幼少期の体験も全く違う仲間は結愛にとっては新たな発見の連続。ただ、それと同時に否応なしに感じる幼少期の体験の質の差。文化資本というものがほぼ皆無だったことは現実として重くのしかかる。

「ちょっと、わたし演劇なんかやったことないよぉ。それに、琴音の隣なんて。わたし、可愛くないし地味だし・・・」

それを聞いた他の三人が一斉に固まった

「え?結愛ちゃん自覚ないの??去年、中学組でむっちゃ噂になってたんだよ??アイドル並みの可愛い子がいるって。」

「ひどいなあ、わたしを一目惚れさせたくせに・・・。ねえねえ、やっぱお母さんも美人だったりするの?」

琴音が放った「お母さん」ということば。事情を知る柚希は青ざめた。

「琴音、すまない。結愛のお母さんの話はNGで頼むわ。ちょっと家庭複雑で・・・」


母親と不仲、母親の愛情を一身に受けた琴音やあずさには全く想像の他のことであった。

「ごめん、結愛・・・柚希もありがとう、教えてくれて」


しかし、結愛のことばは柚希の予想を完全に裏切った


「ううん、大丈夫だよ。あのね。琴音とあずさにはむしろ知っておいてほしい。」


 結愛は自分の出自について話しはじめた。母親は高校を中退して出産したこと。実父と死別してからは三人の男が出入りし、特に後の2人には暴力を振るわれたこと。さすがに売春強要のことは話せなかったが、それ以外は全て。琴音もあずさも、あまりのことにただ泣くことしかできなかった


「確かにね、今でもお母さん恨んでいるんだけど」


柚希ははっと顔を上げた。結愛の口から「お母さん」という単語が出てきたのが初めてだったからだ。さっきまで一貫して「あの女」と言っていたのだ。

「わたし、お母さんと顔とかそっくりで、それが嫌だったんだけど、そんな風に『可愛い』って言ってもらって、琴音たちにも声かけてもらって、ちょっと自信が持てた気がする。可愛く産んでくれた、その点はお母さんに感謝してる。」

あずさは目を閉じて、結愛のことばを胸の中に落とし込んだ。今の気持ちを、どんな風に表したらいいんだろう

「なんかさあ・・・ 言えることは一つだけ。 

今、ここにいてくれてありがとう。


「全部新しい世界をくれたみんなのおかげだよ。

ねえ、わたし下手だと思うけど、皆と一緒に劇やってみたい!お母さんが私に残してくれた唯一のアドバンテージだから!」


「やった! なああずさ、当然ベッドシーンあるよな?」

「ねえよ!! 退学になるだろうが、この変態!」


それからあずさはあっという間に30分の脚本を書き上げた。キャスト2人だけで進行する物語、演出と音楽は柚希。4人は時間を見つけて少しずつ準備を進めていった。活動場所が確保出来ないときは互いの家に行くこともあった。

「さすがに結愛ちゃんの家は無理か。行ってみたい気もするけど」

「うーん、本当は来てもらいたいけど、ごめんね」


 ある日の夕食時、結愛は最近の行動を直孝に問いただされた。


「最近帰宅が遅いようではないか。一体何をしている」

「申し訳ありませんご主人様。実は・・・」

仲のよい友人が出来て演劇をすることになったことを正直に伝えた。

「まあ、それは素敵なことではございませんの。直孝様、麻奈美様、お許しになってはいかがですか?」

「文化祭10月だよね。わたし絶対行く!」

「ふん、好きにしろ。ただし命令だ。どのような者と一緒にいるのか、一度うちに連れてくるように、準備などはなるべくここで行うこと。」


「え?うちに来てもらって、いいんですか??」


友だちと自分の家で遊んだりおしゃべりしたり、前の家にいたときなら到底叶わない夢だった。自分の大切な友だちを大好きな麻奈美や大山さん、そして「ご主人様」にも紹介したい。結愛は明日が待ちきれなくて、すぐにメッセージを3人に送った。

「何度も言っておろうが。命令だと。」


「お泊まり会とか、素敵じゃない?」


 お泊まり会は週末に早速行われた。麻奈美が部屋に顔を出すと

「あ、お噂はかねがね」

「えー、結愛ちゃん、どんな話してるの?」

「そりゃもう100%ノロケですよ。でも確かに綺麗だし、自慢したいのもわかります。」

「麻奈美先輩、オーラが違いすぎます。あたしなんかじゃ太刀打ちできません。はい、完敗です!」

「ああ、きみが琴音ちゃんか。確かにこりゃカッコイイ。結愛ちゃん、付き合ったらファンクラブからたたきのめされるわ。あはは」


「ねえ、みんなは進路どうするの?えっと、柚希ちゃんよね?」

「はい! 実は、わたし麻奈美先輩みたく弁護士になりたいなって思ってて、結愛ちゃんが麻奈美先輩から勉強教わってるって聞いて、もううらやましくて」

「だったら時々見てあげるよ?仕事の合間にはなるけど」

「え?いいなあ、わたしも見てもらいたい」

「うん、あずさちゃん。帰国子女なんだっけ。」

「はい、わたしは作家とか、クリエーター系を目指したいので、應稲の文学部に入って中退してやろうかと、でも、受験国語がネックなんですよね・・・」

「琴音ちゃんは?俳優さんとか??」

「いやいやいや、そんなタマじゃありませんよ。うち、一族みんな医者で、医学部以外許されないんで。理Ⅲ行ければ最高ですが・・・って、そういえば結愛はどうするの?」


「え?わたし?? そりゃお姉ちゃんみたくなれれば、って思うことはあるけど、そもそも大学までは贅沢なのかな、って。わたし、何もお返しできてないし・・・」


「社長に聞いてみてないの?夕食の時間にでも聞いてみなよ」


夕食、一通り自己紹介が終わった後、結愛は恐る恐る進路のことを切り出した。直孝はふうとため息を一つつき


「お友だちのみなさん、結愛はこういう間抜けなことを平気で言う愚か者です。付き合ってもらって申し訳ない」

3人は意図がわからず「??」になっている。麻奈美と大山さんは直孝の「通常運転」に笑いを必死にこらえている。


「私はお前を遊ばせるために投資してきたんじゃない。この際はっきり言っておく。わたしはお前は将来会社で使い倒すために連れてきたのだ。そのためにお前には麻奈美君を補佐できる能力を身につけさせる。法学部以外の選択肢はないと思え!」


「え?大学に行ける、だけじゃなく、お姉ちゃんのお役にたてるんですか??」

「結愛、すごいじゃん、一番やりたかったことじゃん!」

結愛は涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、満面の笑顔で「はい!」と答えた。

10 悪夢

夏休みが終わって、2学期に入ったある日、所用で六本木に行った時の帰り、黒塗りのワゴン車が結愛を少し通り越した所で停まった。

「やっぱ結愛じゃないか!」

その姿と声色に結愛は硬直してしまった

(!雅人!?)

逃げようと体を反転させるより前に手を摑まれて後部座席に引きずり込まれた。スタンガンで動きを封じられると結束バンドで親指を拘束された。


「へえ、だんだん心愛に似てきたな、へへへ」

「な、なにするんですか もうあなたとは関係ないはずです!!」

「別にいいじゃねえか、どうせあの男に毎日かわいがってもらってるんだろ?それとも飽きらたか?」

「そんなことされてない!あんたと違ってとっても優しいの!」

雅人はやや逆上して結愛の頬を2、3度叩く

「どっかホテルに連れ込んでヤろうかと思ったが、気が変わった。なつかしいあの部屋に連れて行ってやるよ。そこでたっぷりかわいがってやる。お前の母親みたいにな」


六本木から車で1時間ほどの距離。永遠に着かないでほしいという結愛の願いはあっさり砕かれた。何度も雅人に犯され、客を取らされた悪夢の部屋。両手両足をSMの貼り付け器具に取り付けられた。

「可愛い制服着てるじゃないか。せっかくだからこれをビリビリにするのは後のお楽しみとして、まずは優しく気持ちよくしてやるよ。」


雅人はそう言うと、結愛の恐怖にゆがむ顔を楽しみながらブラウスのボタンをゆっくり外していく。

「これは邪魔だな。」

ハサミを結愛の顔の前に持っていき、前側からキャミソールを切り刻んでいく。露わになった美しい上半身、指で脇腹を何往復かさせると、おぞましさで気が狂いそうになる。そしてブラがはずされ執拗にまさぐられ、舌を這わされる。最も嫌いな人間の性的刺激に反応させられる屈辱、壊されていく尊厳、悔しさと無力感で泣くこともできなくなった。

 スカートの中に手が伸びたとほぼ同時に、ドアの開く音がした。

「ただいま帰りました えっ??結愛??」

自分を呼ぶ声に、遠くなりかけた意識が戻った


「お母さん!! 助けて!!!」


「ガツン」という鈍い音が3回、血まみれになっている雅人をゴルフクラブを手にした心愛がにらみつけていた。心愛は結愛の拘束を急いで解くと叫んだ


「逃げろ! 結愛!!」


え?で、でも・・・


そのとき雅人が動きかけた。心愛は雅人の後頭部にさらに3発ゴルフクラブを振るった。


「早く!! これ羽織ってカバン持って逃げろ!!!」


心愛が投げたジャージをひっつかむと結愛は必死に駆けだした。早く駅に行ってみんなのいるあのマンションへ、でも次の瞬間、全く違うストーリーが結愛の行動を邪魔した。


え? でも、なんであそこに雅人がいたの? なんで車越しに一発で私だってわかったの?


信じたくない、信じたくないけど、「ご主人様」が、もし雅人に私を売ったなら??今まで希望を持たせて膨らませて、最後の最後で心を折りにいったのなら・・・


心愛は公園で足が停まってしまった。最初に麻奈美と出会った公園。


(お姉ちゃんは、いつでも結愛の味方だよ)


ふと、結愛が麻奈美と結ばれたときのセリフが脳内再生されてきた。電話をかけようとして、2度手が止まった。


(お姉ちゃんに裏切られてたら・・・)

いや、だったらこのまま死ぬだけだ


麻奈美はすぐにコールに応答した


「結愛ちゃん?珍しいね、直接通話って。どうしたの?」

いつもと変わらない優しい声に号泣してことばが出てこない。麻奈美はすぐに異変に気づいた。


「結愛!!どうしたの? 落ち着いて話して!!」


「お姉ちゃん、たすけて・・・ たすけて・・・」

「どこにいるの?」 

結愛は泣いてことばがうまく出てこない。麻奈美はGPSで結愛の居場所をつきとめた。示された場所に、さしもの麻奈美も動揺を隠せない。

なんでそこにいるの!? 

そう言おうとしてことばを飲み込んだ。旧実家がらみの犯罪に巻き込まれたに違いない。


「結愛ちゃん、落ち着いてよく聞きなさい。お姉ちゃん、結愛ちゃんがどこにいるかわかったから。まずP市警察署に駆け込んで。タクシーがあればタクシーで。お姉ちゃん、すぐに警察署に連絡しておくから。お姉ちゃんもすぐそっちに向かう。電話は切っちゃだめだよ」


「う、うん」

結愛は麻奈美の声に少し落ち着きを取り戻した。

「ごめんね、お姉ちゃん、お仕事あるのに・・・」


「なにいってるの?結愛ちゃん。結愛ちゃん以上に大切なものなんて、お姉ちゃんには、ないのよ?

大丈夫。お姉ちゃん、強いよ!わかってるでしょ?」


麻奈美は結愛との通話をつないだまま、別の携帯電話からP市警察署に連絡を入れ、結愛の保護と心愛の家の確認を依頼。大山さんの運転する車で警察署に到着すると、結愛の方から麻奈美と大山にすがりついた。


「お姉ちゃん! 大山のおばちゃん、ごめんなさい・・・」

「結愛さんが謝ることではありませんよ。大丈夫。あとは麻奈美様に任せて」


結愛と麻奈美の関係に警察は最初混乱したが、虐待で親権停止になっており、大山が里親であること、麻奈美は支援の弁護士であることを説明したため、麻奈美の立ち会いの下での事情聴取が許可された。結愛は起きたことを女性警察官に一部始終話した。麻奈美は涙を流して結愛に謝った。

「結愛ちゃん、本当にごめんなさい。これはわたしの失態。あの男の店が六本木にあることを伝えておけば、こんなことにならかったのに・・・」


麻奈美と過ごして3年、こんなに取り乱した姿を見たことがなかった。


「ねえ、お母さん、お母さんを誰か見に行ってあげて!あいつに殺されちゃったらどうしよう」


「それについては、詳細は話せないけど、少なくともお母さんは無事で、安全なところにいるから、安心してね」

かなりベテランと思われる女性警察官が、優しく目を合わせて結愛に話した。


帰りの車の中では疲れ果てて麻奈美の腕の中で眠った結愛だったが、帰って部屋に一人になると、フラッシュバックが襲ってきた。叫び声に気づいた大山さんがその晩はずっと付き添った。

11 「信じる」ということ

翌朝

 「10日間の措置入院を命ずる。病院はすでに手配しているので、麻奈美君について行くように。そして、ここから5日間、情報に接することを一切禁じる。スマホは麻奈美君が預かる。よいな」


直孝からの命令。確かにとても外出できるような精神状態ではない。


「麻奈美君、申し訳ないが、病室からのテレワークで業務を頼む。打ち合わせは私が全て出席する。大山さん、ほとんど私は家に帰れないので家のことを頼む。何せ5000万も出して買った奴隷だ。壊されたら元も子もない。」


麻奈美と大山さんは顔を見合わせて少し笑い、それぞれの業務に向かった。


「お姉ちゃん、わたし、お姉ちゃんの足引っ張ってばかりだ、ごめんなさい・・・」

「何度も言ってるよね?結愛ちゃんがいてくれる、それだけでわたしは幸せなんだよ」

病院のベッドの上で力なくそう言う結愛の頭を撫でながら麻奈美は微笑みを返した。


「でも、みんなにも迷惑かけちゃった。もう本番まで間がないのに、こんな気持ちで舞台に立てるかどうか・・・」

「みんなからメッセージは来てるわね。でもごめんなさい。とにかく5日は返信ガマンして。わたしから入院していることだけ伝えておくね。お姉ちゃんを信じて。」


「あのね、お姉ちゃん、私、やっぱ悪い子なの」

「どうして?」

「あいつに襲われて、お母さんに助けられて逃げたとき、ご主人様を疑っちゃったの。もしかして、私を絶望させるために今の今まで餌をまいていたのかなって。こんなにしてもらっているのに・・・」

「仕方ないよ。だって、5000万出して何もしないとか意味わからないし」

「・・・わたし一瞬だけ、本当に一瞬だけなんだけど、もしお姉ちゃんもそっち側だったらって思って・・・ ごめんなさい。私、お姉ちゃんを裏切っちゃった、も」


次のことばをいいかけたときに、麻奈美は唇で結愛の口を塞いだ。


「いいのよ。全然。ねえ。お姉ちゃん大事なこというよ。『信じている』っていうのはね、その人が間違ったこと、自分を傷つけることをするわけがない、って思い込むことじゃないの。仮にその人が自分の思いとは違うことをしちゃっても、その人の次を待てる、それが信じるってことなの。大体こんな極限状態に追い込まれているときに、不安にならないなんてことが不思議だよ。それに、電話してくれたじゃない。もうそれだけでわたしは嬉しい。ありがとう。結愛。」


しばらくキスを交わしたあとで、結愛が訊ねた。

「そういえばお姉ちゃん、わたしのことをたまに『結愛』って呼び捨てにするよね?なにか使い分けがあるの?」

結愛から意外なことを指摘され麻奈美は少し戸惑った。返答に窮して質問で返した。

「ねえ、どっちで呼んでほしい?」

「え? んーと、呼び捨てがいいな♪」


5日後、三人が見舞いに来た。

「結愛・・・ 麻奈美さんから少し事情を聞いた。もう、許せない、わたし」

「ありがとう。でももう大丈夫。カウンセリングの先生も5日たったら学校に行っていいって。しばらくは大山のおばちゃんに送ってもらうようになるかもだけど。」

「だったらさ、うちは近いんだから、うちの運転手さんに頼めるか、お父さんに聞いてみるよ」

「おいおい、セレブの会話かよ。大体この特別室、わたしも初めて入ったよ。一泊15万円。」

「え?そんなに高いの?まあ、確かにまるでホテルだよね。でも琴音、この病院に詳しいんだ。」

「知らずに入院していたの?琴音パパはここの院長先生だよ? ふう、全くセレブ3人に囲まれて肩身狭いよ、あたしゃ・・・」

トントン

「入りますね。その後、具合はいかがですか? 欸,琴音,你怎麼在這裡呢?(お前どうしてここにいるんだ?)」 爸,她就是我的好友,我都說過了吧。(親父、彼女が私の親友だって、言っただろう?)」

「え?なに、なに?いきなり中国語??」


「あ、先生、全然気づかず失礼しました。琴音さんにいつもお世話になっております。」


「こちらこそ、ひどい娘なので失礼をしていないかと心配ですよ。」

「こら!」

「とにかく、あまりに酷い経験を積み重ねてきたので、時々思い出してしまうかもしれません。周りの人のケアと、温かい心が何より大切です。お友だちがそばにいることは素晴らしいことです。退院後も時々通院してくださいね。琴音も助けてあげるんだぞ」

「もちろんだって。私がこんな美少女放って置くわけないって、えへへ」

「おい琴音、通報すんぞ」


 結愛は無事に退院し、文化祭にも間に合った。美「男」、美女の二人芝居は前評判通りの盛況、ひそかにファンクラブまで出来、再演を熱望する声があがっているらしい。結愛の周りにはいつも人が集まり、世界は格段に広がっていく

 (結愛ちゃんも、そろそろお姉ちゃん離れ、かな。あの子のお姉ちゃんでないといけないのに。恋人にして縛っちゃいけないのに、結愛って呼んじゃいけないのに。キスが戯れでなくなってくる、わたし、何やってんだろう…)

深夜12時前、ニューヨークとのメールのやり取りをする手がふと止まる。ここのところ、結愛とは時々夕食で顔を合わせるくらいであまり話もできてない。麻奈美な憧れ、必死に麻奈美を目指してきた結愛、いつも不安げに麻奈美の後をついてきた結愛。結愛が自分に恋愛感情を持っているのはわかってる。結愛の心を埋めるために、麻奈美も結愛の望む『お姉ちゃん』でい続けた。が

(お前が結愛に依存してどうするんだよ、バカか、あたしは…)

。その時、インターホンが鳴った。麻奈美の部屋は、タワマン最上階の直孝の部屋下の階で、内階段で行き来できるようになっている。

「なんなの?今NYとの折衝で忙しいのわかってるでしょ?追加の仕事は明日にして!」

麻奈美はいらつきながらインターホン越しの直孝に文句を言った。

「お、お姉ちゃん、ごめんなさい。

「?!結愛??」

「なんか頭の中ぐちゃぐちゃになって、どうしても会いたくなって…、でも、そうだよね。ごめんなさい。帰るね」

麻奈美は結愛のことばを聞き終わらないうちに入口の扉を開けて結愛の手首を摑んだ。

「結愛 行かないで・・・」
「おねえ ちゃん??」

確かに恋人同士ということになってるが、麻奈美は、結愛が麻奈美から自立できれば身を引くつもりでいた。結愛に自分の人生なんて背負わせたくない。好きな人ができたときに、笑って背中をおしてあげる、自分の役割はそういうことだ。

(そう言い聞かせてきたのに・・・)

「結愛、ごめん・・・ 本当はね、お姉ちゃん、いつか結愛を解放してあげなきゃと思っていたの」

「な、なんで??わたしのこと、重かった??」

「ううん、全然、結愛といられてとっても幸せ。でも、きみにはまだまだ未来がある、だから、って思っていたのに・・・」

「のに??」

「お姉ちゃん、結愛がいなくちゃ、ダメみたい・・・ 愛しさが加速しちゃって壊れそうだよ・・・」

「ほんと?えへへ、嬉しいな。今日はわたしが」

結愛は、いつも麻奈美にしてもらっているように、ベッドにいざない優しく髪を撫で、耳から唇、首元へと口づけた。麻奈美は恍惚の表情で結愛を求めつづけた。

「ねえ、結愛。お姉ちゃん、本当に結愛を縛っちゃいそうで・・・」
「やっと本当に恋人同士になれたってことで、いいのかな?」


 実家での悪夢の記憶も封印出来るようになってきた。3年生になると、直孝の「命令」によって、4人での「麻奈美先生」勉強合宿も開催された。その成果もあったのか、全員が第一志望―結愛と柚希は帝都大文科Ⅰ類、琴音は同Ⅲ類、あずさは應稲大の第一文学部に進学することになる。


「そういや柚希のカレシ、小松くんだっけ、應稲の附属だよね。学部どこ行くの?」

「あー、確か文学部ってげっ、あずさと同じじゃん」

「よし、頑張って探すぞ!」

「探してどうするんだよ」

「ふふふ、NTR」

「う、い、いや、別に、気に入ったら、あげるよ。あんなやつ」

「またまたあ、別々の学校で3年もつきあってるのに」

「小松君、一時はわたしのことが好きとか、訳わからないこと言ってたんで、一番そばにいて幸せなのは誰か、ちゃんと考えろ!!ってわたしが怒って、ようやく自分の気持ちに気づいたんだったよね」

「え?なになに??結愛と取り合ってたの?もうじきあたしら卒業なのに、そんな話聞いてないぞ!!」

「聞かれなかったから、答えなかったんだって」

「なに政治家みたいなこといってんだよ。じゃあ今日は結愛ん家で朝まで女子会な!!」

「おいおい、迷惑だろ!!」

「いや、うちなら絶対大丈夫。電話するね」


大学に入っても定期的に4人で集まった。執念で小松を捜し当てたあずさは、いやがる柚希を無視してたまに5人で遊んだりもした。

ある日、大学の掲示板に、イギリスでのサマースクールの募集が張り出されていた。3週間集中での英語を使ったプログラム、帰国子女のあずさやハーフの琴音を見ていて、海外に行ってみたいという希望を強く持っていた、

(行ってみたいな、でも、さすがにここまでお願いしたら、だめだよね・・・、来年だったらお金貯まるかな)

持ち帰ったリーフレットを眺めながら、海外生活を夢想した。

12 真実


ある日の夕食時、直孝から命令が下った。

「今年の8月中旬・下旬はここに滞在することを禁ずる。費用は負担してやるが帰ってくるな。追放だ。」


結愛にはそれが何を意味しているのか、一瞬で理解した。


「そんな悪ぶっても無駄ですよ~」

結愛は直孝に近づき、背中から抱きついた

「な、何をする!」

「ご主人様、優しいお方。ずっと見守ってくれて、惜しみなく愛情をくださって、お金もたくさん使っていただいて・・・ 今回もわたしが見ていた留学のリーフレットに気づいて、お許しくださったのですよね。 だーいすき」


「き、貴様・・・」


動揺する直孝、最愛の肉親に接するように愛おしく直孝をみつめる結愛。その様子を見て、麻奈美が口を開いた。


「ねえ、もういいんじゃないの?」

麻奈美のことばに一瞬全員が顔を向けた。次の瞬間、結愛にとって全く想定外の一言を放った。


「ね、もうホントのこと話そうよ、お兄ちゃん。」


お・に・い・ちゃ・ん??????


「え?お姉ちゃんとご主人様の関係って??」


「前に言ったよね、特別な関係だって。血のつながったきょうだいよ。8つ違いの。ねえ、丁度次の日曜日でしょ?結愛ちゃんにも来てもらいましょう。そして、そこできちんと話そうよ」


「わかった。結愛。次の日曜日、一日時間を作ってくれ。会ってほしい人がいる。」


直孝から初めての、「命令」ではなく「お願い」のことば


結愛はどういうことか心配でしょうがない。ヒントだけでも教えて、といっても、麻奈美は笑ってはぐらかす。

「ねえ、わたし、これからもここにいていいの?お姉ちゃんと一緒にいられるの?」


「わたしと結愛ちゃんが離ればなれになるって話じゃないよ。それだけは絶対保証する。だから、心配しないで。」

「そっか、じゃあ、よかった.

お姉ちゃん、甘えていい?えへへ♪」

「しょうがないなあ♡」

麻奈美は結愛を自分の膝に座らせて、包み込むよう抱きしめた。

「結愛、大きくなったね。」

「もう、お姉ちゃんのエッチ」

「あはは、そこじゃないよ。そこもそうか」


日曜日、直孝・麻奈美に連れられて、結愛は行き先を告げられることなく大山さんの運転するワンボックスに乗った。あまり見ることのない直孝のスーツ姿。ネクタイは結愛が中学の修学旅行でお土産に買ったものだった。

(本当に優しい人だな。この人がお父さんだっら、よかったのに・・・)


1時間30分くらい乗っただろうか。高いフェンスのある建物の入り口で大山さんは車を停めて、麻奈美一人を降ろした。

「刑務所」

弁護士として誰かに接見するのだろうか。

30分ほど経って、直孝の携帯電話が鳴り、麻奈美を降ろした刑務所の入り口に再び到着。麻奈美の隣にもう一人の女性


「お、おかあさん??」


結愛の動揺に気づいていないのか、それとも無視しているのか、直孝は何も答えない。


「ゆ、結愛!??」


車の扉を開けた心愛も結愛と同じようにフリーズした。足が全く動かなくなった。


「先生、これは一体??」


「詳しくはゆっくりお話ししますので、とりあえずお乗りください。」

麻奈美は心愛の背中を押して、3列シートの最後列に座らせた。


「お姉ちゃん? なに??これ、どういうこと??」


思いがけない場所で、全く考えもしなかった人物との遭遇。幼い頃、働いて疲れて帰ってきても優しく抱きしめてくれた優しい母。夫と死別して別人格となり、愛娘より男を選んでしまった女。自分を男の食い物にした挙げ句、売春まで強要し、見知らぬ男に売り飛ばした鬼。しかし愛しているはずの男に再びおもちゃにされかかっている所を助けてくれたお母さん・・・結愛の心の中で心愛のさまざまな顔が、まるで輪廻の一念三千とでもいわんばかりにぐるぐる回る。麻奈美の腕の中にいなかったら、パニックで車から飛び降りてしまいそうだ。

 

「結愛ちゃん。ごめん、あの日のこともう一回だけ思い出させちゃうことになるね。でも知ってほしくて。うちに帰ったらちゃんと話をするから、聞いてくれる?」


結愛はうなずくとずっと沈黙した。心愛も一言も話さない。沈黙が車内を支配する。


マンションに戻り、応接室に母と子が向き合う。麻奈美は結愛の隣に座った。


「心愛さん、私の方から説明しましょうか?」

「いえ、私の方から」

心愛は麻奈美を制して話し始めた


「結愛さん。私は殺人を犯しました」

「違うのよ、結愛ちゃん、法律的には殺人ではないのよ」

麻奈美がすかさず訂正するが、心愛は聞こえていないのか、なおも話し続けた。

「あなたが雅人に捕まったあの日、ゴルフのクラブであの男の頭を殴りつけました。あの男が動かなくなるまで。数日後、あの男は死にました。後悔はしていません。あいつだってあなたを何度も殺したのですから。でも、それはわたしも同じ。男の愛情ほしさにあなたを差し出した。今度はあなたが私を殺す番、でもそれではあなたに罪を負わせてしまう。だから、わたしの始末はわたしがつけます。それで、許して、くれますか。そして、最後に、私を、『お母さん』って言ってくれた、ごめんね、結愛さん、ありがとう。その一言をわたしは抱いてし」


「誰がそんなこと望んだ!!」


心愛は多分「死のうと思います」と続けようとしたのだろう。それを結愛は察したのか大声で制した。


「だいたい、何よ、「ゆあさん」って。気持ち悪いよ。「ゆあ」って呼んでよ!」


「結愛・・・、母さんのこと」


「死ぬほど憎いよ! 当たり前じゃない!! 殴られても犯されても知らんぷり、そして男に貢ぐお金と引き換えに知らない男に売り飛ばした。憎くないわけないだろ!」

「はい」

「でもさ、あのとき私を助けてくれたじゃん。わたしの『お母さん』のことばに反応してくれたじゃん・・・ あのあと、雅人にお母さん殺されちゃうんじゃないかって、すごく心配、したんだよ?」   

そこまでぶちまけると、少し落ち着きを取り戻した。

「そっか、あいつもういないんだね。よかった。お母さん、わたしに申し訳ないと思うなら、今度こそちゃんと生きて。ね。」


「結愛ちゃん、お母さんと一緒にいるのは、嫌?」

麻奈美の意外な一言に結愛は当惑するが

「お姉ちゃん、お姉ちゃんがお母さんを守ってくれたんだね、ありがとう・・・。お父さんが生きていた頃は、とっても優しかったんだよ。お母さんも一日中お仕事で大変だったのに、いつも遊んでくれて、ご飯作ってくれて・・・それが」


結愛がそこまで話したとき、心愛は自分を抑えきれずに立ち上がって結愛を抱きしめた。


「結愛、結愛、ごめんね、ごめんね・・・」


どのくらいそうしていただろうか、実父の逝去から停まってしまっていた母娘の時間

リスタートさせるにはあまりに重い


ようやく心愛が少し落ち着きを取り戻し、母として娘に語りかけた

「ねえ、結愛。橋上先生のこと、お姉ちゃん、って呼んでるんだ? とっても大事にしてもらっているのね。」


「お姉ちゃんはね。わたしを買った直孝さんの妹さん。わたしに全てをくれた人。愛情も、学力も、経験も。わたしね、直孝さんに買われてから、毎日毎日とって幸せなの。あ、わたしね、今、帝都大に行ってるんだよ。すごいでしょ?それも最初にくれた参考書からはじまったんだよ」


そこまで話した時、心の中で何かが一しずく落ちた。それに結愛は驚いた。なんで今まで気づかなかったのだろう


「ねえお姉ちゃん、ひょっとして、最初からわたしを助けるために、わたしに近づいてくれたの??わたしを『奴隷』にしてくれたの???」


「ふふふ、じゃあ、ここから先は兄に話させましょう。ちょっと呼んでくるね。」

13告白

「結城さん。覚えていますか?」

いきなり旧姓で呼ばれて心愛ははっと直孝の顔を凝視した。

「なー坊?」

「はい。」

心愛の記憶が30年巻き戻った。小学校の頃、いつも泣かされていた男の子。小学校5年生の時に突然転校して、それきりになってしまったが、思い出すのに時間はかからなかった、

「え、お母さんとご主人様って、知り合いだったの?」

混乱する結愛に、直孝は昔話をした

「私は小さい頃はよくいじめられてね」

「え?お金持ちっていじめられないんじゃないんですか?」

「結愛ちゃん、このショコラHDは兄が大学在学中に起業して大きくしたもので、実家は普通のサラリーマンよ」

「なー坊は、とっても頭がよかったんだけど、ちょっと気が弱くて、一人で本を読んでる子だったの」

「ちょっとお母さん!ショコラHDって世界的なコンサル会社なのよ!あ、お母さんにコンサルなんて言ってもわからないだろうけど、私たちなんか気軽に声をかけちゃダメなんだよ」

「いや、むしろそう呼んでもらえて嬉しい。本来私はもうそんな風に呼んでもらえる資格がないから。」


 直孝はそう言って結愛を制すと、小学校の時の苦い思い出を淡々と話した。異性を徐々に意識する小学校5年生、自分をいつも気にかけてくれる女子に恋心を持つようになる。しかも心愛は学校中で噂される美少女。もともといじめのターゲットにされていた直孝は、クラス全員の環視の中で心愛に告白させられる。号泣する心愛、直孝はそれに耐えられず、親に「いじめられているから転校したい」と訴え、橋上家はP市から東京へと引っ越した。そのとき麻奈美はまだ3歳、だから麻奈美にはP市の思い出はほとんどない。

「本当は私が結城さんを守らなければいけなかった。でもわたしはあなたから逃げてしまった。あのときの私は好きな女の子の盾にすらなれない軟弱な男だった・・・ しかも、後で聞いた話だと、あなたが私をいじめたことにされてしまった、と。私はなんと愚かなことをしてしまったのか」


学校一の美少女は、次々と男子に言い寄られる。それをよく思わない女子たちによって、心愛は孤立させられた。


「私はそれから必死で勉強しました。偉くなってあなたを迎えに行きたい。その一心で頑張りました。あなたが誠也さんと結婚したと聞いた時は、さすがにショックでしたが、でもあなたを傷つけてしまった自分を戒めるために、努力し続けました。大学に入って投資会社を起業し、その成功を皮切りに会社を大きくすることができましたが、それはすべて、結城さん、あなたのおかげなんです。」


「え?直孝さんはお父さんのこと、知っているんですか?」


「ああ、誠也さんはわたしのことをよく気にかけてくれた、懐の深い、いいお兄ちゃんだった。だから、相手が誠也さんならと、結城さんのことは諦めた。でも、実は事故で亡くなっていたと知って心がざわついてしまった。そこで麻奈美に調べてもらったんだ。ところが、麻奈美から上がってきた佐久間心愛さんは、わたしの知っている結城心愛さんとは全くの別人のようだった。DV体質の男に依存するようになって言われるがままに貢ぎ、ついには愛していたはずの結愛までも性奴隷にしてして愛人に提供してしまった、と。あのとき私を守ってくれたのに、私が裏切ってしまった結城さん、結局私は何も罪滅ぼしができなかった。せめて結愛を救い出し、しかるべき教育を受けさせて、自立できるようにと、きみを「奴隷」としてあの男から買い取った。」


「じゃあ、あの日お姉ちゃんが公園にいたのも・・・」

「うん、もちろん偶然じゃないよ。最初はわたしをゴミを見るような目で見てたよね。」


「・・・ ご、ごめんなさい。だって、あまりにもわけわからないんだもん。」

「でも、すぐにわたしに心を開いてくれた。なんか、とっても可愛くて、ほっとけなくて、結愛ちゃんのために何でもしてあげたいって思ったよ。だからお兄ちゃんをずっと助けてたの。」


「そうだったんだ・・・」


「結城さん」

直孝は意を決したように語気を強めた。


「こんなことして、卑怯だということはわかっています。でも、自分の気持ちに正直でありたい。」


直孝はポケットから小さな箱を取り出した


「私は今でも、あなたが、好きです・・・」


混乱する心愛、狼狽する結愛。箱の中身が指輪であることは一目瞭然だ。


「な、なんで??私が今まで何をしてきたか、わかってるでしょ?なー坊、そんな昔の罪悪感で自分を縛らないで!わたしなんか、わたしなんか・・・ きみの隣にいる資格ない!! それこそ、あなたの奴隷くらいが」


バチン!


心愛のことばを結愛のビンタが遮った。


「お母さん!そんなんだから男に食いもんにされるんだ!なにが奴隷だよ。人はね、みんな尊厳ってものがあるんだよ。」


結愛の顔は涙でぐちゃぐちゃだ


「直孝さんのことが嫌いならしょうがないよ。でも、どうしようもないクズのあんたの娘に惜しみない愛情を注いでくれて、お金も1億くらい使って、20年以上あんた一筋で思い続けている人が、奴隷なんかにしようとする? 直孝さんを馬鹿にするのもいい加減にしろよ!」


「きらいなん・・・あるわけない、あるわけないよ。わたしが壊しかけてしまった宝物を、ずっと大切に守ってくれて・・・ でも結愛、あなたをめちゃくちゃにしたお母さんが、今さら幸せになってもいいの?」

結愛はしばらく目を閉じて、やがて静かにそれに答えた

「・・・そりゃ許せないって気持ちもあるよ。でも、お父さん死んじゃって、わたしを育てなきゃいけなくって、ほかのママたちが楽しそうにしているなかでバイト掛け持ちして、心が疲れちゃって・・・ わたしがお母さんでも、同じことになっていたんだと思う。
 だから、ごめんね、つらかったのに・・・そしてありがとう、雅人に捕まったあの日、もう一度『お母さん』に戻ってくれて」


「なー坊、いや、直孝くん、クズに成り下がったわたしでも、ずっと想い続けてくれて、ありがとう・・・ わたしが手放してしまった宝物を、大切にしてくれててありがとう、結愛を優しい子に育ててくれて・・・」


心愛はそこまで言うとしばらく嗚咽でことばを失った。結愛に肩を抱かれて少し落ち着きを取り戻し、箱の中身を開けた。


「あれ? この指輪、ちょっと大きい、かな? でも嬉しい。もうすっかりオバサンだけど、こんな私でよければ・・・」


「いやー、わたしって、結構可愛いって言われているんだよ。でも直孝さんが全然私をそういう目でみないな、って思っていたら、わたしまさか、お母さんに負けてたってこと?」

場の空気に耐えられず、結愛が少し茶化してみせる。

「うーん、結愛は子どもにしか見えない。心愛さんとは、女性としてのオーラが違うんだよ。」


「ひどいなあ・・・ でもわたしにだって恋人くらいいるんだよ?」


結愛は麻奈美に視線を向けた。


「佐久間さん・・・ いや、もう『お姉さん』って呼ぶべきね。実は、結愛ちゃんの恋人は、この私です」


「え??」


心愛と直孝が同時に声を上げた。


「あ、お兄ちゃんだってお姉さんだって、この恋路は邪魔させませんから、そこのところよろしく」


「きゃー、さすがお姉ちゃん!えへへ。お母さん、いいでしょ?女の人同士だって」


「う、うん・・・ 結愛の人生だもん。それに橋上先生なら」


「お姉さん、もう「麻奈美」って呼んでくださいね」


「ってことは、ひょっとして直孝さんを「お父さん」って呼ぶことになるの??なんか恥ずかしいなあ・・・」

「結愛、君のお父さんはあくまで誠也さんだ。 そうだ、次の週末に、誠也さんの墓前に報告に行こう。心愛さん、かまわないよね」


――――

エピローグ

「結愛、いい加減起きなさい! 学校遅れるわよ」


「なんで、まだ10分大丈夫だよお」


母親に起こされてぐずる。親子の何気ない日常の風景、でも、悪辣な男達によって、幼少期の幸せな記憶は完全に上書きされてしまっていた。はじめて「母親」という存在に甘える結愛

「もう、まさか大山さんにもそんな風にわがまま言ったりしてたの?」

「言うわけないよ、お母さんだったら甘えたっていいじゃん」


お母さんだから、甘えたい 娘のそのことばに心愛は思わず布団の上から抱きしめていた。


「ちょっと、お母さん、苦しいよお。あははは」


「結愛・・・ ありがとう。うれしい」


「やった、じゃああと10分」

「それはダメ!」


―2年後―


 「司法試験合格おめでとう。卒論もあるからその合間に、少しずつ法曹の仕事にも慣れていこうか。」

 公私ともに安定した結愛は、在学中に司法試験を突破。麻奈美から名刺が渡された。


ショコラHD 本社法務部秘書課
橋上結愛 Yua HASHIGAMI


「これからは正式にわたしの専属秘書をしてもらうね。本当は同棲したいけど、会社でもプライベートでもずっと一緒とか、飽きちゃう?」


「もう、飽きるわけないじゃん。ずっと一緒にいたいよお。一緒に住もうよ。今と大してかわらないけど」


「それもそうね。」


「でも嬉しい、これからうんとお姉ちゃんの役に立てるんだ。今までもらった分、お返しするから待っててね」


「ええ?返してくれなくっていいよ。ずっとお姉ちゃんでいたいもん。もっと甘えて? 大好き」

 不幸なのは仕方ない。ずっと人生を諦めかけていた。欲望のままに使われた。そして奴隷として売られた。母親を恨んだ。でも、母親が幼少の頃に蒔いた小さな優しさの種が、自分の運命に大きく作用した。人が認知するには複雑すぎる運命の与件。自分にはどんな運命の与件が埋め込まれているのか、それはわからない。でも、麻奈美が隣にいる。


 多くの人が差し伸べてくれた手を、最愛の人がくれたぬくもりを、二度と手放さないように。 


奴隷となって解放された、不思議な少女の運命のはなし


END


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