ものがたりを書いてみた5 史帆と香苗外伝:みすずー百合の間に挟まる親友(前編) 凄惨な虐待と解放
1 舘崎ゆりかに支配されていた頃
【注意】若干の性的場面・残虐場面があります
いじめのターゲット
織田みすず-わたし、佐野史帆とわたしのカノジョ藍田香苗をつないでくれた大恩人。わたしたちの唯一無二の親友。わたしたちがきちんと付き合うようになってからも、3人でよく遊びに行く。今は岩手に旅行中。それは「会っておかないと行けない人がいるんだけど、二人にもついてきてほしい」というみすずの頼み。
みすずはわたしたちにまつわるさまざまなできごとを語ってくれた。今日は、結果的にわたしたちを結びつけた大事件、舘崎ゆりかがみすずをいたぶり続けた話だった。中三で転校してきたわたしは、当時舘崎と同じグループにいた(正しくない表現だけど)みすずのに対する些細な違和感から、その現場を抑え、わたしのママたちにも協力を頼んでやつらを壊滅させた。これはおよそ中学3年の女子がやることじゃない、とんでもない事件で、「いじめ」なんて軽いことばでは決して表現していいものではない-大概のいじめがそうだと思うが-。結局舘崎ゆりかともう一人は逮捕。それどころか事件をもみ消し続けた担任は自殺、校長は引責辞任後に別件で逮捕、舘崎の父親、Z市教育長舘崎浩太朗も別件で逮捕という有様で、Z市立第一中学校は世間の耳目を不名誉な形で集めてしまったのだった。
Z市立第一中学の学区は、昔からの集落と新興住宅街の2つの小学校が合わさっている。みすずと香苗は新興住宅街の方の小学校出身、みすずは活発で勉強もでき、人見知りもしない方で、昔から孤立していた香苗にも気軽に話しかけていた。しかし、人のふところに入っていくタイプの子にありがちなんだけど、環境が変わると「馴れ馴れしい」みたいな言われ方をするようになることがある。みすずも、そんな言われかたをして孤立していったらしい。
そんなみすずには、別のクラスになった香苗が話しかけていたのだけど、ある日、クラスの女子に
「藍田さんと話しないほうがいいよ。みんな言ってるよ。織田さん、藍田さんといつも悪いことしてるって。この前もコンビニで万引きしているところを見かけたって。わたしはいくらなんでも見間違いだって言っているけど。」
と話しかけられた。こいつは石川真希。舘崎ゆりかの腰巾着だ。
「みすず、前にも言ったけど、そのときお前すでに舘崎に目つけられてたんだよ。あいつとは、一年の時も同じクラスだったけど、自分より成績いい女子がいて許せないって騒いでた。たぶんお前のことだよ。で、あいつ、なぜかあたしのこと怖がっててさ」
「いやいや、誰でも香苗ちゃんのことは怖いよ あはは。わたしが変なだけ。」
「でも、そのおかげであたしは小学校の時、ちょっと楽しかった」
支配の構図
「でもわたしは、これ以上孤立するのは嫌だって思って、香苗ちゃんを避けるようになった。本当にごめん。あのときのわたし殴りたいよ。」
「いや、だからそれが舘崎の狙いなんだよ。お前を孤立させて、手を差し伸べるフリして、おもちゃにする。そうだったろ?」
「うん。今思えば・・・二年生になって、わたしは一人で隠れてお弁当食べてた。友だちいないのばれるの辛くて」
ところが、昼休みに臨時の学活が開かれて、みすずがサボったということでみんなに怒られた。事情を担任に話したけど担任まで一緒になって責めた。その担任はそう、あの峰岸。これから舘崎についてみすずを追い詰めた最低の教師。
「それからね、クラス全員に無視されたの。クラス全員って、峰岸もだよ」
話がみえない
「朝の学活で、わたしの名前を飛ばすの。『せんせいー』って言っても無視。」
どこまで腐ったヤツだったんだ・・・ 数日して、舘崎がいきなり、「もう織田さんを許してあげようよ。」と白々しく言い出して、まるで無視していたのがウソのように、元通りになったそうだ。みすずは嬉しくて舘崎にすがった。舘崎は一緒にお弁当を食べようと誘って、それ以来みすずを「織田っち」と呼んで仲間にいれた
「仲間にいれてもらった、と思ったんだけどね。みんなのいないところで、『ゆりかちゃん』って呼んだら」
「誰が名前で呼んでいいっていった?いい?クラスの中だけだよ、対等なのは。立場をわきまえなさい。」
「って言われたの。わたしはそのとき、わたしが邪魔なだけだと思い、放課後はすぐに帰ったんだけど、そしたら呼び出されて、勝手に帰ったことを責められ、誰も入らない汚い公園のトイレの中で土下座させられた。舘崎が、石川が、わたしの顔を踏みつけた。その時の屈辱、一生忘れることはない。そんなことするなら、わたしはもう一人でいいって抵抗したら、次の日、わたし机に花が飾られ、完全に透明になった。いや、透明ならまだいい。「あれ?ここに何かある?」「いや、何もないじゃん」と言われながら暴行を受けた。机の中身をぶちまけられたり、男子の前でスカートを脱がされたり。学校に行きたくないって親に言っても聞いてくれないし。成績もがた落ちになって、親にそのことばかり怒られるし。」
「いじめられてるって言わなかったの?」
「そんなの言えないよ。お母さん悲しむじゃん・・・」
「それでも耐えようとしたの。でも、舘崎の一言で全て壊れた。」
「死んだ織田の妹、結構可愛いのよ。今度一緒に遊ぼうかと思ってるんだけど、男の子たちもくる?」
「わたしは土下座して、必死にお願いした。何でも言うことを聞くから、それだけは許して、妹だけには手を出さないでって。そのときはあいつら聞いてない振りして、わたしの頭を踏みつけて。メッセージアプリで放課後に呼び出した。」
「くそっ。いかにも舘崎のやり口だよ。あいつ、何を壊せば心が折れるかって本能的にわかるんだろうよ。」
「だから、失うモノが何もない香苗ちゃんだけは苦手だったんだと思う。3年になって、教室では一切手を出して来なくなったのは、たぶん香苗ちゃんが怖かったからだよ。それだけで大感謝。」
「なるほど、だから、香苗とわたしが幼なじみで大切な存在だって知ったとき、舘崎の野郎、これで香苗を壊せる、って言ったのか。どこまで卑劣なんだよ!」
「そんなことがあったの・・・本当にごめん、わたしのために」
「謝るなよ、怒るぞ💢」
蟻地獄と折られた心
「コンビニで万引きしてきたら許してやる、って言われて、やったら捕まって・・・」
―――
「舘崎様、なぜその動画をお持ち なのですか?」
「ばかねえ、あの店員がわたしの知り合いだからに決まってるでしょ?」
「じゃあ、最初からわたしを罠に嵌めるために命令したの?」
「ゆりかにため口きいてるんじゃねえぞこのブタが!」
「真希、いいのよ。そう。織田っち、お前の言うとおり。でも、罠だと思っても、拒否できないでしょ?どうせ。」
「ひどい・・・」
「なんで?普通はね、万引き見つかって、口止め料としてレイプされるまでがワンセットなのよ。それをわたしが勘弁してあげたんだから。 なんなら今からやられてくる?拒否ったら警察だけど。これ以上わたしを怒らせないでね。わたしはやるといったら本当にやるよ。妹さん、みらいちゃん、さくら台小学校6年3組出席番号4。可愛いよね?絵を描くのが上手よね。漫画は『ゆめいろ日記』がお気に入り。みて、もうこんなに写真撮っちゃった。」
「やめて!! ごめんなさい。もう二度と逆らいません。どうか、みらいだけは・・・」
―――
「口止め料として100万円。月々5万円で20回払いを約束させられた。こうして心をおられ、尊厳を奪われると、こんな理不尽なことでも『レイプされなくてよかった。やさしいな』なんて思うようになるの。実際、翌日からクラスで透明人間でなくなった。みんな、何事もなかったかのようにわたしに声をかける。クラス全員が舘崎の味方だって、思い知った。」
「他の先生に相談するってしなかったの?教頭先生とか」
「史帆、あたしの味方をしてくれた神林教頭先生が来たのは3年になってからだ。」
「したよ。一人。そして、それがわたしは、恐らく一生自分自身を責め続けることになる過ち・・・一人で泣いてたら、たまたま声をかけてくれたのが小野寺先生。覚えてる?
「1学期の途中で急に辞めちゃった先生だよね。一個下の学年の先生だったけど美人だったからよく覚えてる。」
「そうか、小野寺先生、無事だったか、よかった・・・」
「え?香苗ちゃん、小野寺先生とつながってたの?」
「え、あっ、前に、みすずが言ってた、じゃないか・・・」
「???」
「みんなに岩手までつきあってもらったのは、小野寺先生に会って、お詫びをして、教師になる決意をお話ししたかったからだよ。これから話す話、二人には話していいって先生には許可もらっているけど、絶対他の人に言わないでね」
わたしと香苗は、その後の、初めて聞くみすずの生々しい虐待の数々に何度も怒り、泣いた。それでもみすずが今回話を聞いてくれと言ってきた。わたしたちに出来ることは、しっかり受け止めて、親友の痛みを少しでも和らげること・・・
みすずの話は続く・・・
************
わたしは思い切って小野寺先生に相談した。先生はわたしの話を涙を流して聞いてくれた。ところがそれが先生を不幸にしてしまった。先生はまず峰岸の所に行った、しかし峰岸は、嘘をついているのはわたしの方だと言って取り合わない。学年主任も、教頭も誰も小野寺先生に取り合おうとしない。その時の教頭がわたしたちを救ってくれた神林先生だったら違っていたかもしれない。でもそのときの教頭は完全無視、翌年、別の学校の校長に昇進した。Z市は首都圏といっても典型的な地縁血縁のムラ社会だ。出世したければ地元の名士で教育長の娘を告発するようなことはするわけがない。そのことに気づいたのは後になってからだけど。そして舘崎に逆に訴えられた。根も葉もない容疑をかけられた、と。校長は何も調べず、先生を指導力不足教員として教育委員会に報告、休職することになった。
「小野寺先生にはかわいそうだけど、あんな所、辞められてよかったんじゃないかな」
「史帆ちゃん、ここで終われば、わたしもまだそう思えたんだけど、舘崎の異常さはこっからなんだよ・・・」
「あーあ、織田っち、小野寺先生に余計なこというから、先生クビになっちゃうね。人の人生台無しにして楽しい?」
「・・・」
「チャンスをあげようか」
何度もやってこられた、蟻地獄への道。希望を与えておいて、実はそれが新たな絶望にしかつながってない。こうして何度も心を折り、抵抗できなくする・・・なんでわたしは気づかなかったんだろう
「先生にディープキスして、好きだっていいな。そうしたらパパに頼んで、先生に復帰できるように言ってあげる。」
わたしは先生に来てもらい、舘崎の言うとおりにした。先生もぎゅっと抱きしめてくれた、ところが
「あー、先生、同性でもそれは淫行ですよ~。動画撮っちゃった♪織田っち、こればらまくよ。いいのかな?中学生が淫行とか」
「ごめんなさい、わたしがちゃんとたしなめてあげなかったから・・・」
「先生、それが人にモノを頼む時の態度ですか?ちゃんと土下座してください。先生の軽はずみな行為が一人の生徒の人生を終わらせようとしてるんですよ?」
小野寺先生は頭をこすりつけて懇願した。心を折られているわたしには、もうかけることばもでなかった。
「先生は生物の先生ですよね。じゃあ、性教育の授業でもしてもらおうかな。女性はどうやったら気持ちよくなるのか、これ使って実演してください」
「そ、そんな、わかりません」
「しょうがないですね。じゃあ、織田さん、代わりに脱いで。先生は織田さんにしてあげてください。」
そんな権利ないのに、わたしは泣き出してしまった。
「わかりました・・・わたしが、やりますから、織田さんは許してあげて」
それからはお決まりのコース。自ら脱いで、妙な道具を性感帯に当てるところや、グループのNo4の浦田陽菜に犯されるを動画に撮られ、口止め料を支払うことを約束させられた。
「織田っち、小野寺先生、あ、もう先生じゃないか。大宮のソープで働いてるって。会いに行こうか」
それが本当かどうかは知らない。でも、わたしが先生を壊してしまった・・・もう誰もわたしに関わらせてはだめだ。大人すら壊される。わたしに抵抗するすべはない。
それからのわたしは、死んだまま生きてた。命令さえ聞いていれば友だちのフリをしてくれる。舘崎のグループの一員として、周りからも一目置かれる。なにより、妹に危害が及ばない。
わたしのグループでの地位は奴隷。役割はATMとサンドバッグ。貯金がなくなると、塾のお金を使い込み、親の財布から抜いたり。でもそれもバレてお母さんに怒られて、もう許してくださいとお願いしたら、屋上裏に連れていかれた。
「それがあの日だったってこと?」
「うん。史帆ちゃんと香苗ちゃんが来てくれた、奇跡の日…あの日、来てくれなかったら、わたしも陽菜ちゃんみたいにされてた」
「浦田陽菜って生徒会長だったあいつか。そういや見かけなくなったな、転校したとか」
「陽菜ちゃんの地位はわたしの一つ上。わたしと違ってみんなの前で暴行されることはないけど、口答えは許されないの。ところが、峰岸とやれと言われて拒否ったら、目隠しされて縛られたままクラスの男子に一回5千円で何度も犯されて、峰岸にもやられて、ボロボロになっちゃった・・・舘崎はそういうのをわたしたちに見せつけて、共犯にして、恐怖を植え付けるの。陽菜ちゃんがやられたのは見せしめだったから一回きりだったけど、わたしはきっとそれで金を稼がせようとしたんじゃないかな。」
「そんなことも知らず、あたしは、もしみすずが助けを求めなければ、そのまま帰っていたところだったよ。お前が舘崎にいじめられているのはわかっていたけど、自力で抜け出す気がないなら助ける意味もないって。なんてバカだったんだ。危うくとんでもない後悔をするところだった」
「でもそんな心を折られた状態で、香苗に『助けて』って言えたの、よかった。」
「あの日の陽菜ちゃんの姿が頭をよぎって、何も考えられなかったんだよ。小野寺先生もひどかったけど、男に犯られる怖さはさらに輪をかけた。」
「ごめん、つらいこと思い出させちゃった・・・」
「ううん、むしろ二人にだけ、聞いてもらいたかったの」
先生に会いに
ーーーーーーーーー
「ねえ、これ、読んでくれる?」
みすずが出してきたのは手紙だった。差出人は小野寺先生
織田みすず様
前略
お手紙ありがとう。ちょっとびっくりしたけど、嬉しかった。あのおぞましい事件が解決し、織田さんがお友だちの支えで日常を取り戻せたことを知り、本当に安堵しました。わたしも舘崎さんの押しつけた賠償金の首輪を外すことができ、今では実家ある岩手県の牧場で、乳牛の世話をしながらゆっくり生きています。
確かに、あのときは、織田さんに手を差し伸べなければよかった、と思わなかったと言えばウソになります。正直ちょっと恨みました。でも、今から振り返ればよかったと思っています。わたしはわたしの良心にかけてそうしたのですから。
織田さんの決意、よくわかりました。もし時間があれば、お友だちも一緒に一度岩手に遊びに来ませんか。ゆっくりお話しましょう。動物たちも可愛いですよ。
それでは、ご連絡お待ちしています。ご自愛ください
草々
小野寺咲希
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香苗が大泣きした。わたしもつられて大声で泣いた。
翌日、わたしたちは先生のご実家の牧場に行った。少しお痩せになって、日焼けされたけど、モデルのような美しい容姿、印象は変わらない。
「先生 ごめんなさい・・・」
みすずはそう言うと、うずくまって号泣した。先生は優しく抱き起こして
「もう、織田さんが謝ることじゃないでしょ?こっちこそごめんね、わたしのことでトラウマを植え付けてしまって・・・」
「先生、あらためて、 わたし、教師を目指して、いいですか?」
「本当に真面目な人なのね。あなたが悪いわけでもないのに、ずっと思い悩んでいるなんて。わたしのことが重荷になって、心苦しい。もちろん、織田さんが教師になってくれれば、救われる生徒は多いと思う。応援するよ。でもね。一つ気をつけてほしいことがあるの。」
「はい、なんでしょうか。」
「きみはまっすぐで、人の痛みを受け止められる子。教師に絶対必要な資質。でも、それが時に自分を追い詰めてしまうこともあるわ。一人の生徒も取りこぼしてはいけない、そう思いすぎることによって、自分のできる領域を越えてしまう。それは結局自分を潰してしまい、手を差し伸べられる生徒も差し伸べられなくなる。わたしの大学時代の恩師がよくおっしゃってた。教師一人の及ぶ力なんてほんの小さなもの、それを常に自覚する。まずはここからだって。
そうだ!織田さん應稲大よね?わたしの恩師は今は應稲大の教育学部にいらっしゃるわ。佐野瑞穂先生、紹介状書いてあげる。」
「え?ええ??先生、八戸教育大のご出身だったんですか?」
「う、うん、えっと?」
「申し遅れました。わたし、佐野史帆といいます。佐野瑞穂の娘です!」
そのときの先生の驚いた顔、あはは。なんか可愛かったな。
「先生、わたし、もう佐野先生の研究室に出入りしています」
「先生は引っ込み思案だったわたしの背中を押してくれた恩師。頭脳明晰で、いつも明るくて、愛情深い先生で、先生が異動されると聞いて、後輩たちみんな泣いてた。」
「い、いや、家ではぐうたらで適当なんですが・・・」
「先生、詳しいことは後でお話ししますが、今回、大逆転でわたしたちが救われたのは、全部佐野先生のおかげなんです」
「え?なんということ!? 後で詳しく聞かせて! えっと、もう一人の、あ、顔はなんとなく覚えてる、えっと」
「あはは、学校一のワルだったから目立ってましたよね。藍田香苗といいます。
「あいだ かなえ・・・ もしかして?? 弓枝ママさんの・・・」
「あー、もう誠志郎さん、あたしのことも話しちゃったのか、まいったな」
小野寺先生は、その名前を聞くと、泣き崩れて香苗に何度もお礼を言った。何?わたしも知らないこと??
香苗は照れくさそうに、事の顛末を話してくれた。みすずと仲直りした後、もしかしたら小野寺先生が本当に大宮の風俗店で働かされているかもしれない、と泣きじゃくっていたので、昔、ばあちゃんが世話をしていた誠志郎さんというその筋の偉い人に、もし先生がいたら保護してほしいと頼んだ。先生は美人で稼げるから、悪いやつらの罠に嵌まってさらに借金漬けにさせられかけていたのだけど、誠志郎さんが探しだし、そのヤミ金を潰して救ったとか。
「貯金を使い果たして、追い詰められてお金を借りたら、『あなたなら無担保で200万融資できます』って言われて、そしたら賠償金300万全部払えるなって、ホント世間知らずで・・・。元本を受け取ってもらえず、利子だけ増えていって、風俗で働かされるようになった・・・
でも一ヶ月くらいかな、誠志郎さんが訪ねてきたの。自分が全部解決させるって。最初は全然信じられなくて、断ったんだけど、弓枝ママ、つまり藍田さんのおばあさんに死にかけた所を助けてもらった話をされたの。「大恩人の弓枝ママがかわいがっていた孫娘の香苗が、はじめて自分を頼ってきた。受けた恩義は必ず返すのが任侠、自分を助けると思ってあなたを救わせてほしい」って。本当に見返りもなにも求めず、私を苦しめていたヤミ金から証文を取り返してくれた。そしたら誠志郎さん、なんて言ったと思う? ありがとう、よ。弓枝さんという人が、どんな人だったか、よくわかった。」
「ばあちゃんはそういう人だったんだ・・・、あのあたりで一番でかい組の組長さんの女だったんだけど、店には多くの人が遊びに来ててね。みんなばあちゃんのことが好きだった。あたしも誠士郎さんとかからかわいがってもらったよ。でもばあちゃんは、「お前にはこっちの道は進ませない、お前はいい子すぎる」って言われたな。」
「事件が解決して、舘崎さんに払ったお金は慰謝料とともに取り戻したけど」
「たぶんソープに沈められたままだな。その方が奴らにはカネになるから。本当に舘崎がヤクザとつながってなくてよかったよ。そうしたらあたしは誠士郎さんに戦争までお願いしなきゃならなくなる」
言っている意味がよくわからない。なんかわたしの知らない世界だな。
「あたし、ずっと、史帆の恋人でいいのかな、みすずの親友でいいのかなって思ってたんだよ。だって頭も悪いし、ヤクザみたいな家の子だし。でも、先生を助けられたのなら、ちょっとよかったかな、えへへ」
「藍田さんは、きっとおばあさまの血を濃く受け継いでいるのね・・・まっすぐで友だち思いで、人の痛みをわかる子。」
やっぱ香苗が認められるのが、わたしにとって一番嬉しい。そう、そうなんだよ、香苗はすごいんだよ。 あれ、なんかみすずが珍しく不機嫌だ??
「みすず?おーい、みすず~」
「香苗ちゃん、ひどいよ・・・そこまでしてくれてたなんて一言も話してくれなかったじゃないかぁ・・・ なんだよ、お礼も言わせくれないの?」
「い、いや、ほら、みすずは別に助けてくれって言ったわけじゃなかったし。なんか言いそびれた。」
「香苗ちゃん!全くもう、そういう所だよ!そんなんだからもう少しで史帆ちゃんを手放しちゃうところだったんだよ!!」
「う、うん、ごめんよ」
「もう、ばか・・・ ありがとう・・・」
本当は香苗の胸はわたしの指定席だけど、今くらい貸してやるか・・・
今日は先生の家に泊めてもらう。そこで夜中まで女子会が続くのだけど、そこでは舘崎をぶっ潰したあの一日のこと、その後のわたしと香苗とのことなんかで、夜中までずっと話が終わらないのだけど、それはまた、あとの話・・・
2 帝国の崩壊、姫の乱心
意外な接点
わたし、織田みすずは、親友の佐野史帆と藍田香苗を誘って岩手に来ている。目的は、わたしたちの中学校にいた小野寺咲希先生を訪ねること。小野寺先生は、舘崎ゆりかに虐待されていたわたしを助けようとしてくれたんだけど、担任はおろか校長まで舘崎の味方で、反対に舘崎に心も身体もボロボロにされた。わたしが先生を巻き込んじゃったからだ。あの大事件から約4年、先生はわたしを許してくれて、温かく迎えてくれた
「小野寺先生、母です」
史帆ちゃんは、そう言ってスマホを先生に渡した。史帆ちゃんのお母さん、佐野瑞穂先生は應稲大学教育学部の先生、つまりわたしの先生なんだけど、-先生が前に勤めていた国立八戸教育大は、小野寺先生の出身大学で、小野寺先生は佐野先生の直接の教え子だったんだ。
「瑞穂先生、小野寺です。覚えていらっしゃいますか?」
佐野先生は、小野寺先生の声を聞くなり、スピーカー越しでも聞こえるくらい慟哭した、先生もスマホを落としてしまった。
「お前か、お前だったのか!あいつらに壊されちゃたのは…なんで気づかなかったのか、何で声をかけてやれなかったのか、ごめん、ごめんよ、咲希…」
史帆ちゃんが後で言ってたけど、娘の史帆ちゃんも、先生があんなに感情を露わにして激しく泣き叫ぶをはじめて聞いたらしい。小野寺先生もスマホを地面に落としたままそのまま大泣きした。
「いえ、いえ、大丈夫です、先生、ありがとうございます。わたしを助けてくれて、わたしのために心を傷めてくれて…」
それから二人は10分くらい一気に話をした。
「え?よろしいのですか!?喜んで、お手伝いさせていただきます!わかりました。先生の新しい連絡先はあとで史帆さんからお聞きしますね。それでは、失礼致します。ありがとうございました。」
「何か母に押し付けられましたか?ごめんなさいm(_ _;)m」
「とんでもない。先生はわたしが将来教職に復帰できるように少しずつ研究の仕事を手伝わせてくださるって、嬉しい。」
「やりがい搾取だったら言ってくださいね、ぶっ叩くので」
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舘崎帝国崩壊前夜
しばらく先生の大学時代の話を伺ったあと、どうやって舘崎帝国を崩壊させたかの話になった。
史帆ちゃんが口を開く。
「まあ、一言でまとめれば水戸黄門なんですけどね。母が米村聖子文部科学大臣副大臣を連れてきてZ市だけしか通用しない舘崎の権力を踏み潰した、という感じです。」
「それにしても、わたしが香苗ちゃんに助けてもらった翌日、学活で香苗ちゃんが私をいじめているとウソを言わされた時から、たった2日だよ?すごくない?」
「そういや史帆、お前が撮った証拠の動画のSDカード、峰岸がかみ砕きやがったじゃん?なんで映像残ってたの?」
「え?なにそれ、噛み砕くって、峰岸ヤバっ!」
「わたしが大事なモノをバックアップとらないとでも思う?」
「史帆さん、暴行の現場を動画でとってたの?冷静ね、さすが瑞穂先生のお嬢さん!」
「その前に、なんでわたしが舘崎の標的になってるって気付いたの?3年になってから転校してきたのに」
「あたしもそれ聞きたかった」
「うーん、舘崎グループの中で、みすずだけ体温が低すぎと思ったんだよ、ずっと引っかかってた」
「へえ、史帆ちゃん、他人に興味なさそうなのにね」
「史帆があたしの方をさかんに見て何か訴えていたんで、なにかと思ってついて言ったら、現場を史帆が動画でおさえていたんだよな。」
「冷静ね。さすが瑞穂先生のお嬢さん・・・」
「いや、踏み込めなかっただけです。香苗が来てくれなければどうなっていたか」
「え?香苗ちゃんに「ついてきて」って言ったわけじゃないの?」
「だって、香苗、ずっとわたしに冷たかったんだもん・・・」
「それは・・・あたしとつるんだら損するだけだから・・・」
「でも、好きな人のSOSを感じ取って駆けつけたんだ、かっこいいな、香苗ちゃん♪ 香苗ちゃん?? 真っ赤だ、かわいい!!」
「でも、あたしが舘崎を追っ払ったあとでひどい目に遭っただろ?」
「それがね、わたしが香苗ちゃんにいじめられて、恐喝されていることにすれば、香苗ちゃんを少年院送りにできるって、むしろ喜んでた。さっきも言ったけど、香苗ちゃんだけは苦手だったから。だから仕方なく、峰岸に香苗ちゃんにいじめられたって話して、あの日の学活になった・・・ほんとごめん」
「だからそれはもういいって。」
「なぜあんなことが平気でできる子が、香苗さんだけは抑えられなかったんだろう?」
「先生、舘崎のやり方は、弱みを握って、それを大切な人にばらされたくなかったら言うことを聞け、といって、もっと言えないことさせて、どんどん深みにはめていくんだよ。みすずもそうだった。たぶん先生も、ここの住所かなにか知られていて、みすずとキスしている所を親に送る、とか言われて、その口止めとして、エッチなことさせられているのを動画に撮られたんじゃない?」
先生は涙を浮かべてうなずいた。
「あたしはね、大切なものなんて何もなかった。親父なんて誰だか知らないし、母親を名乗る女はあたしの奨学金を男に貢ぐようなやつだし、大事なばあちゃんは死んじゃったし。学校中で浮いてて友だちもいないし、高校に行きたいわけでもなかったし、ケンカは男にも負けたことなかったし、別に少年院とかも怖くない。だから抑えようがなかったんだよ。」
「でも、香苗がわたしのために、舘崎を殴ろうとしたから間に入ってパンチがわたしに当たって、香苗が思わず『史帆ちゃん』って呼んだから、わたしたちが実は幼なじみだったことがばれちゃったんだよね。そこを舘崎に突かれてわたしを壊してやるって言われて・・・香苗ちゃんが泣くところなんて、初めて見た。」
「とにかく舘崎には絶対弱みを見せられないから、泣く場所を探して大泣きして・・・そしたら教頭先生が声をかけてくれた。あたしの恩人、あの学校の中でたった一人、あたしの話をきちんと聞いてくれる先生・・・小野寺先生、かわいそうだよな。あとちょっとみすずに会うのが遅ければ、神林先生が教頭だったのに。」
「そうね。ただ、闇雲に進んじゃったわたしにも問題があったの。峰岸先生や、前の教頭先生に話をしたとき、違和感を感じなくてはいけなかった、今思い出してみれば、舘崎さんのかばいかたは異常だった。織田さん、わたしの経験から、未来の先生へのアドバイスはこういうことなの。」
「はい。本当にそうですよね・・・ あ、先生!! 香苗ちゃんや史帆ちゃんは名前呼びなのに、なんでわたしは相変わらず苗字なんですか?!わたしも「みすずちゃん」って呼んでほしいです!」
「お前割とそういうところこだわるよな、なに先生に甘えてんだよ」
「もちろん。いいわよ、みすずさん。」
「本当は「ちゃん」の方がいいけど、まあいいや、えへへ。先生大好き!」
「お前、なにどさくさに紛れて先生の膝枕で甘えてんだよ!!」
「ううん。これ、みすずちゃんの優しさなんだと思う。わざと子どもっぽい感じで接して、あのときのことはもう大丈夫って、わたしを安心させようとしてくれてるんだよね?」
「そうなんですかね?まあ、確かにこいつにそういう一面があるのは否定しませんが・・・、あれ、みすず、何顔埋めてるんだよ、耳まで真っ赤だ!照れてやがるの、あははは」
やめてよ! 面と向かってそういう褒められかたされるの、はずかしいよぉ・・・
わたしが泣いちゃったの、きっと小野寺先生にはばれちゃってたな
「あの後、教頭先生と香苗の話を聞いて、要するに地元の名士の一族で、教育長の娘っていうのが舘崎の力の源泉だとわかったから、その上を行く人間を母に紹介してもらえないか、と思って電話したんですよね。そしたら、文部科学副大臣の米村議員がすぐに動いてくださって、2日後に視察に行くから教育長も含めて関係者全員待機するようにって学校に電話を入れてくれたんです。」
「教頭先生、嬉しそうだったよな。あたしと史帆は万一のために翌日は欠席して家にいるように言われて、あたしは家が嫌いだから、教頭先生の家にいって、ずっと猫と遊んでた。」
「あの学活の夜、明日朝迎えに行くから家にいてくれって言われたんだけど、そういうことだったんだね。」
わたしは、その続きの話をした。二人にも初めて話す話だ。
教頭先生の決意
教頭先生はわたしを応接室のソファーに座らせると、深々と頭を下げた
「織田さん、今まで辛い思いをさせてしまい、本当に申し訳ありません。」
「あ、藍田さんにいじめられたことですか?もう解決したから大丈夫です」
「そうではありません。あなたが舘崎さんとその仲間から虐待されていたことです。わたしも同じクラスの藍田さんから以前相談を受けていて、独自に調べていましたが、今回藍田さんと佐野さんから話を聞き、相当悪質であると判断しました。」
わたしはそのときはじめて、香苗ちゃんがわたしのいじめに気づいていて、教頭先生を通じて助けてくれようとしていたことを知った。わたしはその友だちをいじめの犯人にしようとしたのだ。わたしは泣いて泣いて、たぶん廊下に聞こえるくらいに泣いた。香苗ちゃんのことが嬉しかった、それも本音だけど、舘崎と香苗ちゃん、どっちも敵に回してしまったらどうしようという不安もよぎった。わたしは香苗ちゃんに許してもらおうと思って教頭先生に全部話した。教頭先生はぼろぼろ涙をこぼしながらメモをとっていた。
「舘崎さんと一緒にいじめに加わっていたのは、石川真希さん、鈴木ありすさん、新井雪音さん、それと転校した浦田陽菜さん、ということでいい?一番ひどかったのは誰?」
「そうなんですけど、実はこのグループは、中ではっきりした階級があるんです。」
「階級?なんか男子のグループみたいね。」
「正確に言うと、舘崎と石川だけが友だちで、あとはあいつら二人の気分次第でフラットになったり、支配されたり。わたしは最初から、いじめのターゲットとしてグループに引き入れられましたけど、浦田さんは途中でリンチされて切られました。鈴木は頭のいいヤツで、動画を撮ったりする役をいつもやってますけど、あれ、保険ですよ。あれを持っている限り切られることはない。新井さんは実はブレーキかけてくれてた。命令に逆らったらターゲットにされるから、わたしにいつも暴力ふるっていたけど、こっそりあまり痛くないようにしてくれて、小声で「もっと痛がれ」とか言ってくれていました。だから、新井さんだけは、許してあげてほしいんです。」
「わかりました。明日はあなたを解放する大切な一日です。その前にご両親にお詫びと今後の説明をします。突然で申し訳ないけどご両親に今晩大切な用でお邪魔するとご連絡いただけますか?」
その夜、先生はうちに来て両親に土下座した。母親は狼狽し、ついで激昂して先生を詰った。先生は今年から来た先生で、全然悪くない、むしろはじめての味方だと母に抱きついて止めた。父が先生に頭を上げるよう促した。
先生は、わたしから聞き取ったことの顛末を報告したあとで、
「学校は本件を一切隠すことは致しません。みすずさんの心のケアが最優先ですが、学校の中で完結させていい問題ではありません。隠蔽に関わった教員はもちろん、加害生徒も刑事告発をすべきかと存じます。もちろんわたしも本件の解決に目途が立ち次第辞表を提出いたします」
ともう一度頭を下げた。母は
「先生が娘に手を差し伸べていただいたこと、親として大変感謝致します。ただ、私はZ市職員ですのでよくわかるのですが、舘崎家の力はこの小さなZ市では絶大です。金子市長からして舘崎教育長の義理の弟ですし、警察署長だって一族です。大丈夫なんでしょうか。」
「いえ、大丈夫です。この件は国が動いてくれております。実は本日すでに米村聖子文部科学副大臣らが教育委員会に出向いていただいております。」
母はその話を聞いてはっと思い出したように
「だから何か慌ただしかったのですね。国会議員の方がお見えだとは聞いておりましたが。」
あとは、親民党の議員さんを通じて、埼玉県警に協力を要請しております。
先生の凜とした姿勢、まっすぐな瞳、そして周到な準備と行動力。父親は深々と頭を下げ、母は気づいてあげられなくてごめんなさい、と私に泣いて謝った。わたしは、親がショックを受けてわたしのことを嫌いになっちゃうと思っていたけど、そんなことはなかった。もう少し親に甘えることができたなら、こんなことにはならなかったのに・・・
加害者間のグラデーション
翌日は午前中で授業が打ち切りになり、うちのクラスだけが残された。どういうわけか-いや、逃亡の末自殺するんだけど-担任の峰岸は不在。神林教頭先生と副担任が緊張した面持ちで入ってきた。
「みなさん、残念ながらこのクラスでいじめが起きていることがわかりました。みなさんに事情を聞きたいので、呼ばれた人は順次指定された教室に行ってください」
舘崎は上機嫌
「これで藍田は少年院送り。織田っち、これに免じて今回は許してあげるよ。そしておめでとう。新しいミッションだよ♡佐野を新しい奴隷ちゃんにするから、織田っちが追い詰めるんだよ。そうしたら本当の仲間にしてあげる。これからも仲良くしようね」とメッセージを送ってきた。学活中に堂々とスマホを使う、舘崎にとっては当たり前のことで、今まで誰も注意してこなかった、いやできなかった。しかし教頭先生は
「舘崎さん!織田さん! 今スマホ触りましたね。学活中ですよ。今日の会が終わるまで没収です。出しなさい!!」
わたし:「先生、ごめんなさい。どうぞ」
舘崎:「はあ?誰に向かってもの言ってるんですか?」
「先生であれ生徒であれ、学校の規則にしたがうのは当然のことです。規則に不満があれば堂々と改正運動をおこせばいい。現在の規則では活動中の使用は禁止です。出しなさい!」
「先生、あとで泣きを見ますよ」
舘崎にここまで厳しく言った先生ははじめてだ。考えてみればそれ自体が異常なことだったのだ。後で、これはわたしが教師を目指すと神林先生に話したときに教えてもらったことなんだけど、あれはクラス全員に「舘崎に学校全体が支配されている今までとは違う」ということを示すためのものだったらしい。
最初にわたしと石川真希、鈴木ありす、新井雪音 つまり舘崎を除いたグループメンバーが呼ばれた。舘崎には、今はお父様の舘崎教育長が別のお仕事をされているので、それが終わるまで待っていてね、と教頭先生が。あとで史帆ちゃんがいうには、父親のことを持ち出された舘崎は非常に上機嫌で、史帆ちゃんと香苗ちゃんに盛んにマウントをとっていた、その様子があまりに滑稽だった、と。
三人はそれぞれ別々の部屋に通され、わたしと母親は教頭先生と弁護士をともなって一人ずつと対面した。会う順番は教頭先生の指示。
雪音ちゃんとお母さんは、わたしの顔を見るなり、机に頭をこすりつけて謝った。舘崎と違って、今回の調査の対象を正しく理解していた。
「娘から聞きました。織田さん、本当に申し訳ございません。娘にも法に基づいて相応の償いをさせますし、わたしも親としていかなる罰も受ける覚悟です。」
母親は、いじめ続けた理由を尋ねた。雪音ちゃんは泣きながら
「最初は舘崎さんに気に入られたいと、でも・・・織田さんが苦しんでいるところを見るのがだんだん楽しくなってきて、もう、わたしを殺して・・・そんなんじゃだめかもだけど・・・」
「雪音ちゃん、嘘つかないで! こっそりわたしをかばってくれてたじゃない・・・」
「え?なんで??」
「わたしが雪音ちゃんでも、きっと同じことしたよ。だってやらなかったら自分が同じ目にあわされるの、わかってるもん。わたし、雪音ちゃんは憎んでない。これからは本当の友だちになろうね」
母がいくら促しても土下座をやめようとしない雪音ちゃんのお母さんが印象的だった。わたしだって弱い人間だからよくわかる。絶大な力を持つものに立ち向かえるほど、普通の人間は強くできていない。雪音ちゃんは普通の真面目な子。ゆがんだ強い力は、そうした人たちを容易に残虐な加害者にしたててしまう。でも雪音ちゃんは、その中でも心までは絡め取られなかった。いや、実は彼女はとても強い子だったんだ・・・
次は鈴木ありす。こいつに関しては、全部を弁護士さんにお任せするよう教頭先生から策を授かっている。
部屋に入ると、鈴木は泣いていて、両親は青ざめていた。証拠としての、鈴木やグループからわたしへのメッセージをプリントアウトした上で、弁護士から鈴木の両親へ事前に主旨を説明してもらっていたのだ。状況からして、鈴木は相当怒られたと見られる。
「申し訳ございません。もちろん慰謝料には応じます。ただ、娘の刑事告発だけは・・・ お許しいただけないでしょうか。娘も、舘崎さんに脅されてやらされた、と申しておりまして・・・」
多分娘のためではない。鈴木の両親はどちらも有名企業勤めのいわゆるバリキャリで、多分世間体を一番気にしているのだと思う。弁護士さんが口を開く
「織田さんがお嬢さんの刑事告発をお考えなのは、娘の身に何があったのか、それをきちんと知りたいと考えられてのことです。ですので、たとえば、鈴木さんが撮影されてた写真や動画を全てご提供のうえ、消去していただけるのでしたら、刑事告発に関しては見送る、慰謝料も求めないことも視野に入れるとのことです」
「本当ですか? ありす!お前、全部織田さんの言うとおりにしなさい!」
鈴木は殊勝な顔をして
「はい。わかりました・・・織田さん、ごめんね。許してくれる?」
とスマホのロックを解除してわたしに渡した。
こいつの小賢しさ、要領の良さには正直はらわたが煮えくり返るが、こいつの持つ証拠は絶大だ。
(小野寺先生のも、ちゃんとある)
わたしはスマホのデータを少し確認し、吐き気がするのをこらえながら弁護士さんに渡した。
「うん。どうせ鈴木さんも、舘崎に半分脅されてたんでしょ?いいよ。正直に証言してくれれば。そのほうが、鈴木さんはそんなに悪くないってわかってもらえるし。鈴木さんの蹴り、結構痛かったけど、舘崎が見てる前じゃ、しょうがないよね。」
「そうなのか?ありす!」
「そう、そうなの!織田っち、わかってくれる??嬉しいよ。これからも友だちね!・・・」
本当は嬉嬉としてわたしをいたぶっていた性悪女のくせに・・・ でもある意味わかりやすい。逃げ道を用意してやれば必ずそこに逃げ込む、そういうヤツだ。そして親もどうやらそのタイプ。そして後日、私の期待通りに、舘崎の悪事―わたしの知らないことも含めて-を白日の下にさらしてくれた。
「うん、わかった。でもその織田っち、っていうのはやめて。嫌な思い出しかないから。「みすず」って呼んで。わたしも「ありすちゃん」って呼んでいい?」
鈴木の両親は、まるで神でも崇めるように、わたしたちに手を合わせて感謝した。
そして石川真希。こいつはまごうことなき舘崎ゆりかの共犯者
「はあ?わたしが暴行を繰り返した??被害届出す??なんの証拠があるの??」
「うちの娘がそんなことをするわけないだろ、」
案の定すっとぼけている。地元の建設会社社長の父親も
「うちの娘を加害者扱いしやがって!待ってろ!今、浩太朗さん呼んでやるっ!」
とわめきながら電話をかけている。浩太朗は舘崎浩太朗。父親同士も親しいようだ。
「くそっ、出ねえなあ」
出れるわけないだろ、今頃米崎さんに怒られてるよ。
わたしからは何も話したくなかったので、弁護士さんに全てお任せした。さっき鈴木から提供された動画の一部を見せた上で、刑事告発と慰謝料請求の民事訴訟をするからそちらも弁護士を立てておくようにというという話を全く事務的に伝えてもらった。
「ちょっと待って、本気??本気でわたしを訴えるの??やめて・・・おねがい・・・」
ようやく事の重大さを認識した石川が弱々しい声を発した。
「石川さん、わたし、何度も何度もやめてっていったよね?でもやめてくれなかったよね??」
「だって、ゆりかが、ゆりかがやろうって・・・」
「じゃあ、舘崎さんがわたしを殺そうって言ったら、きっと殺したよね?」
石川は黙ってうなずいた。最初わたしはこいつを許すつもりは一ミリもなかった。でも、この状況でも舘崎ゆりかに忠誠を誓う石川真希に逆に興味を持った。その友情を砕いてやりたくなった。
「ねえ、いい加減、舘崎さんのために生きるのやめたら?」
「そんなの、無理だよ、ずっと一緒にいたんだよ?」
「でもその結果がこれだよ?下手したら少年院だよ?ずっとみんなから白い目でみられんだよ?」
「ねえ、どうしても、あたし捕まっちゃうの??」
「だって、わたし、どれだけあなたにぶたれたと思ってるの?どれだけお金盗られたと思ってるの?私だけじゃない、小野寺先生は??もし自殺とかしてたら、わたし絶対許さない。あなたが刑務所から出ても、わたし、自分の人生と引き換えにしたって、一生あなたたちの悪事を言い続けてやる!」
「いや!!ごめんなさい、本当にごめんなさい、わたしが、ゆりかを止めてあげれば、よかった」
「ねえ石川さん、いや、真希ちゃんって呼ばせて。」
「う、うん・・・」
「舘崎さんって、本当に真希ちゃんを友だちと思っていたのかな?」
「え?なんで??」
「だって、冷静になって思い出したんだけど、一番わたしにひどいことしたのは真希ちゃんだけど、それって、いざとなったら言い逃れするためじゃないの??警察の人が動画だけ見たら、主犯は真希ちゃんみたいになるよ? 誰かをいじめのターゲットにするときって、実はいつも真希ちゃんからその子に声をかけるように言われてなかった?」
「う、うん・・・」
わたしの時がそうだっただけだけど、どうやら図星だったようだ。
「小学校の頃ね、ゆりかがウサギを殺したの。それはゆりかが嫌いなヤツがかわいがっていたから。ゆりか、最後に兎を水につけて溺れさせるところはわたしにやらせたわ。わたし、怖かった・・・ゆりかはそのとき」
「わたしたち、共犯だね でしょ?」
石川はびっくりしたように顔を上げた
「なんでわかるの?小学校違うよね??」
「そんなの、いつものやり口じゃない。舘崎さんはね、そうやって人を縛っていくんだよ。自分は悪いことしちゃった、という気持ち。真希ちゃん、友だちのふりされて、縛られてたんだよ」
「え??そうなの??」
かかった!
そうだよ もっと舘崎を疑い そして恨め
「いつもわたしにお金を要求したのは誰?」
「わたし・・・」
「そのお金は?」
「ゆりかに、全部預けた・・・」
「ねえ、舘崎さんが「恐喝は真希ちゃんの単独犯だ」って主張する可能性は全くない??」
石川は完全に動揺していた。自分が唯一信じていた友だちが、実は自分を単なる手駒にしていたかもしれない、ということ。ヤツらが鈴木ありすと新井雪音ちゃんを仲間ではなく、手駒と見ていたように、実は舘崎ゆりかが自分も手駒と見ていたとしたら・・・
「真希、おい!騙されんじゃない!Z市で舘崎さんより強いヤツなんていない。舘崎さんに守ってもらえば大丈夫なんだよ。舘崎さんを裏切るんじゃない!!」
この親父、余計なことを、とそのときすかさず弁護士さんのカウンター
「石川さん、詳細は申し上げられませんが、本件は、文部科学副大臣の米村聖子衆議院議員と国家公安委員長の仁村善治郎衆議院議員に話が通っています。仁村議員を通じて埼玉県警に協力を要請しており、すでに幹部が本市の警察署に到着しているようですが・・・」
弁護士の話が終わる前に石川の父親は血相を変えて飛び出していった。学校の大規模修理の工事をめぐる贈収賄で舘崎浩太朗と石川虎吉が逮捕されたことを知ったのは、これから少し後の話。
「ね、真希ちゃん。真希ちゃんが本当に反省してくれるのなら、お金だけ返してくれれば、あとのことは許してあげる。クラスになじめず孤立していたわたしに、時々声をかけてくれたよね?あれ、とっても嬉しかったんだよ」
その声がけも舘崎の策略たっだことくらい知っている。そこに拳銃があればとっくに私は殺人犯になっていただろう。それくらい目の前の石川には煮え湯を飲まされた。それでもわたしは、舘崎を完全に孤立させる方を選んだ。
「ごめんね、ありがとう。織田っち」
「その呼び方はやめろ!!」
「ごめんなさい! 許して下さい!」
「怒鳴ってごめんね。怖かったよね。みすず。みすずって呼んで、真希ちゃん」
ーわたしも相当な嘘つきだー
舘崎帝国の闇
4人の謝罪を受けたあと、わたしは一度教室に戻った。1時間以上経っただろうか。舘崎は相変わらず。わたし、香苗ちゃん、史帆ちゃん、舘崎がばらばらの部屋に呼ばれた。先発の4人とわたしたちは接触しないように計られた。
わたしと母は、まず米村聖子文部科学副大臣ともう一人文科省の女性官僚の人、市の教育委員会の人、教頭先生の待つ部屋に通され、謝罪のことばを受けた。米村さんは、今回の件を学校のみならず、教育委員会に至るまで事件を隠蔽しようとしたと断じ、近々人事は大幅に刷新されるという見通しを話された。
人事の刷新ーなんといっても校長と教育長は、娘にそそのかされるままに小野寺先生を蹂躙していたことが発覚。
それだけでもおつりが来るが、教育長は校長に公然と賄賂を要求、校長も次期教育長のポストほしさにせっせと貢いでいたとかー 後に教育界全体を揺るがす前代未聞のスキャンダルが暴かれた
そしていよいよ舘崎ゆりかに対峙する番になった。弁護士さんの提案で、あえて母は同席させないことにした。
「ねえ、一緒に遊んでいただけなのに、なに?暴行・傷害・恐喝って、あんた何様なの?!」
舘崎は、人を脅すときに激昂することはない。人がおびえ、弱っていくのを楽しむように、じわりじわりとことばを浴びせる。これは相当追い詰められている証拠だ。
今すぐ殴り殺したいけど、打ち合わせ通り、前半は大人に任せた
「弁護士の山脇です。通告いたしましたとおり、依頼人は貴台の長女、ゆりかさんを暴行・傷害・恐喝・犯罪教唆などで刑事告発する方針です。また慰謝料などの民事請求も同様です。舘崎さん側もまずは弁護士を選任されることお勧めいたします。」
「弁護士さん、あなた優秀なのかもしれないが、土地には土地の因習ってものがあるんだよ。この町でわたしに逆らえるものなんか誰もいないんだよ。警察署だって全部わたしの息がかかっているんだ。そんな偽造可能な子どものやり取りなんか証拠にもならん。わたしは帰る!」
「舘崎さん、あなた、小野寺教諭の訴えも、隠蔽した。教育長としての資質に著しく問題ありと判断します」
「はあ?副大臣かなんかしらんが、あんた女だろ!女のくせに意見しようってのか?!」
こいつ、本当に教師だったのか?米村さんは「ふぅ」とため息をつき
「まあ、私個人に対する暴言は大目に見ましょう。ただ、本省は本件を大変注視しており、国会の場でご答弁頂く可能性も十分にあるとご承知おきください」
「ねえ、パパ!なんでこいつらパパの言うこときかないの?金子のおじさんは?」
「金子市長のことですか?現在市役所で、教育委員会の体制について本省のものが聞取りを行っています」
「こんな小娘にナメられて引っ込めるか!待ってろ!お前のクビなんか一瞬で吹き飛ばしてやる!」
このアホ、どこかに電話してる。
「俺はな、粕壁先生と昵懇なんだよ、バカが」
「粕壁先生って、まさか、粕壁了英参議院議員ですか?ちょっと待ってください!」
明らかに米村さんが動揺してる、まさか、全部ひっくり返されちゃうの??
「今さら命乞いしたって遅いわ! あ、先生、ちょっとお願いしたいことがあるんです。米村とかいう女が生意気なこといいやがって、あの女と同じ派閥の先生に説教していただきたいと思いまして。はい、今代わります。 ほら、米村、ちゃんと粕壁先生にお詫びしろ!!」
勝ち誇る舘崎の親父。娘もこっちを見てにやついている。
「すみません。粕壁さんのおっしゃるとおりでした・・・ はい、お願いいたします」
米村さんはスマホを返すと、ため息をついて頭を抱えた。
「ほら、パパに逆らうから、いい気味だわ!」
それから3分もしないうちに、一人の老人が入ってきた。中学生のわたしでも知ってる。粕壁了英。埼玉県選出の参議院議員。参議院のドンと言われた親民党の重鎮だ。
「舘崎君!君は私を犯罪者にしたいのか!!」
「か、かすかべ せんせい????」
「話は米村から全部聞いておる。自分の娘もろくにしつけられないで何が教育長だ。米村は日本の教育を背負って立つ人材ぞ。それを『あの女』呼ばわりとは。今後一切わしに連絡することを禁じる!!」
「・・・だから粕壁さんに連絡するのだけは止めてって申し上げたんですよ。粕壁さんお怒りじゃないですか・・・。ご同行には及ばないと申し上げたわたしが浅はかでした。この期に及んで本当に粕壁さんを使ってわたしを抑えにかかろうと思うとは・・・」
「ははは、長年政治家稼業をしてりゃ人の器量なんてものは大体わかるんだよ。 きみが織田みすずさんか・・・、つらい思いをさせてしまって、申し訳なかった。」
テレビでよく見る、どちらかといえば強面の老人、その人がただの中学生に深々と頭を下げた。そのオーラに身震いした。「参議院のドン」、それは決して誇張ではなかった。
「なんだよ、どうなってんだよ・・・。 ゆりか!全部お前のせいだぞ。お前が好き勝手なことばかりやったから、俺はもうおしまいだ。 恭子!お前の育て方が悪いんだ! どう責任とるんだよ!」
「なんですって!? あなた、よそで子ども作ってきてわたしに育てろって。こんなクソ生意気なのは、あの女の血じゃないんですか?」
「だまれ!お前が子どもを産めないのが悪いんだろうが!!」
「なに、なんなの、それ・・・ あたし、ママの子じゃないの!?」
「そうよ! パパが教え子妊娠させてあたしに押しつけたのよ!それでもちゃんとあんたを育てたでしょ?文句あるの!!」
ゆりかは錯乱状態になって壁に頭を打ち付け、手当たり次第ものを投げつけた。
「ゆりかちゃんを保護して!まず救急車!」
教頭先生が叫ぶと、米村さんと女性官僚がゆりかを取り押さえた。ほどなくして救急隊員が来て、「お父さん、お母さん、危険なのでお嬢さんは一時身体拘束しますよ」
「そんな子どうにでもしてちょうだい!」
「母親」にそう言い捨てられて、ゆりかは警察病院に連れて行かれた。あのときのあいつの、言葉、いや咆吼がずっと耳に残っている。
お前の家の事情なんか知ったことか。人が追い詰められ、尊厳を奪われるのを娯楽のように消費してきたこと、一生許さないから。毎日「見舞い」に行ってやるよ。わたしたちにおびえて一生過ごせばいい
そう思ってたんだけどな
復讐ってなんだろう
――
それから約2年後、きまぐれでふと石川真希に連絡した。石川の家は舘崎とともに没落。浦和の親戚の家に預けられていると。逆恨みも考えたけど、もうわたしは人にすがって生きようとするわたしじゃない。石川は自分の過去を言いふらされることが怖かったのか、呼び出すと緊張気味に大宮のカフェに来た。
「ごめんね、なんか真希ちゃんと話がしたくて」
「いえ、こっちこそ、全然連絡しなくて、ごめんなさい。あと、秘密にしてくれててありがとう」
「もういいよ。小野寺先生にも謝罪したんだってね。もう大丈夫って言ってくれたから、真希ちゃん、ちゃんと向き合ってくれていて、こっちこそ、ありがとう、だよ」
石川は人目もはばからずに大泣きした。やっぱり、何かがこいつらを狂わせていたんだ。そう思うと、死ぬほど復讐したいのに、なんか、もやもやする。
「ちょっと気になってさ。舘崎ゆりか、一応慰謝料は払われたんだけど、謝罪のことばとか、全然なくって、裁判も欠席のまま、一応不定期の実刑にはなったけど、その後どうなったか、全然知らないんだよね。思い出させるの悪いな、と思ったんだけど、やっぱ気になっちゃって。ごめん」
「ううん、本当はわたしがちゃんとお話しないといけなかったよね。ゆりかとは元ともだちだったわけだから。」
こいつ、本当に縁を切ったのか・・・
「ゆりか、あのまんまだよ。精神障害が全く治らなくて、医療少年院にいる。みすずちゃんにとっては、なんでもっと罰を与えないんだよって気持ちだよね。きっと。でも、もはやゆりかは元に戻らない。あそこの親も完全に放置。下手すりゃ一生あのまま。確かにとっても悪いことしたから仕方ないのかもだけど、わたしと、受けた罰が違いすぎるなって思うと・・・ ごめん、みすずちゃん。」
「ねえ、真希ちゃん、わたしのこと、恨んでるでしょ?」
石川はしばらく下を向いて、それから何かを決心したように顔を上げた
「本当はね。恨んだよ。ゆりかとの友情も、うちも全部壊れちゃった。あいつさえいなければって。とっても身勝手なのはわかっているけど、奥底の感情はそうだったよ!」
「うん。正直に言ってくれて、嬉しい。わたしだって、公園のトイレを見るたびに、あの中で真希ちゃんに踏みつけられたことを思い出して怖くなる。今だって、心の奥底では真希ちゃんを許せない気持ちもある。それは隠さない。過去は水に流さない。でも、わたしは真希ちゃんを自分の友だちリストに、載せようと思ってる。」
「みすずちゃん・・・なんでそんなに 優しいの?なんでそんなに強いの・・・」
石川はそれから、きっちり半年に一度、現状報告の連絡をよこすようになった。そして最近会いたいと連絡があった。何事かと思ったら、彼氏と一緒だった。結婚してもいいかと言われた。わたしに許可を取ることでもないだろ、と思ったのだけど、あえて、「わたしのことを話してくれたら」と返した。すると彼氏は
「もう真希から聞きました。真希と一緒に人生を歩んでいく俺です。俺も、あなたに一生償いの気持ちを忘ません。許してくださいとは言いません、どうか、俺にもあなたへの償いを、させてください。お願いします」
ふう、もうそう言われちゃ仕方ない。本当はおまえの人生ぶち壊したかったけど、いいよ。わたしの負け。あんた、本当は誠実な子だったんだね。おめでとう。
わたしへの償いを忘れないと言い、幸せをつかんだ石川真希。償いどころか、自分が壊れてしまった舘崎ゆりか。わたしは舘崎になにをしてほしかったんだろうか。確かにやつの破滅を願ったのは事実だ。でもいざ、そうなったと聞かされた時、全然心が晴れなかった。むしろ石川の結婚話の方が、心のもやが晴れた気がする。一体これはなんだろう・・・
*********
エピローグ
「そんなことがあったのか・・・ わたしたちは、舘崎が縛られて救急車に乗せられているところだけ知ってるから、単に自分の悪事がばれてパニクっていたのかと思ってたよ・・・」
「じゃあ、翌日はあまりすっきりした気分では登校できなかったの?」
小野寺先生がことばをつなげた。
「だって、人によっては、受験の大事な時期に学校を引っかき回した面倒なヤツ、って思っていただろうし-メディアの取材もひどかったし-。それに、わたし、香苗ちゃんを犯人にしようとしたんですよ?もう怖くて怖くて。だから」
「こいつ、あたしの足にすがりついて『何でも言うこと聞くから許して』とかいいやがったんですよ。ほんと、頭にきて。」
「香苗ちゃん、かっこよかったな♡ 『今度はあたしの奴隷になるつもりかっ!』て怒ってくれて。」
「あれ、最高の優しさじゃん!!もー、香苗は誰にでも優しすぎだよっ!」
「先生♫ 史帆ちゃん、可愛いんですよ。わたしが香苗ちゃんと小学校の時みたく名前呼びしてたら、むっちゃ気にしてきて、明らかにわたしに敵意を向けるんですよ」
「て、敵意なんか、向けてないだろっ!!」
「いや、明らかに顔怖かったもん。だから、『わたしはそういうのじゃないから安心して。応援してるよ♪』ってフォローしたんですよ。」
「なんであんなちょっとで私がそういう意味で香苗が好きってわかるんだよっ!おかしいだろ。女の子同士だぞ!」
「ちっちっち、私がどれだけBLや百合を読んでると思ってるの?そんなバイアスかかるわけないじゃん。 史帆ちゃん、恋する女の子の目してたもん。バレバレだよ。あはは」
「ちくしょう・・・あのとき粛清してりゃよかった!」
「えー、そんなことしたら、きっと今頃二人はとっくに別れてたと思うな、ふふふ」
「く、くそう・・・ ぐうの音も でない・・・」
「へえ、みすずちゃん、本当にキューピットだったんだね」
「だって、この二人、本当にだめだめなんですよ」
「本当に素敵な関係ね。あなたたち3人って。ねえ、みすずちゃんがどうやって二人の危機を救ったか、聞きたいな♪」
「や、やめてくださいよ!!」
「なんでー、せっかく先生が聞きたいっておっしゃってるんだから。夜はこれからだし♪」