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ものがたりを書いてみた(3)ライト百合 『史帆と香苗 ~幼なじみが再び出会い、お互いの気持ちを確かめ、再び別の道を歩みはじめる物語~


0 プロローグ お姫様と王子様


「こらあ、おまえたち、弱い子泣かせて恥ずかしくないのか!」


「泣くなよ。またいじめられるぞ!」

「う、うん。わたし、しほ。さのしほ。あなたは?」

「あたしはかなえ。あいだかなえ」

「かなえちゃん、たすけてくれて、ありがとう。」


私は佐野史帆。小学校に入ったばかりの頃、体が小さくていじめられていた私を、いつもかなえちゃんが助けてくれた。わたしのヒーロー。あこがれの存在。 でも、半年後、母の仕事の都合で私は東京から青森県に引っ越した。お別れのことばも言えずに。


1 邂逅―史帆と香苗


それから7年半後、中三になって再び東京に戻ってきた。私は母一人子一人の母子家庭。父は私が幼い頃離婚したらしい。ママは大学の先生で、青森の大学に就職し、今年から東京の大学に移籍した。受験のタイミングで引っ越すことになった罪悪感からか、もともと住んでいた、小学校と同じ学区の中学校に転校した。埼玉県の奥の方。まあ、どうせ東京の高校に進学して引っ越すんだけどね。そもそも小学校っていっても半年で引っ越してしまった私は全く知っている人がいない。特に愛着もないし、別によかったのに、最初から東京で。


「じゃあ、一人ずつ自己紹介してくれ。じゃあ、女子の出席番号1番から」

「藍田香苗、特に話すこともないです。よろしく。」


なんか怖そうな子だな、 え?「あいだ かなえ??」


私のヒーロー、かなえちゃん? 髪型とか全然変わっちゃっているけど、間違いない、あのときの面影残ってる!


「ねえ、かなえちゃん? 私のこと、覚えてる?」

私が香苗ちゃんに話しかけたら周りがざわついた。さすがにいきなり名前呼びはまずかったか。


「ん? あ! い、いや、悪い、お前、転校生だろ?なんであたしのこと知ってんだ?」

「わたし、小一の一学期までこっちに住んでいたんだ。わたし、いじめられてて、そのとき助けてくれたのが」

「人違いだよ。あたしがそんなことするわけない。さっさと席戻れよ」

「ねえねえ、佐野さん、藍田さんに関わっちゃだめだよ、あの子、外ですごい悪いことしてるんだって」

いかにもクラスの人気者、という女子が話しかけてきた。名前は、確か舘崎ゆりかっていったっけ。 お前に何がわかるんだよ、って言いたいけど、なるべく波風立てず、目立たず一年やり過ごすんだ。


あたしは藍田香苗。母親らしい女との二人暮らし。だったんだけど、一体何人目の男だよ、ってやつがまた転がり込んできた。母親はいわゆる夜職ってやつで、わざわざ電車で大宮まで行って、スナックで働いている、らしい。どうでもいいけど。今度転がってきたヤツは最悪。あたしのこと毎晩触ってくるし、変なとこ触らせてくる。でも母親らしい女はそいつが好きだから、あたしの方に当たってくる。家に帰るのが毎日憂鬱。

「私は、佐野史帆といいます。えっと、本を読むのが好きです、よろしくお願いします。」

声ちっせえな、制服違うじゃん、転校生か? え?さのしほ?? あ、あの子だ!忘れもしない、あたしのお姫様・・・


 小学校に入ったくらいか、しほちゃんと偶然すれ違った。なんか、同じ女なのに、同性に思えなかった。ちっちゃくて可愛くって品がよさそうで。ある日、しほちゃんが男子にいじめられてた。あたしはケンカじゃ負けたことがない。4人か5人、ぼこぼこにしてやった。


「わたし、しほ。さのしほ。」

うん、知ってる。ずっと気になってた。

史帆ちゃん、クラスで一番可愛い子。いつも男子にからかわれていじめられて、許せなかった。だからいつもたこ殴りにしてやった。怒られたのはいつもあたし。なにせ母親があれだから、担任はあたしの言い分なんか聞きゃしない。ずっとそうだ。大人はあたしを悪者にする。だんだん周りもあたしに近づかなくなった。ま、別にいいけど・・・あたし、どうしようもないクズだし。


「ねえ、かなえちゃん? 私のこと、覚えてる?」

もちろん覚えてるよお姫様!あのときのまんま。・・・でも、あたしなんかとつるんじゃったら先生に目をつけられる。クラスからハブられる・・・だから、ごめん。

――こんなどうしようもないあたしで、きみに会いたく、なかったよ・・・

2 最上位カーストと奴隷


私の席は廊下側の一番後ろ、誰からも目をつけられない理想的な場所。窓側後ろから3番めの香苗ちゃんのからは少し遠いけど表情も観察できる。

女子のグループは見たところ大きく4つ。カースト最上位は例の舘崎ゆりかとかいうやつのいるところ。はっきり言って近づきたくない。あとは運動神経おばけっぽいのと、Kpop大好きと、同人誌とか書いていそうなオタク系。私は相対的にしんどくないオタク系の子とご飯を食べてるけど、別につるむわけでもない。あの子たちのいい所は過度に干渉しないところだ。CP地雷さえ気をつけていれば快適にすごせる。

それにしてもあのキラキラグループ、どうも妙だ、5人の中の一人、織田さんだったかな、あれ、パシられてないか?なんか必死にご機嫌とってるみたい。さっさと離れちゃえばいいのに。

「ちょっと織田で遊ぼ♪」

「だね、最近ちと金欠だし」

私が近くにいるのに気づかないのか、不穏なこと言ってる、やっぱそうだ、あの子本当は搾取されてるんだ。

「織田っち、ちょっといつもの場所に行こうよ」

ヤバい、これ、放っといちゃダメなやつだ。でも私じゃ何も、いや、動画で証拠を抑える。でも見つかったら、、香苗ちゃん、私に気づいて!ついてきて!

私は必死に香苗ちゃんにサインを送った。あっ、あいつら行っちゃう、追いかけなきゃ、香苗ちゃん、お願い、・・・

「織田っち、おカネまだ?利子だいぶついてるよ」

「もう、お金ありません、許して」

やっぱりそうだ、とにかく証拠を抑えよう。

「なにタメ口きいてんの?ブタなのに」

「そうだ、だったら稼いでもらおうよ、取りあえず、裸にして動画を男子に売ろう。真希、そこのガムテで手をしばって」

「ウリさせるか」

「や、やめて、、それだけはイヤ!」

え?本当に脱がされちゃう、助けなきゃ、でも、足が、動かない・・・ 

その時、大きく強い手が私の頭をくしゃっと撫でた。そしてその手の主は、屋上へ続く階段の踊り場にまっすぐ向かった。

「おい、てめえら!何くだらねえことしてんだよ!」

か、香苗ちゃん!私の王子様!!


 え?史帆ちゃん、何?あたしに何か言おうとしてる??ついてこいってか?なんか隠れながら前を気にしてる、前にいるのは・・・舘崎たちだ。でもなんで史帆ちゃんが追いかけてんだ?

 史帆ちゃん。何か撮ってるのか、あ、あいつら!

史帆ちゃん、あとは私の番だ

史帆ちゃんの頭ってこんなに小さくて可愛いんだ

あたしは史帆ちゃんの頭をなで、早く立ち去るように目で促した。キミみたいないい子はこいつらに関わっちゃだめなんだ

「おい、てめえら!何くだらねえことしてんだよ!」

「え?藍田さん、なんで??」

「なんでじゃねえ!やり過ぎだろ、織田泣いてんじゃねえか」

「ちょっと、遊んでただけだよ、ねえ、織田っち?」

「織田、どうしてほしい、遊んでるだけならあたしは知らん」

「・・・た、たすけ、て、助けて!」

「ほらおめえらとっとと失せろ!タコ殴りにすんぞ」

「わ、私に逆らったらどうなるか、わかって、るの?」

「舘崎、バカかおめえ、教育長の娘かなんだか知らねえけど、校長抑えたくらいでなんなんだよ、あたしゃどーせ内申も年少も関係ないんだよ、おめえ半殺しにして塀の中も悪くねえな」

「ふ、ふざけないでよ!行こつ 織田っち、後で覚えてろよ」


3 女王様と腐った大人の集団


「し、いや、佐野、だったっけ、おめえ」

転校してはじめて香苗ちゃんから話しかけてくれた。

「うん、佐野史帆」

今、「しほ」って言いかけたくせに、バレバレだぞ。何となく事情が読めてきた、優しいね、やっぱ

「何にやってんだよ、まあいい、いいか、この件にはこれ以上首突っ込むなよ」

「大丈夫、証拠だって抑えたんだから、あとは先生に任せるよ」

「・・・おめでたいな、ここの教師なんか、みんな腐ってんだよ」

「え?どういうこと?」

「まあ、明日になりゃわかるさ、あたしに近づいちゃいけない意味もな」


翌日のホームルーム。香苗ちゃんが言った意味がようやくわかった。あろうことか、香苗ちゃんが織田をいじめていた、と担任の峰岸が言い出したのだ。

 「先生、それは違います、私見てました!」

 その一言に、舘崎が慌てて振り返った。が、

「佐野、被害を受けた織田がそう言ってんだ。」

「見間違えだよ、佐野さん」

「織田さん、あなた昨日助けてって言ってたじゃない!」

普段めったに口を開かない私の発言に、皆が注目する、でも織田のやつはひたすら顔を下に向けたまま身じろぎもしない。

「佐野、お前も藍田が怖くて言ってるだけだろ?お前みたいな優等生がこんなやつをかばうわけないもんな。安心しろ」

「あたしが織田と佐野をいじめてた、もうそれでいいじゃねえか。はいはい、ごめんなさい、年少いきますよ。やっとここから出られるわ」

あったまきた! 


そういうことだよ、史帆ちゃん。担任も校長も、みんな舘崎のいいなりなんだよ、教育長ってそんなに偉いのかね。まあ、もっとヤバイ理由もあんだけどな。だから、きみを助けるためには、ほかに方法が・・

え? 史帆ちゃん?? こっちに向かって・・・

  

バチーン!!

「痛てっ!」

「藍田香苗!それ、カッコイイとか思ってんのかよ。ふざけんなよ!」

学年トップの寡黙な優等生が、学校一のワルの横っ面をひっぱたく、およそ想像できない展開に、クラスのみんが静まりかえる。家じゃ毎日殴られてるけど、顔より心が痛いよ・・・ 史帆ちゃん・・・

「先生、私、全部動画で撮ってます。まずそれを見てから判断してください」


私のその一言に、舘崎が激しく動揺する、何か峰岸に目配せしているみたい

「佐野、生徒指導室でそれを見せてみろ。他のみんなは今日はもう下校しなさい」

このクソ教師、何をそんなに動揺しているんだ。

 峰岸と生徒指導室に行こうとすると、香苗ちゃんが追いかけてきてどうしても付いていくという。峰岸は拒否したけど香苗ちゃんが何やら耳打ちすると、峰岸はなんか急に青ざめて許可した。

「その動画をSDに移動してこっちに渡しなさい。パソコンで確認する」

私がSDカードを渡すと信じられない行動に出た。あろうことか噛み砕いて吐き出したのだ。

「佐野!いいか、これは全部藍田がやったんだ、被害者も加害者とそう言ってるだろ。これ以上そいつの肩を持つならお前の内申下げるぞ!」

私は今までこんなのに「先生」と呼んでいたのか、ああ情けない。


「何いってんですか?私の学力知ってますよね?別に高校行かなくたって一年で高認なんかとれますよ、先生が何に怯えてるかわかりませんが、内申点なんて脅しにもなりませんね、失礼します!」

史帆ちゃんはそう言うと、あたしの手を引っ張って部屋を出た。凜々しいあたしのお姫様。そういや「こうにん」って何だ?

外に出ると舘崎が待ち伏せていた。

「ほら、これでわかったでしょ?この学校で誰が一番えらいのか。佐野、お前も奴隷にしてやる、覚悟しろ」

あたしが反射的に舘崎をぶん殴ろうとすると、史帆ちゃんがあたしと舘崎の間に立った。

「痛い!」

「ごめん、史帆ちゃんっ!」

「香苗ちゃん!暴力やったら私たちの負けだよっ!」

それを聞いた舘崎が蛇のような陰険な笑いを浮かべた

「史帆ちゃん?ふうん、なんか変だと思ったんだよね。あんたたち、実は友だちだったんだ、藍田が動揺するくらい。藍田、あんたは失うものがないからパパの威光も通用しなかったけど、やっとあんたの弱点みつけたわ、覚悟しとけよ。お前の大事なモノ、ぶっ壊してやる」

そういうと峰岸のいる生徒指導室に入っていった。カギのかかる音に続いて、パチンと横っ面を叩く音が聞こえた。私は何とか人目のつかない所まで史帆ちゃんを引っ張っていった。もうだめだ、守ってあげられなかった・・・


香苗ちゃんが泣く所なんか、想像もつかなかった。

史帆ちゃん、ごめん、絶対巻き込まないって誓ったのに、あいつらにバレちゃった・・・あいつ、ずる賢くて、絶対史帆ちゃんを追い詰める。あたしなんかどうだっていいのに・・・」

「よくないって言ってるでしょ! そんなことより「史帆ちゃん」ってやっと呼んでくれたね、やっぱり覚えていてくれなんだ、嬉しい!」

「忘れるわけないよ、世界一守ってあげたい、あたしのお姫様、なのに・・・」

「香苗ちゃん、どうしたの?」

振り返ると教頭先生が立っていた。貧相な校長とは違い、凛としたカッコいい女の先生だ。

「先生、お願い!史帆ちゃんを、史帆ちゃんを、たすけて」

香苗ちゃんがうちの中学の教師を「先生」って呼ぶのはじめて見た、こんなに弱く、怯えてる。

教頭先生に促されて応接室に。香苗ちゃんが事の顛末を話すと先生は怒りで震えた。

「大丈夫、ちょっと時間かかるかもしれないけど、先生が教育長と刺し違えてでも守ってあげる」

「先生、香苗ちゃんを信じてくださってありがとうございます。」

私は、教頭先生に頭を下げ、小学校時代の話をした。


「ねえ、佐野さん、香苗ちゃん、変わっちゃったと思う?」

「いえ、あの時のまま、強くてかっこよくて、大好きです。今回だって」

「うん。香苗ちゃんは家が大変で、大人に愛されることがなかった、でも優しさを忘れない、とってもいい子」

あはは、香苗ちゃん、恥ずかしがってうずくまってる。可愛いな。

「香苗ちゃん、佐野さん戻って来てくれて本当によかったね。 佐野さんのご両親はどんな方?」

「幼い頃に離婚しているので父は知りません、母は今年から應稲大学の准教授になって、それで関東に戻ってきました。」

「ひょっとして、教育学の佐野瑞穂先生?」

「母のこと、ご存知なんですか?」

「先生の支援活動はよく知ってるわ。論文も拝読した、とっても立派な先生」

えー、ママってそんなにすごかったのか?生活あんなにだらしないのに。


ん?待てよ?


4 逆襲


「あ、先生、ちょっと母に電話していいですか?講義はないはずなので」

私のはママに電話して今回のことを伝えた。

「はあ?なにそれ」

母の大きな声がスマホからみんなに丸聞こえだ。

「史帆の言いたいことはわかった。米村に電話するからちょっと待ってて。」

よねむら?どっかで聞いた名前だ。でもそう、ママは知り合い多いから、誰か弁護士的な人を紹介してもらえるかも、そう思ってママに電話した。

それから10分くらいして、もう一度ママから電話がかかってきた。教頭先生に代わってくれという。

「教頭の神林と申します。先生のご著書で学ばせていただいております。」

え?本当? えへへ、ちょっとうれしいな。

「あの、そんなことまで、お願い出来るのですか?? 本当にありがとうございます!私に力がないばかりに先生にそんなお手数をおかけし、申し訳ございません。これで罪のない生徒に傷を負わせなくて、すみそうです・・・」

教頭先生が涙ぐんでる。ママ、一体何をしようとしてるの?

電話を切ったあとで、香苗ちゃんが言った。

「先生、史帆ちゃんを送っていってあげるか、タクシーで帰してあげるかしてくれ。あいつら、本当に何するかわからないんだ。」

「大げさだよ」

「いや、絶対そうして、頼む」

「いいよ。送っていってあげる。」


「教頭先生、教頭先生、至急校長室までお越し下さい」

そのとき、校内放送がかかった。

「佐野さんはここで待ってて、香苗ちゃんも一緒にいてくれる?」

「もちろん!」


史帆ちゃんと二人っきりになった。心臓が破裂しそうだ。

「香苗ちゃん、いつ私を思い出してくれたの?」

「・・・、最初から、気づいていた」

「やっぱね、なんかそんな気がしてたんだよな、でもなんで言ってくれなかったの?」


史帆ちゃん、やっぱ頭いいんだな。


「あたし、学校中で目つけられてるだろ?教師も何かあるとすぐあたしのせいにして、ま、あたしも悪いんだけど。史帆ちゃんがあたしとつるんじゃったら、絶対損するだろうって・・・」

<ぺちっ>

また叩かれた。でも今度は両手で頬を包み込む、優しい感じ。やめてくれ、あたしの胸を破裂させる気かよ

「なに言ってるかな。言っとくけど、私、強いよ。あのときはちびで泣き虫で、でも王子様が助けてくれて、ここにいるんだよ。」

王子様って、あたしのこと?そんな風に思っていてくれたのか??

「だから今度は、私の番。まあ、ママの力も借りちゃったけど。」


史帆ちゃん、本当にすごいな。頑張ったんだ。同じ母子家庭なのに。うちのあの女は、男をとっかえひっかえするしか能がない、史帆ちゃんのお母さんはえらい先生。

やっぱ、あたしなんかいたら、史帆ちゃんの 足 引っ張っちゃうな

「あれ、香苗ちゃん、なんで泣いてるの??ごめん、変なこと言っちゃったかな?」

「ううん、なんでもない、嬉しかったんだ」

それはウソじゃない。ウソじゃないんだけど・・・ 史帆ちゃんが頑張ってきた時、あたしは何もしてない、ただ暴れて、人を怖がらせて、適当に遊んで、恥ずかしくて友だちなんて言えないよ。そしてきっと、「好き」の気持ちが違う。バレたらきっと嫌われる


この気持ち、早く消えてなくなれ。いっそ史帆ちゃんを傷つけて、きらわれてしまおうか・・・



 教頭先生が帰ってきた。小一時間、もう下校放送が終わった後。でもあっという間。香苗ちゃんとはじめていっぱいお話しできた。私が転校した後もずっと私を思ってくれていたんだ。嬉しい。これからもずっと仲良しでいようね♪

「香苗ちゃんと佐野さんは明日1日お休みして家にいてね。明後日は大変よ。」

教頭先生の声が心なしか弾んでいる。

「え?一日家にいなくちゃいけないんですか?」

「うーん、香苗ちゃん、先生の家にいていいよ。昼間はきなこしかいなけど」

「やった!ありがとう。きなこ、可愛いから大好き」


 香苗ちゃん、何かあるんだろうなって思っていたけど、家のこととか、自分の素行の悪さとか、自分がダメな子って思っちゃってたのか、そんなことないのに。きみが好き、ずっと好き。まぶたに焼き付けたきみの姿を家に大切に持ち帰って・・・、何やってんだろう私、おかしい。なにを妄想してるんだ、頭の中、覗き込まれたら、恥ずかしくて死んじゃう・・・


 そして翌々日、学校は明らかに浮ついていた。全校が午前中授業で終わりになり、わたしと香苗ちゃん、舘崎と取り巻きの3人、それに織田さんが残された。


「あんたたち、昨日はずる休みでしょ?でも今日でおしまいだよ。藍田は多分少年院送り、佐野、その間にあんたも織田と同じにしてやんよ。」

勝利を確信している舘崎が挑発する。

「あ、パパのクルマだ。昨日パパ帰ってこなかったのよね。準備で忙しかったのかしら。パパ~」

のんきに手を振ってるよ。バカか。

「そういやなんで昨日も今日も峰岸先生お休みなんだろ?」

私たちはそれぞれ別々の部屋で話を聞かれた。文部科学省の人、教育委員会の人、カウンセラーの先生とうちの先生一人。多分どこも同じなんだろう。親は別室で待機。でも香苗ちゃんのお母さんは来てないらしい。本当に大変な家なんだな・・・ 私は事前に教頭先生に例の動画のデータを渡しておいたので、そのときの話を改めて聞かれた。そういやあの峰岸ってバカ教師、若いくせにクラウドすら知らなかったのかな。

 話はわずか3分ばかり、その人たちと入れ替えで、ママと、女性が一人入ってきた。どこかで見た顔だ。

「こんにちは、史帆ちゃん。ちっちゃい頃会っているんだけど、覚えて、ないか。はは」

「史帆、こいつ、私の大学時代の同期の米村。文部科学副大臣やってんだ。」

 ちょっと,ママ、そんな偉い人になんて口聞いてるのよ。あ、でも思い出した。米村聖子さん。ちっちゃい頃遊んでくれたっけ。文部官僚から政治家になって40台で副大臣か。

「お久しぶりです。史帆です。母が失礼なこと申し上げてすみません・・・」

「いや、ホント、可愛くていい子になったね。本当に瑞穂の娘なのか?」

わたしたち三人はひとしきり笑った後で、ママが種明かしをしてくれた。あの後、米村さんに電話したら、いじめの隠蔽など許されない、って米村さん怒っちゃって、異例だけど副大臣自ら調査にきたということらしい。後で新聞にもでかでかと報道されちゃったけど、舘崎のいじめ問題は、教頭先生も独自に聞き取りとかやってて、再三校長に調査するように要請したけど全部却下された。舘崎の父親、つまりうちの市の教育長は、娘がそこまでひどいことをしているとは知らなかったらしいが、校長を次の教育長にしてやるとか言って、娘の内申とか忖度させる空気を作っていた。つまり、教育長に忖度して学校ぐるみでいじめを隠蔽していた、極めて悪質なケースだったわけだ。でもよくわからないのが担任の峰岸。なんでそこまでして校長に従ってたんだろう。あの動画使えばむしろ校長の頸木から抜け出せたのに。SDカードかみ砕くとか、奇行もいいところだ。


あたしが「教頭先生じゃなきゃ話しない」と言ったからか、教頭先生が立ち会ってくれた。動画のデータ、峰岸に壊されたはずなのにしっかり残っていて、教頭先生や、隣にいたなんか偉いらしい女の人に褒められた。史帆ちゃんが私についてきてと合図してくれたからだって話したら、その偉い女の人が史帆ちゃんのことも褒めてくれた。そっちの方が嬉しかった。その後で峰岸のことについて教頭先生に聞かれた。

「香苗ちゃん、こちら、文部科学副大臣の米村聖子さん。秘密は絶対に守ってくれる人だから、香苗ちゃんの知っている範囲のことで、舘崎さんと峰岸先生のことを話してもらっていい?」

もんぶかがくふくだいじん?それってそんなにえらい人なのか?あのクソ教育長より?だったら言いたいことがある。

「あんた、校長よりえらい人?だったらその前に、きいてよ。」

「ちょと香苗ちゃん?」

「大丈夫です。うん、おばさん、かなりエライ人だよ。はは。」

「教頭先生は唯一あたしの話を信じてくれて、舘崎のことを調べてくれていたんだ。そしたら校長にでかい声で怒られて、あたしそれを廊下で聞いちゃって、教頭先生に迷惑かけちゃったって謝ったら、教頭先生そんなことないって言ってくれて・・・ だから、教頭先生がいなかったらなにも変わらなかった。それだけ知っておいてほしいんだ・・・」

あれ、教頭先生泣いてる。

「うん、おばちゃん、全部わかってる。いい先生がいてくれてよかったね。」

よかった。ちょっと教頭先生のことアピールできたかな。

「峰岸のことだよね。あいつら出来てるんだよ。これは間違いない。」

「出来てるって?」

「たぶんおばさんの想像してること。エッチなことしてるの、あたし何度も見てる。あいつら学校でやってんだもん。他にも見たことがあるヤツいるんじゃないかな。あたしはレイプじゃなきゃ別にいいやって思うけどね。でも、峰岸、ひょっとしたら型にはめられたのかも。それが舘崎のやり方だから。」

「型にはめる?」

「ああ、知り合いにヤクザなんかいないよね。型にはめるってのはね、弱みをにぎって言うこと聞かせること。織田は絶対そう。多分無理やり万引きさせられて、それを動画に撮らてた、とかじゃないかな。」


後で織田に聞いたんだけど、ビンゴ。コンビニで、店員もグルでっていうやつ。

あたしが一番怖かったのは、あの日、史帆ちゃんを一人で下校させたら、あいつらに拉致られて、あの日、織田がやられそうになったみたく、裸の写真とか、最悪まわされたりして動画に撮られたりすること。教頭先生が翌日休んでって言ってくれたの、ほんと助かった。

「舘崎が峰岸のこと、好きだったってあまり思えないんだよね。大学生っぽいのと腕組んで大宮歩いてる所見たことあるし、なんか峰岸おびえてるような感じだったし。」

二人とも真剣に話を聞いてくれている。

「こっからはあたしの想像だよ。峰岸、舘崎に誘惑されて、ちょっとエッチなことして、それを写真に撮られて。でも時々いい思いさせてもらえる、で、ズブズブになる、みたいな。」

「ありがとう。峰岸って先生、一昨日から連絡つかなくって、香苗ちゃんの話が一番筋が通ると思う。でも、いくら加害者といっても舘崎さんのダメージが大きくなりすぎるから」

「うん、大丈夫。誰にも言わないから。教頭先生ともそう約束した。あたし、大人は全然信用していないけど、教頭先生と、あとおばちゃんのことも、信じるよ」

「あはは、ありがとう。あたしね、史帆ちゃんのお母さんの友だちなんだ。史帆ちゃんのこともよく知ってる。きみが史帆ちゃんのお友だちでいてくれて、嬉しいよ。」


あたし、史帆ちゃんの隣にいて、いいのかな・・・


  あれからしばらくして、ようやく学校も落ち着いてきた。校長は依願退職。なんで懲戒免職じゃないんだよって思ったけど。峰岸はなぜか行方不明のまま。香苗ちゃんも不思議がってる。でもまあ、教師にふさわしくないからそのままいなくなってくれ。教頭先生が臨時の校長先生。香苗ちゃんむちゃ喜んでた。問題は舘崎。教育長は直接何か悪いことしたわけじゃないけど、やっぱ娘のやらかしたことで依願退職。

そして、舘崎ゆりかは、事情聴取の後で錯乱状態になっちゃったらしい。自分の権力基盤が崩れ去って、みんなからの復讐が怖くなったんだろう。逆恨みされたら嫌だけど、権力のないあいつは木偶ですらない。


後日談・・・ 峰岸が遺体で発見された。自殺らしい。その遺書の内容は・・・口にするのも気持ち悪いからやめとく

5 みすず-はじめての「友だち」


次の日。わたしと香苗ちゃんが投稿すると、織田が香苗ちゃんに駆け寄り、足にすがった。 

「ごめんね、ごめんなさい。助けてくれたのに・・・もう何でもしますから、ゆるして・・・」

「みすずっ。お前、そういうところだぞ!」

織田って「みすず」って名前なのか、え、なんで名前呼び?ずっと苗字で呼んでなかった?

「今度はあたしの奴隷になるつもりか?そんなんだからつけ込まれるんだよ!」

「・・・だって、あたし、香苗ちゃんみたく強くないんだよ、怖いものは怖いんだよ、どうすればいいの・・・」

織田、あんたまでなんで香苗ちゃんを「香苗ちゃん」って呼んでんだよ、わたしのだぞ! 香苗ちゃんも、なんで織田の頭をぽんぽんしてあげてるの?

「みすず、あたしこそ悪かったよ。そうだよな。でもさ、これだけは忘れるなよ。自分を傷つけるヤツにすがっちゃだめだ。どんどんつけ込まれて捨てられるだけだぞ。みすずはだれにでも優しい。小学校の頃、あたしを無視しなかったじゃん。お前だって強いんだよ。」

「香苗ちゃん、ありがとう。ねえ、また、小学校のときみたく、友だちで、いてくれる?」

「当たり前だろ。さっさと立てよ」

なになに?その雰囲気、わたし、ちょっと「おこ💢」なんですけど!

「佐野さん、あたしを心配して助けてくれたのに、ひどいこと言って、本当にごめんなさい、そして、あいつらから解放してくれてありがとう。佐野さん、運動以外何でもできるから、何にもお礼できないかもだけど・・・」

そんなことはどうでもいいんだよ!問題はなんで香苗ちゃんと親しいか、だよ!つか、運動以外ってお前、おちょくってんのか?

 その時、私のこわばった顔に気づいた香苗ちゃんが

「史帆ちゃん、ごめん。こいつのこと、許してやってくれないかな?」

 いや、別にあのときのことなんて全然怒ってないって、怒ってるのは香苗ちゃんとの距離だよ!香苗ちゃんも、誰にでも優しくしないでよ! って言いたいところだけど

「え?全然気にしてないよ。それより、二人、仲よかったんだ。名前で呼んでたからびっくりしちゃった。」

織田は私の顔をじっと見つめて、くすっと笑った。

「小学校の頃は、学校で遊んだりしたんだ。香苗ちゃん、怖そうだけどとっても優しいの。親は『あの子と付き合っちゃダメだ』とか言ってたけど。」

「みんな親からそう言われてるはずだよ。だって、あたしの親、ヤクザ同然だから。でもみすずは話しかけてくれた。だから舘崎たちに絡まれたとき、放っておけなくて教頭先生に頼んだりしたんだ。史帆ちゃん、改めて、こいつ救ってくれてありがとう。」

「ねえ、佐野さん、わたしも『しほちゃん』って呼んでいい?わたしのことも『みすず』って呼んでくれると嬉しい。」

まあ、香苗ちゃんに免じて許してやろうかと思ったそのとき、織田がすっと近寄って耳打ちした。

「でも、わたし、そういうのじゃないから安心して。応援してるよ♪」

こ、こいつ・・・わたしの気持ち、全部見透かしてやがった。観察眼エグくないか?だから人の顔色うかがって生きなきゃいけなかったのかもだけど・・・ いずれにせよ、お前は粛清だっ

「しほちゃん、超成績いいけど、塾どこ行ってるの?」

「え?行ってないよ。自習だけ。」

「ガチで?なんであんなに頭いいの?」

「え、みすずちゃんだって結構上位じゃん。充分すごいよ。

「そんな、全国ランカーが何言ってるの」

「全国ランカー?」

「香苗ちゃん、勉強全然やってないから知らないと思うけど、しほちゃんって、全国で10位とか、それくらいすごいんだよ。」

「え??史帆ちゃん、すげー、マジ尊敬。じゃあやっぱ、帝都大とか行っちゃうわけ?」

織田ぁ、わかってんじゃないの。もっと香苗ちゃんの前でわたしを褒めてっ

「だったらしほちゃんにお願いがあるんだけど。香苗ちゃん、家で勉強できる環境じゃなくって、学校でも寝てるから、勉強見てあげてくれないかな?」

「みすずちゃんは?」

「わたし、毎日塾あるから、時間取れなくて、ね、お願い!西校舎の空き教室、私にはヤツらにいろいろされたトラウマの場所だけど。基本、人こないから、邪魔されずに勉強できるよ。」

「史帆ちゃんが教えてくれるのか?だったら頑張れるかも」

みすず! GJ!!お前はいいヤツだっ!

「仕方ないなあ、いいよ。私は受験多分余裕だし」

ありがとう、と言いながらこっちを見て笑うみすず、どうせわたしはチョロい女ですよ!


そしてみすずはとどめの一撃をわたしの耳元に放った。


「香苗ちゃん、小学校の時からずっと思い続けてる女の子がいるんだよ、誰だろうね♪」

6 告白と葛藤

その日の放課後、早速史帆ちゃんとその場所に行ってみた。確かに全く目立たない場所だ。

「ねえ、みすずちゃんのこと、みすずって呼んでるんだ。いいなあ」

「え?」

「わたしのことも、史帆って呼んでよ。わたしもこれから香苗って呼ぶから」

ひょっとして、ヤキモチ?だったら嬉しいな

「え、うん、いいけど。本当に勉強見てもらうの、迷惑じゃないか?どこ受けるの?」

「茗荷谷女子大学附属高校」

「どこ?東京?」

「うん。都心にある国立。」

「ここから遠いね。」

「ごめん、おそらく引っ越しになる、・・・ママの大学も東京なんだけど、私が中3のタイミングでの転校になるから、昔住んでた場所の方がいいだろうって、臨時でこっちに住んでるんだ・・・」

史帆がうつむいて泣きそうになった。あたしはその小さな体を思わず抱きしめた。

「さびしいな。でもさあ、おばさんが一年間こっちに住むって決めてくれたから、こうやって会えたんだよね。」

泣き出している史帆の顔が、あたしの胸の中で縦に動いているのがはっきりわかった。うなずいてるんだ。

「あたしさ、史帆みたく頭もよくないし、大学とか行けないけど、あたしなりに頑張って、いつか史帆の隣に立てるようになるから。勉強教えてよ。そしたら、絶対会えるから。」


また胸の中で史帆の顔が動くのを感じた。あたしはそっと史帆の頬を両手で包んで、その顔を見つめた。



香苗が間近でわたしを見つめる。わたしはそっと目を閉じた。柔らかいものが、わたしの唇に触れた。

「あ、ご、ごめん・・・そういう意味じゃないよな」

「そういう意味だよっ」

香苗は顔を真っ赤にしてうつむいた。ごめん、今のは完全にわたしが誘った。

「ねえ、香苗、ひょっとして、嫌だった?」

「嫌なわけない!」

「ずっと、ずっと史帆のことが忘れられなかった。史帆が転校してきて、もう頭の中ぐるぐる回って、この気持ち、なんだろうって。でも、史帆に触れたい、ぎゅっとしたい、あたし、ベタベタするの苦手で、女同士でもしたくないんだけど、史帆だけは、違ってて・・・」

「違ってて?」

わたしから好きって言ってしまえばいいのに、つくづく意地悪な女だ、わたしは。

「・・・わかんないよ」


みすずのあの一言、そしてそれを裏付ける香苗のしぐさ。さすがのわたしも確信している。


わたしたち、両思いだ。


でも、わたしは意地悪を続けた。


「国語の問題だよ。なんで、わたしだけ?」

「なんでって・・・好き、だから」

「みすずにだって頭ぽんぽんしてたよね?好きじゃないの?」

「え、嫌いじゃないけど、史帆への好き、はそういう好きじゃないんだよ」

「どういう?」

「・・・・・・ ああ、もう! 恋人にしたいって好き!」

「よくできました♪」

わたしはほっぺにキスをした。相手の気持ちを知っててもてあそび、肝心の一言を相手から言わせる。とんでもなくあざとい女。わたしだったらこんな女と一緒にいたくない。

「史帆は、それでもいいのか?あたし、女だぞ」

わたしは答える代わりにもう一度キスをねだった。


驚いた。史帆があたしとおんなじ気持ちだったなんて。


その日は、結局勉強は許してもらえなくて、あたしのバカさ加減に呆れられて。でも頑張ったらもう一回キスさせてくれた。うれしい、うれしいんだけど、家に帰ると魔法が解ける。意味不明の男があたしをの体をなめ回す。母親を名乗る女は、見て見ぬふりして仕事に行く。朝まで帰ってこない。でも今日からは、唇だけは触れさせない。この柔らかで純な感触を、あんなヤツに上書きされたくない。暴力きついけど、絶対守り通す。でもこんなの、史帆にだって、いや史帆だから、絶対知られたくない。

 あたしが史帆の可能性をつぶしていいのか?あたしなんか好きになっちゃだめじゃないのか?今の史帆を知れば知るほど、あたしは押しつぶされそうになる。大体女同士って、史帆が変な目で見られちゃう。あんな優等生に、学校で女とキスさせるとか、悪いことさせて、あたしの存在って、史帆をダメにするだけなんじゃ・・・

 わざと嫌われようか。でも、いざ史帆の顔を見ると、やっぱできない。せっかく両思いになれたのに、手放したくない。史帆がいなきゃ、あたしは自分の運命に飲み込まれて、クズみたいな人生送って、ゴミだめの中で、死んでいくんだ・・・

どうやったらあの家から逃げ出せる? どうやったら史帆にふさわしい「王子様」になれる? 高校はタダになったけど、教科書とか、やっぱお金はかかる。だから、バイトしながら行ける高校がいいな。本当は家から出たいけど、今はガマンしてお金を貯める。


 嬉しいな、香苗とカノジョ・カノジョの関係かぁ。わたしは男の人なんか恋愛の対象にするのが無理だったけど、まさか香苗ちゃんも女の子OKだったなんて。あれこれ考えて損しちゃった。まあ、世間じゃまだ偏見とかあるけど、少なくともうちのママは気にしないし、香苗がOKなら周りがなんて言おうが踏み潰してやる。

  香苗、小学校の算数から抜けちゃっているけど、勉強するチャンスがなかっただけで、頭は悪くない。大丈夫。絶対高校に受からせてあげる。それにしてもうちのママ、わたしの受験にとんと無関心だなあ。カネは出してやるから好きなところいっといでって。

香苗の唇の感触がはっきり残っている。顔洗いたくないけど、そんなわけにもいかないか。で、ここからは、香苗に絶対知られちゃいけない秘密の時間。香苗の腕、瞳、唇・・・わたしだけの妄想に浸る。今日は香苗に何をされようか。 わたしって、とんでもない変態女

7 それぞれの進路


 史帆との勉強会。お姫様のキスが嬉しくて頑張ってる。小学校の算数を繰り返し解いて、やっと中1の勉強。でも少しずつわかってきたよ。史帆のやり方は、出来なかった所に戻る。当てずっぽうだと怒られる。結構厳しい。でも、わかると楽しい。あたしも勉強したいな。何ならできるんだろう?

「香苗ちゃん、こういうのどう?おしゃれに興味あるでしょ?」

ある朝、みすずがパンフを持って見せに来た。美容師の勉強をしながら通信で高卒の資格が取れる専門学校。

「いいな!でも、さすがにお金無理かも」

「奨学金もいくつかあるって。校長先生にも聞いたんだ。どうせなるべく家にはいたくないでしょ?」

こんな仕組みがあったんだ、全然知らなかった。美容師、めちゃくちゃ興味がある。ネイルとかでもいいけど、あたしが男っぽいから、女の子を可愛くしてあげるの、いいな。

登校したら、香苗とみすずが何やら話してる。みすず💢、わたしに隠れてなにやってんだよ。お前、わたしたちの関係を知ってる唯一の人間だろ!

「あ、史帆ちゃん、おはよう、こっち来て」

「へえ、香苗が美容師か。」

「うん、なんかみすずがいろいろ調べてくれて。バイトと奨学金でなんとかなりそうってのも。」

おい、そうやって香苗のポイントあげて、まさか

「だからさ、史帆ちゃん、自分の勉強忙しいところごめんだけど、これ、推薦入試で面接と作文あるから、特に作文見てあげてくれないかなあ?」

くっそ、また「お前の心はお見通しだ」とばかり、にやついてやがる。でも、いいよ、お前のおもちゃになってやんよ。

「OK、今日からさらにみっちりしごくからね。そういやみすずちゃん、ここのところ成績爆上がりだね。とうとう学年2位だったじゃん。」

「ちょっと重い話するとね。舘崎に捕まってから、塾行くお金を全部巻き上げられて、行ったふりして、親に怒られて、どうにもできなくなって・・・」

「舘崎に目をつけられたのは、みすずが頭よかったからだとあたしは思う。あいつ学年1位になれなくてキレてたし」

「そうなのかなあ、でも、あれから確かに成績だだ下がりで、追い詰められて・・・史帆ちゃん、本当にありがとう♪」


重すぎるよ。その話。わたしがいかにぬるま湯かって、思い知らされる。


「でも、ひとつ言わせてもらうとね、史帆ちゃん、史帆ちゃんが引っ越してきてから完全に学年一位の芽がなくなっちゃったぞ!わたしのために、死んでくれ~」

「クビ締めんな、なんてヤツだっ」

「そういやみすずちゃん、いや、もう「みすず」でいいや」

「いいや、って何よっ いいけど。」

「高校どこ受けるの?」

「うーん、ここまで来たら、大宮女子狙いたい。ちょっと遠いけど。」

「すげ、公立で一番頭いいところだよな。史帆はなんだっけ、みょう??」

「あ、やっぱ茗荷谷女子大附属?まあ、そうなるか。」

「うん、だから多分引っ越す。」

「じゃあ、香苗ちゃんはわたしのものだ♪」

「お前、マジで殺す」

なんかこんなバカ言い合える友だちなんて、いなかったな。青森では完全にひとりぼっちで。いじめられもしなかったけど、なんとなく避けられてて、わたしも別にいいやって思ってた。わたしの成績が爆上がりしたのも、超絶頭がいいママの遺伝子と、遊ぶ相手がいなくて有り余る勉強時間、それだけ。みすずとのきっかけは妙な感じで、最初の印象は最悪だったけど、今じゃ一番気の合う友だち。


後日談――みすずとはずっと腐れ縁が続く。こいつは應稲大の教育学部に進んで、あろうことかママのゼミを選びやがった。香苗とは違った意味で、大切な親友、あとでこいつには、大きな借りができることになるけど、それはまた別の話。

「ねえ、香苗ちゃん、わたしも『史帆』って呼んでいい?」

「そ、そんなこと、なんであたしに聞くんだよっ」

「いや、『史帆って呼んでいいのはあたいだけだ』って、史帆ちゃんがそう言ってほしそうだなって思って、あはは」

こいつやっぱいつか殺す

8 シングルベッド

 その後、史帆の対策のおかげであたしは無事合格、みすずも、そして史帆も第一志望に合格した。あたしとみすずは大宮まで通い。史帆は東京に引っ越す。卒業式の間近、はじめて史帆の家に遊びに行くこととなった。普通の親なら何かお土産でも持たせてくれるんだろうけど、そんなもの一切ない。つか、うちの親らしきヤツには史帆のことなんか絶対話さない。どんな迷惑をかけるかわからないからだ。

「お、お邪魔します。」

「あ、今日はママ帰ってこないよ」

「え?それまずんじゃ??」

「大丈夫、香苗ちゃん来ることちゃんと話してあるし。」

「で、でも・・・」

「女の子同士だもん、別にまずいことなんかないよ」

あたし、何意識してるんだろう。でも、教室じゃさんざんキスしてるし、お互い恋人って思ってるし・・・カレシカノジョとあまり違わないんじゃないかな。

「ねえ、泊まって行きなよ。」

「え?ええ?まあ、誰も心配するヤツなんかいないし、帰りたくもないけど、みすずの家に泊まるのとは訳が違うよ」

「みすずの家には泊まったことあるんだ、ぷんすか」

「だいぶ昔の話だよ。やっぱ親がいなくて怖いからって。もう、史帆はみすずが嫌いなの?」

「冗談だよ♪ わたしね、青森では全然友だちっていなくて、つかいらないと思ってて、でも、みすずはなんか波長が合う。はじめて出来た友だちって思ってるよ。」

「え?あたしは?違うの??」

史帆は答えずにいきなり首に手を巻き付けて唇を寄せてきた。そして

「ねえ、お風呂沸いたよ、一緒に入ろっ」

「ええ?さすがにまずいよ、それは」

「なんで?女の子同士だよ?それに、私の体、見たくない?」

史帆は時々意地悪だ、あたしの心なんか全部見透かされてる。

確かに正直みすずに裸を見られたって恥ずかしくないし、みすずの体に興味もない。でも・・・ 


「そうだけど・・・、やっぱみすずの時とは、違うよ」


「なにぃ、みすずの野郎、わたしより先に香苗の裸を堪能したとは、やっぱ許せん、香苗、いくよっ、着替えとか貸してあげるから」


「え?う、うん。」


うちのかび臭い風呂とは全然違う、広くてきれいな空間。そして遠慮なく体を寄せてくる史帆。背中流してもらって、首筋にキスされて、あとは何も覚えていない。


「香苗、のぼせちゃった?大丈夫??」

気づいたらあたしはソファーでタオルだけ巻かれて寝ていた。

「史帆、運んでくれたの?」

「いや、歩いてはいたよ。覚えてないんだ」

「ご、ごめん、でももう大丈夫そう。服、借りるね」

「じゃあ、ご飯作ってあげるよ。えーと」

史帆が冷蔵庫を覗いて何か出してきた。 え?おい、お前、にんじん、皮むいてないだろ!?

「あたっ! 指切っちゃった」

「史帆、お前もしかして」

「あはは、料理なんてほとんどやったことないよ。でもカレーとかならなんとかなるかなって」



うちはママが家事全般適当で、でもわたしにさせることもしなくて、食事なんか冷凍とか、デリバリーばかり。でも一緒に食べるだけで楽しいし、全然気にならなかった。先週ママが張り切ってシチュー作ってくれたけど、あまりのまずさに本人がショック受けてたっけ。

「台所貸せよ。あたしがやる」

え?王子様が作ってくれるの?キュンキュンするんだけど

台所みて、乏しい食材シチューを作ってくれた。キッチンを見て「すげー、これもあるのか」と言いながら。

わたしってホント、バカ。香苗ちゃんは、生きるためにやってきたんだ。母親に命令されて、美味しくなけれぼ殴られて、下手くそでもたまに作ってくれるママとは違うんだ…

「うまい?」

「うん、とっても。香苗、ごめん、ホントわたしって無神経…」

「史帆、頼むからそういう気の使い方は止めてくれ。あたしは、あたしみたいなヤツの隣に史帆がいてくれるだけで…」

「だったらわたしにもそういう気の使い方するなよ!」

わたしは声を荒げてしまった。わかってるよ。わたしたち、普通は交わってないんだ。いくらキレイゴト言ったって、親の社会階層でグループが作られることくらい、ママの本読んでてもわかるよ。でも、わたしたちは出会えたんだよ、ずっと好きの気持ちを持ち続けられたんだよ、それだけじゃ、ダメなの?


 史帆がこんなに怒ったのは、そう、あの時ビンタ食らった時以来だ。なにやってんだ、あたし

「悪ぃ、そうだよな。これじゃあたしが史帆を信じてないみたいた。 そうだ、史帆、一つ頼みを聞いてくれ」

「なあに?」

「あたしより、料理うまくならないでくれよ。ケンカ以外で史帆に勝てるものがあったなんてさ。ちょっと嬉しい」

「あはは、そもそも無理だって。香苗をお嫁さんにしたいくらいだよ」


史帆のお嫁さんか、悪くない。


ご飯終わって、動画とか観て、たくさん話をした。

「そろそろ寝よっか」

「うん。じゃああたし、このソファー借りるな」

「何言ってるの?わたしのベッドで、だよ」

はじめて入る史帆の部屋。大きな本棚いっぱいに本が詰まってる。うちに本なんかあったっけ?ぬいぐるみとかもあって、淡い色合いのコーディネートされている。女の子の部屋。あたしはそもそも部屋なんてないから、なんかテレビとかマンガでしかみたことない世界。

ベッドに座った史帆が、隣をぽんぽんと叩く。座れということらしい。どうしよう、心臓ばくばくで、また倒れちゃいそうだ。


香苗の鼓動がこっちまで伝わってくる。

「ほら、わたしも、おんなじだよ」

わたしの胸に香苗の手をいざなった。

「ねえ、わたしを 悪い子にしてよ」

BLでいう「誘い受け」。香苗を誘惑して、香苗の好きにさせる。ずるい女。ずっと妄想してきたこと、香苗が一つ一つ唇で、指でわたしに触れてくる。まるでわたしの頭の中をのぞいてきたみたいに。

「今度はわたしが」

わたしより10cm以上背の高い香苗が、わたしのされるがままに反応する。いつも男の子っぽい香苗、でも今の香苗はわたしより華奢に見える。本当にきれいだ・・・

お互いのぬくもりを確かめ合って、手をつないで眠りに落ちた。その手は朝まで離れてなかった。

香苗がうちに泊まることは伝えてある。でもさすがのママも、これは想定外だろうな。

9 エピローグ 魔法が解けるとき


家に帰って、魔法が解ける。幸いあの男は最近家にいないけど、母親を名乗る女が相変わらず暴れてる。あたしは自分の未来を自分で切り開くんだ。魔法が、魔法でなくなるように。
 とうとう史帆に手を出してしまった。キスから先はダメだと言い聞かせたのに。
あたしははじめてじゃない。1年前、むしゃくしゃして家を飛び出して、大学生っぽいのに声かけられて、別にいいやって。 後から襲ってくる死にたくなるほどの後悔。今はきっと、史帆も幸せな気持ちだろう。でも、あたしを好きでなくなったら、今日のことはきっと大きな傷になる。

 あたしって、どうしようもないクズ・・・


幼いころ、クロッシングポイントで出会って、恋した 二人

ポイントは残酷にも、二人を別々の方向に導いた。 

次のクロッシングポイントで再び出会えたのは神様のきまぐれにかけた魔法なのだろうか

香苗にはああ言ったけど、10年近い年月は、二人が二度と結ばれないように、全く違う境遇を私たちに覆いかぶせた。人はやっぱり変わっていく。わたしのパパだったやつも、女を作ってママを捨てた。わたしは?香苗がすき。きっとそれは変わらない。でも、まだあまりに短い人生経験で、小学校の時の思い出が、この運命に逆らえるくらい強いのか、わたしもわからない。だから、香苗を誘惑した。好きの気持ちにつけこんで一線を踏み越えさせて、容易に消えない刻印を押させた。

香苗がいくら自分を否定しても、最低なのは、わたしのほうだ。わたしはいつも、危ないことには踏み込まない。みすずの時だって、結局損な役回りを香苗に押しつけた。わたしが香苗を裏切ないなんて保証はどこにもない。

わたしが世界一嫌いな女。それはわたし・・・

そして、今日は卒業式。運命のレールは、また二人を別々の方向に導いていく

 第一章 完結


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