足の小指との意思疎通│エッセイ#3
足の小指を、ずっと動かせなかった。
自分の足の小指だ。
脳から通る神経が伸びているハズの、私自身の足の小指、左右で2本。
長年使ってきた自分の身体だから、思い通りに動かすなんて文字通り”朝飯前”だと思っていたのに、足の外側にある長さ1cmちょっとの組織が、まるで
「こんにちは、今さっきココに生えてみました。」
と言わんばかりに意思疎通が図れない。
試しに触ってみる。
触られている感覚はある。触覚があることに安心して、
関節と思しき位置で床に向かって曲げてみたら、小さく曲がった。
関節が固まっていることは無いようだ。
どうやら自分の一部ではあるらしい。
姿勢を正し、椅子に座ったまま、両足の小指を見つめて
「動け……!」
と某イギリス稲妻メガネ魔法少年の箒の訓練よろしく唱えてみる。
全く動く気配がない。
どこに力を入れるとか以前に、力を入れる筋肉や指示を通す神経すら存在しないと言われている感覚。
足の外側、足の甲から指先近くにかけて、とてもボンヤリとしている。
少し遅れて両足の親指が、ピクピクと不格好に屈曲した。
違う、そうじゃない。その指じゃない。
人の身体って目的があれば無意識にでも動かせるもんじゃないのか。
こんなに「動け」と指示して、それでも動かないなんてことあるのか。
両手の先に両足が見えるように、長座体前屈の姿勢で
手と足の指を照らし合わせてみた。
手の指を曲げる動作に合わせて、小指を曲げるよう試みる。
両手の小指を折りながら、その先に並ぶ足の指達を見つめる。
まるで箸の持ち方を知らない子供に、親が見せて教えるような。
ボンヤリしたままの両足の先の外に念を送り、
「フンッ、フンッ」
と力を込める。
すると最初は足の親指がギュッと曲がっていただけの状態から、次第に指示とは違うタイミングで、小指がピクリと跳ねるようになった。
ふと、昔祖父に聞いた神経の話を思い出した。
末梢の神経には再生能力があって、指で途切れた神経も1日1mmのスピードで伸びていくんだと。
YouTubeを手元で流しながら、どうやらまだ存在しないことになっている足の小指の筋肉に命令を続ける。
続けること2時間。
ついに両足の小指が、自分の指示通りに開く動きをするようになった。
力を込める感覚も分かる。
「開け」と命じることで、時間差はあれど、左右ともの小指がキュッと外側に開く。
三十年近く連れ添った、神経の通った自分の身体ですら思い通りにならない私。
自分の身体の外の事なんて絶対に思い通りにはならないのだと、突きつけられた気分になる。
まして他人の意思や、沢山の人間が絡み合いながら進んでいく自分の人生の行先など、想像の通りに行くハズがない。
足の小指を動かそうと奮闘していただけなのに、
最近モヤモヤとしていた
「これから仕事どうしようかな、いい仕事と出会えるかな。」
「ていうか失業保険の手続きスムーズに行かなかったらどうしよう。」
とか、そんなことも思い通りになどいかないので、不安を想像するだけ無駄だと思えた。
そこでふと思い出す。
あれ、私そういえば、しゃがめない。
足首全体にバンドが巻かれたようにガチガチで、どうにもこうにも背屈できない。
まだ自分の身体との意思疎通が図れない日々が続く。
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