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音楽を奏でる彗星

幕開け
誰にでも見える彗星。
でも、彗星が奏でる音楽は、特別な人にしか聞こえない。
さて、どんな人が彗星が奏でる音楽をきくのかな。

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千鶴と俊介が彗星の奏でる音楽を聞いたのは、大学生のとき。まるで絵に描いたような青春を送っていた2人。友人達との海岸でのBBQをやっているときに、そのときがきた。

「ねぇねぇ、あのウワサ知ってる?」
「彗星の話だろ?知ってるよ。
でも、そんなことあるのかな?」

そんなたわいのない恋人同士の会話の最中だった。一つの彗星が流れてきた。ヴィーンと身体の奥を響かせるような音楽とともに。それはまるで鐘の音を低くしたような音であり、弱い強弱があった。その音は心地よく、2人の身体と心を共振させた。まるで2つの身体が、1つの身体であるかのように。

そのあとの2人の交際は順調に進み、結婚にまで至った。子どもにや孫も恵まれた。ときにはケンカもしたが、愛し合う2人の愛の障害とはならなかった。これも彗星の奏でる音楽のおかげなのかもしれない。2人のあいだには、いつも音楽があった。

2人の最後は大往生。小学生の孫が千鶴を起こしに行くと、すでに布団の中で息を引き取っていた。大変だ、大変だと家族や親戚が騒ぐ中、俊介だけは冷静だった。冷たくなった千鶴の頬を撫でて、静かに時がすぎるのを待っていた。

俊介も次の日、布団の中で冷たくなっていた。これまた大往生である。もう家族や親戚は大パニックである。千鶴と俊介以外は。

2人の葬式は涙とともにウワサで溢れていた。
「あの2人、音楽を奏でる彗星を見たらしいわよ」
「そんなことあるのかねぇ。ボケてたんじゃないか」

どんなことを言われようとも、2人の門出と終焉を幸せにしたのは彗星の奏でる音楽。2人だけの特別な音楽。2人にとっては彗星の奏でる音楽は、幸せの音楽だったようである。

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幕間
さてさて、これが千鶴と俊介の物語。
彗星は2人を幸せに導いたようで。
音楽を奏でる彗星の話はどこまで続くのでしょうか。

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健二は、ベランダの椅子に「どっこいしょ」と腰掛けた。ベランダのテーブルには、1人の女性の写真が立てかけてある。

久しぶりにタバコに火をつけた健二は、バランタインの入ったグラスを写真立てにコツンと当てた。

「乾杯」

その声はベランダに虚しく響いた。タバコを吸いながら、酒を飲むなんて何年ぶりだろう。タバコの煙が苦手な女だった。タバコの煙を燻らせながら、時の流れと夜の風に身を馳せる。

これまで夜空を見上げることなんてなかった。
ずっと仕事シゴトで前ばかり見てきた。
上も下も見る余裕なんてなかった。
でも、これからは夜が長い。
1人の夜は孤独が身体を蝕む。
夜空を見上げることもあるだろう。
天体望遠鏡を買っても良い。
酒を片手に哲学書を読みふけるもの良いだろう。
そんなことを思いながら、ふと夜空を見上げると1つの彗星が流れていく。

彗星は花火のような音楽を奏でながら、遠くへ流れていく。
その彗星を見ながら健二は、ひとりごちた。
「僕たちは幸せだったかい?」
「君は幸せだったかい?」

静かに健二の頬を涙がつたう。

写真の女性は、笑顔のまま何も答えない。

グラスの中で氷がカランと音を立てた。
虫の音とともに。

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幕間
2人で聞くのが、彗星の奏でる音楽だと思ったかい。
ノン、ノン、それは違うのさ。
1人のときに聞くことだってあるのさ。
次は誰が彗星の奏でる音楽を聞くのかな。

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これまでは聞いたことのあるウワサ話。
私は本当に聞いたことがあるわ。
小さい頃にね。
誰も信じてくれなかったけど。
綺麗なピアノの音がしたわ。
ねぇ、本当に聞いたことがあるのよ。
ほら、今も空で音楽が流れた。
あれが彗星が奏でる音楽よ。
昔に聞いたときより、ちょっとだけ悲しい音楽かな。
ねぇ、聞いてる?
いつもあなたは私のいうことなんて聞いていないのね。
でも、やっと2人だけの世界。
これからはずっと2人だけの世界。
土の中で別々だけどね。
これもまほろばなのかしら。
あなたとずっと一緒にいられるなんて。
でも、私はずっとあなたのそばに居たわよ。
きっと、まほろばじゃないわ。
私の声もまほろばじゃないわ。
きっとあなたは隣で聞いていてくれるわ。
たまにはあなたから話しかけてね。
それじゃぁ、彗星の奏でる音楽を聞きながら眠りましょう。
ついでに彗星の尾っぽにつかまってみない?
どこか遠くに旅に出ましょう。
おやすみなさい、あなた。

いつか骨は崩れ、灰となる。
灰もさらに崩れ、塵となる。
塵となった私とあなたは土に還る。
土に還ってもあなたを愛しているわ。
今度は私たちが彗星になるの。
彗星になって愛の音楽を奏でるの。
ねぇ、良い考えでしょう、あなた。
愛しているわ、ずっと。

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終幕
生者だけに聞こえるのが、彗星の奏でる音楽じゃない。
もっと神秘的な力が音楽にはあるのさ。
そうでなくては、死者にまでは聞こえまいよ。
彗星の奏でる音楽はまだまだ続く。
これからもずっと。
彗星の尾っぽまで消滅してしまうまでね。


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広沢タダシさんの『彗星の尾っぽにつかまって』をもとにした作品です。

前作まではイマジネーションを駆使した作品でしたが、今回はオマージュとなります。

またこの作品は次の企画に参加しています。

楽しんでいただけたなら「ハートマーク」を押してもらえると嬉しいです。

それではまた別の作品でお会いしましょう。

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