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Balloon Journey#2幼稚園

魔法の近道

1989年。
男の子3人が朝っぱらから道路を一直線に走り抜ける光景から始まる。
ヒロくん、ユウくんと朝の登園がもっぱら朝の日課になった。
3人マンションの下で集合し、上からいつ見ても走る子供たち3人の後ろをお母さん3人が歩いている。子供だけで登園ルートを決めているようで、よく見ると大体3パターンに分けられる。1つはセオリーの大通りを普通に進む、教科書通りの登園ルートだ。お母さん達は毎朝その道を歩いて向かっている。そしてもう一つが「ちょっとだけ近道ルート」だ。大通りから小道を曲がり、レストラン(食堂?)の裏道を抜けてまた大通りに合流するルートだ。最終的に大通りに合流するので、距離的には上から見ていても全く変わらないのだが、レストランの勝手口を通るので、朝の仕込みのいい匂いが立ち込めており、少し得した気分になれるのだ。3つ目のルートが「魔法の近道ルート」だ。水平投影的視点で指摘すればそんなに近道ではないのだが、最終合流地点が幼稚園の門のそばということもあり、ワープした感覚に陥るのだ。それはスーパーの荷捌き場のある駐車場を抜けて、古民家の小径を抜けて、お地蔵さんの横を抜けて、最後まで細い道を抜けて、そこに幼稚園の門があるので、幼児にはワープした錯覚に陥るのは仕方あるまい。
そんな自由奔放な子供達を放任してる親の肝にも驚いたものだが、子供にとっては毎日が冒険のようで登園が苦にならないので面白い。
そんな3つのルートを決める主導権は、3人の中で一番体が大きいユウくんが決める。2人はユウくんについて行く事が多く、ルートでケンカすることはない。ルートを主導するユウくんとすばしっこいヒロくんが先頭を行き、光は少し後方を追いかける形となっている。そのような関係はドラえもんの、ジャイアン、スネ夫、のび太の三角関係に少し似ているが、あまり光は気にしていないようだ。

秋山先生のいるさくら組


幼稚園に入ると仲良し3人組はみなバラバラのクラスに入る。光はさくら組で細く白髪がトレードマークの秋山先生が担任である。非常に優しい先生ながらも年輩者独特の厳しさを持つ。夏場のプール遊びでもふざけているとよく叱られたものだ。
いつもの仲良し3人組以外に友達ができたこともこのクラスではじめての経験である。光の通っていた幼稚園は隣の小学校区にあり、同じ小学校区よりも隣の小学校区の友達が多い。つまり家から少し遠い友達が多いのだ。特に仲良かった友達はダイちゃん。後に海上自衛官になるたくましい奴なのだが、当時は体が小さくギョロっとした大きな目が特徴的だが、人懐っこく幼稚園の外でも1番遊んだ仲であった。彼の気を引くために、絵本で出てきたあることないことの冒険譚をでっち上げ、彼に話して盛り上げたり、彼のお弁当に入っている唐揚げの棒を加えて犬の真似をして笑わせたり。とにかく彼の気を引きたかったのだ。
よく彼の家には遊びに行った。ダイちゃんの両親は2人ともマリンスポーツをやっている豪快な夫婦で、大きなジェットスキーが収納してあるガレージは圧巻であった。ガレージ付きの大きく明るい家でウルトラマンの人形で心ゆくまで遊んだ。

広がる世界

光の通う幼稚園は小学校区外ということは先程述べた。したがって、幼稚園の友達はダイちゃんを始め、幼稚園の近くの友達が多く、光の家に遊びにきてもらうことよりも圧倒的に家に遊びに行くことの方が多かった。それは小さい子供ながら毎日の楽しみで、友達の家に遊びに行けば普段触れることのないおもちゃやアニメなどに触れ合えるのだ。幼稚園のすぐ裏にあるお寺の友達の家ではじめておぼっちゃま君というアニメを目の当たりにして、そのシュールなボケは大変刺激的で何より面白かった。近所のテラダ君の家は長屋住宅で、お兄ちゃんがいる家庭なのではじめてテレビゲームに触れた。ファミコンのツインビーというシューティングゲームだが、幼稚園児には極めて難しかった。やはりお兄ちゃん、お姉ちゃんのいる友達の家は楽しい。長男の光にとっては未知の世界ばかりだ。もちろん、楽しいことばかりでなく当時アニメでしていた北斗の拳は幼稚園児にとっては刺激が強すぎて、顔面が破裂していく映像に大泣きした。そんなこと含めて世界観は広がっていった。

その頃。

「おったか!?」
「いや、心当たり当たったけど、全く行方が分からん」
「この、忙しいときに・・・」
米屋の主人を務める光の祖父にあたる善雄が行方不明なのだ。善雄は組合公認の米の専売事業者であるため、そこそこ守られた商圏で安泰した商いを営んでいた。が、借金が嵩んでいた。
本人は質素な生活を送り、物欲もないのだが、気前がいいのだ。人が良さすぎたといえば響きはいいが、人のために散財し金を貸し、代々築いてきた財産を少しずつ食い潰していくこととなった。余談だが、善雄は米穀公営企業にある野球の実業団でプレイしていた経歴を持ち、プロにこそなれなかったが、相当の実力の持ち主であった。
その正が行方不明に。後に借金が膨らんだため、自殺を図ろうと姿を眩ませたことは後で知る由となる。当然、光はそんなこと知るはずもなく今日も大の字で弟の健人とタスキ掛けで寝ていた。

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