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【短編小説】因習探偵 面堂伽久音の面倒事

 こんな夢を見た。

 ◯◯県と××県の県境に、鈴鳴村という小さな集落がある。人口は千人弱、主産業は林業ということだったが、参照したデータは数年前から更新が止まっていたので、現状もそうとは限らない。麓の街で話を聞いてみたが、目新しい情報は手に入らなかった。否、鈴鳴村の話は何故だかタブー扱いされているようで誰も何も話してくれなかった、と言った方が正しいか。一人は「あんな不気味な土着信仰の村、近付かない方がいいよ」と言っていた。依頼人の話と合わせて考えると、いかにも不穏だ。
 鈴鳴村は、山肌を引っ掻いたような細い県道から延びる分かれ道、うっかり見落としかねない未舗装の道路の先にあるらしい。先程、気持ち程度の案内看板を見つけたので、道は間違っていない筈だ。

「せんせぇー、ちょっと休みましょうよぅ、疲れましたよぅ」
 八臨耶花が泣き言を言いながら蹲ったので、面堂伽久音も仕方なく足を止める。タクシーを降りてから、大体一時間くらい歩いただろうか。鬱蒼とした森の中は薄暗く、頭上では鴉がぎゃあぎゃあ鳴いている。
 まさか村へ続く一本道が、車すら侵入できない獣道だとは思わなかった。仕方なく徒歩で村に向かうことにしたが、急勾配だし道はぬかるんでいるし、道行はちょっとした登山の様相だ。しかし、伽久音はけろっとした顔のまま、泣きかけの耶花の背中をさする。
「普段から鍛えてないからだよ」
「失礼ですね鍛えてますよぅ、先生の体力がおかしいんですってぇ」
 体力がおかしい、もそこそこ失礼だと思うが、指摘せずに放っておく。
「ってか本当にこっちなんですかぁ?また迷子じゃないですかぁ?」
「合ってるよ。さっき案内板立ってたでしょ」
「あんな、何年前に建てられたのかも分かんないようなボロ看板の言うこと信じられませんよぅ」
「じゃあ私を信じるといいよ」
「先生のことは信用してますし信頼してますけど、先生の方向感覚のことは信じてません」
 言いながら耶花が、地図をよこせ、と言わんばかりに手を出してきたので大人しく従った。こんな獣道で地図がどれほどの役に立つかは分からないが、伽久音が持っているよりは幾分マシなのは確かだった。
 地図は耶花に任せて、伽久音は周囲をぐるり見渡して観察を始めた。草も木も生え放題で人の手など入っていないようだったが、所々に並んで立っている膝丈程度の石は人工物に見える。かなり風化しているが、人の顔が彫り込まれている。地蔵だろうか。
 獣道に目を落とす。村と外界を繋ぐ道はこの一本のみ、と聞いている。とてもじゃないが車両が入れるような道じゃないのに、僅かにタイヤの跡が残っていた。依頼人に見せられた動画を思い出す。確かあの浮かれた大学生たちは村の門の前までバイクで乗り付けていた。いくらロードバイクでもこの道は無理があるだろう、と時間差で呆れる。
「それにしても、すっごい山ですよね……よくもまぁこんなところに、夜中に踏み込もうと思ったもんです」
 一通り地図と睨めっこして満足したらしい耶花が、のろのろと立ち上がりながらごちた。
「おまけにこの道をバイクで行ったようだよ。無謀が過ぎるね」
「えぇー、こんな道ロードバイクでも無理ですよぅ……。いっそ行きしにこの辺りから滑落でもしていたら、三人とも生きて帰って来れたかもしれないですねぇ」
「耶花、不謹慎だよ」
「はぁい」
 耶花は「ごめんなさぁい」と自省しつつ口を手で覆う。
 制したものの、耶花の言わんとするところは分かる。彼らが鈴鳴村に辿り着きさえしなければ、動画に残されたあの惨事は起らなかった。愚かな配信者三人は揃って無事に森を抜けられただろうし、多少の怪我なり精神的ショックなりがあれど、時間をかければ平穏無事な日常へ戻っていけた筈だ。
「……でも、連中が残したタイヤの跡があるってことは、道は間違っていないということだね」
「はい!あとは地図に沿って進むだけですねぇ」
 リュックを背負い直しながら、耶花が意気揚々と言う。さっきまであんなにヘトヘトだったのに、回復が早い。若さって凄いな、と伽久音は密かに感心する。

 道は緩やかな登り坂だ。人里の気配はまだ無い。地図から察しとる距離感を踏まえても、また暫く歩く羽目になりそうだな……、まで考えたところで、伽久音の目が一点に留まった。
「……耶花、地図はもう必要ないようだよ」
「はい?」
 耶花が怪訝な顔で聞き返す。
 同時に遠くから、ちりん、ちりーん、と、鈴の音が聞こえてきた。音は獣道の先、伽久音の視線の先で鳴っているようだった。耶花が目を向けると、道の先にぽつんと燈がひとつ灯っているのが見えた。背中の曲がった人影が、ランタンを手に提げて立っている。
 ごくり、と耶花は生唾を呑む。動画と同じだ。あの頭の足りない大学生たちの悲劇も、ランタンを持った人影からはじまった。
「お出迎えだ」
 目を輝かせた面堂伽久音は、かくも楽しげに呟く。



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