【エッセイ】美しい生き方
ある本に、老化とは機能でなく不可抗力なのだと書いてあった。
生存と繁殖に必要な機能を手に入れる為の成長は、つまり必要な機能の全てを備えたら止まる。対して老化は、単純に身体が使い古されてガタがくるだけのことであって、老化によって手に入るものもなければ、身体が老化する必要性などというものもない。革の財布が使い込むほど柔らかくなっていくように、劣化であり条理であり自然現象なのだ。
本は、「機能ではないのなら回避する手段がある筈だ」と展開し、老化を回避する現代技術のあれそれを紹介していたが、私はそんな、大それたことを話すつもりはない。
三十路を過ぎて、若干の老化を感じている。
例えば、座り込んで作業をしてから立ち上がると、曲げた腰が一息に戻らない。「うえぇ、どっこいしょ……」などのうめき声をあげながら、腰のあたりをさすりつつでないと腰が伸びないのだ。他にも体力が落ちただとか、投資に興味を持ち始めただとか、新入社員とのジェネレーションギャップを感じるだとか、日常生活の端々に老いが滲んでいる。
これは強がりではないのだが、私は老いることをそんなに恐れていなかった。人間は見た目でなく中身だ。年齢を重ねても中身が素敵な人はそれだけで素敵なわけで、年齢に言い訳をせずに済むくらい中身が素敵であり続ければそれでいい。身体のケアは、私が心地よいと感じる程度(ちょっと化粧水と乳液を顔に塗りたくり、たまにストレッチをする程度)に留まり、やれアンチエイジングだ、やれボトックスだ、やれリフトアップのリンパマッサージだには目もくれなかった。
それを強烈に後悔したのは、先日、セルフネイルをしていた時だった。
あんさんぶるスターズ!の背徳的ユニット、「UNDEAD」の新曲MVがあまりにも良くて、UNDEAD熱が再燃した。UNDEADといえば真っ黒いネイルだよな!(諸説あり)ということで、引き出しの奥から黒のネイルを引きずり出して、久しぶりに爪を黒く塗ったのだ。
我ながら綺麗に塗れた。ヨレもシワも筆の線もない、つるんとした真っ黒のネイル。以前なら、こんな指先で日常を過ごせたら、もうずっとテンアゲに間違いなかった。仕事だってきっと楽しい。
しかし、指先から指、手の甲までじっくり眺めて、気付く。なんだかすごく、おばさんの手になってない……?
指を伸ばすと、手の甲側に皺がぎゅっと寄る。手の甲に浮いた血管が、前よりも肉に埋まっている気がする。そして肌、肌になんだかハリがない。たゆんとして、若干皮が余っているように見えなくもない。そういえば、職場のトイレに置かれたハンドドライヤーに手を突っ込んだ時、風圧で手の甲の皮が若干凹んでいた。以前はそんなことはなかったのだ。風圧だってはねのけていた。
この老いが今まで気にならなかったのは、よくよく手を見てこなかったからかもしれないし、或いは黒いネイルで老いが際立ったからかもしれない。おばさんの爪が黒い、というのは、(これは誰を貶める意図もなく、私が私に向ける価値観として)ちょっと変だ。結局、折角綺麗に塗れたネイルはすぐに落としてしまった。私の手は、黒いネイルが似合わない手になってしまったのだ。悲しい。手が若いうちに、もっとネイルをしておけばよかった。
年相応の格好、などというプロトタイプの押し付けに屈するつもりはない。しかし、あくまで私が私をどのように見せるかという話の中に限って、年齢ごとに似合う格好と似合わない格好というものがある。黒いネイルは、今の私には似合わない格好なのだ。同じように、もう似合わなくなってしまったものがきっと沢山ある。
真っ黒いネイルを引き出しに戻して、その隣に置いてあったネイル瓶を取ってみた。くすんだ桃色のネイル。今まで一度も使ったことが無かったが、こういう目に優しい色合いの方が、今の手にはあうだろうか。爪に瓶をあてがってみる。自然な色、ちょっと日焼けしてしまった手が、心なしかトーンアップしたような気がする。成程、なるほど、可愛いかもしれない。
黒いネイルは似合わなくなってしまったが、代わりに似合うようになったものが、きっと失ったものと同じくらいの数だけある。そういう新しい出会いを探す、これが契機だと思えば、良い変化だと言ってもいいかもしれない。
買い物の帰り道、着物姿のご婦人とすれ違った。
手には黒の日傘、銀色の和服には細かい装飾があしらわれていて綺麗。背筋をすっと伸ばして、からん、からん、下駄をならしながら住宅街を下っていくご婦人は、見た限り私より10歳も20歳も年上だろうと思われた。ご婦人だからこその貫禄と、芯の通った美しさが感じられた。とても、とても似合っている。
あのご婦人がどんな変遷を経てあのファッションにいたったのか、私は知らない。ただ、あの瞬間、私もあんな歳の取り方をしたいと強く思った。
いくつになっても若々しい、などという傲慢はSF映画に任せて、いくつになっても自分に似合うものを選び取れる、そんな生き方をしたい。