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【短編小説】豚玉スペシャルを焼いて待ってる

 こんな夢を見た。

 相棒の神崎蒼一が死んだ。潜入捜査中に行方不明になり、その三日後に東京湾で浮いているのが見つかった。
 霊安室で再会した神崎の身体は海水でふやけて真っ白になっていたうえ、首が無かった。成る程、身元の特定に時間がかかったわけだ。遺体が間違いなく神崎であることを示すDNA鑑定結果をぐしゃりと握り潰す。死んだら間抜け面を笑ってやるって約束していたのに、笑っている場合じゃない。

 神崎が調べていたのはとある大手製薬会社。不正な献金に加えて、無認可で生物兵器を開発している疑惑は確信に変わりつつあった。神崎は情報共有を欠かさなかったので、行方不明になる前日の神崎が決定的な証拠を掴んでいたことも、それをお好み焼き屋で共有しようとしていたことも知っている。待ち合わせを承知するメッセージは、未読のままチャットルームに浮いている。
 神崎の遺体は何も身につけておらず、空白の三日間の足取りは追えなかった。神崎の首の行方も、首が無い理由も分からない。これが製薬会社の人間の仕業なのか、そうでないのかすら。相棒がいないと、何にどこから手をつけて良いのかから見失ってしまってもう駄目だ。泣き言を言っている場合じゃないのに。
 結局神崎が言うところの「決定的な証拠」は見つからなかったが、それまでの報告資料と関係者から搾り出した証言でもって大手製薬会社の巨悪は暴かれるに至った。不正献金については行政調査が入り、会社の重役数人が逮捕されたと聞いた。生物兵器の開発室は突入前に爆破されてしまって、残った証拠は歯抜けの開発計画資料だけだ。これでは誰を逮捕する証拠にも足りない。神崎がいたら抜け目なく証拠を確保できたし、きっと爆破だって防げた。

 資料は歯抜けながら、兵器の概要を把握するには十分だった。元々は、DNAを土台に患者に適合する臓器を作る医療技術だったそれは、最終的に人間を丸々生成して人件費不要の兵隊を大量製造する技術に形を変えたらしい。身体の複製技術は確立されたものの脳の複製は実現せず、結局複製した身体を動かすには人間の首を接続する必要がある、というところで資料は終わっていた。人間を作るために人間の首が要るなんて、本末転倒もいいところではないか?
 神崎ならこう言うだろう。この技術があれば、身体の損傷が戦線離脱の理由にならなくなる。例え死んだとしても、頭さえ無事なら何度でも身体をつけて戦線に送り出せる。不死の軍隊が出来上がる。こんな技術は存在してはならない。

 空想の神崎が憤る傍らで、私はある可能性を考えている。頭をつければ身体が動くということは、魂の在処は脳だったのだろうか。神崎の魂は失われたまま、いまだに行方が知れない。
 DNAを元に身体を生成できる技術が実在するのだとしたら、霊安室のあの遺体に果たしてどの程度の信用を置ける?
 メッセージアプリを開いて、最早暗唱だってできる神崎との会話をもう一度、一文づつ辿る。神崎が掴んだ「決定的な証拠」とは何だったのだろうか?神崎は自分の首と引き換えに何を手に入れた?秘匿された技術の正体が分かった今、神崎が次に取った手も、それがあまりにも馬鹿げた手段だと言うことも分かってしまう。神崎は何もできずに死んだと思い込みたいのに、私の相棒は有能だと誇る私がその可能性を否定する。

 スクロールが終わるのをまるで待ち構えていたようなタイミングで、最後のメッセージに既読がついた。間髪入れずに届いた新着メッセージが、私をお好み焼き屋に呼んでいる。

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