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鬼滅の刃で中学英語#49~「それ」じゃ訳せない「it」たち③~結局「it」って何?
これまで、連続して「it」を取り上げてきましたが、なんでそこまで「itごとき」にこだわっているか知りたいですか?
それは、我々日本人が思っている以上に英語では「it」が使われていて、日本人の「it=それ」という感覚では理解できないことがたくさんあるからです。
そこで、「それ」じゃ訳せない「it」たち第3弾として、第1弾、第2弾では説明しきれなかった、日本人にはなじみのない「it」を、例によって『鬼滅の刃』英語版からご紹介していきます!
関係記事
➡#48「それ」じゃ訳せない「it」たち② 主語じゃない「it」
➡#47「それ」じゃ訳せない「it」たち① 天気の「it」
➡#46「this」と「that」と「it」の違いを完全に理解する法
「it」は超使う単語
「it=それは」で覚えていると大事なことを忘れてしまいますが、日本人が思っている以上に、英語ネイティブな人にとって「it」のような人称代名詞は文の中で使いまくる傾向があります。
たとえば、『鬼滅の刃』の第1話は、表紙をのぞくと52ページあるのですが、その英語版、『Demon Slayer: Kimetsu no Yaiba』の同回で、何回「it」が出てきたと思いますか?
私、調べましたよ。
答えは、22回です。
・・・多くないですか?
第1話は冨岡さんの長台詞もありますが、ほとんど会話のないシーンもあり、52ページ中6ページはセリフが一切なく、実質46ページしかありません(しかもその中の16ページはページの半分しかセリフがない)。
にもかかわらず、「it」が22回も登場しているのです。
およそ、2ページに1回くらいの頻度で出てくるわけです。
普通に、日本語の感覚では「それ」をそんなに使う感覚はないですよね。
でも、英語だとあるんですね。
では、実際どんな風に使われているのかを見ていきましょう。
(以下は全て下記から引用しています)
訳しても訳さなくてもいい「it」
まずは、「It」の基本的な使い方がよくわかる例から見てもらいましょう。
鬼に家族を殺されたであろう三郎爺さんが、炭治郎を呼び止めて泊まらせるシーンです。鬼は夜に活動して人を食い殺す、そしてそれを狩る「鬼狩り」がいるという伏線でもあります。
この2コマ目、三郎爺さんが
It's too dangerous!
危ねえからやめろ
※too dangerous=危険すぎる
と言っていますが、ここで「It」が主語になっていますね。
文章的には、
It is=それは~だ
too dangerous=危険すぎる
という作りです。この「it」が何を指すかというと、前のコマのセリフ、炭治郎が「暗くなってきたのに家に帰ろうとすること」ですよね。
なので、原作には「それは」とありませんが、
It's too dangerous!
(それは)危ねえからやめろ
という意味として理解できますし、そう訳しても問題ありません。
しかし日本語では「それは」という主語を省略しても問題なく通じるために、訳には入れていません。
「訳せないit」ではありませんが、「訳さないit」とも言えますね。
天候だけじゃない「it」
#47で、炭治郎の母が炭治郎に「雪が降っているから」というシーンで「It」を使うというご紹介をしましたが、「雨」や「雪」以外でも、天候にまつわることは基本的に「it」を主語にすることができます。
他にも、「時間」を聞く表現がそうです。教科書にもよく出てきます。
What time is it?=今何時ですか?
It's 7 o'clock.=7時ちょうどです。
この「it」は「the time」のことですね。
「天気」も「時間」も、喋っている人にとっては一つしかないもの(=theを使う)なので、あえてそれを語る必要がないから「It」で代用するわけですが、これが日本人にはなじみがないですよね?
これを、「天気のit」「時間のit」と覚えないといけないわけですが、それだととっさに出てこないこともあります。
しかしそれだと、「it」の意味がありません。
というのも、そもそも「it」を使う時はとっさの時が多いのです。
下のシーンを見て下さい。三郎爺さんに話しかけられる直前のシーンです。
Whew! It's getting late!
遅くなっちまった……
※whew=ひゃー
※late=遅い、という形容詞
(英文がやたらオーバーなのが気になりますが)心優しき炭治郎が、炭を売りに行ったはずなのに色々なところで人助けをして、日が沈む時間になってやっと帰路についたわけですが、この文の主語は「It」ですね。
この「It」って何を指すと思います?
「帰り始めるのが遅くなった」(行動)
「帰る時間が遅くなった」(時間)
「日が沈んで(時刻が)遅くなった」(天候と時間)
など、色んなことが考えられますが、どれが正解かはわかりません。
原作の日本語には書いてないですからね。
いずれにしろ、「時間」や「気候(夕暮れなどもIt)」も主語が「It」で表せることはわかってもらえるかなと思います。
また、「時間」や「気候」以外にもこういった文の主語も「It」です。
It's still a long way to town.
(まだまだ町まで距離があるんだぞ)
こちらは、炭治郎が禰豆子を背負って山道を下りている時の、弱音を吐きそうになった自分を奮い立たせている時の独り言です。
距離を表す時の主語も「It」という典型的な例です。
もちろん「It=それ」と訳すこともありません。
独り言の「It」
このシーン、いずれも炭治郎は、独り言で「It」を使っていますよね。
でも、我々が学校で習った「It」の使い方ってどんなでしたっけ?
What is that?(あれはなんですか?)
→It is a museum.(それは博物館です)
・・・というような、会話の流れで、前に出た話題を引っ張ってくる時に「It=それ」を使うんでしたね。
他にも、たとえば手紙のような長文にも、
I'm in New York now.(私は今ニューヨークにいます)
It is a very interesting city.(とても面白い街です)
・・・のような感じで、一人語りではあっても、誰かに説明するために、「前の話題」を引っ張ってくる時に「It」を使うことがほとんどです。
なんなら、長文問題で「このItは何を指しているか」みたいな形でテストに出ることもよくありますね。
でも、今回の炭治郎の使う「It」は、このどちらとも違う使い方です。
誰とも話していないですし、誰かに説明しているわけでもない、あくまでも、炭治郎の独り言。むしろ、しゃべってすらいない。
「独り言のIt」頭の中で思わず浮かんだ言葉でも使うわけです。
当然、「独り言」なので、「それは」と訳す必要ってないですよね?
だから、独り言のItも「それ」と訳さない「It」なんです。
「It=それ」ではない一番の理由
「It=それ」と覚えている我々日本人の感覚だと、独り言に「It」を使うのはかなり違和感を感じるかもしれません。
なぜなら我々は、独り言に「それ」という言葉をあまり使わないからです。
そもそも、日本語の「それ」(「これ」も「あれ」も)とは、相手に対して何を指すかを示す「指示詞(指示語)」です。
では、英語で「指示詞」ってなにかっていうと、「It」ではなく、「this」とか「that」などの「指示代名詞」がそうですね。
(指示代名詞は指示詞の中の代名詞というジャンルという位置づけ)
「It」は「人称代名詞」であって、指示詞ではありません。
だから「It」は、そもそも日本語の指示詞「これ」「それ」「あれ」とはまったく違うものなのです。
#46でもお話ししたように、たまたま、日本語の「それ」に近い使い方ができるから、「It=それ」と訳しているだけで、本質的には違います。
だから、日本語の感覚で「It=それ」と捉えていると、理解できないことが多々あるのです。
当然、そもそも「It=それ」ではないのだから、訳し方も「それ」と訳せないことがあってもなんらおかしくはないのです。
この、「独り言のIt」もそうですが、あくまでも、「It」は、相手の目の前、自分の目の前(頭の中)にあることを指しています。
イメージにすると、こんな感じでしょうか?
相手がいてもいなくても、言葉の「前提」にあるのが「It」。
だから、炭治郎が、
帰り道で「遅くなった」と言うのも、それが目の前にあるから「It」だし、
山を下る時に「町まで距離がある」と言うのも、目の前にあるから「It」、
なんです。
とくに独り言なんて、自分の頭の中にあることを言語化したものなので、自分が話しているものが何かわかっているし、そのことを具体的に誰かに説明する必要がないから、「独り言のIt」が使える、ということですね。
日本語ではそこは省略しますが、英語は「主語」を必要とする言語なので、そのために「とりあえずの主語としてのIt」を使う、というワケです。
だから、「It=それ」と訳すわけではなく、あくまでも「it=(目の前/頭の中にある)それ」というイメージだということを理解しておくことが大事です。
「it」はとりあえず言う時に使う
「It」を理解するために、「天気のIt」「時間のIt」「距離のIt」などと覚えるのも一つの手ですが、覚える量を減らしたい人からすると、
「目の前にある/頭の中にあることを表すIt」がある。
と覚えた方が理解しやすいかな、と思います。
わかりやすいのがこのシーン。
第1話冒頭で、炭を売りに山を下りている時の炭治郎の独白です。
But life is like the weather... it's always changing.
でも人生にも空模様があるからな 移ろって動いていく
It won't always be easy... and the snow won't always keep falling.
ずっと晴れ続けることはないし ずっと雪が降り続けることもない
※like=~のような、という形容詞(動詞ではない)
ここでは二回「it」が使われています。
一つめは、
it's always changing.
訳:常に変わっていく
となっていますが、「it」は「天気」のことでしょうか?
確かに、「the weather is always changing(天気は常に変わる)」という風にしても、問題ないように見えます。
でも、炭治郎が言っているのは、「人生」のことですよね?
あくまでも「天気」は「たとえ」でしかありません。
なので、この「it」は「weather」ではなくて、「life is like the weather=人生は天気のようなもの」を指しているんですね。それが、移ろって動いていく、それがまさに天気のようなもの、という時に、前の文を受けるために「it」を使っています。
二つめは、
It won't always be easy
訳:いつも簡単にいくわけではない
と、これまた「it」が主語の文ですが、ここで指す「it」も、天気のように移ろいゆく人生のことを表しています。
相手がいようがいまいが、自分の思い浮かべたものを述べるのに使う主語が「(主格の)it」なんですよね。
「it=それは」となったのは、あくまでもそれが「近い」というだけで、イコールではない、ということを忘れてはなりません。
学校で学べない「とりあえず使うit」
英語の教科書では、「会話」や「文章」がテキストになるので、英語の「独り言」を学ぶことはほとんどありません。
だから「とりあえずitを使う」というこの感覚が、我々にはなかなか身につきません。(逆に言えば、海外で生活している人は身につきます)
しかし、我々多くの日本人は、英語圏で生活する機会があるわけではないし、中学生や高校生にとっては、なかなか現実的ではない話です。
だったら、この「とりあえず使うit」を、どういう時に「it」を使うのか理解するのかというと、日本語で「・・・なんだよなぁ」と言う時の英文の主語に使う、と理解しておくとわかりやすいと思います。
たとえば、
It costs 30000 yen.=3万円かかっている
※cost=(費用が)かかる、という動詞
も、「3万円もしたんだよなぁ」という感覚で言えますよね?
3万円したものが頭の中にあるからですよね?
頭の中にあるものを、わざわざ言語化する必要ない時に「it」で呼び出すことができるのです。そうすれば主語の完成です。
これはもちろん、独り言の時だけじゃなく、相手と会話するときにも使えます。
It's interesting!=面白いね!
自分の頭の中に、その「interesting=面白い」イメージができたわけですよね?
それを呼び出して主語を「It」にして会話できるわけです。
そういう意味では、「It」は主語が必要な英語の救世主、とも言えるわけです(もちろん、目的語の救世主でもあります)。
だから、天気や時間、距離のことなど、色んなことを「it」を使って表現できるわけですね。
そういう点で行くと、マンガの英語版は、何を指しているのかがわかりやすいので、「it」がどう使われているのかよくわかりやすいですよ。
本日のまとめ
・「it」は、「それ」という意味もあるが、「それ」という訳とは限らない
・「it」は、目の前のことを表す代名詞で、相手がいなくても使える
・「it」は、思いついた時の主語や目的語にしやすいので、独り言にも最適