建築設計事務所は意外と色々な仕事をする
今年の3月に渋谷の宮下公園で行われた結婚式のイベント用に作品をデザイン・制作しました。このことを伝えると度々、「建築設計事務所でも展示をやったりするんだね!」「なんで結婚式のイベントの仕事をもらえたの?」という反応をもらいます。
今回は、結婚式のイベントで展示をすることになった経緯や、どんな風に展示を設計・デザインしていったかをご紹介し、「建築設計事務所ってこんなことができるのか」と、建築設計事務所の仕事の片鱗を少しでもお伝えできたらと思います。
実際にイベントで制作した作品については事務所HPの事例ページで多数の写真付きで紹介しています。下記の公式HPで公開している作品紹介ムービーもあわせてご覧ください。
建築設計事務所は意外と色々なことができる
「本業は建築設計をしています」と自己紹介をすると、「どんなものを設計しますか?」「お家とかを設計するんですね!」と言われ、なかなかうまくリアクションすることができません。
確かに家も設計することもあります。「今は〇〇を設計しています」と答えることもできます。ただ、私の事務所では仕事を受ける上で、特定のビルディングタイプは決めていません(マーケティング的には決めた方が良いかもしれませんが…)。
ちなみに同じ建築設計事務所でも、受ける仕事のビルディングタイプを決めている事務所もあれば、決めていない事務所、両方あります。私の前職も、特にビルディングタイプを決める事務所ではなく、相談があれば何でも仕事を受けるタイプの事務所でした。実際に、私は前職では鐘楼、住宅、企業の社宅、神社の休憩所などを設計しました。
去年、私の事務所では民間の公衆トイレを設計しました。これも色々な人にお話しすると、「なぜ、民間の公衆トイレを設計することに?」と質問されることが多いです。詳しくは『所沢の公衆トイレ「インフラスタンド」について』の方もご確認いただければと思います。
前職を含めると、色々な種類の建物を設計し、建築以外でも今回のように展示の仕事に関わったこともありますし、出版物をつくる仕事にも携わりました。
このように、建築設計事務所は意外と色々なことができます(リソース問題はあるとは思いますが)。そのため、私の中では今回の展示の相談も建築設計と同じでように仕事を受け、同じようなプロセスで設計・デザインをしました。
結婚式のイベントでの展示を依頼された経緯
年明けにひらくの染谷さんと深井さんからご連絡をいただきました。3月に宮下公園で結婚式に関するイベントを行うので、そこで展示をして欲しいとのことでした。
イベントの主催はウエディングパークで、Wedding Park 2100のプロジェクトの一貫で、今年で3回目のイベントを開催するとのことでした。1,2回目のイベントは屋内でしたが、今年のイベントのコンセプトが「Parkになろう」ということで、宮下公園での屋外開催になるということでした。
私の事務所はその中でも「記念写真」というテーマをもとに作品を考えて展示をしてほしいという依頼をいただきました。
なぜ、実績もない中で私の事務所に依頼を…?
Wedding Park 2100のプロデュースをしているひらくは、文喫・箱根本箱をプロデュースしている会社です。私自身、文喫に遊びにいったことがあり、箱根本箱に泊まりに行きたいな〜と思っていたので、そんな会社からご相談をいただき、とても嬉しかったです。
とても嬉しかったのですが、私はまだそこまで実績が無かったので、そんな会社から依頼をいただいたことが信じられず、私に依頼をしてくれた理由をひらくの代表取締役の染谷さんにうかがいました。
結婚式のイベントのきっかけは公衆トイレ
染谷さんがたまたまSNSで流れてきたインフラスタンドを見たことがきっかけとのことでした。インフラスタンドは、私の事務所で設計した埼玉県所沢市の公共トイレです。
こちらの公共トイレは、民間企業の石和設備工業が運営しています。石和設備工業は水道工事事業者で、さらに自社でトイレ空間のプロデュース事業をしています。
トイレやトイレを扱う水道工事事業者の悪いイメージを払拭させ、ショールームとしても活用でき、さらにそれが地域の人が使えるような公衆トイレを設計してほしいとの依頼でした。
実際に設計した公衆トイレが下の写真になります。ショールームとしても使えて、地域や業界にも貢献できるような空間として、誰もが集まって休憩できるような公園のような公共トイレを計画しました。詳しくは『所沢の公衆トイレ「インフラスタンド」について』の方もご確認いただければと思います。
この設計した公共トイレ、インフラスタンドの写真をSNSでたまたま見かけたとのことで、公園のように地域の人が使っている様子を見て、今回のコンセプトである「公園で結婚式」に合わせた展示を制作してもらえるのでは?という期待を抱いてくれたとのことでした。
私設図書館を運営していることも依頼のきっかけの一つ
さらにもう一つきっかけがあるとのことでした。それが、私が私設図書館を運営していることでした。私は週に一度、事務所の本のある打ち合わせスペースを私設図書館として無料で開放している活動をしています。詳しくは私設図書館「シン図書館」のHPをご覧いただければと思います。
ひらくは、「本」をはじめとした文化コンテンツを用いながら総合的に事業を立ち上げている会社となるので、そうした「本」を通した活動にも共感をしていただいたとのことです。私自身本が好きなので、本を通してこうしたつながりが持ててとても嬉しく感じました。
こんな作品を作りました
私の事務所は「記念写真」というテーマをいただいたので、「記念写真」を撮るためのフォトスポットを作ろうというのはすぐに決まりました。
最小限の結婚式としての記念撮影
今回の依頼を受けたときに、ウェディング業界についても簡単に調べたところ、ウエディング業界の始まりは、明治時代に西洋の写真撮影技術を学んだ写真館が、結婚の記念に夫婦を撮影するようになったのが起源とされているそうです。
つまり、記念写真を撮ることは最小限の結婚式とも呼べるのではないか?と考えました。記念写真を撮る場そのものが結婚式場にもなれるようにと考えました。そこで私は「新しい形の紅白幕を作るのはどうだろうか?」と考えました。
結婚式は非日常の祝いの場です。公園は日常の生活の場です。結婚式というその一日は非日常の特別な日ですが、長く続く日常を二人で過ごしていくことを誓う場でもあります。
冠婚葬祭など、幕を使うことで儀礼の場へと変えることがあります。紅白幕をかければ祝いの場、黒白幕であれば弔いの場、青白幕であれば神事の場。いつもは違う使われ方をしている場であっても、幕一枚でその場を変え、また幕がなくなれば日常の姿に戻ります。
実際に作った展示がこちらになります。フレームに毛糸を7mmピッチで張った紅白幕を作りました。
風景を背景化するためのフィルター
作った紅白幕は、7mmピッチに毛糸を張っているので幕越しに向こうの風景が見えますが、フィルターがかった見え方になります。
展示の依頼をいただいた後、早速宮下公園に現調に行きました。宮下公園は宮下パークの屋上にある公園で、渋谷のビル群に囲まれています。代々木公園や新宿御苑のように緑が広がっている感じではないので、写真を撮るときもビルが映り込みそうです。
結婚式の記念写真となるので、記念写真の背景は素敵なものにしたいと思いました。ただ、立て看板のようにフォトスポットを作るということでは、折角の公園性がなくなってしまいます。また、あくまでコンセプトが「公園で結婚式をするとしたら?」というものなので、宮下公園に限らず、違う公園でも記念写真を撮れるようなものにしたいと考えました。
生の風景そのままだと、記念写真の背景としては弱い、しかし、背景を全て作り物にしてしまっては公園で結婚式を挙げる意味がなくなってしまう。写真にフィルターをかけて加工するように、風景にフィルターをかけて、風景を背景化できないか?と考え、今回の作品を作りました。
作った紅白幕の前で結婚する二人が記念写真を撮ると、フィルターがかった風景が記念写真のための背景として写り込みます。その公園ならではの風景を記念写真に取り込むことができます。
最終案に至るまでの紆余曲折
建築設計事務所は会場構成の設計をすることもあれば、展示そのものを作ることもあります。意外と色々やれます。
作品の解説だけすると、一本道でそのまま作品ができあがったように見えますが、ここに至るまでに色々案を考えました。建築設計事務所に依頼すると、どんな感じで検討を進めているのか?という参考になればと思うので、少し紹介します。
今回の展示のテーマ以外の具体的な要件は下記になります。
展示の大きさは3x3mまで
宮下公園の芝生広場での展示(屋外展示)
宮下公園の芝生広場の地面にペグなどを打ち込むのは不可
製作費の予算
リボンでブラインドを作る
一番最初に考えて、途中まで制作図まで書いた案になりまります。「公園に仮設的な祝祭の場を作る」「風景を取り込める背景を作る」という点はこの案の時に考えたもので、実際に作った案に踏襲しています。
祝祭や結婚式のイメージとして、白いリボンを使ったドレープを作り、それがブラインドのように風景を取り込みつつも写真の背景になるという案です。
最初に思いついたアイディアで、身近な人に相談して見せた時も反応が良かったので、1/10模型を作ったり、制作図を書いて、実際に制作を依頼する方に相談して詰めた案になります。
が…屋外展示での風の威力を舐めていました。1/2の模型を作って屋外に持っていったところ、風のせいで綺麗なドレープの形をキープするのが難しいことが判明しました。多少なびく程度かな…と思ったのですが、春は強風が吹く日が多いので、泣く泣く断念しました。
実際にイベント当日も風が強く、テンションがかかった毛糸でもそれなりに揺れていました。屋外の展示の難しさを痛感しました。
リボンドレープの案は結構気に入っており、模型もきれいでしたので、興味がある方はお声がけください!どこかで機会があれば(屋内で)リベンジしたいです!
その他にもスケッチレベルで色々考えました
ビッグファニチャーのような案や、公園で使うブルーシートを用いた案などいくつか考えましたが、公園性は大事にしたい気持ちはありつつ、一生に一度の結婚式としての非日常性や素敵さ、ロマンチックな感じは出したいと思ったので、これらの案はボツにしました。
最終案のスタディ・検討について
風が強くても展示ができるもので、結婚式としての祝祭性を持たせられるようにと考え、毛糸で紅白幕を作る案に最終的に落ち着きました。最終案に落ち着いた後も、そのアイディアをどう具体化し、制作できるようにするか、最終案のスタディ・検討をどのように進めたかを簡単にご紹介します。
模型でのスタディ
毛糸で紅白幕を作る案を思いついた後は、施工性などを考慮しつつ、実際の見え方を模型を使って検証しました。具体的には毛糸のピッチや太さを決めるためのスタディになります。
仮設の展示として重しをデザインする
今回は公園での展示で、会場の条件として地面に直接ベグなどを打つことができませんでした。大きなフレームを作り、さらに細かいピッチで毛糸を張っているので、強い風を受けると転倒の恐れがあります。
フレームの足元に石を置いて重しとすることで、フレームが転倒しないようにしました。また、フレームだけだと少し工業っぽさが強く、祝祭感が弱いので、庭を作るように石を置いて欲しいと思い、山中彬充環境造形に足元の造園を依頼しました。
石だけでなく、植栽も施してもらったことで、金属のフレームの無骨さや冷たさをなくして結婚式の祝祭感を出してもらうことができました。このように、仮設性という条件をあえて設計のデザインに盛り込むようにして作品を作りました。
搬出入と設営に関して考えたこと
フレーム自体はW3xH2.3mとなり、かつそのフレームを交差して運ぶとなると、大きなトラックが必要となります。フレームを組んだままで運ぶよりも、一度解体した方が運搬が楽になり、展示終了後の作品も保管しやすいと考えました。
フレームの横架材を外せるようにし、毛糸を柱につけたまま、簾のように丸めて運ぶようにし、コンパクトな状態で運べるようできました。
建築設計事務所は与条件をもとにあの手この手を考える
このように最終案に至るまでにあれやこれやと考え、方向性を定めた後も実際の条件と照らし合わせて案の精度を上げていきます。
建築設計事務所は一見制約とも思える与条件を読み解いて、最適な案であったり、面白い案を作ろうとします。建物の設計のみならず、展示の会場であったり、さらには展示そのものも設計・デザインできるので、まずは気軽に相談してもらえると嬉しいです。
ひとまず、「それはうちの仕事ではありません」と冷たい反応を返す建築設計事務所(ビルディングタイプで専門性を発揮している事務所など例外はあるかと思います)はあまりないように思います。割となんでもまずは面白がって話しを聞くひとが多いと思います(ひとまず私は話しを聞きたいです)。
建築設計事務所って意外と色々なことができるということを知ってもらい、少しでも身近な相談役として認知してもらえると嬉しいです。
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