小説『審判』
「これより審判を始める」
目の前の3人の男に向けて、特に感情を込めずに発する。彼らにとっては一度きりの機会でも、私にとっては流れ作業でしかない。
ここは、人間が死後に訪れる世界。
やって来た者に、罰を与えるか、極楽を与えるか。この審判をするのが私の仕事だ。
“天国行きか地獄行きかを決める場所”で裁きを下すため、私を神だと勘違いする輩も多い。しかし、残念ながら私は神ではない。
ここに来た者がどちらに行くかは既に決まっており、私はただ案内をするだけ。わかりやすく言えば、交通整備員でしかない。
手元にある冊子には、彼ら3人に与えられるものが既に記載されている。私は彼らに一言弁明を聞き、処遇を伝えるだけだ。
ため息が出そうになるが、喉元でグッとこらえる。審判を受ける者への威厳もあるので、あまり情けない姿は見せられない。
代わりに、大層な咳払いをして声を出す。
「ここは、君たちで言うところの死後の世界。これから君たちには、極楽を得るか、罰を与えられるかの審判を受けてもらう」
男たちに目をやる。私には何てことのない言葉でも、彼らには初めての経験だ。どんな見た目をしていても、どこか恐れを感じている様が見て取れる。
左にいる男は、いかにも悪さをしてきましたと言わんばかりの強面。貫禄はあるが、まだ30代も前半が良い所だろう。左目の下には大きな切り傷が残っており、真っ当な商売はしていないだろうなと一目でわかる。大体この手のタイプは罰を受けることが多い。
真ん中の男は、先ほどの彼とは逆をいくような外見をしている。人生に疲れ切った顔をしており、覇気が全く感じられない。50代にも見えるが、疲れで老けて見える30代でも不思議ではないだろう。薄くなった頭皮。明らかに気が弱そうで、人など殺せないタイプだ。
右の男には全くと言っていいほど特徴がない。齢は20代前半で、恐らく大学生であろう。シンプルな白シャツに身を包み、靴もそれほど凝っていない。一度会ったくらいでは、印象に残りづらい風貌をしている。こういう者に限って死に際は意外と壮絶なこともある。
そんなことを考えていると、ふと左の男が口を開いた。
「ここで天国に行くか地獄に行くかが決まるってわけか」
声が震えている様子はない。自身の行く先への覚悟はできているようだ
「そうだ。君たち3人の行く末はこれから発表する」
3人の息を飲む音が耳に届いた。一呼吸置いて続ける。
「君たちからは、なぜ死んだのかと、生前どのような人生を送っていたかを話してほしい」
建前上、このようにしているだけでこのやりとりに何の意味もない。書類のミスがないかをチェックするだけで、ここで何を言おうが処遇が変わることなどない。
私は、左にいる強面の男に目をやり、「まずは君から」と発言を促した
「何で死んだのか…。まあヤクザの抗争に巻き込まれただけだな。縄張り争いの最中に心臓をズドン。気づいたらここさ」
私は、彼のことがまとまっている書類に目を通す。
案の定、悪さしかしていない人生で、どう頑張ってもいわゆる天国へは行けないだろう。
何より、ここでのルールとして、“人を殺した者は、どんな善行を行っていても罰を与える”がある。これは絶対に揺るがない掟だ。
「人を殺したことがある時点で、残念ながら罰が与えられることは決定なんだ」
強面の男はがっかりするでもなく、そうだよねと言わんばかりに静かに肩を落とした。
「次に君」
私は隣の疲れ切った顔の男に声をかける。少し緊張気味な声で応じた。
「は、はい。私は生まれてこの方、悪いことなどせず、真面目に生きてきました。そのおかげで自分の会社を持つまでになったのですが、ちょっとしたミスから事業が傾いてしまいまして…」
一呼吸置いて言葉を続ける。
「このままでは社員も家族も路頭に迷わせてしまう。自分のせいで大切な人が不幸になるのは嫌でした。私が死ねば保険金でみんな助かる。そう思って会社のビルから飛び降りて死にました」
私は彼の生前の項目を読む。自分を犠牲にして人助け。
とても良い考え方ではあるが…。
「君も人を殺しているから罰を与えるよ」
特に何の思いも込めずに冷たく告げる。
「ちょっと待ってください! 私は人を殺したことなどありません! 自殺も人を殺したことになるんですか?」
そんなのあんまりだ。と言わんばかりの勢いだったが、私はその隙を与えなかった。
右にいる特徴のない男に声をかける。
「最後に君。君はなぜ死んだんだい?」
彼は隣にいる、疲れ切った顔の男を指してこう言った。
「僕は上から降ってきたこの人にぶつかって死にました」
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