統治の技術
アイキャッチは「デルフォイの神託(Oracle of Delphi)」より
民主主義について議論するためには、「何が意思か」だけに言及していても仕方がない。コロナ対策、経済政策、外交・安全保障、原発政策(エネルギー関連)、選択的夫婦別姓制度...など、論点は無限にあるが、表層の政治のみに拘っても意味がない。
それらに対して声をあげて、問題になったあとの「統治の問題」こそ考えなければならない。
それこそがミシェル・フーコーが提唱する「統治性(governability)」「統治術(art of governance)」という概念。
リベラルは「表層の政治」ばかり話していて、より一歩進んだ『統治の政治』について言及できていない。
いまリベラルは表層の政治についてばかり話していると言えませんか。「さまざまなマイノリティの苦しみや不満を表象しなければいけない」と言う課題をかかげていて、それは着々と実行されている。
でもそれで問題が解決するのかと言えば、けっしてそうは言えない
──そのときに、表象の政治とは別の、統治技術についての議論が必要になる
そもそも、民主主義における代表議員制の歴史が浅く、1860年代にジョン・スチュアート・ミル, ウォルター・バジョットらの議論からほとんど更新されていない。
現代のデジタル社会で、執行権を国民が直接チェックして、「良き統治」を保証する仕組みが必要。
そのための仕組みとして、デジタル民主主義のツールを紹介するのがいいかと思ったので、これを機に統治について考えて欲しい。
台湾でvTaiwanを使った統治
市民が普段思っていることを発信して、それに5,000人ぐらいから「いいね!」がついたら、立法課題になるシステムがある。台湾のvTaiwanを例に説明してみる。
市民が立法プロセスに参加できるようにする、「合意形成プラットフォーム」の1つ。台湾のシビックテックの団体: g0vが運営をしていて、いくつかのOSSツールを活用して成り立っている。
上記の画像は、vTaiwanを通してどう合意形成をしていくかを説明したもの。
このツールでは、市民の意見が立法課題になるだけではなく、執行権に対して問題提起したり、途中の働きをチェックしたりする仕組みが模索されている。
1. 提案ステージ
オフライン・オンラインの討論を通じてまず議題を決める。スライドの共有はslideshare、FAQ編集はTypeformを用いる。
2. 意見ステージ
取り上げられた議題に関して特定個人が意見を投稿し、投稿された意見に対し賛成・反対・パスの投票を行う。この過程でPol.isのAIが多様な意見を持つ個人を複数の意見グループに分けていく。そして特定の意見グループが提言に対し感じる懸念点や、重視するポイントが可視化される
3. 反映ステージ
この段階では意思決定者同士が対面で討論を行う。この討論の様子はライブ配信され、HackPadを用いて議事録が作成される。ライブ配信では誰でもチャットで参加する事ができるため、高いレベルで透明性が担保される。
4. 批准ステージ
一連の議論を経て政府によるガイドラインの制定、政策策定、政府アナウンスメントなどのアウトプットが図られる。多くの場合は議論の過程で可視化された論点を織り込んだ形で発表される。
累計ユーザー数として20万人ほどいるらしい(source)、すごい!
vTaiwanの中の1つのツールとして、Pol.isという合意形成の線引きをサポートするツールがある。
多数の参加者の意見がリアルタイムでレポートされて、どういった論点で多くの参加者の意見が近いのか、あるいは対立的なのかが分かる
https://note.com/tasaki_tomohiro/n/n8f0dd76ecd00
規制のサンドボックスのような役目を担うことがあり、実際に「台湾でUberをどう扱うか」のテーマで議論されたりした。
UberXの場合は、最低料金を値下げしてはならない、アプリベースのライドサービスは、路上ではなくアプリから派遣された乗客だけをピックアップしなければならない、などの議論がコンセンサスになった。
決定はその後、採用するか拒否するかを要求する政府機関に送られた。ここから、公務員は、特定のポリシーに勧告を翻訳し、明確化のために元の請願者に相談するためのオプションで、法的な実行可能性を検討した。
(このステップ、デジタルフィードバックをアナログの機関に移すことができる人間の層は、いくつかの成功したパブリックエンゲージメントプラットフォームに現れており、このようなプログラムを設定する際には念頭に置いておくべき重要な投資である)。
https://scrapbox.io/halsk/vTaiwan
合意形成の線引きに必要な、「対立している意見」と「合意が取れている意見」を区別することができる。
統治のためのデジタルツールは、他にもたくさんある。スペイン発のDecidimや、日本でもPoliPoliやCall4, Liquitousなどがそう。
その手法について言及せずに公約を掲げるのは、ポピュリズム的な手法ではないのだろうか。既存の民主主義の中で漸進的により良い方法を探っていくことは、リベラルの義務なのではないかと思う。
批判しながら手を動かす
既存の構造を相対化し、イデオロギーに基づいて再構築する。手を動かしながら批判することができるオピニオンリーダーがこの国にいない気がする。
vTaiwan
Taiwanのプロセスは2014年の台湾のひまわり抗議運動から生まれた。
この活動家コミュニティは、著名なハッカーであり、g0vコミュニティのメンバーでもあるAudrey Tangを、台湾の執行内閣のデジタル大臣に任命したことで、正式な権力を獲得した。
台湾政府の各省庁はvTaiwanプロセスを選択することができ、これまでに36件の協議が行われ、UberXの規制やアルコールのオンライン配信などをめぐる対立に対処してきた。
https://scrapbox.io/halsk/vTaiwan
台湾の「ひまわり運動」は、2014年に立法院(台湾の国会にあたる)を学生らが占拠したもの。中国との間の「サービス貿易協定」の白紙撤回を求めたのが発端らしい。(調べた)(source)
オピニオンリーダーがTwitterで「選挙行け」っていうだけじゃなくて、ちゃんとした人文学系の知識が必要。
「思想は仮説であり実装によって検証されなければならない」とドラッガーもポスト資本主義で言及している。
手を動かせるハッカーじゃないと台湾のような事例は起きないと思う。
CONSUL
vTaiwanに似たようなものとして、スペインの「CONSUL」という参加型立案のためのツールがある。
これも台湾の例と同じように、強い抗議運動から生まれたらしい。
CONSULは強い抗議運動から生まれた。2015年のマドリード市政選挙では、左翼政党が連立政権「アホラ・マドリード」を結成し、数十年ぶりに政権を獲得した。
この党自体は、ガネモス・マドリッドという開かれた参加型の運動によって作られたもので、より広範な市政主義のイデオロギーの一環として、直接の市民参加を運営し、それを提唱していた。
市政選挙の直後に行われたCONSULのプラットフォームは、同じ直接民主主義の支持者によって設計され、構築された。
彼らが政権を獲得したとき、デジタル公共参画プラットフォームは、前市長のマヌエラ・カルメナ氏をはじめとする自治体政府の公的支援を受け、他の数少ない市民技術プロジェクトとは一線を画すものとなった
https://scrapbox.io/halsk/CONSUL
この章の結論は、ちゃんとイデオロギーを持ちながら手を動かそうということになる。
俺が好きな落合陽一の脱構築論も引用
たとえばザハの建築をみると、「21世紀はどうすれば重力から自由になるか」というテーマに向き合っているように見えます。コンピュータが構造計算をしなくては絶対に建たないような建物がたくさんあるからです。コンピュータが建築家にとって何を可能にしたかというと、重力の支配を失くしたのです。それが最もインパクトがあったことです。実装が伴ったおかげで、思想が広がっているという順番だと思います。「重力から自由になれるでしょ」と言われても人は簡単に理解できません。でも、ザハが設計した訳の分からないフォルムの建築物が実際に建つことで、「ああ、そういうことなのか」と分かります。もちろん物は浮きませんが、われわれが頭の中で制約的にある「危なそうな構造」というものの意味はなくなるわけです。今は、子どもが建物を描くと底面の方が広い絵をきっと描くでしょうが、そのうち逆三角形や、とんでもない形の建物を子供が描いて、それが実現する時代が来ます。思想として「重力から解放する」と言われても、子どもはタンジブルにイメージできませんが、物が持つ力、実装が持つ力は、決定的に大きいのです
── これからはものづくりをする人間がマルクスやニーチェを読んでいて当然です。そのうえで彼らをどう踏み越えるかを言えてこそ、初めてバリューがあるといえます。
https://www.procommit.co.jp/mitou/ochiai-yoichi
それでも、既存の仕組みだと「選挙にいきましょう」になってしまう
長々と「現状の民主主義における統治について」「台湾の統治の仕組み(vTaiwan)」「もっと知性を」と書いてきたが、現状の日本で出来ることとしては選挙に行くぐらいしかない気がする。
「穏便な革命は『政治』である」とフランス革命についての省察でエドマンド・バーグが語ったように、革命を起こす必要はなく、愚直に政治をやっていくことがリベラルにこそ必要なのである。
現行では間接民主主義なのが日本なのだから、それに乗らないという選択肢はないという感じの結びになってしまう。
それでも選挙にいきましょう!
参考文献
以下のフォーマットで記載
{タイトル} - {著者}
{URL} ({筆者の最終アクセス日})
訂正可能性の哲学、あるいは新しい公共性について(ゲンロン12) - 東浩紀
https://genron-alpha.com/gb064_01/ (2021/10/24)
統治術・統治性 - 池田光穂
cscd.osaka-u.ac.jp/user/rosaldo/030814govern.html (2021/10/24)
台湾政府の合意形成プラットフォームvTaiwanについて - Atsuya Suzuki
https://note.com/a28szk/n/n0c23db878c48 (2021/10/24)
CONSUL - hal sk
https://scrapbox.io/halsk/CONSUL (2021/10/24)
台湾のデジタル民主主義でも使われたプラットフォームPol.isを使ってみた(Pol.isのマニュアル)- 田崎智宏
https://note.com/tasaki_tomohiro/n/n8f0dd76ecd00 (2021/10/24)
ポスト資本主義社会 - ドラッガー
https://www.amazon.co.jp/%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC%E5%90%8D%E8%91%97%E9%9B%868-%E3%83%9D%E3%82%B9%E3%83%88%E8%B3%87%E6%9C%AC%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E7%A4%BE%E4%BC%9A-P%E3%83%BBF%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC/dp/447800210X (2021/10/24)
実装なき思想は、もう要らない。 - 落合陽一
https://www.procommit.co.jp/mitou/ochiai-yoichi (2021/10/24)
実装によって新しいモデルを考える - bluemo
https://scrapbox.io/blu3mo/%E5%AE%9F%E8%A3%85%E3%81%AB%E3%82%88%E3%81%A3%E3%81%A6%E6%96%B0%E3%81%97%E3%81%84%E3%83%A2%E3%83%87%E3%83%AB%E3%82%92%E8%80%83%E3%81%88%E3%82%8B (2021/10/24)
芸術作品と社会の双対性を目指して - EKRITS
https://ekrits.jp/2018/08/2725/ (2021/10/24)
瀧本哲史ゲリラナイト - doourhomework
https://note.com/doourhomework/n/nffddaff5796f (2021/10/24)