「過去は変えられる」 卒業文集より
「過去は変えられる」
この僕をかなりの間、悩ませた言葉。
「そんな事があってたまるか、過去はいつだって変わらない。あの過去を、背負って生きていくしか無いんだ。」
「絶対に変わらない『過去』があるから逃げて、すがって生きてきた。」
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ある土曜日の夜、僕は自転車に乗っていた。長いようで短く感じた中学校生活3年間。
もう1週間も経てば公立受験。既に私立高校に進路が決まっていた僕は、通う意味のわからない塾に通っている。その塾の帰り。
突然、視界が反転した。何も出来なかった。浮いた。その一瞬で思ったのは、「自転車乗ってたらコケた。しかもひとりで。」
何の対策も取れずに、真っ黒で硬い、冬の道路に打ち付けられた。
何を15歳になって、ひとりでコケてるんだ。「早く帰ろう、誰にも見られなかっただけマシだ。」と思いながら自転車を起こす。
明らかに右足が痛い。
僕は骨折なんて、生まれて1度もしたことは無かったけど、即座に分かった。
「足が折れた」と。
もちろん、自転車には乗れず押して帰った。
冬の寒い風に当たりながら「なんで僕なんだ。他の人でも良かっただろう。」「なんでこの時期なんだ、春からサッカーも忙しくなるのに。」と、やり場のない思いが溢れた。半分は泣いていたのかもしれない。
次の日、親に連れられて街の大きな病院に行った。数枚のレントゲンを撮り、ぼっと、たくさんの体の何処かが悪い沢山の人達を見ていたら、「骨折ですね、1ヶ月は安静にしていて下さい。」と告げられ、次回の来院が決まった。
人生初の骨折で、足が自由に使えない僕はお風呂に入っていたときクラスの女の子が言っていた、ある話を思い出した。曇ったお風呂の鏡のように、ぼんやりと。
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昔、ある小さい男の子居たんだ。少年はお母さんに「犬を見たら逃げちゃだめだよ、犬が興奮して噛んじゃうからね。」と普段から教えられていた。
何日か経った日、少年は友達二人と公園で遊んでいた。いつものように、すぐにどこかへ転がっていくボールを探していたら、草むらから犬が飛び出してきた。友達二人はすぐに走って逃げたが、彼は逃げなかった。
母親の教えを守っていたのだ。
間もなく、犬は少年の足元に噛みつき、去った。
噛まれた少年は激痛が走ったことで、泣きわめいた。
どこに行くにも一緒だった二人の友だちは声の届かない遠くに逃げてみたいだ。
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ここまでを聞くと、『母親の教えを守った少年は、犬に噛まれた』
本当にこれだけだ。友達はすぐに逃げたのに、自分は噛まれた。
あの時に聞かされた、母親の教えを守っていたからだ。
しかし、話には続きがあった。
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ある女の人が泣きわめく彼を見て、救急車を呼び、病院まで付き添った。
そこからの出会いで気が合い、『結婚』。
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ここで物語は終わりだった、よくありそうなハッピーエンド。
最初に出てきた、クラスの女の子の話はまだ終わらない。得意げに笑いながら問いかけられた衝撃的な言葉。
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「大人になった少年の『今』が幸せなものなら間違いなく、『愉快な出会い』だろう。
じゃあ、その反対。胸を張って答えられなかったら?」
母親の馬鹿な教えのせいで犬に噛まれ、しまいにはこんな妻か、、。
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気付いた人も居るかもしれない。
「過去は変えられる」に込めた意味を。
現状に対して幸せを感じられることが出来たのなら、過去も良いものになり。感じることが出来ないのなら、過去が占める割合は「後悔」のほうが多くなる。
「たかぎ、分かったかな?説明いる?」と僕の顔を覗き込む彼女は、いつもより楽しそうだった。
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