「無敵の人」のクレーマーに会った話
「無敵の人」という言葉を知っている人もかなり多くなってきたと思う。生活困窮者が昨今のコロナウイルスの影響で溢れ、ネットでも多くの「無敵の人」のニュースが流れる世の中でも、私は「無敵の人」をこの目でどのようなものか見た事が無かった。しかし先日私の対応したクレーマーが「無敵の人」であったためここに出来事を記そうと思う。
まず事の発端として会社のポイントカードの登録をしていないというところからはじまった。以前登録したのにまだ登録されていないという男からの電話が入り、それに対応した。普通のお客様であれば登録の方法を一から教え、こちらの非礼を詫び、せめてもの償いとして登録を確実に早急にさせていただくという対応をして終わりとなる。だがその男はこちらまで今から向かうと言い、本当に現れた。紺の半袖シャツ、若干黒ずんだ赤紫の短パンを履き、ながい無精髭を蓄えた男だった。その見た目と男の口から漂う酒の匂いから、私は普通の人間ではないと判断せざるを得なかった。
それが2日前の話である。その時はその場に私しかいなかったためまず以前の非礼を詫び、登録の方法から説明しようとした。しかし永延と過去の話をするため登録のところまで話が進まず、かつ横柄な態度で怒鳴り散らす。このままでは永遠に解決できないと思った私は登録を全て自分で行う事にした。名前を聞き、住所を聞き、電話番号を聞き、それを全て自分で登録用紙に記入して本部に提出すると言った。しかしその男は納得しなかった。こちらとしては現状これ以上の対応はできないので「では、どうさせていただきましょうか?」と具体案を出させる方向に出た。大概のクレーマーはこれを出すと自分で考えろ!と思考放棄するか言葉に詰まるかの2択になるからだ。案の定具体案を出さず過去に使用した履歴が、過去にこれだけ利用をしている、という自己語りになったためある程度発散させてから「どうさせていただくこともできないですね」と案内し、帰ってもらった。登録さえ終わればある程度解決はするだろうと思っていたので、登録が終われば本部から電話をかけるようにすると案内もした。
しかしここでは話が終わらなかった。2日後の深夜1時ごろ電話があり、まだ登録できていないと夜間担当者から連絡があった。私は話を早急に終わらせるため本部に行く用事のついでに登録が終わった後早急に電話するようにお願いをした。これで電話で再度案内をすれば多少長くなったが対応は終わる、そう思っていた。しかし、本部から帰ったその時、喫煙所に「無敵の人」がいるのを目にし、ゾッとした。格好も前日と特に変わらず、ドン・キホーテに現れる不良のような座り方で上司と話していた。なぜここまで行動ができるのか理解できなかった。私が不在のためそれまでは上司に対応してもらっていたが、ある程度話がわかっているため私が対応する事となった。本部に先程行ったため登録を早めさせるようにお願いした旨を伝え、再度連絡を待つように伝えても、話はまた過去の話、自分の利用の履歴の話を永延と繰り返す。その様子を見ていた上司が埒が開かないと判断し、私を下がらせ自らの名刺を渡し追い返してくれた。これでもう現れる事はないだろうと思い笑い話程度で上司とも談笑していた。
しかし事態は終わらなかった。今度は本部のカスタマーセンターに電話が入り、迎えに来いと要求してきたと夕方に連絡が入った。私は電話で冗談半分に笑いながら対応はせずこのままだろうな、と思っていた。しかしカスタマーセンターは対応を終わらせるため直接話をする方向で事態を進めた。そのためカスタマーセンターの人間が向かうまで私が直接その男がいる場に向かい、第一対応を済ませるという事になった。私は「こいつに何を話しても多分なんも影響が無いし多分ただ人間と話をしたいだけだろうな」‥そう思ったため、これ以上の対応は無いしどうせならありったけ別の話をして顕示欲を満足させて謝罪して終わらせようと考えた。
待ち合わせ場所で出会ってからまず電話が無かったと怒りをぶつけられた。そのため携帯の履歴を確認させてくださいと言い履歴を見たところ、会社の電話番号のすぐ下に「いのちの電話」の文字が見えた。その時点でかなりゾッとしたのだが、好奇心に負け様々な話をした。仕事で滋賀に行っている、仕事はスキー場でコック長をしており1日カレーを1200皿出している、子どもの頃からうちの会社を利用していた‥など本当かどうかもわからない話がどんどん出てきはじめた。そして自分がどれだけうちの会社に対してお金を使ったかというのを見せたいのか、財布の中にある領収書と財布の中身も見せてきた‥が財布の中には一銭もお金がなかった。その後何度も「今日もう0円しかない」「銀行に行っても預金にお金が無い」‥本当に恐ろしかった。この男は普段本当は何をして生きているのだろう、その疑問がずっと頭から離れなかった。その後話をするも職業も「福祉の仕事」「引っ越し業者」とコロコロ変わっていき、何が本当で何が虚言なのかも全くわからない。このあたりで私はこの男は「無敵の人」であると確信を持った。
結局カスタマーセンターの人間が対応をしても事態は一向に進まなかった。「金がない」「ここからどうやって帰ればいい」そんな子どものような事を赤の他人である私達に喚いて止まない。そのためカスタマーセンターの上司が乗ってきた車で家まで送り、対応終了する方向で話を進めた。お送りして対応としてはようやく終わり‥と思ったが「家に来い」そう言ってきた。
普段であれば絶対に断るだろうがその時の私は好奇心の方が勝ってしまい、カスタマーセンターの上司が車から降りるより先に「無敵の人」についていった。なぜ家に来てほしかったかというと「今までの領収書があるから」らしく、完全に領収書を見せられても無駄なのだが‥とりあえず領収書を出させる事にした。「無敵の人」がドアを開いた。ドアを開くと玄関の前でサラダ油が出迎えてくれた。全体的に乱雑な置き方で物が置いてあった。放り投げられたリトルグリーンメンのクッションも目につき、あまりのミスマッチになんともしがたい違和感が襲いかかる。結局中には入らず領収書を見せられても何も出来ることがないので「これ以上の対応はございません」ときっぱり言い返しその場をあとにしたのだが‥。
帰ってからはまだ話のネタにしよう‥くらいに思っていたが一晩経ってゾッとする感情の方が大きくなってきた。あれは何度も選択を間違え、人に見放されてきた未来の私の可能性なのではないか、そんな考えがふとよぎった。私は正直部屋が片付けられない。一歩間違えれば「無敵の人」と同じくらい何とも言えない感情がこみ上げる部屋になると思う‥そんな類似点を見つけてしまったため余計に考えるようになってしまった。人間誰しもが抱える自己顕示欲、誰かと話をしたいと思う欲、これが満たされなければ誰しもあのような言葉が通じず、虚な言葉を話し、最後には1人で死んでしまう‥そんな人間が生まれてしまう、そんな結論にいたり恐ろしくなった。カスタマーセンターの人間が強く言葉を発したとき何度も「首をつれっていうことか」‥そんな言葉を発していた。誰とも関わっていない人間は死を待つのみであると、そんな事実を私に突きつけているような気がして恐ろしくてたまらない。
私は、そんな感情を忘れないためにこの文章を書いた。私の人生、この文章を読んだ方の人生、そしてあの「無敵の人」の行く先が少しでも良き出会いに恵まれ、いずれ訪れる死が少しでも幸せである事を微かに願うばかりである。
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