Stairway to heaven
1.経緯
2021年の10月某日、夏からトライを重ねていた「エクセレントパワー」を登った。
トライをする間、最後のレストポイントから左側に見えるRCCボルトと、5.13後半はあるんじゃないか?と思わされる綺麗なスラブがずっと気になっていた。僕は勝手に、「きっとこれがペタシマン(5.14a)だ」と思っていた。
堀さんの「ここにはたしか、5.12くらいのルートがあったような・・・」の一言でトポを確認し、「Stairway to heaven(5.12a)」と出会った。
「Stairway to heaven」は、1986年8月24日に山下勝弘さんによって初登された。『岩と雪』120号では“この岩頭の心臓部ともいうべき部分をつらぬくダイナミックなライン”と紹介されている。同時期には「エクセレントパワー(ロッキーロード、シルクロード)」や「ブルースパワー」といった、今も人気のルートが連続して開拓されており、ボルトの高難度ルートが一気に生まれたタイミングであった。実際にマラ岩のルートの中でも、ボルダーの「ヴィクター岩」側から見えるのは、このルートと「Pass it on(5.14+R)」のみであり、その露出感は素晴らしいものだった。ーカッコいいルートを登りたい。でっかいものは、カッコいい。岩頭に出られるなら最高。そんなクライミングスタイルの僕にとって、放っておけないルートだった。
半年強の間スラブを練習しつつ、御前岩や二子山のシーズンを過ごすなか、ずっと頭の片隅にあったこのルート。
安全に、かつ自分が納得できる形で登るにはどうすればいいのか?約30年前に打たれたきりのRCCボルトのリボルトは必至と思われたが、まずはオリジナルのボルト位置で登ることに決めた。初の対峙となった2021年6月5日、FIXロープに結び目を作り、各ボルトのクイックドローと繋げてバックアップを取ることにした僕は、作業を終えて困惑した。事前に得た情報よりも、実際のボルト数が多いのだ。また、オリジナルでは全てRCCボルトのはずだが、実際には8㎜カットアンカーやリングボルトが打ち足されており、どれが初登時の位置なのかもわからない。トポによるとボルトは7本のはずだが、あとで数えると合わせて9本のボルトが埋設されていた。
このルートをトライしている人を見たことがないし、登られた形跡もない。その上誰がいつ打ったのかわからない、錆びたカットアンカーやリングボルトが混在する上に、初めての5.12のスラブでランナウトを伴う・・・この困惑した状態では、集中したトライなど自分にはできそうにない。一度設置したFIXロープだったが、この日はトライすらせずに回収し、どうしたらいいのかわからないまま小川山を後にした。
その後堀さんに相談し、初登者である山下さんに連絡してリボルトをさせていただく承諾を得たうえで、登る前にリボルトを行うことにした。またその際にボルト位置をより適切と判断する位置があれば、変更する許可も頂いた。
ここで、もう一つ考えなければならない点が生まれた。最近は5.12‐くらいのルートがオンサイトできる機会が増えている僕は、このルートをオンサイトトライしたい気持ちに駆られていた。FIXロープでバックアップを取った際に多少見えてしまった内容は置いておくとして、ボルト位置を検討するとなると、一度はトップロープなどでぶら下がって、クリップ位置を検討する必要が生じる。
この素晴らしいルートを復活させたい。
けど後にトライする誰かのためにオンサイトトライの権利を失うの?
再び悩んだ。しかしこのルートを見つけて、登ること、リボルトすることを決めた中で最も大切な要素は、“自分自身が今の実力で安全に登ること”・“人に登られず、JFAのリボルトからも漏れてしまったこの素敵なルートを復活させること”であり、オンサイトトライは後から出たちょっとした欲だ。なんなら雰囲気やクリップする体勢がわかったところで、オンサイト気分は味わえるだろう。それが厳密にオンサイトなのかは別で、十分楽しめるし納得できるはず。ということで、先にリボルトを行うことにした。
2.リボルト作業
2022年6月13日、リボルトを行った。「レギュラー」を登ってFIXを張り、懸垂下降をしながら大体のボルト位置を決め、マーキングをした。その後トップロープでゴボウ登りしながら、その位置でクリップできるか、ランアウトが過ぎないかを確認した。
そして、ボルト埋設。「エクセレントパワー」の終了点から張ったFIXを、初めてユマールし、「Stairway to heaven」のための終了点で、初めてのハンマードリル・・・と思いきや、ボルトの入ったバケツを忘れてきた堀さん。嘘でしょ。
ユマール練習を兼ねて(ってことにして)約50mのユマール2回目。もう、緩傾斜のユマールは任せろって感じだ。堀さんは岩頭でボブ・ディランを聴きながら気持ちよさそうに僕の動画を撮っていた。「レギュラー」を登ってきたクライマーをびっくりさせつつ、音楽のセンスを褒められたりしながら。(Stairway to heavenはツェッペリンだけどね!!)
今度こそボルト埋設。「Stairway to heaven」は、「エクセレントパワー」と終了点を共有していたが、新たに専用の終了点を埋め込む。当時どう登られたのか不明瞭だったが、右隣にある「エクセレントパワー(ロッキーロード)」のレストポイントであるフレークで合流し、一部ホールドを共有した後、右上せず独立して左上(ほぼ直直上)できそうだった。僕はこのラインを登るべきと考え、終了点直前のボルトはできるだけ左側に打った。なんなら、「エクセレントパワー」や「ロッキーロード」のレストポイントからクリップする右側のボルトすら、使いたくなくなるように。
僕を困惑させたボルト達を抜いていないが(現在は古いボルトをすべて撤去済み)、新しいボルトの埋設は完了した。10時ごろマラ岩に到着してから作業を終えた17時ごろまで、「レギュラー」を登ってから一度、30分ほど休憩する以外はずっと壁の中に居た。疲れ果て、その日は終了した。
2022年6月20日、ついに訪れた1トライ目。強い想いのこもった一登は、後に分かる核心よりだいぶ前に、ちゃんとフォールした。先にリボルトしておいてよかった。
この日から、初めての5.12のスラブと、ランナウトへの挑戦が始まった。「当時のみなさん、スラブ上手すぎません?「エクセレントパワー」より難しく感じるんですけど??」未だに感じている、一貫した感想である。
少なくとも現時点では、クイックドローのカラビナからロープが外れたり、ランアウトによりフォール時に大きな怪我をするといった事象は起きていない。完登も2人、見届けた。よかった。ボルトを埋設するって、こんなにドキドキするんだな。そして改めて、他人を危険にさらす可能性があるということを実感し、自身が行った数々の選択に安堵した。
3.リボルトという作業と、エリアやルートの保全について
今回僕は、ルートの復活と、自分が登ることを目的にリボルトを行った。全体の工程を通して感じた感想は、①なんて大変な(めんどくさい)作業なんだ、 ②だからこそ、悩んで葛藤したからこそ充実した、楽しい経験をできた、③素晴らしいルートを復活させることができ、自分のようなイチクライマーでもクライマーのコミュニティに少しでも貢献できることがあったんだなという発見、である。
クライミングは他人のためになる行為ではない。サッカーや野球のように、スポーツとして市民権を得てもいない。所謂マイナースポーツであり、ましてや岩場でのクライミングなんて危険でこそあれ、社会に対して意味はない(なんならマイナス?)。そんな遊びに面白さを感じることができた自分達だからこそ、その環境は自分達で作り、維持していかなければならないと感じている。
岩場の環境保全を事業として行ってくれているのがJFAであり、迅速に危険要素を取り払う、日々の活動には頭が下がる。同時に、奥多摩や小鹿野、日之影といったエリアでは、地元のクライマーたちがエリア維持のための活動を独自に行っている。JFAのように迅速に大規模な活動可能な機関があり、一方でエリアや初登者の意向を汲んだ根を張った活動ができる各地方の団体があるおかげで、僕は目標とするルートにトライできていると常々感じている。では、今の僕にできることはなんだろう?今回のように、自身が登りたいと思ったルートを自分の手で復活させるなんてことは、そう簡単にできない・・・。けれど、例えば事故が起こらないよう終了点の錆びたカラビナを交換するとか、危ないボルトを報告するといった小さな行動ならば誰にでもできる。
自分の登りたい場所やルートは自分で維持していく、その上でちょっとだけ想像力が膨らむと、こんなにもワクワクしたり、貴重な経験ができたりする。クライミングって最高だなぁと改めて思うことができた。
小さくてもいいから、自分たちにできることをしていければいい。小さなことの積み重ねに意味がある。
4.Stairway to heavenについて
このルートは基本的にボルトルートで、終了点から60mのロープでホリデーの終了点までダブルロープでの懸垂下降が可能です。クイックドロー回収の為にATCなどを持参の上、必ず両側の末端処理をしてください。トライする上では、自身の実力や度胸に合わせてトライの仕方を工夫できる、そういう意味でも素晴らしいルートであると感じています。マラ岩東面から登って懸垂下降することで、ルートの全貌を知ることができ、事前にクイックドローを掛けたり、リハーサルをすることすらできます。実際僕は、毎回「レギュラー」を登ってクイックドローを掛け、必要な箇所にチョークを載せてからトライしていました。ビレイヤーに「ホリデー」の終了点でハンギングビレイしてもらえば、トップロープでのトライも可能です。自身の能力に合わせてリスクヘッジができ、尚且つ冒険的なマスターオンサイトでのトライも可能。唯一、「スキゾフレニー」の終了点から続くクラックは、キャメロット0.4、0.3を使うことで、万が一下部に埋まった木に落下することを防ぐことができるため、リードでのオンサイトトライにはカムを持っていくことをお勧めします。“大空間を背に岩頭まで抜ける”と『フロンティアスピリッツ』の小川山トポに紹介された最高のルートを、一人でも多くのクライマーに登っていただけたらと考えています。空に向かってゆくにつれ、一手ごとに自分が解放されていくかのような感覚を、ぜひ味わっていただきたい。
5.最後に
リボルトの作業に関して一から十まで教えてくださった堀さん、この素晴らしいルートを初登し、リボルトを快諾してくださった山下さんをはじめ、応援、ビレイをしてくださった皆さんに、心より感謝致します。本当にありがとうございました。今後とも、このような心震えるルートに出会った際は、ご協力をお願いします。