パリ左岸のリトグラフ工房
r1969年に行われたムンク展のポスターを刷ったモンパルナスのムルロ工房 (現イデム工房) に実は以前訪れたことがある。入り口から入ってすぐ、いくつもの石版が立てかけられた壁の隙間に、経年で黄色くなった見覚えのあるムンクのポスターを思いがけなく見つけた時、「やっぱりここで刷られたんだなぁ」という思いがこみ上げてきて涙が出そうになった。
フランソワ・ムルロが1852年にパリに創業したムルロは、商業版画や壁紙を扱う小さな個人店「Mourlot Studios」としてスタート。やがて息子が経営を取り仕切るようになると挿画本などで経営が拡大し、さらに3代目のフェルナン・ムルロの時代にリトグラフの制作工房へと一本化し「ムルロ工房」が誕生した。マティス、ピカソ、シャガール、ミロ、ブラック、レジェなどを次々と工房に招き、この工房で制作されたリトグラフの質の高さに彼らは一様に驚愕し、シャルル・ソルリエという天才版画職人とのコラボによって数々のリトグラフ作品を生み出す場となっていった。
マティスの『JAZZ』を出したことでも知られる出版者のテリアードが38年間も継続して発行し続けた高級美術雑誌『ヴェルヴ』もこの工房で制作した一級品のリトグラフを毎号の付録としていたはずだが、工房の名前もオーナーも変わった今でも世界中からのオーダーを受けながら、100年以上も前から変わらない手法で日々プレスを回し続けているというなんとも凄い工房なのだ。