嘉之助蒸溜所へのディアジオの出資の意味とは
◼️はじめに
ジョニーウォーカーやタリスカー、ラガブーリンなど、我々になじみの深いウイスキーブランドを多数抱えるアルコール飲料業界の巨頭、イギリスのDiageo(ディアジオ)が、自社のコーポレートベンチャーキャピタルであるDistill Ventures(ディスティル・ベンチャーズ)を通じて嘉之助蒸溜所に出資を行うことが発表された。
嘉之助蒸溜所の将来の業績によってはDiageoが50%までの株式を取得でき、ジョイントベンチャーとできるオプションを保有している模様。出資額は非公表。
これが嘉之助蒸溜所にとって何を意味しているのか、考えてみた。
(特段の記述がない限り、すべて公開情報をもとに私見に基づき書いております)
◼️DiageoとDistill Venturesの関係
まず初めに、DiageoとDistill Venturesの関係をおさらいしておこう。
Distill Venturesは、2013年にDiageoの全額出資によって設立された飲料業界初のコーポレートベンチャーキャピタル。飲料のエクスパートを世界中に抱えるDiageoとはパートナーシップを結んでいるものの、完全に独立した経営を行なっているとされる。Diageoの既存のビジネスポートフォリオの延長線上にはない新たな事業機会を捉えるため、Diageoの事業分野とシナジーを生む可能性のあるアルコール・ノンアルコール飲料のベンチャー企業を中心に投資を行う。
単純に資金や資本を提供するだけではなく、飲料スタートアップ企業の創業者に、Diageoの力も使って、新規ブランドの立ち上げ、事業計画づくり、業界分析の提供、ブランディング、グローバルな販路の拡大、商品開発協力などを支援する。
Distill Venturesはこれまでにデンマークのウイスキー「Stauning」、オーストラリアのワイン樽のみを使って熟成したウイスキーを造る「Starward」、アメリカンシングルモルトウイスキーのパイオニア「Westward Whisky」などに少数株主としてのマイノリティ投資を行なってきた。
この投資ポートフォリオの仲間に、嘉之助蒸溜所が新たに加わり、間接的にDiageoからマイノリティ出資を受けることになったわけだ。
◼️最大のメリットは来年にも発表になる嘉之助蒸溜所の看板商品の開発協力
まず嘉之助蒸溜所にとって、今回の出資の最大のメリットは、今後販売されるフラッグシップとなるウイスキーの商品開発・販売・マーケティングにおいてDiageoの協力が得られること。
嘉之助蒸溜所は2017年に設立された蒸溜所で、蒸溜所初のウイスキー、「嘉之助 2021 First Edition」をようやく今年6月限定販売したばかり。そして2022年には、嘉之助蒸溜所の将来を大きく左右する、いわゆる定番商品、看板商品となるシングルモルトウイスキーがリリースされる予定。
サントリーでいうところの山崎や白州、ニッカの余市や宮城峡といった、会社の顔となる銘柄だ。
ウイスキーづくりを始めて数年の嘉之助蒸溜所にとってのこの極めて重要な商品開発に当たって、世界でも最大手のウイスキー生産者の一つであり、タリスカー、ラガブーリンなどの名だたるウイスキーブランドを傘下に抱え、長い歴史とノウハウを持つDiageoの協力が得られるというのは非常に大きなメリットのはずだ。
嘉之助蒸溜所の原酒だけで造られるシングルモルトウイスキーだけでなく、スコットランド産のウイスキーとのブレンディッド・バッティッドのウイスキーづくりなど、今後の商品の幅が大きく広がる可能性もある。
Diageoにとっては日本のウイスキー生産者への初めての出資となり、ディアジオジャパン株式会社のカイリー・ウォールブリッジ代表取締役社長が、嘉之助蒸溜所の取締役として経営に参画する。利益相反もあるので、Diageoがすぐに別のジャパニーズウイスキー生産者にも出資するかどうかはわからないものの、今後日本の別のブランドにも出資すれば蒸留所間での原酒の交換も可能になり、より興味深いジャパニーズブレンディッドウイスキーが生まれる可能性もある。
◼️海外を含む販路の拡大
出資のニュースが出た時点で、嘉之助蒸溜所のウイスキーのクオリティについてはDiageoの折り紙付きであることが世界に向けて発信されている。それに加え、世界中のどこのバーや酒屋でも、タンカレーやギネス、ジョニーウォーカーなどのDiageoの酒は必ず置いてあるといっても過言ではないぐらいの会社。したがって、今後の嘉之助ウイスキーの国内・海外への販路の拡大、幅広い顧客への販売強化やブランド力の強化が期待される。
日本でのローカルなホワイトスピリッツである焼酎では世界に出ていくのは簡単ではないが、140年近い焼酎造りで培った蒸留酒作りのノウハウをグローバルなプロダクトであるウイスキー造りに活かして、鹿児島から焼酎の魂をウイスキーという乗り物に乗せて世界に向けて展開していく、と小正社長に以前お話を伺った。その夢の実現にはDiageo以上の理想のパートナーはいないだろう。
◼️息の長いウイスキーづくりを支える財務体質の強化
さらには嘉之助蒸溜所の財務体質の強化というメリットもある。
親会社の小正醸造の第67期決算公告を見ると、コロナ禍のせいもあってか2020年6月期の純利益は4億8800万円の赤字。利益剰余金、すなわちこれまでの会社の儲けの積み上げは15.9億円あるが、仮に先期同様の赤字が続くと3年ほどで債務超過にになってしまう。
ウイスキーづくりは熟成が重要なため、蒸留してから瓶詰めして売れるまでに時間がかかり、ビジネスの立ち上げ時にはお金がどんどん手元から出て行ってしまうビジネス。寒暖の差が大きく、熟成がスコットランドよりも2倍近く早く進むとされる鹿児島で生産されているため、投資回収は通常のウイスキー生産者よりも早く行えるものの、Diageoからの出資で資本が強化され、長期的な視野で生産・販売出来るようになるというのは心強いニュース。
将来、15年・20年熟成といった長熟ウイスキーを造るために使われるはずの貴重な原酒を、資金繰りのために3年後にあわてて売ったりする必要がないというのは素晴らしいことだ。
ざっくり計算してみよう。読売新聞の記事では、嘉之助蒸溜所のウイスキー生産量は年約17万リットルとされている。仮に2017年の設立から4年たち、すでに35万リットルが在庫となっているとする。1本700mlのボトル(それもカスクストレングス)に換算すると50万本。ボトル1本の売値が1万円として計算すると、在庫だけの評価で50億円、1本1万5千円とすると75億円の価値があるということになる。嘉之助2021 First Editionが13570円で完売したことを考えると、非現実的な数字ではない。
出資にあたっては、8月に嘉之助蒸溜所におけるウイスキー製造事業が小正醸造から分社化されて、小正嘉之助蒸溜所株式会社が誕生し、小正醸造の4代目社長だった小正芳嗣氏が社長に就任し、芳嗣氏の弟である小正倫久氏が、小正醸造の5代目社長となった。
Distill Ventures経由でのDiageoの出資額・出資比率は公表されていないものの、これまでのところ15社を超える会社に1億ポンド(150億円)を超える出資を行ったとされている。小正嘉之助蒸溜所株式会社への出資が10-15億円程度だったとしても驚かない。
ただしウイスキー製造を行う嘉之助蒸溜所が、小正醸造から分社化された後も、親会社の小正醸造が最大株主であり続ける。当然Diageoからの出資額より出資は多い。小正醸造のバランスシート上の株主資本は16億円程度なので、樽をまとめてDiageoに売却してそれを出資金に充てたり、ウイスキーのカスクや製造設備の現物出資を行なっているのかもしれない。
出資後も蒸溜所の独立性は担保されていて、製造・販売などの態勢も変わらないそうだ。
◼️最後に
嘉之助蒸溜所は、今回締結されたDiageoとのパートナーシップにより、製造・販売・マーケティングにおいてDiageoの支援を受けられるようになり、日本の他の新しいウイスキー蒸溜所と明確な差別化が図られた。
小正芳嗣社長の「日本の蒸留酒である焼酎造りを原点に、世界の蒸留酒であるウイスキーという舞台で戦っていく」という夢が、一歩現実に近づいたことになる。
焼酎造りを通した長い蒸溜酒造りの歴史を持つ、日本の南九州発のウイスキーが、世界中のウイスキーファンに注目され、愛されるようになる痛快なストーリーを、ぜひ近いうちにこの目で見てみたい。
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