ウイスキーを客の目の前で小瓶に詰めて売る「量り売り」の法律上の取り扱い
はじめに
最近ウイスキーの「量り売り」、つまりボトルを少量の容器に詰め替えて売るお酒屋さんやバーが増えてきているような気がします。
いきなり何万円もするボトルを試しもせずに買うのはしんどい、という消費者側のニーズと、高額なボトルを在庫に抱えるのはしんどい、というお店側のニーズがうまく合致していたのがその理由ではないかと思いますが、実はお酒の「量り売り」(法律上は「詰め替え」)には細かくて厳しい酒税法上の縛りが存在します。
お酒に関する法律が細かくて厳しい歴史的な理由
お酒を売るのにも免許がいる上に、「詰め替え」に関しても細かい決まりがありますが、そもそもなんでこんなに酒に関する法律は細かくて厳しいのでしょうか。
それには歴史的な背景があります。
1894年(明治27年)の日清戦争以降、軍備の拡張が進み、さらに殖産興業のスローガンのもと八幡製鉄所をはじめとする官営企業への財政支出が増えたため、国の財政が逼迫し、酒税が3度にわたって増税されました。
その結果、明治32年には酒税が国税に占める割合が地租を抜いて第一位になりました。明治35年、国の税金のうち、酒税が占める割合はなんと42.2%まで増大。
現在一般会計税収に占める消費税の割合が23.4%、所得税が21.0%で合計43.4%ですから、当時どれだけ酒税が国にとって重要だったかがわかるというものです。
増税の結果、酒の値段が上がり密造が増加したため、取り締まりが強化されました。
酒税は当時国の収入の大きな柱だったので、取りこぼしを防ぐためにもお酒の製造・販売に関する法律が厳しかったのです。現在酒税が占める割合ははわずか1.7%となってしまいましたが、細かく厳しかった流れが今も一部引き継がれています。
かつては自分で3合徳利を持って酒屋に行き、お酒を注いでもらって買うというのが当たり前でした。
また、焼酎などの酒を詰め替えて水で薄めて量を増やしているにも関わらず、元々の酒と変わらないものとして売って稼ぎを増やすようなことも戦後の混乱期に行われました。
そういった経緯から、「量り売り」「詰め替え」についてはっきりと酒税法上の規定があります。
客の目の前でボトルから小瓶に詰めて売る「量り売り」は法律上できない
一般にウイスキーのボトルを小瓶に詰め替えて売る商売は「ウイスキー量り売り」と呼ばれています。
ですが、酒税法上は実は「量り売り」と「詰め替え」は全くの別物。
一般的に「量り売り」と言われている行為は、法律上は「詰め替え」にあたります。
酒税法上の「量り売り」とは、法律的にはお酒の買い手が持ち込んだ容器にお酒を詰めて売ることで、特別な手続きはいりません。
ですが、酒販業者が小瓶を用意してあらかじめその容器に詰めて酒を売る場合それは「詰め替え」行為となること、酒販業者が「詰め替え」を行うには、以下の手続きが必要であること、が酒税法第五十条の二の一に定められています。
具体的には、詰め替えを行う2日前までに
詰め替えを行う酒販業者の氏名・名称
詰め替えを行う日
詰め替えを行う場所の所在地・名称
詰め替え後の容器
品名・数量
を記載して届ける義務があります。
詰め替える日と詰め替える品名・数量を2日前までに届けなければならない規定ですので、買いに来た人の目の前でボトルから小瓶に詰め替えて売ることは法律上できない、というのがポイントです。
えーまじか、と思った方、以下の国税庁のHPの記事をご覧ください。
さらに、詰め替えた容器に飲みやすい箇所に、販売業者の住所、氏名・名称、詰め替え場所の所在地、容器の容量、酒類の種類などを明記する必要もあります。
食品衛生法上も、販売業者の住所、氏名・名称、詰め替え場所の所在地の表示義務があります。
届出しなかったら何が起こるのか
この届出義務に違反したら何が起こるのでしょうか。
届出義務違反は1年以下の懲役又は50万円以下の罰金と定められています。また酒販免許が取り消されるリスクもあります。
私は個人的には酒税法上の詰め替えの届出義務は厳しすぎて、現実にそぐわない上に歴史的な使命を終えていると思いますが、税務署は行政官庁であり、法を守って国を運用する機関なので、税務署に文句を言っても法律が変わらない限りは無意味です。
スピード違反して「ここ50キロ制限だって知らなかった」といっても無罪放免にならないのと同様に、酒税法上の「詰め替え」の届出義務について知らなかったと言っても、税務署が許してくれるとは限りません。
「ウイスキー量り売り」をなさっているほとんどの方は、酒販免許取得の際の講習でこの決まりについてご存知だとは思いますが、問題になった時に酒販免許取り消しなどのリスクもあるため、念のためまとめておきました。
お店で空の小瓶をお客さんに売り、そのあとの小瓶の使われ方については自由恋愛/三店方式的な大人の対応で、というのもアリかもしれません(客が容器を持参して量り売りをしている形態にすれば届出不要)が、潜脱行為と見なされる可能性は残るかもしれません。