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10年後が期待できるウイスキー

有楽町の聖地にて最近飲んだ一本。

ラフロイグ10年オリジナルカスクストレングス57.3%、リッターボトル。
90年代半ばのリリースとのこと。

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90年代の伝説的なボトルの一つと言っても過言ではない。当然海外の評価も高くwhiskybaseでは91.34の高得点。

直近Rudderにもオールドボトルとして入荷している。北梶コメントをお借りすると以下の通り。

アイラ屈指の人気蒸留所であるラフロイグ。
今ではニューボトリングは品薄、高騰しており、マーケットからのストックは貴重な存在でもある。
(略)発売当時から人気を博し、(略)特に60年代のボウモアの様な「トロピカルフレーバー」のロットは全世界のモルトラバーを魅了し、「UNBLENDED」表記で1980年代流通の10年よりも高く評価をするプロのテイスターも少なくない。
それ故に、オフィシャルの名作として語り継がれており、今では当然入手困難なボトルだ!
また、1000MLボトルはコンディションが良いボトルが多いと経験上であるが感じる事ができるため、より一層興味深い。


このボトルがリリースされた1990年代半ばと言えばもう四半世紀も前。1995年には関西大震災やオウムの無差別テロ地下鉄サリン事件があり、私が田舎の大学から4月に東京に出てきて、Oasisの(What's the Story) Morning Glory?が街でめちゃくちゃ流れていた。まだ宇多田ヒカルも椎名林檎も浜崎あゆみも世に出ていない。当然スマホなんてなく、携帯電話を持っている人は10人に1人いなかった。毎回モデム使って電話かけてガーピー言わせながらインターネットに接続していた時代。改めてこう書くと隔世の感がある。

「昔のウイスキーは大体どれも出来がよく、それが簡単に安く手に入ったから。当時は5千円ぐらいだったかな」と有楽町の御大はいつものように謙遜される。しかし仮に自分で当時このボトルの良さに気づいてインターネット通販もない中で一生懸命探して買って家に保管して良好な状態を保ち、25年後の今開けて飲む、ということがどれぐらい大変で面倒なことかに想いを馳せると、そんな一杯をバーに行けばお手軽に飲めてしまうことの有難さが改めて身に染みる。

「昔はよかった」「あの頃の人たちは羨ましい」「昔からウイスキー飲み始めておけばよかった」と私ももちろん思わなくはない。だけど変えられない過去のことについて今嘆いてもどうしようもない*1。だから「今ここで何をするのが最善なのか」ということを考えた方が建設的なのだと思う。そして「今できる/すべき」ことは何か、ということを考えて辿り着いたのが、「今普通の値段で買えて10年後、20年後に開けて飲んだら楽しめるウイスキーは何だろう」と妄想する行為。違う表現をすると10年後に「あの時あの値段で買っておいて大正解だった」と思うであろうボトルを探す行為。

そして以下が候補となるボトル。ただ無責任に人に薦めているのではなく、どれも私が実際にまとめて買ってパラフィルム巻いて倉庫の奥に保管したもの。

■ ラフロイグ10年OB カスクストレングス バッチ011
■ ラフロイグ10年OB カスクストレングス バッチ012
マッカランOB クラシックカット2019
■ ポートアスケイグ12年OB 2020年スプリングエディション
■ タリスカー15年OB 2019年ディアジオスペシャルリリース

候補となるのは原酒の強さがしっかりあって時間の変化をポジティブに受け止められるであろうボトル。それが時間の経過とともにどのように変化するのかを想像する。ただし本当に想像通りになるのか、期待していなかった良さが出てくるのか、あるいはネガティブのみが強く残ったり抜けたりひねてしまうのかは神のみぞ知る。念のためだがどのボトルが良くなりそうかあてずっぽうで言っているわけではなく、オールドのオフィシャルボトルをいただくときに昔はどういう感じだったのか、どのように変化したのかをバーテンダーの方に聞きながら飲んでいるので、ただの妄想とは少し違う。

例えばラフロイグだが、先ほどの1990年代のオリジナルカスクストレングスと今年出たカスクストレングスバッチ012の味わいには共通点が意外と多い。「バッチ012ってこれに結構似ていると思うんですが」と聞いたところ深くうなづかれた。バッチ012はバッチ011よりもシェリー強めの味わいでまだ若さを強く感じるために現時点では私は少し枯れた感じがする011の方が好みだけれど、10年後には012は傑作ボトルになっている予感がする*2。

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同様に最近マッカランウイスキーメーカーズエディションというノンエイジの2009年詰めの加水ボトル、当時全くと言っていいほど注目されていなかった免税店向けボトル、を飲んでうっとりする味わいだったので、マッカランのクラシックカット2019、ノンエイジのカスクストレングス、今飲んでも楽しいものが同様に変化することを期待して10年間置いてみようと思った。カスクストレングスで1万円台半ばという現行マッカランは最近の値付けからするとバーゲン以外の何物でもないだろう*3。

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ラフロイグやマッカランと比較すると加水という点も含めて酒質はやや軽いものの、ポートアスケイグ12年、2020年スプリングエディションも個人的には期待している。

直近アイラ島の岬に咲くか細い一輪の白い花を思わせる1988年蒸留、2001年ボトリングのThe Merchant's Collection、加水43度を飲んで(ボトルにはアザミが描かれているが)、一杯目に飲みたい繊細で儚いボトルを手に入れたいと思っていたのだ。

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ポートアスケイグは45.8%の加水の加減が絶妙で、ピートが強すぎず弱すぎず、その後トロピカルなフルーティーさが前面に出てくるエレガントな一本。カリラ蒸留所のハウススタイルが楽しめる。加水とはいえカリラなのでへたるとは考えにくく、時間の経過とともにいい意味でさらに飲み口が軽快になりストレスなく飲み疲れない一本になると想像している。そもそも7千円しないもの*4で、失礼な言い方を敢えてすると仮に長期保管が失敗してもたかが知れている。

「今普通の値段で買える」という趣旨から若干外れるかもしれないが、タリスカーOB 2019年ディアジオスペシャルリリース、というのも長期保管していたら必ず良くなるのではと思える一本*5。酒質の強さでは間違いないタリスカーのカスクストレングス、時間の経過とともにチャーされたバーボン樽由来の柔らかな甘みとタリスカーならではの胡椒のようなスパイシーな刺激のバランスがさらに良くなってプルメリアのような南国の白い花のニュアンスに包まれるのではないかと思う。

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こういうことを書くと「ボトルを開けずにたくさん置いていてもいつ死んでしまうか分からないのに意味あるの?」というご意見が出てくると思う。それはある意味もっともな質問ではあるが、少し話を聞いてほしい。

「マシュマロ実験」を知っているだろうか。

4歳児たちを小さな部屋に招き、マシュマロを前に置く。「いま食べてもいいけれど、15分間待てたらもう一つマシュマロをあげる。待てずに途中で食べたくなったらベルを押せば食べられるけど、もうひとつのマシュマロはもらえない」と子どもに伝えて、実験者は部屋を出る。ほとんどの子どもたちは待つことを選んだが平均では2分しか待てず、ベルを鳴らさずに食べてしまった子もいたという。

15分待って二つマシュマロを食べられた我慢強い子どもは4人に1人しかいなかった。

実験が行われたのは1968年でその後40年間もかけて追跡調査したところ、実験で我慢強さを示した子供たちの方が有意に学校の成績が良く、社会で成功する確率が高かった、というのが実験結果だった。したがって頭の良さだけではなく「忍耐強さ」「誘惑への強さ」も成功への要因だという風に結論付けられた。

この実験結果は世の中に広く知られることになったが、最近再実験を行ったところ結果が再現できず、「恵まれた家に育った子は我慢した」すなわち「恵まれない家に育った子は目の前のものをすぐに食べてしまわないといつ無くなってしまうかわからないということを知っている」「経済的に恵まれていることと学業成績・社会での成功は相関する」ということだったという身も蓋もない結論に達した*6。

まあ酒飲みである私がそもそも「誘惑に強い」わけはあり得ないけれど、ウイスキーという時間をかけて完成に近づく酒が好きな一人として「将来美味くなることを期待して長い時間ボトルを開けずにいることそのものも楽しめる」ぐらいの余裕があってもいいのではないかと思う。

幸いなことにある程度ではあるが経済的な余裕もあることだし、慌ててそこにあるマシュマロを食べず、マシュマロが将来美味くなっているかもしれないことに期待をかけてもいいではないか。




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前回記事で「最後の脚注(*1みたいなやつ)が面白かったです」という感想をいただきました。今回の投げ銭用記事は今回のブログ記事の脚注です。

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