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地方鉄道の在り方を捉えなおす(交通研究班)

(この記事は、2023 年 3 月に行われた第一回レポートコンテストにおいて、交通研究班が発表したレポートに手を加え、記事化したものです。)

Ⅰ はじめに

 近年、日本各地でローカル鉄道の存続が本格的に課題となっている。2000 年以降廃止された鉄軌道は 45 路線・1157.9 km にのぼり、JR 各社も次々と地方路線の経営分離・廃線議論を始めている。JR 北海道の留萌本線・函館本線、JR 西日本の芸備線など、その例には枚挙にいとまがない。
 鉄道を存続させることは容易な問題ではない。バスと比較して莫大な維持費が必要となり、多くが赤字前提で動いている路線は、その将来について常に自治体と鉄道経営主体との間で激しい議論が繰り広げられてきた。完全廃止、バス転換、BRT 化、第三セクター移行など赤字路線の行く先は様々あるが、そのほとんどが苦渋の選択だ。
 本レポートは、それら地方における鉄道路線の存廃を巡る議論の経過と現状に関する複数の事例を取り上げながら、俯瞰的視点に立って地方交通の在り方を捉え直そうと試みるものである。

Ⅱ 地方における各事例

(1)道南いさりび鉄道の事例

 JR 北海道の 2022 年度営業損益は 455 億円の赤字であり、多くの路線で廃線が検討されてきた。その一つとして、北海道新幹線の開業に伴い全面廃止の危機に瀕した道南いさりび鉄道(旧:江差線)について紹介する。

 道南いさりび鉄道は、国や地方公共団体と民間企業が共同して運営する北海道唯一の第三セクター鉄道である。2005 年時点で JR 北海道は北海道新幹線の並行在来線となる江差線の経営分離を表明していたが、第三セクター鉄道の開業に向けた協議会が設立がされたのは約 7 年が経過した 2012 年のことであった。この間に、沿線自治体では江差線の存続と廃止について議論されている。この議論の協議会には函館市、北斗市、木古内町、北海道が参加しており、そのうち江差線がほとんど利用されない木古内町が第三セクターへの参加を拒んだことが事の発端だった。当時、北海道が提示した資料によると、江差線を鉄道として存続させた場合の赤字額は、開業から 30 年で 40 億円以上であるのに対し、バスであれば 30 年間で約 1 億 7000 万まで圧縮できると公表していた。これをふまえ北海道は 2011 年に木古内~五稜郭の旅客を廃止にしてバス転換を提案するが、函館市、北斗市はもちろん、木古内町にも反対され、北海道が主体となった第三セクターの設置と鉄道として存続させることが決定した。道南いさりび鉄道の赤字は、開業当初は 1 億 5000 万前後、2019 年以降は 2 億円前後と、1 年あたり約 1 億 3000 万としていた北海道の試算より多い結果となっている。勿論、新型コロナウイルスの影響もあるものの、ほかにも予測以上の沿線人口の減少、施設維持管理費の増加などが影響している。また、道南いさりび鉄道の営業収入は全体の 8 割が貨物調節金(線路を管理している第三セクターに JR 貨物が支払う線路使用料を国が負担する制度)により成り立っており、経営はそれに頼り切っている。

 では、北海道の提案したバス転換をしたらどうなるのか。バス転換にも様々な問題がある。2020 年 5 月に北海道医療大学~新十津川間をバス転換した JR 札沼線では鉄道より速く、多くの場所で降りられるようになり便利になったという声がある一方、JR 北海道が支援した運行費以外の赤字分は沿線自治体が負担するという問題があり、JR 札沼線が通っていた月形町では 2022 年に 2000 万円の赤字負担をした。また、地域の人にも使われなくなった旧国鉄胆振線の代替バスは 2023 年の 9 月に廃止されることが決定した。こうして、公共交通機関では行くことが出来ない場所が増えている。

(2)近江鉄道の事例

 近江鉄道は、滋賀県東部に三つの路線を持つ私鉄である。1896 年に設立された、滋賀県内では最も古い私鉄であり、戦後は西武グループの傘下で経営を行っている。

 その走行音から「ガチャコン電車」の愛称で地域住民に親しまれ、地域とともにその歴史を歩んできた近江鉄道であったが、近江鉄道もやはり一つの「ローカル線」である。他の地域鉄道の例に漏れず、高度経済成長期が終了して以降、輸送人員の大幅な減少は止まるところを知らず、最盛期であった 1967 年度の 1126 万人に対し、2017 年度の輸送人員は 479 万人となってしまった。実に、最盛期の四割強という数値であり、その衰退ぶりが如実に見て取れる(尤も、最も輸送人員が落ち込んだ 2002 年度の 369 万人という数字に比べれば、幾分かは回復出来ていると言える。これについて近江鉄道側は、2006 年および 2008 年に新駅を開業したことによるものであるとしている)。
 このように衰退の一途を辿っていった鉄道事業に関して、近江鉄道側はもちろん見てみぬ振りなどはしなかった。ワンマン化や特定の駅の終日無人化などによって人件費を削減し、前述のように新駅を開業して地域住民の需要にも応えた。オリジナルキャラクターのグッズ展開を行い、イベント列車を運行し、地域住民と一体となって行うイベントも開催した。そして、そのような企業努力によって、実際に「営業収益自体は」低迷期に比べればかなり回復した。
 しかしそれでも、赤字は膨らみ続けた。原因の一つとしては、営業費用が営業収益の回復をも上回るスピードで上昇していったことが挙げられる。いくら削減をしたといっても、人件費の上昇や、修繕費・更新費の増大といった逆風には逆らえなかったのだ。
 そして遂に 2017 年、将来的に自社単独で鉄道事業を維持することが困難になるとの見通しを沿線自治体に伝えていたことが報じられ、深刻な赤字問題が明るみになった。2018 年には経営状況に関する PDF が公開されている。

近江鉄道線 豊郷駅

 さて、鉄道会社が経営困難を発表したとなると、途端にちらついてくるのが「廃線」の二文字である。鉄道事業において、どんな企業努力を以ってしても赤字が改善傾向に運ばないのだから、その可能性は特に高いと考えられていただろう。現実的な案として、鉄道事業からの完全撤退すら考えていたかもしれない(念の為の補足であるが、近江鉄道株式会社は鉄道以外の事業にも積極的に手を出しているため企業全体としての営業自体には特に問題はないようだ)。
 沿線自治体によって「近江鉄道沿線地域公共交通再生協議会」が設置され、廃止を含めて議論が進められた。

 しかし、結論から言えば、近江鉄道線に関しては「全線維持」という結論が下された。それも、地域住民の熱意ある嘆願に圧されてではなく、単純な利益計算の結果によってである。
 協議会では、鉄路維持・バス転換・BRT 転換・LRT 転換などの案が、様々な視座から検討された。まず、BRT・LRT の案は、初期投資額の高額さ故に棄却された。すると、残るは鉄路とバスの二択であるが、ここで最終的には鉄道が選ばれたというわけなのだ。
 これには、バス固有の問題と、近江鉄道線特有の問題が関わっている。

近江鉄道線の時刻表。本数はかなり多いように見える。

 まず一つには、バスのみで朝夕のラッシュを捌ききるためには、大量の車両と運転手が必要であるということが挙げられる。事実、近江鉄道利用客のおよそ三分の二が通勤・通学定期の利用客であり、朝夕の特定時間帯に需要がかなり集中することは容易に想定できる。また、速度低下や渋滞等への忌避からマイカーに移行する者も一定数いることが予想できるため、こちらも想定しなければならない。
 また、輸送密度の問題もある。現在の近江鉄道において特に輸送密度が高い二区間は、近江鉄道全体で見ても離れた位置にあり、特に八日市方面の高密度区間については、車両基地の関係でここだけを存続させることが困難なのだ。つまり、基本的には「全廃 or 全存続」の選択を迫られるのである。
 このような状況下で、鉄道事業を完全に手放し、全ての輸送をバス転換によって賄おうとでもしようものなら、車両の大量購入、あるいは連結バス等への改良などの初期投資・整備等に必要な費用がどんどん膨れ上がっていき、収拾のつかないことになってしまうだろう。自らわざわざ、そんな茨の道を突き進もうとする理由はない。仮に、今後経営が別団体に移管される(上下分離方式)のだとしても、鉄道事業を維持するのが最善である、ということになったのだ。

 こうして、近江鉄道は、赤字が膨れ上がっていたにも拘らず、全線存続の道を歩むこととなったのである(沿線自治体との協議が完了した現在では、数年以内に県と沿線自治体によって構成される管理機構に経営移管され、上下分離方式に移行する予定であるということになっている)。
 結果的には、地域住民の要望も叶えられてラッキーだ、と言うこともできるのだが、鉄道事業が赤字になった際の有効な代替案であると考えられてきたバス転換が、単純な金銭的比較によって棄却されてしまったという事実は、近江鉄道線全体の立地が少々特殊であるという事情を差し引いても、地方における鉄道の未来について、何か絶望的なものを映し出しているように思えてならない。

彦根駅の階段。ノスタルジーを感じさせるフォントが印象深い。

(3)夕張支線の事例

 夕張支線は、新夕張駅と夕張駅を結んでいた石勝線の支線である。2019 年 4 月 1 日をもって廃線となり、代替バスへと置き換えられた。このバス転換事例で特筆すべき点は、当時の夕張市長自らが「攻めの廃線」と称し、自治体側から廃線についての協議に乗り出したことだ。

 事の発端は、2016 年に JR 北海道が発表した「当社単独では維持することが困難な線区について」である。この発表予告を受けて、夕張市は具体的な線区の公表前に積極的な廃線を JR 北海道に提案した。当時の夕張支線は営業収入 1000 万に対し経費 1 億 7600 万、年間 1 億 6600 万の赤字となっており(平成 28 年度)、財政再建団体に指定されていた夕張市が出費をしながら存続させることは非常に困難であった。そこで市長は「座して廃線を待つのではなく、『攻めの廃線』を行い積極的に地域交通の再構築を目指していく」とし、早期の廃線に合意する代わりに廃線後のバス転換・地域交通の整備に関する援助を受けるとした。結果、JR 北海道は市に「持続可能な交通体系を再構築するために必要な費用」として 7 億 5000 万円を拠出する形で廃線合意となった。スムーズに議論が進んだ背景には、夕張支線廃線以前から鉄道に沿うように走っていたバス路線も挙げられる。ほとんどの住民は本数、停留所数の面から見ても有利であったバスへと流れ、鉄道は観光面での需要が大きかった。
 路線バスをリニューアルするかたちで 2019 年に再出発した代替バスは、鉄道時代の倍の運行本数を確保し、同市が掲げる「コンパクトシティ」化計画の根幹として地域交通再編の中心となっている。鉄道時代年間1億~2億あった赤字も、バス転換を行ったことで 1300 万ほどに押さえられた。
 しかし当然ながら課題もある。運賃は二倍以上、所要時間は 15 分増えたことにより、利用客の逸走率も懸念される。
 往々にして鉄道会社と自治体の二項対立的になりやすい廃線議論において、このような形で円滑に進んだ例は特異である。先述した「当社単独では維持することが困難な線区」に挙げられた 13 線区でも議論が進み(中には(1)で触れた札沼線も)、夕張での事例は結果的に JR 北海道管内における廃線議論の激化をもたらすことにもなったと考えられる。

Ⅲ 考察

 以上 3 例を挙げてきたが、いずれも状況は大きく異なるものである。第三セクターとしてなんとか耐え忍び、存続の道を探る路線もあれば、逆に代替交通への切り替えは困難であるとして路線維持を選択する路線や、その場しのぎの存続ではなく持続可能な交通体系を見据えたバス転換を選択する路線もある。例には挙げなかったが、IR いしかわ鉄道のように黒字を達成する第三セクターも、少ないながらも存在している。多くはその沿線の環境に左右されており、利用状況に合わせて個別の対応をしていく必要があるのは言うまでもないことであるが、そこで忘れてはならないのは、将来を見据えた議論の重要性である。ここでは存続・廃線に向けて具体的な動きを見せている例を紹介したが、実際に多くの自治体で行われる赤字路線に関する議論において、廃線という選択肢が上がることは少ない。「鉄道がある」ということは前提となっており、その上で赤字にどう対処していくかが取り沙汰されるのである。しかし実際には、鉄道があっても利用する住民は極度に少なく、多くが自動車免許を持たない学生などとなる(尤もこれは赤字区間故の減便、設備劣化によるところも大きく、負の連鎖となっている)。このような状況下では利用促進、費用削減を行ったところで根本的な解決にはならず、そうして先送りにした廃線議論は自治体や鉄道会社の深刻な経営圧迫を招くことになる。ここにおいて行うべき議論は、鉄道へのこだわりを持った維持策の模索ではなく、数十年後も街の公共交通を残していくためのあらゆる選択肢の模索であるといわざるを得ない。

 人口減少時代の中でインフラを維持していくことは、非常に大きな課題である。鉄道を基軸とした交通インフラはその転換点に来ており、今後数年~数十年の間に公共交通機関はその在り方を大きく変える必要に迫られるだろう。
 鉄道がその採算性を理由に地方の風景から姿を消す時が来たとしても、そこに住む住民の足となる交通機関が変わらず残されていることを強く願い、その実現のためにさらなる地方交通の研究を目標とし、レポートの締めとする。

参考文献

・近年廃止された鉄軌道路線-国土交通省(2023/03/12 閲覧)
https://www.mlit.go.jp/common/001344605.pdf
・「近江鉄道線の経営状況について」https://www.ohmitetudo.co.jp/file/group_oshirase_20181218.pdf(2023/03/13 閲覧)
・近江鉄道が全線存続へ - バス転換より鉄道が選ばれた理由(マイナビニュース)
https://news.mynavi.jp/article/railwaynews-219/(2023/03/13 閲覧)
・近江鉄道線のあり方検討 - 滋賀県(2023/03/13 閲覧)
https://www.pref.shiga.lg.jp/ippan/kendoseibi/koutsu/305179.html
・石勝線(新夕張・夕張間)の鉄道事業廃止についてhttps://www.city.yubari.lg.jp/kurashi/kotsu/kotsusyudan/JR/kikakuc.files/haisen.pdf(23/03/13閲覧)
・当社単独では維持することが困難な線区についてhttps://www.jrhokkaido.co.jp/pdf/161215-5.pdf(23/03/13閲覧)
・「攻めの廃線」で市とJRが前進…石勝線夕張支線https://response.jp/article/2016/08/18/280300.html(23/03/13閲覧)
https://www.jrhokkaido.co.jp/press/2016/160817-1.pdf
・市自ら選んだ「攻めの鉄道廃止」 JR石勝線夕張支線、代替バスはどう「進化」したのか
https://trafficnews.jp/post/85452(23/03/13閲覧)
・地域の将来と利用者の視点に立った ローカル鉄道の在り方に関する提言https://www.mlit.go.jp/tetudo/content/001492230.pdf(23/03/13閲覧)

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