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虫とり(2)

 夏休みのある日のこと、私は同級生の爪下翔(つめしたしょう)君と源さんの3人でクワガタムシを捕まえに行った。
 爪下翔は勉強がとてもできる子だったが、わんぱくだったので学級委員になるような子ではなかった。いたずら好きですぐに人のことをからかうようなところがあったので、先生からはよく叱られていた。苗字が珍しかったこともあるが、下の名前が「翔(しょう)」だったので、先生からも同級生からも「翔」と呼ばれた。
 翔と私とは当時よく遊んだものだが、クワガタムシを捕まえに行こうということで、それならば源さんも誘おうということになった。
 その日も例に漏れず、源さんの家で待ち合わせて、3人で集まってから、クワガタムシを捕まえようと約束した。
 私が源さんの家に行くと、すでに翔は来ていた。二人で話し合っていたようで、いつもの山道とは違うルートを行こうと翔が言い出した。違う道とは、いつも行く山道とは違って「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた看板のある小道のことだった。その細道は数十メートル先は木がうっそうと茂っていて、いつもじめじめと薄暗く、通るたびに不気味な場所だけど、この先にはクワガタムシがいっぱいいそうだな、と思ったものだ。
 ただ私は「立ち入り禁止」と赤い字で書かれた看板に無言の大人の圧力を感じ、決して中に入る気にはなれなかった。そこに源さんと翔は立ち入ろうと言っているのだ。
「さすがにあそこはまずいんじゃないの?」
 私がそう言うと、いつもは怖がりの源さんが言った。
「だからいいんだよ。俺の見たところ、あの先にはクワガタがウヨウヨいるぜ」
「そりゃわかってるけど、立ち入り禁止だぜ。どんな危険な道かわかんねえじゃん」
 黙って聞いていた翔がからかうように言った。
「なんだ、ルキヤ、おまえびびってんのか?」
 僕の名前は張江瑠輝也(はりえるきや)と言った。今ではK-1のスター選手の安保瑠輝也選手が有名だが、当時「ルキヤ」という名前は珍しくて、当然あだ名は「ルキヤ」だった。
「クラスのみんながおまえのことをビビりって言ってたけど、あれは本当なんだな?」
 以前友達同士で怪談をしたときに、怖い話が苦手だった私がことさらに怖がったので、誰かが言ったのだろうが、ビビりとまで言われて、引き下がるわけにはいかなかった。
「わかったよ。じゃあ、行ってやろうじゃねえか」
「ようし。決まりだ」
 翔の言葉を合図のように、僕らは同時に立ち上がった。

(続く)

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中学受験 将棋 ミステリー 小説 赤星香一郎
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