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「再起へのナインボール」Kindle出版(2)

そのプロYさんはテーブルの前に立つだけでさまになった。
ブレイクショットを放つと爆弾が爆発したような音をさせ、周りで撞いていた人たちがぎょっとして振り向く。

長身に切れ長の目でテーブルを見渡し、構えに入ったら、1番を狙って数回のストークで球を撞く。
1番が簡単に入る。まだ手玉が動いているうちに、次の2番を狙える位置に立っている。
手玉は思い通りの場所に来る。そのまま一歩も動かず構えて、数ストロークでいとも簡単に球を撞く。
2番が入る。手玉が動いているあいだに次に撞く位置まで歩いて行く。
思い通りの位置で手玉が止まる。そして3番……。
この繰り返しで9番まで入れてしまうのである。

なにかの魔法を見ているような気持ちになった。
この人は球を操る機械かなにかを持っているのではないだろうか。そう思えてしまうほど、自在に球を操った。
そしてこのときに「ビリヤードというゲームは、こういうものなのだ」と初めて理解した。

それまで自分たちが考えていた上級者というのは、派手なバンクショットを決めたり、ジャンプショットで球を入れたり、マッセで球を曲芸のように曲げるものだと思っていたが、そんなショットは一切しない。

ただひたすらに簡単な球を淡々と落とす。
なぜこの人の場合、簡単な配置ばかりが残るのだろうと考えたあと、この人は1番を撞いたあとに次に撞く2番のことを考えて撞いているのだとわかった。
そしてそれが「ポジションプレー」というものだったとのちに知った。

途中で9番をコンビネーションショットで落としたり、キャロムショットで落としたりすることはほとんどなく、ブレイクしてから撞ききるブレイクランアウト――当時は「ますわり」と言っていたが――を連発させた。

そして唖然としている我々を尻目に、一時間だけプレイしてすぐに帰った。

(続く)


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中学受験 将棋 ミステリー 小説 赤星香一郎
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