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虫とり(7)

 夏休みが終わり、新学期になった。
 あの件があったからか、私はクワガタムシを捕まえに行くのをやめた。翔にも源さんにも気まずくて会う気がしなかった。新学期で彼らに会うのが正直言って気が重かった。
 学校に行くと、翔がいた。あたりを見渡すと源さんはいない。
 翔はあの時のことなどなかったかのような顔をして、「おお、ルキヤかあ。久しぶりだなあ」と懐かしそうに言った。
 翔は源さんのことが気にならないのだろうか。
「あれから源さんと会ったか?」
 私の問いに、翔は怪訝な顔をした。
「誰だ? 源さんって?」
「おい、ふざけるなよ。柿平源治だよ。源さん。このあいだ立ち入り禁止に一緒に入っただろ」
「だから柿平源治って誰だよ?」
 さすがに私も頭にきた。そもそも翔が変なことをしなければあんな気持ちにならなかったのに、あのときのことを反省することもなく、「誰だ? 源さんって?」とはなんという言い草だろうか。
「てめえ、いい加減にしろよ」
 私の剣幕にただ事でないと思ったのだろう。翔は一歩引いてから言った。
「ちょっと待てって。おまえ、なにか勘違いしてるだろう。柿平源治なんて、うちのクラスにはいないぜ」
 そう早口でまくし立てると、まわりの同級生に向かって声を上げた。
「おい、誰か、柿平源治ってやつ知ってるか?」
 周りの同級生が怪訝そうな表情で首を振るのを見て、私は少し冷静になった。
「本当に知らないのか?」
「だから、柿平源治って誰なんだよ?」
 改めて翔の顔を見たが、嘘を言っているようには見えなかった。
 私たちの周りには何事かと同級生たちが集まっていた。私は周りに向かって訊ねた。
「本当に柿平源治を誰も知らないの?」
 学級委員長の栗落花芳樹(つゆりよしき)がいぶかしげに言った。
「ルキヤさあ、なんか夢でも見たんじゃないの。柿平源治なんて、このクラスにはいないよ」
 冗談一つ言わない真面目な学級委員長の言葉でさすがに私も納得した。翔は嘘を言っていない。
 だが、だとすると、私の知っている源さんはいったい誰なのか? そもそも存在しているのか、それとも源さんとの出来事はすべて私の妄想だったのか。
 そんなわけはない。私は源さんに仮面ライダーカードをもらったこともあるし、夏休みに「立ち入り禁止」区域に入ったのもはっきりと覚えている。私は再度翔に訊ねた。
「じゃあ、俺と源さんとで夏休みにクワガタを捕まえに行ったことは覚えてる?」
「ああ、おまえと二人で行ったことは覚えてるよ」
「じゃあ「立ち入り禁止」区域に入ったことも?」
「はあ? 俺が行こうって言ったら、おまえ猛反対したじゃん。中に入るならもう帰るとまで言われて、俺が諦めたことは覚えてないのか?」
 私は唖然とした。少なくとも翔の記憶の中では、「立ち入り禁止」区域には入っていないことになっている。もちろん源さんの存在はなかったことになっている。
 翔は心配そうな表情で私の肩をつかんだ。
「おい、ルキヤ。おまえ大丈夫か? なにか悪い夢でも見たんじゃないのか?」
 翔の表情は真剣そのものだった。私はそれ以上追及するのをやめた。
「うん、朝ちょっと怖い夢見たんで、現実と夢がごっちゃになってるかもしれない。変なこと言ってごめん」
 私はそう言い、不審そうに見つめている級友たちを尻目に教室から出て行った。

(続く)

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中学受験 将棋 ミステリー 小説 赤星香一郎
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