虫とり(9)
やがて私は中学に進学した。そのときには源さんのことは、もうすっかり忘れていて、源さんという同級生なんて、本当はいなかったのではないか、と思うようになっていた。なぜなら翔も同級生たちも源さんについてはまったく覚えていなかったし、3年生や4年生のときの写真にも源さんの姿はいっさいない。
源さんは私が作り出した架空の人物だったのかもしれない。昆虫捕りが大好きだった私は、こんな同級生いたらいいな、と心の奥底で思っていたのかもしれない。その願望があのような妄想を生んだのかもしれない。
しかしそれにしても、「立ち入り禁止」に3人で入ったことは決して私の妄想ではなく、たしかな現実としか思えない。子供の頃は現実と妄想との区別がつかなくなるようなことがあるのだろうか。
あれから私はあの山にクワガタムシを捕りに行くのをぴたりとやめた。山の中から、腐敗して骨だらけになった源さんが「どうして俺を山の中に置いていったんだ」とでも言って現れそうで怖かったからだ。
本当は源さんはあの日山の中で迷って行方不明になってしまったのではないだろうか。警察が山の中を捜索すると、やがて野犬に噛まれてボロボロになった源さんの死体を発見する。私と翔はまだ子供だったので事情は知らされず、さりとて源さんが死んだことを伝えるわけにはいかず、あのような形で、源さんは存在自体がいなかったものとして扱われた。
だがそれだったら、翔も私と一緒になって、源さんの存在を主張するはずだ。
源さんは私の願望が生み出した妄想なんだという考えと、あの経験は決して妄想などではないという考えが、私の中で交錯していた。
なんとなく翔とも疎遠になった。翔の顔を見るたびに、あの日のことを思い出すからだ。別に翔が嫌いになったわけではないが、翔を見るたびに源さんの恨みに満ちた目を想像してしまって、心がふさぎ込むからだ。
翔も私と同じ公立中学に進学したが、私が翔を避けるせいか、あまり話さなくなった。クラスが違ったことも幸いして、中学生活で翔と話したのは、事務的な話をした2,3回程度だった。このまま源さんの記憶は、私の心の奥底に埋もれていくんだろうなと、ときおり考えたりもした。
(続く)