虫とり(10)
高校になった。
私は県内随一の進学校である日進館高校に合格した。合格発表のとき、掲示板を見て大喜びしている私を見て、翔が近づいてきた。
「おまえも日進館高校か?」
「あ、ああ」
私は若干の戸惑いを持って答えた。ずいぶん久しぶりに翔と会話したような気がする。
「俺も合格してた。お互いに日進高生だな」
ずっと疎遠になっていたけれど、翔はなんの屈託もないような表情で笑った。
1年のクラス決めで、翔とは同じクラスになった。さすがにそのときには、源さんのことはたまに思い出す程度になっていた。そしてあれはきっと私が夢かなにかで見た出来事だったのだろうと思うようになっていた。
そうして源さんのことをほとんど忘れようかとした1年も終わりに近づいたころ、放課後翔が話しかけてきた。
「ちょっと話があるんだけど……」
あたりを見渡すと、教室には私と翔しかいない。
「なに?」
「おまえさあ、『時空のおっさん』って知ってる?」
翔の唐突な質問に私は首をひねった。
「なんだそりゃ?」
「2ちゃんねるとかであるんだけどさ、異次元に入りこんでしまった人が、時空のおっさんに出会い、現実世界に戻されるって話。なんかのきっかけで、自分以外誰もいない世界に紛れ込んでしまう。その場所はいつもの学校だったり家だったりするんだけど、周りには誰もいなくて、わけがわからなくて不安になる」
「それで?」
「困り果てたときに『NOBODY』という人物から電話がかかってくる。おそるおそる電話を取ると、『なんでおまえ、ここにいるんだ?』と叱られる。遠くを見ると、電話を持った背の高いおっさんがこちらに向かってきて、恐ろしくなって気絶したら、元の場所に戻っていて、周りにも人がいてほっとするって話」
「その背の高いおっさんが時空のおっさんってわけ?」
「そう。異次元に迷い込んだ人間を元に戻す『時空のおっさん』。こういう経験をした人が結構いるみたいなんだ」
「へえ、興味深い話だよな。この世界はひとつではなく、少し違った世界が無数にあるって説も聞くもんな」
そう呟いたあと、私はなんの気なしに訊ねてみた。
「でもおまえなんで急にそんな話をするんだ?」
「そりゃ、小学校のときの源さ……あっ、しまった!」
私の耳にはっきりと「源さ」までの言葉が聞こえた。その瞬間、私の脳裏にあの時の記憶が一瞬にして甦ってきた。
「おまえ、いま源さんって言ったな?」
「い、言ってないよ」
翔は明らかに狼狽していた。視線を私からそらしてさまよわせ、心の中を読み取られまいとしているようだった。
私は確信した。やはり源さんは実在の人物だったのだ。
「おまえずっと源さんなんていないって、俺のことを騙してたな」
私が詰め寄ると、徐々に後ずさりし始めた。
「騙したって、なにが?」
翔はそう言ったが、口が滑ったことを明らかに後悔しているようだった。
私が二三歩詰め寄ると、翔は身を翻し、あの時と同じように一目散に逃げだし、教室をあとにした。
(続く)