殺しちゃいましょう! って陽気に言われたあとの悲劇
編集のAさんとファミレスで待ち合わせた。
結構客が入っているお昼どきだった。私たちの隣には主婦と思しきご婦人たちが4人で話をしていた。Aさんは私が来るずっと前から来ていたようで、私を見るなり挨拶し、私が座ると同時に話を始めた。
最初は小説の細かい問題点を指摘される。それも一箇所ではなく、数十箇所。私は先生に説教をされる生徒のように、うなだれて聞いていた。
Aさんに指摘されているとき、私はいつも叱られた子供のようにうなだれている。
最後に編集のAさんが一番大きな問題点を指摘した。
「でも、赤星さん。黒瀬にアリバイがないことに、益田が気づいてますよね。事件が起こったら、益田に間違いなく通報されますよ」
「あっ、たしかにですね」
「ええ、一番大きな問題です」
ちなみにこのAさん、声がやたらと大きい。
Aさんの指摘はもっともだった。私は腕組みをして呟いた。
「まいったなあ……。そこをうまく解決しないといけないですね」
「どう解決するかですね」
しばし考えて、私はあたりを見回すと、小声でささやいた。
「いっそのこと、益田を殺しちゃいます?」
Aさんが大きな声で言い返した。
「益田を殺す? でも、どうやって殺すんです?」
隣に座っていた主婦が全員ギョッとした顔でこちらを見た。まずいなとは思ったが、話を止めるわけにはいかず、私は少し抑えめの声で続けた。
「黒瀬に殺させるんですよ。二人で会ったときに。誰もいないし、ちょうどチャンスがあるでしょ。黒瀬は益田には恨みもありますし」
「なるほど。そうすれば、完全なアリバイができますね……」
独り言のように呟くと、Aさんはひときわ大きな声で言った。
「そうですね。益田は殺しちゃいましょう!」
明らかに周りの空気が凍りついた。
おそるおそる横目で隣の席を見ると、全員がこわばった表情で私たちを見ていた。
Aさんは隣の様子にはいっこうに気づいていないようで、「じゃあ、益田は殺すってことで」と陽気に言いながら、立ち上がり、にこやかな表情で言った。
「あ、赤星さんは食後のコーヒーをまだ飲んでないみたいですから、ゆっくりしていってください。私は次がありますので。では」
Aさんが去ったあと、私は隣の席の主婦たちの刺すような視線を感じながら、最高にまずいコーヒーを喉に無理矢理流し込み、そそくさとレジへと向かった。
後ろから、私の背中に「警察?」という言葉が届いた。私は逃げるように店を出て、一目散に駅へと向かった。