【講評】人生が、マンガのコマのように過ぎてゆけばいいのに。
ゼロの紙さんの作品です。
一読して、発想が素晴らしいと思いました。
車窓をマンガのコマに例えて、話が終始進んでいきます。
主人公は久助なのでしょうが、実は主人公は車窓から見える風景なのではないかと思います。
こういう発想を、私は持っていませんでした。
これと似た驚きを経験したのが、夏目漱石の「吾輩は猫である」です。
中学生のころ、この小説を手に取って、「猫視点なのか」と驚いた経験と同じでした。
同様に、こういう視点もあるのだなあと感心しました。
車窓から見た光景が切り替わり、いろいろな光景が広がっていく。
ときには他校の中学生、ときには荷物だらけのお婆さん、ときには娘と息子を連れた父親、ときには時計と停車駅の名前とモールの広告の看板。
さながら電車に乗ったような気分になります。
これと同じように、いろいろな視点で考えていけば、小説の可能性は広がるなと思いました。
この発想は私にとっても、とても勉強になりました。
走っている時は、そのコマが横長に伸びている感じで、流れていく。
この表現もいいです。情景がすぐに思い浮かびます。
この作者は描写が非常に巧みです。
父親がすぐさましゃがんでそれをひとつひとつ拾って、もう食べられないねってことを女の子に話していた。
こういうのは本当にほのぼのします。「もう食べられないね」というセリフも、父親の優しさがにじみ出ていて、とても素晴らしいと思いました。
多くを書かなくても家族の温かい様子が伝わってきます。
小説を書き始めの頃はよく、「優しい父親と温かい家庭」を表現したくて、「父親は優しくて温かい家庭だった」みたいな書き方をしてしまうのですが、それは描写ではなく説明です。
この作品のように表現するのは、簡単なようでいて、とても難しいです。
電車が走りだすと、ときおり人のいない絵がそこに描かれて、
これも情景が思い浮かびますので、とてもよいと思います。
満員電車と言っているので、ビルとか空とかの絵でしょうか。
車窓から見る街の風景。人によって想像するものは若干違うかもしれませんが、読者に電車から見た街の風景を想起させるのではないでしょうか。
世界は遠くにはない。ここにある。
この表現も、とてもいいと思いました。まさに車窓から見た光景が、その子に取っての世界そのものです。
最初に行ったとおり、主人公は車窓から見た風景なのかもしれませんね。
個々の表現も非常に小説的で、巧みだと思いました。
どなたかがおっしゃっていましたが、その風景の切り取り方に、作者の本質をつかみ上げる鋭さが十全に盛り込まれている。そう感じました。
あえて言うなら、この作品は1259文字でした。
応募規定は3000字なので、もう少し続きが読みたかったところです。
これから久助の身にどんな出来事が起こっていくのか、それとも車窓からの風景がどんどん変わっていくのか、もう少し書いて欲しかったなあと。
素敵な物語を、ありがとうございました。