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作品のかたち、本と電子書籍

 2019年9月25日に書籍『つけびの村』が発売となりました。noteからお読みいただいた方々をはじめ、書店で見かけた方が購入してくださり、さらにSNSでも購入のご報告をしてくださるのを毎日のように目にして、とても嬉しく思っております。本当にありがとうございます。

 本の中でもすこしだけ触れましたが、私はもともとプログラマーとして働いていました。大学を卒業した後は、ゲームやメディアアートの開発に携わり、その後、趣味で傍聴ブログを始めたところ、そのブログが書籍化され、以降、刑事事件を中心とした傍聴ライターとして活動しています。
 10月15日の夜におこなわれる青山ブックセンター本店でのトークイベント『ノンフィクション万歳!』にゲストとして参加してくださるノンフィクション作家の水谷竹秀さんや広野真嗣さん、『つけびの村』の版元編集者である江坂祐輔さんは、今でこそウェブでアウトプットもしていらっしゃいますが、基本的なスタンスとしては、自他ともに認める「紙のジャーナリズム」を追求してきた大先輩たちです。外部編集者としてチームつけびに加わってくれた作家の藤野眞功さんに至っては、ウェブでのアウトプットは一切行っていません。

 一方、私はといえば、デビューのきっかけはブログ。専業のライターになってから初めて(という気持ちでおります)大きな反響を得た今回のルポルタージュ『つけびの村』も、ウェブサービスnoteでの発表を機に、書籍化されました。ひょっとすると、読者の皆さまの中には、私を「ウェブの書き手」と認識している方も少なくないのではと思ったりもします。
 そしておそらく、私は今後、〈紙〉と〈ウェブ〉のどちらかを中心にするのではなく、ふたつの世界に片足ずつを踏みしめて立つ書き手を目指していくことになるのだと感じています。

 なぜ、こんな日記のような文章を書いているのかといえば、これからすこしだけお付き合いいただく小文で、〈紙〉の方にも、〈ウェブ〉の方にも、気持ちが伝わってほしいと願っているからです。

 『つけびの村』が書籍化されるにあたって、私は当初から、晶文社の江坂さんに「電子書籍の形でなるべく早く、できれば書籍発売と同時にリリースしたい」と相談していました。この作品の初出はウェブだったので、noteをご覧くださった読者の皆さまは、書籍版もスマートデバイスで読みたい方が多いのではないかと考えていたからです。
 藤野さんはそもそも電子書籍化に難色を示し、江坂さんは「電子書籍版の刊行はできるだけ遅くしたい」と言いました。当初は書籍刊行から3ヵ月後といわれていたのですが、それでも早く出したかったので、3人でいろいろと話し合った末、10月1日のリリースが決まったのでした。

 電子書籍版の作成や早期のリリースに難色を示していたチームつけびのふたりが納得してくれた理由のひとつは、私が妊娠中、そして出産後のいま「電子書籍があると、どれだけ助かるか」という話をしたことだと、後で藤野さんから聞きました。
 漫画の場合はすこし事情が違うかもしれませんが、これまで紙の世界のジャーナリズムを生きてきた方々にとって、電子書籍は「同じ内容であるのに、紙よりも安い価格でリリースされ、書籍の売上をつぶす存在」に見えたのかもしれません。
 でも、体力が奪われている妊娠中の女性や、何かと荷物が多くなる子育て中のお父さんやお母さん、たくさんの書類を持ち運ぶ社会人にとって、スマホや端末ひとつで本の中身を持ち運べ、いつでも読み進められる電子書籍には、紙の本とはちがった魅力が備わっているのは確かだと思うのです。自分の場合を振り返ってみても、特に子供が小さい時は、家にいても子供を抱っこしていることが多く、両手で何かをすることが厳しいため、情報収集はスマホに頼りっぱなしでした。しかも動画や音楽に触れようとしても、子供が泣けば音声が聞こえなくなるので、おのずとスマホでテキストを眺めるという息抜きしかできなくなっていきます……。

 そんなわけで、私はふたりを説得し、書籍版よりも手に取りやすい価格で、電子書籍版を早期にリリースすることを決めました。

 その上で、さらにもうひとつの決断を迫られたのは、書籍版『つけびの村』を面白く読んでくださり、また応援してくださった読者の皆さんのおかげで、発売前重版が決まった後でした。晶文社の営業部の方々、そして江坂さんと一緒に、関東近郊のいくつかの書店さんへご挨拶に回った日のことです。

 多くの書店さんが『つけびの村』を、店内に入ってすぐの目立つ場所に並べてくださっていたり、文芸・ノンフィクションコーナーに大きく展開してくださっていました。正直、自分の本がこれまでこんなふうに置かれていたことはなかったので本当に驚いたのと同時に感激してしまいました。

 そこで売り場をぐるっと眺めたとき、本を探しにゆく場所、過去の購入履歴を使ったアルゴリズムからはまったくはじき出されない――未知の本から偶然呼ばれる場所、読者と著者が交流する場所としての書店さんと、書店員さんの存在が、私の想像以上に、じつはジャーナリズムや文化を支えているのではないかと実感し、気持ちを揺さぶられました。
 多くの書店員さんたちが書籍『つけびの村』について、私に熱心にご感想を伝えてくださったり、頑張って売りますね、と声をかけてくださったりもして、自分の手を離れた本が、こうして書店で働く方々によって、皆さまのお手元に届いているのだなと痛感しました。
 それはまた、書店さんへ案内してくださった晶文社の営業の皆様がたが、普段からこつこつ書店さんをまわり、長い時間をかけて良い関係を築いてきた結果でもあるのだなとも感じています。
 とはいえ、電子書籍よりも本を買って下さいと押し付ける気はありません。さまざまな事情で、電子書籍の方が快適にご覧いただける皆さまにはぜひ電子書籍版をご利用いただきたいと思っております。私もたぶん、子供がまだ小さければ電子書籍を買います。どのような形であれ、作品に目を通していただけることは心から嬉しく、書籍の読者の皆さまにも、電子書籍の読者の皆さまにも心より、同じだけの感謝を申し上げます。

 ただひとつ、村や町や街のなかで本が売れなければ、その場所に書店さんと書店員さんが存在し続けることはできないという事実だけは、いつでも頭にとどめておきたいと思っています。そしてまた、電子書籍では、デザイナーの寄藤文平さんと鈴木千佳子さんが心血を注いで作り上げてくれた「本」としての手触りを楽しんでいただく機会も半減してしまいます。そんなことをチームつけびで話し合い、今回、『つけびの村』の電子書籍版は、デジタルであるという理由で価格を下げるのではなく、紙の本と同じ値段で発売させていただくことに決めました。

 無名の書き手による事件ノンフィクションであるため、発売前重版を経ても、まだその数はすくなく、なかなか全国の書店さんにゆき届いておりませんが、応援して下さる読者の皆さまの反応と、書店員さんたちのお気持ちのおかげで、書籍版の三刷が決まりました。
 本当にありがとうございます。
 少しだけ、時間がかかってしまうかもしれませんが、かならず津々浦々の書店さんにお届けいたしますので、どうかよろしくお願いいたします。

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