メチャのこと
私には、ドアを10センチほど開けておく癖があります。
我が家には、生きていれば19歳になるはずの猫がいました。名前は「メチャ」。漫画『まことちゃん』で、まことちゃん一家が飼っている猫の名前からとりました。私は楳図かずお先生の大ファンなのです。
実家にいる頃から、ずっと猫と一緒に暮らしてきました。小学生の頃に飼っていたトムは真っ黒で10キロ近い、めちゃくちゃ凶暴なオス猫でした。たまにふらっと外に出かけていっては、3日後ぐらいに悠然と帰宅するトム。
いつも猫の図鑑を読みながら「猫の縄張りってどれぐらいの広さなんだろう」「外でどんな生活をしているんだろう」と、ネコの生態について常々興味を抱いていた当時の私は、出かけて行ったトムのあとを追いかけてみることにしたのですが、近所のボタ山に途中まで登ったあたりで、振り返ってシャーッ!と警戒されたため尾行を断念した思い出があります。
中学生ぐらいの時には家に迷い込んできた猫が5匹の子供を産み、高校を卒業して実家を出るまで、わりと猫だらけの暮らしでした。
お風呂の蓋の上で眠るのが好きな猫、やたらと外でハトなどの野生生物を捕まえてきて見せびらかす猫、インドア猫、実は別の家で違う名前で呼ばれていた二重生活猫、特定の猫と仲の悪い猫、猫によって色々性格があります。
大学を卒業して東京に来てから、都会の一人暮らしがあまりにも寂しく、猫を飼い始めることにしました。ちょうど知人宅の猫が子供を産んだと連絡をもらい、引き取ったのがメチャです。2000年のことでした。
知人から送られてきていた生まれたての頃の写真は、毛が真っ黒、ファイル名は「otouto.jpg」。2匹生まれたうちの、弟くんという意味のファイル名でしょう。小学生の頃に一緒に住んでいたトムのことを思い出し、オスの黒猫と暮らせる!と期待に胸を膨らませていたのですが……。
当日、引き取りに行ってみると、少し成長して黒い毛は黒とグレーのシマシマになっており、オスではなくメスでした。imoutoです。しかも毛がちょっと長くなってました。シャープなオス黒猫を想像していたのですが、実際は、もっさりした女の子。でも一目見て、そのどんくさそうな風貌に心を奪われ、メチャとの暮らしが始まりました。
メチャは風貌の通り、本当にちょっとドジな猫で、本棚の上を歩いていて落ちそうになったり、椅子の上で寝ていて落ちそうになったり、お風呂の水面がガラスだとでも思ったのか、水の上に飛び乗ろうとして溺れそうになったりしました(その出来事のあと、お風呂が嫌いになりました)。少女漫画でちょっとドジな主人公に惹かれるイケメン男子の気持ちがよくわからなかったのですが、メチャを飼ってよく分かりました。目が離せないってこういうことなのか……と。
ウンチをするときはニャー!と大騒ぎしてトイレのまわりを駆け回ったあと、ふんばりはじめるところも、うるさいけど可愛かったです。私が仕事から帰るとウンチをするのはなぜだったのでしょう……。
息子が生まれると、ベビーマットの上に寝たり、ベビーベッドの上に寝たり、モロー反射でビクッと動く息子を覗き込んだりして、彼女なりに新しい家族を迎えようとしている様子も見せていました。そんなメチャも昨年頃からめっきりおばあちゃん然としてきて、昼も夜もソファの上で眠っていることが多くなっていました。
「もう80歳とっくに超えてるわよ!」と、ワクチン接種の際に獣医さんに言われていた長寿猫、メチャに異変が起きたのは今年の2月。ソファから降りたときに、パタン……と突然横に倒れたのです。胸騒ぎがして駆け寄ると、眠っているわけでもなく、目は開いていて、どこか遠くを見ていました。お別れの予感を感じたのはその時です。
それでもしばらく、その日以降もいつものメチャだったのですが、3月に入り、食べる量が減り、毛ではない、変な色のゲロを吐くようになりました。毛づくろいをしなくなり、毛玉がふえていきます。夜中にちょくちょく毛玉をカットしつつ、日中には近所の動物病院に通い、検査をしてもらったものの、血液の値に異常はありません。
なのになぜか食欲がない。
note版『ルポ つけびの村』が突然読まれ始めたのはそんな時でした。
noteから記事購入のお知らせメールがひっきりなしに届くなか、メチャの具合はどんどん悪くなり、お腹をこわすことが多くなってきました。暖かいお湯で濡らしたタオルでメチャのお尻や体を拭いて、膝の上に乗せ、一緒にソファで寝る日々。加えて、息子の卒園式が目前に迫り、保護者主導の「謝恩会」の準備も佳境に入ってきます。幹事チームに入っていた私は、夜な夜なママ友・パパ友さんたちとLINEで状況を確認しあったり、会場の飾り付けの準備をしたり、パパさん達が踊る『U.S.A』の完成度の確認をしたり……。
疲れで朦朧としながらも、江坂さんと『つけびの村』書籍化を進めることを決め、卒園式と謝恩会を終えた、その翌週の月曜日。メチャは私より一足先に、5月の誕生日を迎えることなく、旅立ってしまいました。
人目もはばからず泣く私と一緒に電車に乗って、ペット霊園での火葬に付き合ってくれた夫は、実はネコアレルギーですが、長毛種は平気だという謎体質でした。メチャの毛が短かったら、結婚には至らなかったでしょう。人生で起こる色々な出来事は偶然なのか、必然なのか……。
春から夏にかけて、書籍のため夜中リビングで作業していても、膝に乗って来てくれるメチャがいないのは、やっぱり寂しくて、たまに泣いてしまっていましたが、長毛種との出会いがあれば、また猫と暮らしたいです。
ドアを開けておいても、そこを通るメチャはもういないのに、また今朝も私は、長年の猫との暮らしで染みついた「ドアちょっとだけ開け」をしてしまいます。
こんな風にいまや、完全に猫派の私ですが、実家では犬も飼っていました。ちなみに、昔は祭りで『ひよこ釣り』なる、今なら色々と問題視されるであろう夜店が出ていたのですが、そこで釣ったひよこが全て成長したので、一時は庭にニワトリもいたのです。洗濯物を干す時に追いかけ回されるのでニワトリ小屋を作りましたが、5羽もいたので3羽ほど、知人に譲りました。カメも飼っていたのですが、子供の頃に川で一緒に散歩していたらカメだけ激流に流されてしまいました(ここまでお読みの方は薄々勘付いていると思いますが私はかなりの田舎出身です)。
犬も好きですが、どうやら片思い。私はなぜか犬に襲われがちです。小学生の頃に公園で遊んでいたら野犬がやってきて、私を含む子供達を追いかけ回したため、命がけで登り棒にのぼって、立ち去るのを待ち続けた地獄のような思い出があります(たまに夢に見ます)。また大学生の頃、研究室で作業していて夜中になり、腹が減ったので同級生らと一緒にコンビニに出かけて、ちょっとしたものを買って、学内を歩いていると、これまた巨大な犬が(リードがついていない!)噴水の前を歩いており、なぜか私だけに飛びかかってくるのです。遠くから先輩が走って助けにきてくれるまで、同級生に笑われながら、しばらく飛びかかられ続けていました。
実家で飼っていた犬はチロという何もひねりのない名前で、小学生の頃に弟が拾ってきました。尻尾が短い筋肉質なチロは、散歩に行くとリードを思いっきり引っ張り、たまに手から離れて田んぼのあぜ道に置き去りにされたりしたのも今では良い?思い出です。
翻訳家・村井理子さんの「あき地」でのエッセイ『犬(きみ)がいるから』は、そんな田舎の子供時代に、チロに引っ張られながら散歩していた時の感覚を思い起こさせてくれます。あと、仕事で嫌ぁ〜なことがあったときとか、夫と喧嘩したときとか、嫌ぁ〜〜なメールを読んだ時とか、とにかくクサクサする気分になったときに私は村井さんのエッセイを読んでいます。琵琶湖近くの自然の描写や、ハリーくんの生命力溢れる生き様、成長を続ける双子のお子さん……。なんでもない日常が続くことの幸せを噛み締め、ちょっと泣きそうになったりもして、さあ私も仕事に育児に家事に頑張るぞ!と、奮起するのでした。
彦根で交番勤務の巡査が上司を殺害した事件の公判を取材するため、大津地裁に出向いた帰り、記事に掲載するため、現場の交番を撮影に行ったのですが、琵琶湖からほど近い距離の場所だったので「村井さんといま、物理的に距離が近まっているんだな……」など、とても気持ちの悪いことを思ったりもしました(すみません)。
そんなぐあいに、日々村井さんのエッセイをまとめ読みしたり、村井さん考案のぎゅうぎゅう焼きを、ママ友とのホームパーティで試してみたりと、完全に単なる一ファンの私なのですが、このたび10月、村井さんと一緒にイベントに出させていただくことになりました。書籍『つけびの村』の刊行と同時期に、村井さんが翻訳した書籍『黄金州の殺人鬼ーー凶悪犯を追いつめた執念の捜査録』(ミシェル・マクナマラ著・亜紀書房)が発売されるため、2夜連続でお互いの書籍に関するイベントを、という流れになったのです。
いまから緊張していますが、村井さんにお会いできるのが本当に楽しみです。頑張ります!
また村井さんは9月19日にハリーくんにまつわるエッセイ『犬ニモマケズ』(亜紀書房)も出されます。2冊の書籍を同時に進めることが、どれほど馬力のいることか……。想像もできません。本当にお疲れ様でした。『犬ニモマケズ』刊行後は、村井さんと、校正者の牟田都子さんとの「犬まみれ猫まみれリターンズ」というトークイベントがあるそうで、こちらは普通にファンとして、そして猫派として見に行きたいなと思っています。
10/8 八重洲ブックセンター八重洲本店
https://www.yaesu-book.co.jp/events/talk/16908/
10/9 紀伊国屋書店新宿本店
https://www.kinokuniya.co.jp/c/store/Shinjuku-Main-Store/20190915100006.html
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