【一幅のペナント物語#5】あえて変化球の「西の河原公園」
◉対角線を黒く塗りつぶしたその間に、湯煙もうもうと立ち上る景色が覗いている。ブルーの陰を落とす湯気の間に着物姿の人々が見えて、一人佇む者もいれば、家族連れのような団体も、恋人同士ようなペアもいるようだ。彼らの身や木々の葉に影を生み出す黄色の光は朝日だろうか? それとも夕日なのだろうか?
◉旅情豊かなシーンを切り取っているのは「上州 草津温泉」のペナントである。草津温泉といえばあまりにも有名で、有名が故にこのペナントを見たときに思ったことがある。「・・・ここどこ?」
◉草津といえば、やはり一般的に思い浮かべるのは湯畑のあのビジュアルではないか? 特徴的なあの格子模様は、テレビでも雑誌でも馴染み深いし、ネットで草津温泉を検索すると、まあほぼその画像である。なので、この景色を見たとに、どこか僕の知っている草津温泉と同じ名前の温泉が、上州地方のどこかにあるのかな? と調べてしまったくらいだ。それくらい僕らの頭には、ステロタイプなイメージが植え付けられているということなのだろう。
◉で、調べてみると、どうやらここは「西(さい)の河原公園」らしいということが解った。湯畑のある温泉街から西へ歩いて10数分のところにある草津三湯のひとつ「西の河原露天風呂」への道すがらにある公園で、浸かれるわけではないが、河原に温泉が湧出していて無料の足湯などがあるらしい。この界隈は草津の中でも最も地中のマグマに近く、湧出量も草津最大と言われている万代泉源から湯を引いているそうなので、外気温が低い時には、ペナントにあるような湯気がもうもうと立ち込めるのだろう。
◉それにしてもペナント侮りがたし。「草津温泉」でペナント検索すると、やっぱりお約束のように湯畑の写真がイラストを使ったものが大半である。その中で、あえての「西の河原公園」である(草津三湯のひとつ「西の河原露天風呂」でもない、というのがミソ)。露天風呂の施設が出来たのが1987年(昭和62年)だそうなので、このペナントが作られた時期には、まだ施設自体無かったのだろう。観光客はただただ大自然の息吹をここに感じようとやってきたのだろうか。そしてここまで足を運んできた観光客だけが、誇らしげにこのペナントを手にしていたのかもしれない。