【一幅のペナント物語#11】年に1度しか見れない謎の巨大松明
◉日本人なら有名な滝として、だいたい名前を挙げてきそうなのが「那智の滝」ではなかろうか。落差133mといわれる大瀑布の姿が、両脇に迫る大木の間を抜くようにして描かれているのだが、いかんせん生地が真っ赤なせいもあって目立っていない。滝の手前にある飛瀧神社の御滝拝所の鳥居や、常香炉の屋根なども描き込まれているが、何より目を引くのはペナント中央部分に描かれている、なにやら松明のようなものを掲げた人物の姿。この人は何者??
◉謎の人物は、毎年7月14日に行われる「那智の扇祭り」に参加している氏子のようである。北海道・琴平神社の例大祭「天狗の火渡り」、福岡・大善寺玉垂宮の火祭り「鬼夜」と並ぶ、日本三大火祭りのひとつということだが、どれもこれも全然知らなかった。いやはや。ニッポンにはまだまだ知らない祭りがたくさんあるな。
◉12柱の神様たちがこの日、扇神輿に乗って那智の滝に戻ってくるという神事で、掲げられている松明は、ひとつが重さが50㎏を超える大きなもの。12柱の神様を迎えるために、12本の大松明が参道を明々と照らすのだそうだ。何度か那智の滝には言っているが、こういう神事には出くわさなかったので、このペナントで初めて知った。
◉このペナントにも、どこかに「扇祭り」の一言でも書いていてくれれば良さそうなものを、そういうホスピタリティが無いのもまた、ペナントのもつ特徴だと再確認。先達の研究者の皆さんが「ペナントは権威主義の象徴」と論じておられるが「チミ、もちろんわかるよね?知ってるよね?」という、これ見よがしな感じが滲み出ているペナントはわりと多いのは確かだ。もしくは必要最低限の情報のみに留めることで、買った旅行者自身が「これはだなー」と悦に入って語る余地を残しているのかもしれない。そういう意味で7月14日にこの祭りに参加した人にとってこのペナントは、他の那智の滝のペナントよりも価値が高いものになるというわけだ。
◉僕ならば、ペナントの生地に黒や紺のものを選んで、主線を白で描き、松明の炎をオレンジや朱にすることで、神秘的な雰囲気を醸し出したいと考えたりするのだが、そこをあえての赤にするのもまた、ペナントデザイナーの美的感覚なのかもしれぬ(そんな職業があればの話だけど)。いや、それでもやっぱ見にくいけどね。ただ「那智の滝」の力強い筆致だけは、文句なしに評価したい。お見事!