代理母出産に反対する明白な理由
本稿では以下をすべて満たすものを代理母出産と呼ぶ。
出産された子供を依頼人に帰属させることを最初から前提として、
採卵・体外受精・胚移植・妊娠・分娩などを行い、
その過程で母体への薬事的調整を伴うもの
有償/無償は問わない。卵子が誰のものかも、間に企業を挟むか否かも問わない。
そのいずれも本稿では代理母出産に含める。
その上で、それら全てに積極的に反対する。
理由は色々と挙げられるが、中でも最も明白なものには多くの人が納得してくれるだろう。
〈安全性〉だ。
代理母出産は、代理母の健康を害するおそれが大きい。だから反対する。
安全でないとする根拠は2つある。
代理母出産に伴う投薬や外科的処置は──、
代理母のために行われるものではない。
安全性確認のための追跡・統計調査が乏しい。
◆安全でない根拠
1. 依頼人のための処置
代理母となる女性は、何度となく病院やクリニックに通うことになる(入院となる場合も)。
使われる設備や道具は医療のそれと共通している。関わる人間も免許を持った医師や看護師が多いだろう。
だからそれは医療的処置であるものと見做されがちだが、本当にそうだろうか?
○“医療”とは
そんなことを定義できるほど筆者は大層な人間ではないが、当たり前のことは分かる。当たり前すぎて意識されにくいが、原則として『患者のために行われるのが医療』と言って良いだろう。
もう少し具体的に(叙情的な部分を排して)表すと、『その処置の対象者と受益者がイコールで結ばれる』ということ。
国の指導者が死に瀕した時などに、『今この人に死なれたら内乱になる、なんとしても命を長らえ後継者を指名して頂かなくては』などといった展開がフィクションにはしばしば見られるが、これは言い換えれば『継承がつつがなく行われれば死んでもらっても構わない』態度であって、最善の医療とは明らかに異なる政治だろう。
指導者の生命や健康よりも他の何かを尊重している。そういうものを筆者は医療と呼びたくないし、あるいは医療だと名乗られたところで、『専門家なんだから酷いことにはならないだろう』と安心して身を任せられるわけがない。
代理母出産も同じだ。他に優先されるものがある。
代理母=処置の対象者
依頼人=受益者
対象者 ≠ 受益者
代理母の健康のためではなく、新生児のためですらなく、依頼人の都合が先に立つのである。
○具体例
代理母には様々な投薬が行われる。不妊治療においても使用される、エストロゲンやプロゲストロンの分泌を賦活する薬などだ。
これらにより月経周期を調整したり着床率を上げたりするというのだが──もうのっけからおかしな話である。
代理母になる女性は当然ながら不妊ではない。
妊孕能力はあるのだ。
投薬などせずとも。
にも関わらず、依頼人の──もしくは冷凍庫の管理人や施術を行うクリニックの──都合に合わせるために母体の方を調整する。
自然妊娠でも不妊治療を経たものでも、代理母以外の女性にはまずこんな処置は行われない。母親の身体のリズムが第一で、医療はそれに合わせるのが原則だ。そこに健康上の問題がある時に初めて医療的介入が行われる。
仮に、ある女性のお産に立ち会っている家族が『あと30分で大切な会議があるので今すぐ帝王切開して取り上げてください』と求めたら、医師は不要であっても切るのだろうか?
普通は切らないはずだ──と信じたい──が、代理母出産では近いことが行われてしまう。『毎月月初は忙しくて産まれたてに立ち会えないから、月末に産まれるようにして欲しい』と依頼人が言うなら、代理母の月経周期をそれに合うようズラしてしまうようなことが。
○薬以外の例
危険性という意味では比較的軽微な例として、妊娠中の胎教がある。音楽や親の声などを聞かせるというアレだ。
それが胎児にどのような影響を及ぼすのかは不詳だが、仮にある音楽がとても胎教に良いと言われていても、妊婦が好きになれない曲ならストレスを感じてまで流す必要は無さそうに思える。
しかし代理母出産では、依頼人が事前に録音しておいた声を聴かせるなどの契約になっていたら、代理母はそれを履行しなければならない。どんなに気に入らない声だとしても。
(胚の扱いについて)
代理母の安全というテーマからは一旦外れるが、『依頼人の都合』の象徴をもう1つ挙げておこう。
移植する受精卵(胚)の扱いである。
それを命として扱うべきなのか、倫理的判断は筆者にはできない。『法的義務は無い』とする国や地域は少なくないようだが。
ただ、次の2パターンを比べてみて欲しい。
受精胚を1つ作る→胚移植を行って経過を見る→妊娠できていなければまた受精胚を作る……
受精胚をまとめて複数作る→胚移植を行って経過を見る→妊娠できていなければまた胚移植を行う……
どちらが効率的かといえば圧倒的に後者だ。
もしこれが料理の話なら、下ごしらえまでを全て済ませてから一気にまとめて仕上げる方が手際よく行えるだろう。
しかしもちろん人工受精は料理ではない。
下の手順をとって、最初の胚移植で妊娠できたとしたら、残りの胚はどうなるのか? 当然ながら移植されることはない。
(以下は実際に代理母出産で子供を得た同性カップルの体験記『ふたりぱぱ』を読んでのメモ)
11個の卵子提供を受けて、受精が成立したのは6個、そこから細胞分裂を続けて成長した(移植に使えそうな)胚は4個。
— 小奥(こーく)@綱迷宮 (@tk2to) June 1, 2022
最初の手術で2個移植して、片方が着床、そのまま順調に出産まで行っている。
ーーつまり、使わなかった胚を2つ処分したと思われる。
全部の胚を産まなきゃならないとしたら代理母が大変過ぎるとか、
— 小奥(こーく)@綱迷宮 (@tk2to) June 1, 2022
着床に失敗したことを確認してから受精卵を作るようにすると手間と費用が嵩むばかりだとか、
そういった背景を鑑みれば合理的ではあるんだろう。仕方がないと受け容れなきゃ不妊治療は出来ないのだろう。
だからって悩まずに居られる?
これが採卵についてであれば、その処置にも負担はかかるので、毎回1つずつよりもまとめて複数の方が卵子提供者のためという可能性もなくはない(複数を採る為に使う薬が安全ならば、だが)。
しかし体外受精を小分けに行うことで代理母の身体にかかる負担などない。ゼロだ。設備や技術者を使うために依頼者の財布が痛むだけである。
以上のような批判に対して、医術や医師の倫理観への信頼が篤い方はこう感じるかも知れない。
いや、いくらビジネスだとしても目の前にいる女性をそんな蔑ろにする医療者なんか居ない──居るとしてもごく少数なのでは?
信頼したい気持ちは分かる。
が、仮にそうであれば次の点に説明がつかないのだ。
2. 安全性確認に関する統計が乏しい
胃酸の分泌を促す薬が消化を助けるのは充分な胃酸が出ていない人だけで、健康な人が服んだら(胃酸が出すぎて)胃が荒れる可能性が高い。
同様に、不妊治療に長く使われてきた薬だからといって代理母(妊孕能力がある女性)に使えるかは別問題だ。安全性は別途確かめなければならない。
──そして、確かめられていない。代理母になろうか悩んでいる女性からみて信頼に足る情報はどこにもない。
そもそも俯瞰的に情報を集める枠組みからして整っていないのだから。
○統計の不在
企業が関わる場合、ほとんどのケースで代理母は秘密保持契約を結ばされる。
これが草の根的な調査を阻害する。代理母出産をしたことがあるか?と問われてYESと答えるだけでも契約違反のリスクがあり、ましてその後病気になったなどの事実を伝えようものなら『代理母のイメージを傷つけ損失を負わせた』と言われかねないのだから。
仮に企業からのアフターフォローが手厚ければ彼らはデータを持っていることになるが、それが公開されたとしても信頼性は無いに等しい。
公的または第三者機関によるものでなければ。
企業を介さない個人間の代理母出産はますます総体的な調査はしようがない。公的保険が代理母出産に適用されるなら別だが、そうでないなら国(日本で言う国保や社保)も全体は把握できないのである。
○全体のほんの一部? 全体って?
代理母出産を経験した女性が(匿名などの形で)名乗り出た体験談には、お決まりの批判がついて回る。
いまあるのは、〔…〕勇気あるドナーたちの逸話的証言だけです。彼女たちは、〔…〕自分たちの話を共有しようと歩み出ました。「だから何?」と人々は言います。「たった数人の女性でしょ。それだけではどんな結論を出すにも十分ではないよ」と。
仮に、代理母出産の安全性を証明する客観的な統計データがあるとすれば、上の指摘も妥当かも知れない。
しかし、無いのだ。
採卵の際に使われるオビドレルという薬を例に取ろう。
4. 効能または効果
○視床下部−下垂体機能障害に伴う無排卵又は希発排卵における排卵誘発及び黄体化
○生殖補助医療における卵胞成熟及び黄体化
5. 効能または効果に関連する注意
〔中略〕
5.2 本剤の投与対象は、WHOグループI又はII(多嚢胞性卵巣症候群を含む)に相当する排卵障害である。
上の5.2に反して、妊孕能力のある女性にオビドレルを投与したら何が起こるのか? 一度にどれだけ投与して良いのか? 繰り返し使えるのは何度までか? 何度も投与された女性が37歳の若さで浸潤性乳管癌になったという実例は採卵のための投薬のせいなのか?
──答えは誰も知らない。裁判などを起こしても『因果関係を証明するに足る客観的な証拠がない』などと退けられる可能性がある。
こんな人体実験をさせられているのは卵子提供者くらいのものだ(契約上は『自らの意思で提供する』とされているのだろうが)。だからデータなど無い。
○統計が無いと困る……か?
次のように考える人もいるかも知れない。
ビジネスとして代理母出産のエージェントをやっているなら統計が無いとは考えにくい。
企業は依頼人に『弊社はこれだけの高い妊娠率と実績を──』などと売り込みたいはずだ。
そこでは多少のサバを読むかも知れないが、全くの嘘を書いてもすぐにバレるだろう。
慧眼ではある。しかし実態と比べて倫理的に過ぎる。
依頼人が欲しているのは子供であって、代理母への胚移植でも妊娠率の高さでもないのだ。だから企業は前者にフォーカスする。
FIXED COST PROGRAM
Our Baby Guarantee offers Intended Parents unlimited transfers for a fixed price, plus 100% refund of our agency fee plus unused third-party funds if you do not bring home a baby. Covers any associated complications.
Fixed $139,000
(excludes IVF & Egg Donation)
If for some reason you do not achieve success and bring home a baby, SurrogateFirst will refund 100% of our agency fee and any unused third-party funds.
企業から依頼人に対して、『お子様のお渡し1件につき固定の費用、何らかの理由で連れ帰れなければ返金保証』という……あまり詳しく述べたくないがそういうボンボルドでももうちょっと愛があるプランである。
なお引用元を明記した通りフィクションではない。
こうしたパッケージ契約にしてしまえば顧客にとって統計情報は価値を失う。
価値がないなら、(おそらく)不都合しかないデータを企業がわざわざ集めることもないだろう。
◆参考文献など
次の書籍を共感的に読めば、代理母出産に賛成する人はかなり少ないのではないかと思う。
しかし共感的に読む人ばかりではないので、本稿ではあえて“逸話的証言”にはなるべく依らずに構造的な批判を目指した。
以上
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