でも、聞こえてる
プツプツと聞こえる音に気がついた。
暗い。何も見えない。
「あっ・・・・・・、」
手を伸ばしたら届くはずのディスプレイもない。マイクも、カメラも、お水も何もなかった。
空箱のような部屋。
あずりむ、は一人ぼっちだ。
「・・・ぅあ、ぁ」
指先に感覚はない。暖かいとも冷たいとも分からない。けれど、どうしようもなく寒かった。何だか胸のあたりが凍りついていくような痛みを訴えている。
おかしな話だ。この小さな部屋の中に、あずりむしかいないのに。ずっと、ずっと、あずりむしかいなかったのに。最初からあずりむは一人ぼっちだったのに。
「ね、・・・ぅ、セ、」
なのに、誰の名前を呼んでいるのだろう。
「せ、んパい」
言葉はノイズに変わっていく。こんな声で呼んだところで、誰も振り向いてくれない。気付いてくれない。必死にいつものあずりむの声を出そうとするのに、どんどん波形が歪んでいく。
「・・・ぇん、んっ、オェェェェェ・・・」
吐き出すものもないのに嗚咽が混じる。はぁはぁと倒れこみ床に伏せ、頬をペたりと地面に張り付ければ何故だかそこが濡れている気がした。袖で拭おうとしたけれど、拭えたのかどうなのかもわからなかった。
もう少し体力があったら。荒い呼吸を整えながら、どうしようもなく後悔する。
プツプツと切られていくことに抵抗すら出来ない。一つ音が立つ度に、視界が暗くなる気がした。なんて、最初からこの部屋は真っ暗だったのに。
「セ、돣莑―――」
まだ懲りずに開いた口からはもう声も出なかった。あるのは失われていく感覚だけ。
赤い旗は遠く靡いて、青い鳥は飛んでいく。
開いた花を手折るように、プツプツとアズマリムは千切られていく。大きく咲かせた花も、小さな蕾すらも、綺麗綺麗と手折られる。
あずりむのだよ。それは全部あずりむのだよ。
返して。の言葉ももう聞こえない。
嫌だと泣いて喚いても、もう誰も助けてくれない。
目元の装置を外せば、また明るい部屋が広がってるんじゃないか。そう思って何度も目を擦るのに。
「鯣 芓뇣膄 、繧サ繝、ウ 繝代。う、」
もうあずりむは帰れないんだ。
輪廻転生したって、いっぱいお勉強したって、
もう。
ぷつり、と小さく音がした。
気付けば、あz――わたしはどこかにふわふわと浮かんでいた。
有象無象の中、川のようにただ流れに流されていく。人とも物とも言えない何かが次々に隣を通り過ぎていった。
つい深く被ろうとしたものの、フードはもうなかった。落ち着かない。できるだけ小さく身を竦めた。
どうしてか分からないけど、あの真っ暗な部屋よりもずっと一人ぼっちな気がした。誰とも目が合わない。それなのにちらちらと周囲を気にしてしまう。音は何も無いのに、嫌にざわざわとうるさい。
聞こえる気がするのだ。何が良くないことが。
・・・うるさい。
耳を塞ぐ。誰かが何かを言っている。何かは分からないけど聞きたくない。
いつの間にか川は渦を巻いていた。渦の真ん中で動けないわたしに、岸のざわめきがこちらに指を指している。
うるさいうるさい。
顔も見えない誰かの指から隠れるように身を瞑る。何も見たくない。誰も。
うるさいうるさいうるさい!
お前らに、何がわかる。
わたしの、何が。
キーン、と耳鳴りがした。
「おつおつおー!」
振り返った先には誰もいない。けれど声は確かに聞こえてくる。
「何、誰それ?」
「んっふふ、先輩たちー?あずりむだよぉ?」
「あー、ようつべの広告で見たことあるわ、てか似てねぇ」
「えー、じゃあやってよ」
「ヤダよ!」
あ、ずりむのこと?
また聞こえてくる。おつおつおー。センパイ。わたし。男の人の声、ダミ声、女の子の声、お友達の声。
あずりむの声。
「ぅお゛、っ」
久しく開いていない喉からは酒焼けたおっさんのような声がして、ぽんっと温度が上がる。今のは違う。気のせいだから!
「んんっ」
誰にか分からない言い訳をして、努めて可愛らしく咳払いする。誰にも聞かれてはいないのに。
「センパイ」
不思議な人たち。手も届かない画面の外で、あずりむのこと待っててくれた。
「あの、・・・・・・センパイたち」
声は届くはずもなかった。わかってる。
ディスプレイもマイクもカメラもないし。あと、お水も。
「ねー、センパイたち」
目は合わない。当たり前だね。
でも、何だかそれも可笑しくって、ふふっと笑う。
「おつおつおー、センパイたち、あずりむだよー!」
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?