白血病感染抄 Vol.8 AML+赤痢アメーバ
白血病感染抄 Vol.8
今月号の臨床血液の関東甲信越地方会の抄録に、赤痢アメーバ症を伴った急性骨髄性白血病(AML)の報告がありました。
◼️外陰部潰瘍から赤痢アメーバ症と診断しvenetoclax+azacitidineで加療したAML症例
臨床血液. 2024 年 65 巻 11 号 p. 1410-1427
元々外痔瘻があった方が、外陰部から大腿部皮膚潰瘍を発症し、精査の結果AML with MRCに合併した赤痢アメーバ症と診断されています。不顕性感染していた赤痢アメーバがAML発症時に外陰部潰瘍として発症したのではないかと考察されています。
①AMLは、赤痢アメーバ発症のリスクか?
この点について、かってに考察を加えていきたいと思います。
まず赤痢アメーバについて一般的なことをまとめておきます。
赤痢アメーバ
病原体:Entamoeba histolytica
E.disparもヒトの腸管に寄生するEntamoebaで、以前はE.histolyticaと区別できずに扱われていましたが、1993年に別種であることが認められ、E.disparは病原性がないと示されました。
感染経路:糞口感染
水や食物を介して感染したり、性行為で感染したりします。衛生環境の悪い発展途上国に行っていないか、MSMじゃないかが気になります。
感染部位で大きく二つに分類されます。ⅰ) 腸アメーバ症、ⅱ) 腸管外アメーバ症。
腸アメーバ症では、感染後3-4週間にわたって徐々に症状が出現し、下痢、腹痛、粘血便を呈する様になります。腸アメーバ症の好発部位は、盲腸>上行結腸>横行結腸>S状結腸>直腸であるが、痔瘻様の直腸病変があると、そこから直接的に肛門周囲に広がり皮膚潰瘍を生じることがあると知られています。今回の症例もそのような経過なのではないかと考えます。
腸管外アメーバ症は、大腸から赤痢アメーバが血行性(門脈循環)または直接浸潤で他臓器に膿瘍を形成します。最も多いのは肝膿瘍で、典型的には右葉に単発の膿瘍を形成します。またアンチョビペースト様の膿汁で有名です。
診断:便で診断するときは、温かいうちに検査室に持っていく必要があると言われます。というのも栄養体 (trophozoite)は室温では1時間で運動性を失い、死滅・自己融解し検出できなくなってしまうからです。
E.histolytica 感染の80-90%くらいは無症候性と考えられております。その無症候性定着の期間は複数報告があり、2ヶ月から1年以上とするものまであります。
また何十年も潜伏していたのではないかとする報告も複数あります(IDCases. 2022 Nov 23;31:e01648.)。無症候性の人のうち4-10%が侵襲性アメーバ症へ進展するとされています。
AMLは、赤痢アメーバ発症のリスクか?
赤痢アメーバの発症リスクとなる免疫低下としては、ステロイド使用やHIV感染が知られており、細胞性免疫低下はリスクと考えられています。AMLは基本的には細胞性免疫低下は伴わず、赤痢アメーバの発症リスクであるかは明らかではありません。
AMLの同種骨髄移植後に腸アメーバ症を発症した症例が報告されています(Transpl Infect Dis. 2015 Dec;17(6):886-9.)。
AMLの治療中ではなく、骨髄移植後に発症していることからは、AMLや化学療法による好中球減少だけでは発症せず、移植による細胞性免疫低下で発症したのではないかと考えます。
「そうそう、細胞性免疫低下だよね」と思いたくなる報告ですが、他にも急性骨髄性白血病"発症時"にアメーバ性大腸炎・肝膿瘍を合併していたという報告がされています(Kansenshogaku Zasshi. 2012 Nov;86(6):773-7.)。「やっぱり、AML自体がリスクなのか?」と考えてしまいます。
AML発症時の赤痢アメーバ症の合併報告は少なく、無症候性の感染者がAMLを発症すると侵襲性に進展しやすいのか、偶発的な合併なのかは疫学的にははっきりしません。
好中球やマクロファージが、赤痢アメーバに対して免疫応答することは知られており、AML発症時にこれら顆粒球の数的または機能的異常が起こることで、赤痢アメーバに対する免疫が落ちると推測されます。
現段階では、AMLは侵襲性アメーバ症の発症リスクかもしれないということしか言えないと考えます。
急性白血病治療中のアメーバ
赤痢アメーバは、国により感染率が異なります。メキシコではE. histolyticaの血清陽性率が8.4%と報告されています(Am J Trop Med Hyg. 1994;50:412-9)。
そんなメキシコから白血病治療患者の赤痢アメーバについて報告されています(Gac Med Mex. 2019;155(Suppl 1):S22-S27)。
この病院では2015年に急性白血病の53例の患者の寛解導入中に21例のアメーバ症が確認され、そのうち7名が寄生虫症に直接起因する、または他の病態と関連した原因で死亡しています。急性白血病の化学療法は侵襲性アメーバ症の発症リスクと考えて良いでしょう。好中球減少や粘膜障害が、アメーバ症発症に関連しているのではないかと考察されています。
メキシコではこんなにアメーバ症が起きてるんですね!
まとめ
今回は急性骨髄性白血病により無症候性から侵襲性アメーバ症へ進展した可能性のある症例を元に、白血病と赤痢アメーバとの関連について考察しました。
白血病や化学療法による免疫低下は、侵襲性アメーバ症の発症リスクの可能性がある。
参考文献
シュロスバーグの臨床感染症学 腸管原虫症
Mandell, Douglas, and Bennett's Principles and Practice of Infectious Diseases, 9th Edition.